1章 なんで、真っ赤なんだ? 5
『映画だよ、ふたりとも観たかったヤツがちょうどかかってて。デートプランとしちゃベタベタだけどさ』
「いいじゃん、ベタで。王道だろ」
『まーなー。へへ、いやあほんとサンキュな、空也』
「どういたしまして」
夜、自室にて。
意中の女子とデートの約束を取り付けた──そんな電話をかけてきたのは、友人の勇治だった。
「なに観んの?」
『デッド・オア・ハードのリメイク。中林、アクション映画が好きらしい』
「あれか。勇治も観たいって言ってたもんな」
『そうそう。前から観たい観たいって言い続け、……お前を誘い続けては断られ続けたあの映画だ!』
「悪かったって」
不満げな勇治に、俺は苦笑しながら謝る。
『まーいそがしいか。あいかわらず人気だもんな、空也の絵。でもわかるわ、俺、絵のことなんてさっぱりだけど、お前の描いたヤツがなんかやばいってのはゴリゴリに感じる』
「お、そりゃうれしい。ではどうですか? お買い上げ」
『おーし、いいぜ、安く買い叩いて後々に高く売っぱらってやる! ……でも真剣に、将来マジでお宝になるよな、アリじゃね……?』
「なんねーよ」
『なるなる! ならんわけがねえ。お前は絶対、将来とんでもない有名作家になる』
勇治の声は本気のトーンだ。たまにこういうことを真剣に言ってくる。
それが嬉しくて、そして照れ臭くて、俺は話題を変えた。
「ところで、映画観たあとはどうすんの?」
『とりあえずどっかでお茶でもと思ってる。それからはノープラン。なんか映画館あたりでおすすめの場所ある? 俺、あの辺あんま行かないから知らないんだよね』
「そーだなー、俺はあのあたり、画材屋あるからちょいちょい行くけど、女子が喜びそうなところって言うと……」
『お前はたくさん知ってるはずだ! 吾道さんとよく遊んでんじゃん』
「そうなんだけども。でも、デートなわけではねえし」
『それが不思議だよな~。あんなに仲も
「良いのは翠香の面倒見だよ」
ひとりで出掛けさせるのは心配だから、とは彼女の言葉だ。
『そんなもんかね。お前らのこと、付き合ってるって思ってるやつもいるくらいだぞ』
「勇治、俺の脈アリ判定の精度は?」
そう言うと、「ああ、まあ、そうね。そりゃそうだ」と勇治は電話越しにうなずく気配だ。
『ん~、じゃあ、……久城さんは? 遊びに行ったりとかしてねえの?』
「いやいやいや、相手を誰だと思ってんだ」
『そうなんだけどさ。でも、久城さんとまともに話せる人間、たぶん学校でお前ひとりだぞ』
「隣の席だからな、連絡係だよ。クラスのみんなと話すより俺ひとりと話す方が効率が良い、らしい。ちょうど今日、お礼を言われたよ」
『は~、やっぱ久城さんってひと味違うぜ』
バカにしているとかではなく、勇治は素直に感心している声だ。彼はそのまま続ける。
『俺、一年のとき同じクラスだったから知ってるんだけど、久城さんって別に話すのが苦手とかじゃないんだよな。授業で
「そうそう、俺と連絡事項のやりとりするときも、普通にバリバリ喋ってくれるよ」
『…………』
「たまにとんでもない早口になるくらい。『頭良い人と話してる!』って感じがする」
『……ううう~ん、それなんだよな』
「なんだよ?」
勇治に問い返すと、
『一年の頃、隣の席だったやつとかとそーやって喋ってたっけなあと思って。そんなことなかった気がする……。だから俺の知るかぎり、久城さんとあんなに話せるの、学校でお前だけなんだよ』
「そうなん?」
ちなみに、うちのクラスは四月にクジで席が決まってから席替えは行われていないので、久城さんの隣になった人間は、まだ俺ひとりだ。
『今はさ、隣の席のお前が普通に久城さんと喋れてるから、みんなお前に連絡頼むじゃん? でも一年の頃はそんなことなかったから、俺たち、ビビりながらがんばって声かけてたんだぜ』
「へええ~。……別にビビらなきゃいいだけじゃないのか? 気持ちはわかるんだけど」
『わかってるなら言うな。……ビビるわ、キョドるわ。現実にあんな美人いていいのかよ、なんかおかしいだろあのレベルは』
「現実感薄いよな」
『なー! で、話しかければあの常時超絶事務的対応祭り開催中っしょ。無視するだとかじゃないけど、ひたすら必要事項だけ返ってくる感じの……。なんかもう話しかけたことを謝りそうになる……』
「事務的、か。……そこまでではない気もするけど、まあ、クールだよな。でも久城さんって、案外いろんなこと教えてくれたりするぞ」
『どうしたらそんなコミュニケーション取れるんだよ、あの人と……。その前の段階でみんな
「本気で言ってる?」
『ぜ~んぜん』
「ウケる」
はっはっはっは、と、ふたりでひとしきり笑う。
……笑いながら、俺の
「そうだ、話を戻すぞ勇治。映画館あたりで遊ぶとこっていうなら、ゲーセンくらいじゃね? あそこはきれいだし、割とカップル多い」
画材屋へ行った帰り、翠香とたまに寄っていったりする。もっぱら、ダンスゲームでキレッキレに踊る翠香を観る時間だ。楽しいので俺としてはとても満足している。
『お、ゲーセン。中林、好きそうだな。おっけおっけ、ありがと!』
「あいー、んじゃがんばれよう」
『おうよ!』
気合いの入った声の勇治に「応援してる」と言って、俺は通話終了のボタンをタップした。
ゲーセンか。そういえば、しばらく行ってないかもな。
そもそもゲーム自体、最近あまりやっていない。前は勇治とマイナーなスマホゲーで遊んでいたのだが、それはマイナーさが
あれ、協力プレイがおもしろかったんだけどな。似たようなものはないんかな。
スマホで、【スマホゲー おすすめ 協力プレイ】のキーワードで検索。
「お……」
つい最近リリースされたタイトルが見つかった。評価はかなり良い。ロボットに乗って戦うアクションゲーだ。
基本プレイは無料らしいので、とりあえずダウンロード。……していると、電話がかかってきた。
また勇治かそれとも翠香か、そう予想しながら画面を見て──
「ん!?」
思わず声が漏れる。
だって、……発信元に久城紅と書いてあったのだ。そういえばいつか、なにかに使うかもしれないからと連絡先を交換してはいた。
してはいたが。
「なんと。なんだろ……」