第二章 吸血鬼はネット通販がお好き 3

 むらおかがこの時間、休憩に入るのは本当のことで、深夜帯の休憩時間は大抵仮眠に充てられている。

 フロントマート池袋東五丁目店も、世の中の多くのコンビニ同様、ぎりぎりの人数でシフトが回っている。

 それだけにオーナーで店長のむらおかは、シフトが薄い場所は常に入らざるを得ないため、その分隙あらば眠らないと、単純に体を壊すのだ。

「そうでなくともいい加減いい年だし、体壊しそうな気もするけど」

 その時お客の入店音が響き、入り口を見て、

「いらっしゃ……あれ!?」

 そこに意外な、そしてこの時間に遭遇するには少々問題のある顔を見つけた。

あかちゃん? どうしたんだこんな時間に」

「……ども」

 仏頂面でカウンターに来たのは、今年十六歳のむらおかの娘、むらおかあかだった。

「……お父さん、いる?」

 学校のジャージだろうか。使い込んだジャージの上に無造作にコートを羽織っている。

「さっき仮眠に行っちゃったけど、起こしてくるよ」

 妙に低い声は、不機嫌なせいなのか、単に深夜なので眠いせいなのかは分からないが、どちらにせよコンビニ店員として、高校一年生の女の子が深夜に来たら、しかるべき対応を取らなければならない。

 それがオーナーの娘であるなら尚更だし、とらはつい昨日、むらおか家のデリケートな話題に触れてしまっている。

 少し前のめりぎみにスタッフルームに向かおうとしたが、

「いいよとらさん。寝ちゃってるんでしょ。買い物に来ただけだから、すぐ帰る」

「そ、そうかい?」

 むらおかの家はとらのマンションよりも店に近く、歩いて五分ほどの距離だった。

 とらに限らず、この店のスタッフは何度もむらおかの家族と顔を合わせているが、以前会ったときよりも雰囲気が暗いと思ってしまうのは、とらがあの話を知っているせいだろうか。

 あかは普通のお客のようにしばし店内をこともなげにうろついてから、普通のお客のようにいくつかの商品をレジに置いた。

「……それじゃ、画面に承認のタッチを」

 お菓子と飲み物、そして何に使うのか茶封筒と、POSAカード千五百円分だった。

「……お父さんに言わないでね。最近うるさいの。課金とかなんか目の敵にしてるみたいで」

 高校生の千五百円なら目くじら立てるような金額でもない気がするが、むらおかPOSAカードの理屈が分からないとボヤいていたから、もしかしたら家では娘の買い物に結構うるさかったりするのだろうか。

「まぁ、今時ゲームの課金とか普通らしいからね」

 ここで自分が口うるさいことを言っても仕方がないので話を合わせようとしたが、あかは怪訝な顔をするだけで、

「ゲームとかしないよ。音楽ダウンロードしたり、配信見るのに必要なの」

「そ、そうか」

「『えいてん』ってバンド、とらさん知ってる?」

「悪い、音楽はあんま聞かなくて……」

「最近ニュー・チューブから出てきたバンド。好きなんだ。配信サイトで一曲三百円とかでダウンロードできるの」

「へぇ。一曲ずつなんだ」

「お父さんの時代みたいに、CD一枚何千円なんてのよりよっぽどお小遣い賢く使ってるんだけど、どーも親は分からないんだよね」

「……そういうもんかもな」

 若者の好むものに対して無条件に不安を抱くのは、親のさがのようなもの。

 とらはそんな光景を、それこそ飽きるほど知っている。

 そこまで言って、あかもつい自分がしゃべりすぎたと思ったのだろう。

 父親が現れることを警戒するようにスタッフルームの方を見てから、声を潜めた。

「私が来たことも言わないでいいから……って言っても言っちゃうか」

「いや、このまま真っ直ぐ家に帰るんなら言わないよ。そうでないなら時間が時間だし、ね」

「……余計なお世話」

 若者にそれを言えばそう返されることは分かっていたが、それでも言わなければならないのが大人の役割だ。

 特にあかのような年頃は、理屈で分かっても感情が受け入れられない年頃でもある。

「悪いね。お父さんに雇われてる身だし、最近知り合いがこの辺で酔っ払いに絡まれるトラブルに巻き込まれたから、やっぱ心配になるんだよ」

 知り合って一日経たない修道騎士と闇に紛れる吸血鬼の揉め事であっても、知り合いであることは間違いないしトラブルであることも間違いない。

「……」

 一応衷心からの言葉だったが、あかはどう受け取ったか怪訝な顔をするばかりだ。

「それじゃ、お疲れ様です。本当に、言わないでいいから」

 あかはうつむきがちにそう言うと、買い物袋を手に店を出て行ってしまう。

 とらあかが出て行ってからスタッフルームに入り、床の上で使い込まれた寝袋に入って眠っているむらおかを激しく揺り起こした。

「あ、ふ、ふがっ!?」

むらおかさんすいません! ちょっとお客さんが忘れ物したんで、追いかけてきます! レジお願いします!」

「あふっ?」

 むらおかの返事を待たず、とらは店を飛び出すと、少し先の街灯に照らされてとぼとぼと歩くあかの姿を発見した。

あかちゃん!」

「……え?」

 振り返ったあかは驚いた顔をしてとらを待つ。

「やっぱ心配だから、家まで送るよ」

「え、でも、お店は?」

「お客さんに忘れ物届けるって言って、お父さんに起きてもらった。あかちゃんを送ったら、走って戻る。ほら行こう。コートも何もないから寒い!」

 コンビニの制服を強調してわざとらしく促す。

 反発があるかと思いきや、

「……うん」

 あかは素直に頷いて、とらと並んで歩き始めた。

「もしかして、何か聞いてる?」

「……何を?」

「うちのこと」

 あかは具体的なことは言わないが何のことを言っているかは明白であり、とらも敢えて話を振ってきたあかに、嘘を言う意味も無かった。

「お父さんから、少しだけ」

「これでも親には親の考えがあって、必死なんだってのは分かるけどさ、なんだかなって気がするよね。お母さんも、お父さんのワーカーホリックぶりに愛想尽かすまでは分かるよ。でも私のコンクールのことダシにすんなら、せめて私連れてくべきじゃない? 最低でも私には行き先話すべきじゃない? 一人で逃げんのはさすがに、ね」

 片道五分の道のり。

 わずかな会話の間に、むらおか家のあるマンションが見えてきた。以前むらおかが、三階の角部屋だと言っていた気がするが、そこに照明の気配が無いのは、この時間だからなのか、家に誰もいないからなのか。

「ありがと。もう大丈夫だから。ばいばい」

 とらに何か相談したかったわけではないだろう。ただ、僅かに溜まっているものを吐き出したかったのだ。

 とらの返事も待たず、あかはがしゃがしゃと袋の音を立てながらマンションのロビーへと走って行ってしまった。

「誰にも話せないのは、しんどいよな」

 わずかでもとらにグチを零したのは、とらが既に知っているから。

 逆に言えば、知らない相手、それこそ学校の友達になど話せていないのだろう。

「吸血鬼が女子高生の悩みに乗ってるようじゃ世も末だ。まったく」

 寒さとやりきれなさを振り切るためにも走って店に戻ると、むらおかが神妙なのか眠いのか、ぼんやりした顔でレジに立っていた。

むらおかさんすいません戻りました」

「ああ、うん。じゃあ僕はもう少し寝るね」

「はい、すいませんでした」

「トラちゃん」

「はい?」

「何か、気ぃ遣わせちゃってごめんね」

「え……」

 とらが振り向いたときにはもうむらおかはスタッフルームに姿を消していた。

 もしかしたら、むらおかあかが来ていたことに気付いていたのかもしれない。

「こればっかりは、他人がどうこうできる問題じゃないし、それに」

 とらは、じっと自分の手を見る。

「自分自身の問題を自分で解決できたことのない俺が、何できるんだって話だよな」

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