「……は?」
呆けた声が出た。各属性宝珠と言えば、魔法媒介の素材として超一級品。魔法を扱う者であれば、生涯で一度は手にしたい、と思う類の代物だ。
帝国西方で発見されて以来、二百年近く経つも未だ踏破されていない、ローグランドの次元迷宮──通称『大迷宮』を抱えている迷都ラビリヤ産のそれが名高いが、入手は極めて困難だと聞いている。
何しろ階層の主を討伐しないといけないのだ。
その強さは龍程ではないにせよ、上位冒険者のみで構成されたパーティが複数組集まっても苦戦すると聞く。
それ以外の入手方法は、特級以上の龍か悪魔を討伐。つまり、まず無理だ。
ただし──希少な分、効果は極めて絶大。
宝珠を組み込んだ武具は、属性に応じて大きな魔力と耐性が得られ、著名な冒険者や、騎士、魔法使いの装備品には大抵これが使用されているらしい。
迷都で年に二、三度出品された際こっちでも話題になるくらいだし、取引額は最低でも金貨数千枚。私は、ギルドの報告書をよく読んでる方だと思うけど、ここ最近、競売にもかけられていない筈だ。
つまり──この宝珠が本物だとするならば、ギルドを通さず、ソロ、もしくはパーティ、クランが直接送って来た、ということになる。
そんな物を平然と? しかも、さっき自分が運んできた箱の中に?
……偽物の可能性が高いわね。
青年が笑い、宝珠だというそれを渡してきた。
「あ、信じてないね。直接、手に取ってごらんよ」
「ち、ちょっと」
私は慌てて両手で受け止める。
圧縮された恐ろしく強い炎属性。も、もしかして本物?
それにしても、本当に綺麗……。
宝珠の人気は圧倒的な効果とその美しさにある、と聞いてはいたけど、納得する。
──ひとしきり眺めていると、何時の間にか青年が三本の棒を持って横に立っていた。
それぞれ材質が違うように見える。
「納得したかな?」
「……確かに本物みたいね。だけど、こんな貴重な物を送ってくるなんて、何者なのよ」
「さっきも言ったけど、昔後押しした子達が律儀に送ってくるんだ。みんな、立派になってくれてね。今回は僕の失敗なんだけど」
「失敗?」
「この前、王都を久しぶりに訪ねた時、話しちゃったんだよ。『炎と水の宝珠を探しているんだ』って。今度、お返しをしておかないと」
……もう、訳が分からないわ。
こいつの話は概ね事実らしい。
だけど、付き合っていたら私の中の常識が音を立てて壊れるばっかり──
「さて、これを見てくれるかな?」
青年が、こちらに持ってきた三本の棒を見せてきた。……今度はなんなのよ。
一つは木製。内部に光が瞬いているように見える。
やや短い二本目は、灰色。何かの骨??
そして、三本目は明らかに金属。けれど、凄い魔力を感じる。
それぞれの先端には、何かをはめ込む為なのだろう、数ヶ所、穴があいている。
数えてみると七ヶ所。どうやら、杖の試作品らしい。
黒髪の青年が聞いてきた。
「どれが良いと思う? 直感で選んでおくれ」
「──木ね」
「ふむ。了解」
そう言うと、虚空から五つの宝珠が次々と出て来て穴にはまってゆき、残った二本の杖は手品みたいに消えた。
……待って、時空魔法を使えるのにも言いたいことは多々あるけど、目の前にあるこの杖は何? 何なわけ!?
私の目がおかしくなっていないなら、これは──。
青年がニコニコしながら、促してきた。
「さ、はめ込んでごらん?」
「…………」
恐る恐る、空いている穴に炎の宝珠をはめ込む。
宝珠が合計で──六つ。残りの穴は一つ。
「うん、様になってきた」
「ね、ねぇ……こ、これ、この杖って……」
「ん? 材料があったからね。杖もほしい頃合いだったし、作ってみたんだ。まだ水の宝珠が足りないんだけど、完成したら、おそらく大陸内にも一本しかない七属性宝珠付き世界樹の杖になると思うよ。七つ目をはめる際には調整が必要そうだし、西都へ行かないと……そうだ。これも何かの縁だし、完成したら名付け親になってくれないかな?」
「!?!!」
──人間は衝撃が大き過ぎると、言葉そのものを失う、というのを実感する。
目の前の杖の土台に使った材料は、私みたいな冒険者なら知らない者はいない代物だったからだ。
*
世界樹──それは大陸中央にそびえる大樹。
かつては、世界に三本あったらしいけど、現存しているのは一本だけ。
伝承によれば、三百年以上前の『魔神大戦』終結後、一本が枯れ、世界を滅ぼそうとした『魔神』に挑んだ六人の英雄を救い、力を使い果たし天に帰った『女神』がこの世界からいなくなった際、もう一本も枯れ落ちたそうだ。
辺り一帯はハイエルフの神域になっていて、立ち入るのも難しく、帝国皇帝が命じても拒絶されたと聞いている。
結果、素材を手に入れるのも至難で、極々稀に、冒険者ギルドへ持ち込まれる程度だ。
歴史上、世界樹の枝を使用し、実在したと認定されているのは伝説の魔杖『導きし星月』のみ。
今、目の前にあるのはそういう代物だ。
何処の地点の枝を使っているかまでは分からないけど、この杖には六つの属性宝珠も付いている。
さっきから、ずっと白昼夢でも見てるんじゃないかしら。
頬っぺたをつねってみるけど……痛い。これは現実だ。
この短時間に、幾つ『最高峰』を見せられているわけ?
椅子に腰かけた青年は珈琲を飲んでいる。
こ、こいつ……。
「変な顔だなぁ。滅多にない機会だし、持ってごらんよ」
「え? ち、ちょっとっ!」
青年が杖をこちらに手渡してきた。
持った瞬間、悟る。
──……ああ、本物だ。
自分の中で魔力が著しく活性化している。
今なら普段使えない属性の魔法も使えてしまいそう。
それこそ──私が使えない雷魔法だって。青年が微笑み、左手の人差し指を立てた。
「一つ目の助言をしようか。レベッカは、炎だけじゃなくて雷を使った方が良いね。苦手にしているみたいだけど、君の適性は雷だよ」
思考が一瞬止まる。私の適性が『雷』……??
青年に問う。
「…………どうして、私の属性を知ってるの?」
「ふふ、僕は育成者だから。見れば分かるのさ」
幾らあのエルミアでも、冒険者にとって命綱の情報を他人に話さないだろう。そういう子じゃない。
確かに私は炎魔法を得意にしているし、雷魔法はまともに使えない。
それを何故? しかも、適性が雷寄り?
手品の種は……私は杖を握りしめる。
「この杖ね」
「またまた正解。それを持つと、魔力が活性化するから驚かすには便利なんだ。全部揃えばもっと活躍してくれるだろう。君は賢いね。大体、どんな子もここらへんで剣を抜いたり、魔法を展開したりするんだけれど」
「……斬られたいの?」
目を細め殺気を匂わす。
青年の顔は穏やかなまま。対応しようともしていない。
カップを持ったまま、片手を軽く上げた。
「酷いなぁ。褒めてるのに」
「からかわないで! ……お暇するわ」
そう言い、杖を返す。
手に張り付くような感覚。まるで、杖が意思を持っているみたいだ。
先程の倉庫に置かれていた物といい、この杖といい……尋常じゃない。
話せば話す程、常識は崩壊していく。関わるのは──危険過ぎる。
私が築きあげてきた『世界』の中に、こいつはあっさりと入り込んできてしまいそうだ。
……そんなの、怖い……。
私の葛藤を知ってか、知らずか、青年は気安く誘ってきた。
「夕食も食べて行けばいいのに。御馳走を作るよ? エルミアの話も聞かせてほしいし」
「……結構よ。あと、あの似非メイドの話をする悪趣味は持ってないわ」
「そうなのかい? エルミアは毎回、楽しそうに話してくれたから、仲良しなんだな、って思っていたんだけど。ああ、夕食後にも珈琲と甘い物も出すよ?」
! エルミアが私の話を楽しそうに??
心が温かくなり、少し顔がにやけそうになるのを抑えつつ断る。
「……け、結構よ! あと、べ、別に私はエルミアと仲良くなんかないっ! ……ま、まぁ、少しは喋る方だけど」
青年は肩を竦めた。
「そうか残念。なら──代わりに二つ目の助言をしよう。魔法剣を使いたいなら今のままじゃ永久に駄目だよ。君が成長するには、さっきも言ったように、炎魔法じゃなく雷魔法が鍵だからね。炎魔法の成長は雷魔法を究めた後でも出来るさ」
瞬間、抜剣し本気の斬撃。寸止めすら考えていない。
しかし──
「!?」
「危ないなぁ」
私の剣は、目に見える程強力な魔力障壁で阻まれていた。