〇第一章 救助隊員の仕事 4

 迅速に準備を整えて、

「『飛ぶ』わよ」

 カレンが俺の手を握る。

 それは、彼女が救援技能レリーフを発動させる合図だった。

「頼──」

 答え終わる前に、俺の視界が切り替わった。

 瞬間、地面が消えた。

「ぬおおぁぁああああああああああああああああああああっ!?」

 視界には一面の青が広がり、今、俺たちは大空を落下していた。

 たとえるなら、今の状況は命綱のないダイブ。

 あまりの恐怖に、俺はカレンを力強く抱きしめていた。

「ひゃっ……なぁっ、れ、レスク──どこ触ってるのよ!」

 頬を染めるカレンの顔が見えたが、俺はそれどころではなく──。

「かかかかかカレン! 落ちてる! 落ちてるからああっ!」

「そ、そこ、く、くすぐったっ……──もう!」

 言って再び視界が切り替わった。

 それが何度か続いたあと、俺の両足は再び地面に立っていた。

「──到着したわよ」

「はぁ……はぁ……み、みたい、だな……」

 目前には竜でも眠っていそうなほど巨大な洞窟。

 間違いない。

 ここが永遠の魔窟だ。

「あんた……何度飛んでも慣れないわよね」

 グロッキーな俺を見ながら苦笑するカレン。

 彼女はウエストポーチから簡易食品を取り出して食べ始めた。

 彼女の救援技能レリーフ座標転移テレポイント

 対象を転移させる力だ。

 一度に転移可能な対象は自身を含めて二人。

 転移可能な距離と重量は決まっており、それを超えると座標が大きくずれる。

 さらに欠点として、使用する度に強烈な空腹に晒される。

 が、それを差し引いても便利すぎる能力だろう。

 その証拠というわけではないが、救助レスキユーギルド全体で彼女の力は重宝されていて、他の救助機関から救援要請を受けることも多いのだ。

「……レスクも食べたいの?」

「うん……?」

「さっきから見てるから……本当は他の人にはあげないのよ。でも、あんたは特別」

 言って自分用の簡易食品を俺に差し出してきた。

 どうやら俺が空腹だと思ったのだろう。

「すまん、腹が減ってたわけじゃないんだ」

「遠慮しなくていいのに。昔から言ってるでしょ? あたしたちは相棒バデイなんだから遠慮せずになんでも言いなさいよね」

 俺から視線を逸らすと、カレンは手早く簡易食品を食べた。

 五年前に救助隊員レスキユーを目指すと決めてから、俺たちは互いに遠慮をしないことを、相棒バデイとして頼り合うことを約束した。

 まるで家族を失った喪失感を互いに埋め合うみたいに。

「……よし! ──行くか」

「いつでも」

 俺たちは並んで歩きながら、互いの拳を軽く合わせた。

 そして大穴の中に入ると直ぐに手を繋ぐ。

 当然、ふざけているわけじゃない。

 俺の救援技能レリーフ──気配遮断シヤツトダウンは、触れている対象にも効果を発揮する。

 本来、ダンジョンの中ならモンスターを警戒して慎重に行動しなければならない。

 この力を使うことでより迅速に行動することが可能となる……が、一つ問題もあった。

「お、おい……ダンジョンの中で手を繋いでるカップルが歩いてるぞ」

「こんな場所でどんなプレイだよ! 可愛い子連れてる自慢か!」

「ちげーって。服装を見てみろよ。ありゃ救助レスキユーギルドの隊員だろ? 多分、救助活動中だ」

 別の冒険者が正確な情報を伝えてくれた。

 気配遮断シヤツトダウンは魔族に対してのみ効果を発揮する。

 その為、ダンジョン内で冒険者と遭遇すると、変な誤解を生むことがあった。

 以前、救助レスキユー活動中にいちゃつくなと通報された時は苦笑するしかなかった。

「あの冒険者たち、ダンジョン内だっていうのに気が弛みすぎよ」

「上層でも油断は禁物なんだけどな」

 一階層はモンスターも弱く数も少ない。

 スライムやゴブリン等の低級モンスターが大半だが……それでも不慮の事態は発生する。

 だからこそ、ダンジョンの中は常在戦場の覚悟でいなければならない。

「レスク、そこを右ね」

「助かる」

 永遠の魔窟のマップを広げながら、カレンは次に進むべき通路を俺に指示していく。

 実は俺たちは、このダンジョンで救助レスキユー活動をするのは二回目だった。

 そして一回目の救助レスキユー活動の際、『地図マツプ』を買っている。

 多くのダンジョンは冒険者たちの手によって地図化マツピングされており、その内部構造を記した情報は『金銭』で取引されていた。

 この永遠の魔窟も、四階層まではかなり正確な地図マツプが完成している。

「……少し前に二階層に向かった冒険者がいるみたいね」

 カレンがそう口にした理由は、次の階層に進んだ目印のようにモンスターの死体が転がっていたからだろう。

「……血が固まっていないところを見るに、まだ時間はそれほど経過していないな」

 死体がある場所には餌を求めて別のモンスターが集まってくる。

 今も数体ほどモンスターがうろついていた。

 だが、俺の救援技能レリーフが発動している為、モンスターに気付かれることなく、一階層は最短ルートで突き進んだ。

「──ここね」

「ああ、俺が先に下りるから一応、後方の警戒を頼む」

 二階層に下りる為の階段は狭く、並んで下りることはできない。

 モンスターから挟み撃ちを受ける可能性なども想定しながら、俺たちは足を進める。

「──前方の安全はクリアだ」

「後方も問題ないわ。このまま進みましょう」

 どちらからともなく俺たちは再び手を繋いだ。

「前回の救助レスキユーは二階層でだったわよね」

「ああ。この階層はトラップもほぼなかったよな」

「でも油断はせずに進むわよ」

「当然だ。モンスターがいることに変わりはないからな」

 地図マツプを元に三階層を目指していく。

 一階層と同様に低級モンスターが多いことに変わりはない。

 が、見掛けるモンスターの種類は増えていた。

「……天井にドラキュがいるな」

「可愛い見た目に反して、厄介なモンスターよね」

 ドラキュはコウモリ型モンスターだ。

 愛嬌ある見た目に反して、噛み付かれると体力と魔力も奪う。

 魔法を使う者にとって厄介な──バタバタバタバタ。

「……カレン、止まれ」

「足音? 冒険者かしら? こんな大きな足音を立てたらモンスターに気付かれるわよ」

 カレンの危惧のままに、ドラキュが天井から飛び立った。

「どら〜、パクッ!」

「──うおっ、クソがっ! ドラキュがきやがった」

「ぎゃあああっ! 噛まれた〜! ああっ、魔力が……やっと、ここまで戻って来たのに」

 冒険者たちの悲鳴。

 そして二名の冒険者が慌ただしく引き返してきて、俺たちと行き違う。

 救助隊員レスキユー救援技能レリーフは魔力を一切必要としない。

 ダンジョンでは魔法に対する天敵がいるからこそ、俺たちの力が役立つ機会は多い。

「どっらら〜!」

「お、おい! ちょっと待ってくれよ。まだ敵が──うがっ……」

 冒険者たちが逃げてきた先から、別の男の声が聞こえた。

「まさか、逃げ遅れた冒険者がいるの!?」

 即席のパーティでは、危険が迫った際に仲間を救助しようとする者は少ない。

 これは治癒魔法が消失してしまったことも関係しているだろう。

 少しの怪我が命取りになるのがダンジョンという場所なのだから。

「──カレン!」

「わかってる」

 互いの思考を瞬時に理解して、俺たちは駆け出した。

 すると直ぐにローブを着た男の姿が見えた。

「──ふぁ、火炎球フアイアーボール! ぁ──ドラキュのせいで、もう魔力が……」

 魔法はもう発動せず、冒険者は身をすくませた。

 それを嘲笑うようにゴブリンが男に飛び掛かり、喉元を貫こうと鋭い爪を突き立てる。

「──っ──このままじゃ」

 間に合わない。

「任せて!」

 俺がそう口にするよりも早く、隣で走っていたカレンの姿が消えた。

 次の瞬間、

「っ──ふっ!」

「うわっ!?」

 俺が目にしたのは男を突き飛ばし地面に倒れ込むカレンの姿だった。

「立って!」

「ぇ……あ、はい!」

 冒険者の男は促されて立ち上がる。

 カレンのお陰で即死は免れたが、危機を脱したわけじゃない。

 俺は直ぐに二人に駆け寄って、腰に備え付けているポーチから道具アイテムを取り出した。

「これを!」

「!? あ、ありがとうございます!」

 手渡したものが何か男は瞬時に理解した。

 魔法使いにとっては必需品である魔力回復薬マジツクポーシヨンだったことを。

「ガアアアッ!」

 再び襲い掛かってくるゴブリン。

 さらに魔力が回復した冒険者に反応してか再びドラキュが迫る。

 だが魔物たちの攻撃は標的には届かなかった。

 なぜなら俺が、この魔法使いの男に触れているから。

 救援技能レリーフ──気配遮断シヤツトダウンの効果で、モンスターは俺たちの姿を見失っていた。

「──炎壁フアイアーウオール!」

 その隙に呪文を唱え終えた魔法使いが、しゃがんで地面を両手で叩く。

 すると、ボオオオオオン──と、地面から炎が噴き出してモンスターを飲み込んだ。

「グガアアアアアアアッツ!」

 焼き尽くされたゴブリンとドラキュは、黒煙を巻きながら地面に倒れ伏した。

「……はぁ……た、助かりました」

 深く息を吐いたあと魔法使いは感謝を口にする。

「無事でよかった。ソロでの探索は危険です。魔力に余裕があるうちに帰還してください」

「命を大切にしなさいよ」

「は、はい……」

 依頼人のキサラではなかったが、目の前の命を助けられたのは幸いだ。

 しかし、ゆっくりと話している余裕はない。

「ぇ──あ……ま、待ってくれないか」

 先を急ごうとする俺たちを、男は引き止める。

「……どうかしましたか?」

「そ、その……途中で、は、はぐれた仲間がいて……」

 はぐれた……と、口にした男は気まずそうに言葉を詰まらせる。

「はぐれた? ……近くですか?」

「ご、五階層で……罠に引っかかって、モンスターが集まってきて……僕たちは……」

 はぐれた……ではなく、置き去りにしてしまったのだろう。

 口には出さぬが男の思い詰めた表情から後悔の念が窺えた。

 同時に俺はあることに気付く。

(……この男の話、状況が今回の任務と似てないか?)

 もしかしたら──

「あなたのパーティにキサラ・ローレンスはいましたか?」

「キサラって、あの迷宮踏破者ダンジヨン・キラーの? いや、うちとは関係ないよ。それに、彼女なら確か、僕たちとは別の依頼クエストを受けていたと思ったけど……?」

「……隊長が事前に冒険者ギルドに確認を取ってくれた内容通りだな」

「だとすると、永遠の魔窟にキサラはいない可能性が高いわね」

 やはり救助要請者は別人?

「あ、あの……そ、それよりも、ま、まだ仲間が五階層にいるかもしれなくて……け、怪我を負って、動けなくなってるかも……」

 どうやらこの男は、俺たちに救助レスキユーを依頼したいのだろう。

「その仲間の名前は?」

司祭プリーストのオルフィナと、剣士のアーマ。一ヵ月前からパーティを組んでいて……」

「わかりました。もし遭遇した場合は俺たちが必ず救い出します」

「あんたは、自分が助かることを考えなさい」

 俺たちは直ぐに行動を開始する。

「よろしく頼むよ……! それと……助けてくれたこと、絶対に忘れないから!」

 背中に掛けられた言葉に今度は振り向くことなく、俺たちは先を目指した。

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