第二章 男と女、あからさまな女>男 1
この世界に呼び出される直前まで、ハルドールは別の世界で
もはやそれが何という名前の魔王だったのかさえ思い出せない──ハルドールにとっては、それはすでにルーチンワークにひとしい文字通りの作業であり、最終的には万人が望む
すなわち、魔王は勇者によって倒され、
その対価としてハルドールが求めるのは金銀財宝ではない。そうした富は、あって困るものではないにせよ、どのみち別の世界にまで持っていけないからである。だからいつもハルドールは、自分が救った美女のキスひとつを報酬に、人々の歓声を背に受けて立ち去ることにしていた。
「何じゃそれは?
「痛々しいっていい方はないだろう?」
ジャマリエールが暗くじっとりとしたまなざしを自分に向けていることに気づき、ハルドールは肩をすくめた。
「別に俺がキスをせがんでるわけじゃない、自然と彼女たちのほうからそういう
「ならば、見事わらわの宿願が達成された
「そこまで
「うるさい!」
オートミールを食べていたジャマリエールは、うんざり顔でスプーンを放り出した。
城壁の上の張り出し舞台は見晴らしもいいし風の通りもいい。朝食もここで食べたいといったのは、ハルドールのささやかなわがままだった。
「わざわざすまないね、手間をかけさせて」
ハルドールは
「きにすんな、ゆうしゃ! どんどんくえ!」
「何というか、ここの女の子たちは
「おぬしな……そんなちんちくりんな小僧っ子が歯が浮くようなセリフを吐いたところで
「それは無理な相談だよ。ただでさえダンディなルックスを失ったのに、ポリシーまで曲げたらもう俺が俺じゃなくなるだろ? あと一○年もすれば外見と中身のギャップもなくなるだろうし、そこは
「おぬしの仕事はこの一年が勝負じゃ。一○年などととんでもない」
「それもそうか」
ジョルジーナが運んできてくれた、けさ焼かれたとおぼしいやわらかいパンをむしって口もとに運び、ハルドールはひんやりとした朝の風に目を細めた。
少し休めばこの世界に慣れて、若返ってしまった肉体も本来のものに戻るかもしれない──という淡い期待を裏切り、一夜明けてもハルドールの
「──ほれ、おぬしの要望通り、連れてきてやったぞ」
宝石のような輝きを見せるブドウを皮も
「へ、陛下! つっ、つつ、連れてまいりました!」
緊張のせいなのか、みっともなく声を震わせるガラバーニュ
「……よくおとなしくしてたね、ふたりとも」
「ふたりには、
ハルドールとジャマリエールがこそこそ話し合っているのが気に食わないのか、クロは
「勝負してもらおうか」
開口一番、クロは低く押し殺した声でいった。鋭い視線はまっすぐにハルドールを
「ひいぃ……!」
ジョッキにミルクのおかわりをそそごうとしていたジョルジーナが、クロの眼光におびえて
「いきなりそれかい? 俺はきみたちと朝食をともにしようと思って呼んだんだけど。……まさか人の食事を邪魔するのが趣味ってことはないよね、お
「は?」
「いや、きのうもきみたちが逃げ出したせいで食事を邪魔されたんでね」
「あんたね──」
「やめてよ、クロちゃん……」
クロの全身からまるでマグマのようにねっとりとした殺気があふれ出てきたその時、シロが彼女の腕を
「わたし、そういう怖いのやなの。平和的に話し合おう? ね?」
「ちょっと、シロ! わたしは──」
「ケンカはダメよ……平和的に話し合おう? ね、クロちゃん?」
「む、ぐっ……」
クロはむっとして椅子から立ち上がろうとしているようだったけど、彼女の肩を押さえているシロがそれを許さない。表情こそおびえているが、きのう見た通り、やっぱりクロよりもシロのほうがパワーはずっと上のようだった。
クロが抵抗をあきらめるのを待って、シロもまた
「それであなた……ハルドールくん?
「どうぞお好きなように、ミス・マシュローヌ」
この臆病な金髪美女が何をいうのか興味がある。ハルドールはまだたっぷりと残っているパンや料理の皿をふたりの美女の前に押し出し、シロの次の言葉を待った。
「あ、あの、騎士団のみなさんから聞いたんだけど……ハルくんて、異世界から来た勇者さまなんですって?」
「ああ」
「わたしは流しの勇者なんて聞いたこともないけどね」
怒りのはけ口にされたパンが、またたく間にクロの口の中に消えていく。次々に皿が空になっていくのを見て、ジャマリエールは料理の追加を持ってくるようにケチャたちに命じた。
「ずっと箱の中で眠っておったおぬしらは知らぬかもしれんが、すでに五○○年に一度のあらたな
「乱世なんてわたしたちにはどうでもいい話だよ」
ジャマリエールが食べていたブドウをボウルごとかっさらい、それもあっという間に食べ尽くしてしまったクロは、きつい視線で少女君主を
「……だいたい、わたしたちをこいつにあたえるとか、そんなこと勝手に決めないでもらいたいね。わたしたちにはちゃんとした〝所有者〟がいるんだ」
「ほほう……ならばその所有者とやらのことを聞かせてもらいたいものじゃな。もし正当な所有者が本当におるのなら、おぬしらを返すのもやぶさかではないのじゃぞ?」
「それは……」
これまで何ともいえない静かな迫力をにじませていたクロが、なぜか急にジャマリエールから視線を
「……とにかく、わたしとあらためて勝負をしてもらうよ」
「理由を聞いてもいいかな? 俺はさ、できることなら女性とはケンカなんかしたくない、むしろつねに無条件降伏でもいいと思っている男なんだよ」
「それがわたしの流儀だからさ」
クロは逆手に摑んだフォークをハルドールの前に置かれた皿に突き立てた。
「きゃっ! く、クロちゃん! そういうことやめてって──」
「あんたは
驚いたことに、銀でできたフォークは曲がることもなく、