とある一幕 私の人間的魅力は止まるところを知らないね。

「思ったんだけどさ、大和君って私に対する愛情表現とか全然してくれないよね」

 いつものように無断占拠した文芸部室で、ふとが呟いた。

 教師に怒られない程度に軽く色を抜いたセミロングの髪。ぱっちりと大きな二重の瞳のせいで少し幼く見える顔立ち。

 控え目に言って美少女である彼女と、俺は今ちょっとした事情のために交際している。

「いらないだろ、そんなの。別に本当に付き合ってるわけでもないんだし」

 とまあ、たった今返した言葉通り、二人の関係は偽物のカップルなわけだけど。

 よくある結朱の戯れ言を受け流し、目の前のテレビゲームに意識を戻す。

「えー。私はこんなに大和君のことが大好きなのに、寂しいこと言わないでよー」

 隣に座った結朱が、もっと自分に構えと言わんばかりに俺の脇腹をつついてきた。非常に鬱陶しい。

 こういうのを真に受けていたら、この女の彼氏(偽)はやっていられない。

「それに大和君もこんな美少女と二人きりで過ごしてるんだし、絶対に意識してるはずじゃん? その気持ちを素直に言葉にすればいいんだって。あ、もし拒絶されたら怖いとか思ってるなら杞憂だよ? めっちゃ嬉しがるからね、私」

 顔はめちゃくちゃいいのに、このように致命的なナルシストなのが玉に瑕。

 放っておけば天井知らずに鬱陶しさをインフレさせるのが、この結朱という女の特性である。

「現時点で最高に素直なんだが、これ以上何をしろと?」

「そうだなあ……じゃあ私の好きなところを一つずつ言っていこうか」

 ちょっと考えた末、俺もその辺が妥協点かと思い、頷く。

 適当にいくつか長所を挙げて褒めてやれば、結朱も満足するだろう。

「しょうがねえな……分かったよ」

 テレビゲームを中断して俺が応じると、結朱はパッと顔を輝かせた。

「よしよし、ようやく素直になったね。じゃあ、いってみよう! 結朱ちゃんの好きなところランキング! まずは第百位から!」

「百位!? ちょっと思ってたのと桁が一つ違うんだけど!」

「何を言うかね。この頭脳明晰、運動神経抜群、見た目も完璧でコミュ力抜群の私の長所だよ? 愛があれば百個くらい簡単に言えるでしょ」

「承認欲求の怪物か! そんなにひねり出せねえよ!」

 俺が悲鳴を上げると、結朱は深々と溜め息を吐きながら肩を竦めた。

「はぁ……まったく、素直に人を褒めることもできないとは嘆かわしい。そんなんだから大和君はいつまで経ってもクラスで友達の一人もできず、コミュ障だの陰キャだのぼっちだのデートが下手だの言われるんだよ」

「そこまで言われるほど悪いことしましたかね、俺……そして確実に一個、お前の私見が入ったよね?」

 他人の意見の中に個人的なクレームを混ぜ込むなと言いたい。そしてデートが下手なのはお前も一緒だとも言いたい。

「ていうか、お前こそ俺の長所を百個言えるのかよ」

 そう切り返すと、結朱はきょとんとして小首を傾げた。

「え、言えるわけないじゃん。そもそも百個も長所がある人間じゃないでしょ、君」

「悲しいことに否定できないな! 最悪の返し方しちゃったよ!」

「でしょ? 世界で一番大和君を愛してる私ですら、せいぜい二、三個」

「お前はよくそんな奴を世界で一番愛せたな!? 逆になんでそんな深い愛が芽生えたのか知りたい!」

「ほう、知りたい? ならいきましょう、大和君の好きなところランキング! 第三位、『毒にも薬にもならない無害さ』」

「三位でそれがランクインするの!? こんな無理やり絞り出したものが銅メダルとか、どれだけ層が薄いんだよ、俺の長所!」

「第二位『一緒にいても気を遣わなくていい。いわば無害』」

「三位と同じものがランクインしてない!? とんでもない粉飾決算が目の前で行われたんだけど!」

 もはや俺の長所って実質二つだけじゃね? どんな人間だ、俺は!

「そして栄えある第一位はこちら! 『すっごい可愛い彼女がいること』!」

「結局、自画自賛に戻るのかよ! それを一位に持ってきたせいで、俺由来の長所が無害であることだけになったぞオイ!」

 ほとんど畑に立ってるカカシと同等である。いや、カラスを追い払えるだけカカシのほうが上等か。

「どう? 私の愛の理由、分かっていただけた?」

「謎は深まるばかりだよ……」

 結局、結朱が自分自身のことを大好きという情報以外に、伝わってくるものはなかった。

 なんか凄まじく時間の無駄遣いをしてしまった気がする。

「もういいっす……」

 謎の徒労感に包まれながら、俺は深々と溜め息を吐いてテレビゲームに戻ろうとする。

「まあまあ。そう怒らずに」

 と、そこで結朱は何を思ったのか、満足そうに笑うと、俺の肩に寄りかかってくる。

「……なんだよ」

 ちょっと照れくさくなり、すぐ側にある結朱の顔から目を逸らしながら問い質すと、彼女は至近距離でこっちを見上げてくる。

「こうやって、二人でどうでもいい話をしてる時が私は一番楽しいよ。それが大和君の好きなところランキング第一位。それじゃ駄目?」

 不意打ち気味に放たれた言葉に、思わずドキッとした。

「だ、駄目じゃないけど……」

 肩に触れる結朱の体温と、ふわりと漂う甘い香り。

 放課後の文芸部室。誰もいない、二人きりの空間。

 そういえば、俺は彼女の好きなところを一つも言っていない。

 何か一つくらい返したほうがいいだろう。

 一つ深呼吸をしてから、俺は口を開いた。

「えと、俺は――」

「あ、やっぱりこういう気の利いたことを言えちゃう彼女がいるところが第一位かもしれない! いやー、私の人間的魅力は止まるところを知らないね!」

「台無しだよ!」

 一気に力が抜けてしまい、俺はもう結朱に構うのをやめてテレビゲームを再開した。


 いったい、どうして俺がこの天下無敵のナルシストと付き合うことになったのか。

 その顛末について、これから少しだけ語ろうと思う――。

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