第二章 吸血鬼はネット通販がお好き 2
「トラちゃんトラちゃん、ちょっと!」
深夜二時になって、ドリンク冷蔵庫裏のウォークインで品出しの準備をしていた
「ちょ、ちょっと手洗ってレジ来てくれる? ていうかトラちゃん英語分かる?」
「英語ですか? あんまり自信ないですけど」
「外国人のお客さんなんだけど、レジの前に突っ立ったまま全然何も話してくれなくて、何言っても反応なくて……トラちゃん? 大丈夫? 見たことないような凄い顔してるけど」
「いえ、心底面倒だって思ってるだけです」
「トラちゃんが珍しいねそこまで仕事を嫌がるの。ねー頼むよ! 若い女の子だし、僕もうどうしたらいいか」
日付が変わる時間になっても来なかったので油断していた。
「……お客様、どうされましたか?」
「店の中、どこにもいないからダマされたかと思ったわ」
「悪いな、裏で品出ししてたんだよ。どうしたんだこんな時間に」
「あれ? 日本語?」
少し遠くではらはらと見守っていた
「……紅茶」
「え?」
「色々あったから眠り浅くて目が醒めちゃって、紅茶、飲みたくて」
「冷蔵庫の中にペットボトルの、あったろ」
「あんな甘いの、紅茶じゃない。私、甘いお茶って好きじゃないの」
「はーそうか。俺は結構好きなんだが」
「トマトジュースくらい常備してなさいよ。そういう生き物でしょ」
流石にここで、吸血鬼という単語を使うほど迂闊ではないようだ。
「俺はトマトジュース好きじゃねぇんだ。もっと言えば、トマトそのものがそんなに好きじゃない。赤い液体なら何でもいいってわけじゃねえんだよ」
「変なの」
「勝手なイメージで物言うなよ。一応専門職だろ」
吸血鬼が血の代わりにトマトジュースを飲むという誤解は一体どこから広まったものか。
ビールを飲みたい人間に麦茶で満足しろというようなものだしそれに、
「ちなみに俺、休憩時間に近くの深夜営業のラーメン屋でとんこつラーメンとコーラ注文したからな。ただ生きるなら、普通にメシ食ってるだけでいいんだ」
「だとしてもちょっと不健康ね」
アイリスは眉根を寄せるが、吸血鬼の健康を気遣ってくれるのも妙な話だ。
「コンビニにも、別に上等の紅茶はないぞ」
「ティーバックくらいあるでしょ。きちんと淹れれば、安い紅茶でも美味しく飲めるわ」
「へいへい。あそこの棚。確か三種類くらいあるから、好きなの選べよ」
「うん」
アイリスは頷くと、
そのタイミングで、
「トラちゃん、知り合い?」
「え、ええまぁ。なんというか、知り合い、ではあります。人見知りなのと、日本に来たばかりで、あんま慣れてないんです」
一切嘘は言っていないが、何故自分がこんな言い訳をしなければならないのか、
そこにアイリスがすぐ戻って来た。
少しだけ口角が上がっていて、嬉しそうな様子だ。
「アールグレイがあるじゃない。日本のコンビニ、凄いわね……って、あっ!」
アイリスは楽しそうにそう言ってレジに来て、
「あっ、あっ……そのっ……」
「それじゃトラちゃん後はよろしく。僕少しだけ仮眠してるから、何かあったら起こして」
最初は戸惑った
「本当にダメなんだな」
「……ごめんなさい。気を悪くしてないといいんだけど」
「大丈夫だ、
「大丈夫。ヤカン、勝手に使わせてもらうわね」
「ああ。もうすぐ上がる。気を付けて帰れよ」
「ええ。邪魔してごめんなさい」
紅茶のティーバック一つ入ったビニール袋を抱えて店を後にしたアイリス。
一瞬
と。
「とーらちゃん!」
雇い主のオーナー様の、乾いた高い声が、背後から迫って来た。
「聞かせて」
「嫌です」
「聞かせてって」
「嫌ですって」
「彼女でしょ」
「違います」
「でも家って」
「聞き違いです」
「彼女いないって言ってたよね」
「いませんよ」
「あんな金髪美女となんて爆発すればいい」
「セクハラで訴えますよ」
「彼女でしょ」
「パワハラで訴えますよ」
「トラちゃん」
「違うからとっとと仮眠してきてください」
「お願い聞かせて」
「
「頼むよ」
「
「このトシで人の幸せ妬んだりなんかしないよ」
「さっき爆発すればいいとか言ったくせに」
「むしろ自分が辛い状況であればあるほど、誰かの幸せを願わずにはいられないんだ。若い人の恋は眩しいね。尊いね。温かいね。僕と妻にもそんな時代があったかと思うと、この世の幸せは平等じゃないんだなって、娘もいつかそんな思いをするのかなって。親として娘の恋人には立派な人であってほしいなって。だからトラちゃん」
「はい」
「聞かせて」
「絶対嫌ですさっさと寝て来い」
「雇い主に対してその暴言後悔するなよ!」
「これ以上しつこいと永遠に眠らせますよ」
「ああ、明日のことなんか考えずに延々眠りたいよ……畜生……おやすみ」
「はい、おやすみなさい。上がる前に起こしますから」
「これで僕が追及を諦めると思わない方がいいよ……」