第二章 男と女、あからさまな女>男 2
「……なるほど、きみのいいたいことは判ったよ」
皿の
クロもシロも、自分たちを見えない
「お願い、クロちゃん……そう熱くならないでよ。平和的に話し合いで解決しようっていったでしょう?」
シロはクロをなだめながら、
「──ねえ、ハルくん。わたしはクロちゃんと違って荒っぽい真似はしたくないの。伝わりにくいとは思うけど、わたしって臆病だしかよわいし……どうにか話し合いで解決したいの。だからお願い! あのガントレットをわたしたちにゆずってくれない?」
「虫のいいことをゆうでない」
横で聞いていたジャマリエールが即座に口をはさんできた。
「──いにしえの戦場跡で行き倒れておったおぬしらを見つけ出し、助けてやったのはこのわらわじゃぞ? わらわが
「……あんたさ」
こんがりローストされた
「それ以上ふざけたことをいうなら、ガキだからって容赦しないよ?」
「おぬしこそほざくでないわ、小娘が」
ジャマリエールはクロの眼光を真っ向から受け止め、逆に不敵な口ぶりで挑発した。
「……わらわを見た目通りのガキとあなどっておると地獄を見るぞ?」
「へえ、面白そうじゃないか。むしろ見せてもらいたいね、その地獄とやらを」
「ふん……どんなに
「だから、わたしらのダンナは──」
「ふん。今どこにおるのかも判らんというより、生きておるのかどうかも判らんのじゃろうが?」
玉座の上であぐらをかき、ジャマリエールは鼻を鳴らした。
「わらわがおぬしらを回収した時、その周囲に生きて動くものなど何もなかったぞ? それが何を意味するか、判らぬはずはあるまい?」
「そんなわけ──そんな、はずは……」
クロは
「いったいどういうことか教えてほしいな。このレディたちはいったい何者なんだ? 見た感じはエルフみたいだけど……」
「じゃからわらわがゆうたではないか。この両名は最強の〝武具〟じゃと。おそらくかなりの力を持つ
「……たぶん」
「たぶん?」
「わたしもクロちゃんも、そのへんの記憶が
シロは困ったような表情で
「わたしとクロちゃんが、わたしたちを作ったご主人といっしょに戦ってたのは確かなの。でも、目覚めてみたら、そのあたりの具体的な記憶がぜんぜんなくて……。ご主人の顔も名前も覚えてなければ、誰と戦ってたかってことも」
「それは……気の毒だとは思うが、要はそういうことじゃないのか?」
そのご主人とやらはほかの魔王との戦いに
「──わらわも何度もそうゆうておるのじゃがな、ふたりともかたくなにそれを認めようとはせぬ。前の主人は絶対にどこかで生きておる、じゃから絶対にわらわにはしたがわぬとゆうし、主人を捜しにいくとゆって聞かぬのじゃ。それで仕方なく、あの箱に封印しておいたとゆうわけでな」
「……感じるんだよ」
苛立ちを溜息に乗せて吐き出し、クロは立ち上がった。
「もしダンナが死ねば、わたしたちにはすぐにそれが判る。ダンナの死を感じないってことは、まだどこかで生きてるってことなのさ」
「前々から思っておったが、存外に
「黙りなよ、おチビちゃん。……さっきからうざったいんだよ」
クロが目にもとまらぬ動きで投げつけた肉用のナイフが、ジャマリエールの頭上をかすめて多脚玉座の背もたれに突き立つ。しかしジャマリエールは
「──わたしたちは別にあんたに回収してくれなんて頼んじゃいないよ。すべてあんたが勝手にやったことさ。恩を返せというなら返してやるけど、わたしたちはダンナのもの、ダンナがいないのならわたしたち自身のもの、そこだけは好きにはさせないよ」
「じゃが、現実問題として、おぬしらは我が勇者からは離れられぬのじゃぞ?」
「だからこいつで決めようっていってるんだよ」
クロは握り締めた
「……まさかいくつもの世界を渡り歩いてきた勇者サマが、わたしの挑戦から逃げるとはいわないだろうね?」
「ひとつ確認していいかな」
こういう展開になるのであれば、騎士団はともかく、ケチャたちが
「──きのうのはノーカンなのかな? それともエキシビジョン的なあつかい? 一応、俺の中では、少なくともきみとはもう勝負はついたことになってるんだけどね」
「……っ!」
ハルドールの挑発的な言葉に、クロの
だが、その前にシロがクロの手を摑んでいた。
「……ほら、いったでしょ、クロちゃん? クロちゃんはきのう負けちゃってるんだから、何をいったって絶対そこを突っ込まれるって……クロちゃん、何ていうか……ちょっと
「は!? それ何? バカってこと? だいたい、わたしはまだ負けてない! まだ勝負は……しょ、勝負は──痛い痛い痛い! は、放しなよ、シロ! この怪力女!」
「あ、ご、ごめん……でも、乱暴なクロちゃんを放置しておくと、わたしの平和的な話し合いの努力をブチ壊そうとするから……」
「あのねえ──」
「お、お食事中のところを申し訳ございません! 緊急の報告がございます!」
クロとシロが力くらべをしているところに、息を切らせて衛兵が駆けつけてきた。それをガラバーニュ卿がたしなめる。
「いったい何ごとだ、騒がしい!」
「つい先ほど急使が到着いたしまして、ブルームレイク近郊の
「何!? なぜそんな場所にいきなり敵が現れる!?」
「そもそも敵とはどこのバカどものことじゃ?」
ジャマリエールは眉をひそめて玉座の上に立ち上がった。
「そ、そういえば陛下!」
ガラバーニュ卿が何かに気づいたように手を打った。
「──ブルームレイクの近くには、確か先日契約を結んだばかりの
「ふむ……それも手じゃのう」
「そっ、そのことなのですが……」
兵士が絶望の
「……報告では、そ、その傭兵団が町に攻め寄せる気配を見せているという話で──」
「はあ!?」
ジャマリエールとガラバーニュ卿は顔を見合わせて
「で、ですから、どうやら陛下が
「それは判っておる! その上でもう一度ゆうぞ? はあ!? 何じゃそれは!」
豊富なアクセサリーで飾られた髪をばりばりとかきむしり、ジャマリエールは大声でわめいた。
「たっぷりと前金を払ってやったとゆうのに、即座に裏切ってわらわの敵に回ったじゃと!? 許せぬ、絶対に許せぬ!」
「これは抜き差しならぬ一大事ですぞ、陛下! ブルームレイクはここから南にわずか三○キロ……もしあの町が奪われるようなことがあれば、この都はもはや裸同然、敵を防ぐ手立てはございませぬ!」
「おぬしはおぬしで何を情けないことをゆうておる!? この都を守る最後の
「いや、それは
ハンカチで汗をぬぐいながらガラバーニュ卿が告白する。
「こうなれば仕方あるまい。すぐに馬の用意をせよ」
「えっ!? ま、まさか陛下みずからご出陣なさるので!?」
「たわけ、そのようなことをしたら疲れるであろうが? わらわも出向くが、それはただの見学じゃ。──のう、我が勇者よ?」
「……だからさ、どうしていつも食後のデザートまでたどり着けないのかな、俺は?」
この国を守るために呼ばれた以上、敵が魔王だろうと裏切者の傭兵団であろうと、ハルドールに選択の余地はない。ハルドールはナプキンをはずして立ち上がった。
「ミス・グローシェンカ……だったよね? 申し訳ないけど、話の続きは俺が帰ってきてからにしてほしいな」
「あんたまさか、そのまま逃げ出すつもりじゃないだろうね?」
「逃げる? 逃げ出すことになるのはその傭兵たちだと思うよ」
ハルドールはジャマリエールを玉座から抱き上げ、城の中庭へ飛び降りた。