刃が進んでいかない!?
動揺を押し殺しながら、距離を取り、剣を構える。
「……誰に聞いたの?」
「誰に聞いたと思う?」
笑みが逆に腹立たしい。
──魔法剣とは武器に属性魔法を付与し、攻撃力を飛躍的に向上させる技のことだ。
習得すると、普通の武器では攻撃が通らない強大な魔獣にも対抗出来るようになる。
龍や悪魔、年老い力を増した魔獣などの上位種との長い長い闘争の果てに、人が編み出した接近戦の術こそ魔法剣であり、上級前衛職が習得する気闘術なのだ。
私の目標──冒険者の高み、第一階位へ到達するには必須となる技。
第八階位に昇格してから、私は魔法剣を習得しようと努力してきた。
だけど、その取っ掛かりすら未だに得られていない。
……誰も知らない……エルミアにだって、まだ話してはいないのにっ!
黒髪の青年が私を評する。
「君は少し背伸びし過ぎだね。魔法剣や気闘術は習得に時間がかかるんだ。そのせいで他を蔑ろにすると、全部台無しになる」
「っ……! なら、どうすればいいって言うのよ!」
「その助言が欲しいから、今日ここに来たんじゃないのかな? エルミアに聞いていた君の性格からして、普段は『廃教会に育成者が住んでいる』なんて噂、本気にしないだろう?」
「…………」
そういう気持ちがなかった、とは言わない。
噂話を信じた訳じゃなかったけど、今は何にでも縋りたいというのが本音だ。
けど……剣をひき鞘に戻し、問う。
「貴方に師事すれば、私は成長出来るって言うの?」
青年は眼鏡を取り、布で拭きつつ頷く。
「勿論。そうだね、第五階位にはあっと言う間に上がれるんじゃないかな? 僕は藁船でもなければ、泥船でもない。実績もあるし」
「……冗談としては度が過ぎてるわね」
「冗談のつもりはないよ。君には素晴らしい才能がある。それを磨かないのは余りにも惜しい。どんなに良い原石も、磨き方次第で輝き方が変わるのだしね」
何のてらいもなくそう話す青年。本気みたいだ。
……ほんと、何者なのだろう、こいつは。
どうして、会ったばかりの私をここまで評価してくれるのだろう。
両親も、親族も、血の繋がった人達は、誰一人として、私を信じても、まして、背中を押してなんか、くれやしなかったのに。
私は、ずっと、ずっと、ずっと一人で……これから先も、一人で……強くならないといけないのに。
青年はテーブルに両肘をつき、にこやかに告げた。
「ま、そう深刻に考えなくてもいいよ。一先ずお試しでどうかな? 最近は余り教えていなかったけど、何せエルミアの推薦だ。あの子が、わざわざ僕に人を紹介するなんて、滅多にないんだよ? 何年振りだろうなぁ……記憶にある限り、サクラ以来かな? その前だと、ハナとルナだし」
「サクラ? ハナとルナ?? ……エルミアの推薦???」
私は思わず言葉を繰り返す。
『サクラ』『ハナ』『ルナ』。
この名前……確か冒険者ギルドの報告書で読んだ……まさか、ね。
私は立ったまま珈琲カップを手に取ろうとし──青年が新しく淹れ直してくれた。
一口飲み、おずおずと尋ねる。
「……『サクラ』って、【盟約の桜花】の団長さんじゃない?」
「ん? 知ってるのかい?」
「……じ、じゃあ『ハナ』って、迷都最強クラン【薔薇の庭園】団長……【灰塵の魔女】?」
「そうだね。数ヶ月前、迷都へ行ったら副長のタチアナも随分と成長していたよ。異名は何だっかな? 確か【不倒】──まぁ、彼女については、僕は殆ど関与していないけど」
「……………」
意識が遠くなる。
三人共も現冒険者の頂点とも言える剣士、魔法士、楯役だ。
そんな人達の師であり、関係者!? この青年が!?
残っていたショートケーキを行儀悪いけれど大きめに切り、頬張る。
ここまで来たら、最後の一人についても聞かないといけない。
「…………『ルナ』って【天魔士】の……?」
いや、まさか、ね。流石にそんなことは。
けれど、青年はカップと皿を重ねつつ、あっさりと頷いた。
「そうだよ。今じゃ僕よりも遥かに強くなっちゃったね」
──【天魔士】
それは、魔法士の頂点にして至高の存在だ。いうなれば……大陸最強後衛の称号。
もう、訳が分からない。
そうこうしている内に、黒髪の青年は杖を置いたまま内庭に出て行き、私を呼んだ。
「さて、腹ごなしに模擬戦でもしてみようか。君の実力をもう少し見せておくれよ?」
……落ち着いて、落ち着くのよ、レベッカ。
この男が何者かは分からないけど、取っ掛かりが欲しいのは事実だし、コツだけ聞き出してみて、それが有効なら活かせばいいじゃない。
エルミアも、私を気にかけてくれてたみたいだし。……推薦って何よ。事前に言ってくれてもいいのに。
心中で白髪美少女に文句を言いつつ、私も広い内庭へ。
花壇を背にし、黒髪眼鏡の青年と少し距離をおいて相対する。
すると、青年は懐からペーパーナイフを取り出した。
「……何のつもり?」
「全力で攻撃してきてくれていいよ。ああ、花達が可哀想だし、剣だけでね。魔法障壁を張らせたら君の勝ちだ。なお、僕は動かないし、直接反撃もしない」
「へぇ……舐めてくれるじゃない」
歯軋りし、剣を抜き放つ。
無銘だけれど、実家を飛び出して以来、私を支えてくれた愛剣をそんなペーパーナイフで受けようなんて……痛い目を見させてあげるっ!
──風が吹き、静寂が私達の間に満ちた。
「行くわよっ!!!!!」
私は叫び前傾姿勢で疾走し、間合いを一気に詰める。
そして、地面すれすれから、逆斜め斬り。
普通なら、この一撃で腕まで持っていける。
──が、
「!?!!」「おっと、危ない」
私の斬撃はあっさりと青年に弾かれた。嘘でしょ!?
それでも、跳ねあがった剣を続けざまに振り下ろしたのは、幼い頃から延々としてきた訓練の賜物だった。上段からの全力斜め斬り。
激しい金属音。
愛剣が悲鳴を上げ、いつの間にか、濃い黒に染まっているペーパーナイフに再び弾かれた。漆黒の小さな稲妻が周囲に飛び散る。
雷の、魔法剣!?
青年は左手で眼鏡を直しながら、賞賛してくる。
「御見事! 正統レナント王国流剣術の連続技だね」
「くっ!!!」
これは模擬戦だ──という考えがなくなり、至近距離で容赦なく斬撃を繰り出す。
が──駄目。悉く防がれてしまう。まるで、全部先読みされているかのように。
胴の横薙ぎが逆手に持ち変えたペーパーナイフで受け止められ、青年を睨みつける。
「思ったよりもずっと練り上げられている。レベッカは真面目な子なんだね」
「舐めない、でっ!!!!!!」
叫びつつ後退し、剣を真正面に構える。
……この男、私よりも遥かに強い。おそらく、私の父よりも。
でも、私は負けられないっ! 負けられないっ!!
地面を強く強く蹴り、身体強化魔法を全力発動。過去最高速で連続突きを放つ!
私の愛剣をペーパーナイフがあっさりと迎撃。全て受け流していく。
「ん~? 普通の連続突きだとつまらない。途中、途中で斬撃を交ぜ──」
「これでっ!!!!!!」
青年の指摘が終わる前に、剣を寝かせ突きから斬撃へ変化させる。
これは──躱せない。
間違いなく胴を薙げる。避ける為には障壁を張るしかない。勝った!
──次の瞬間、私の愛剣は黒電を放つペーパーナイフによって、断ち切られていた。
剣身が空を舞い地面に落下。突き刺さる。
……嘘、でしょ……?
青年が拍手をする。
「今の一撃は良かったよ。君の剣技は基本に忠実でとても流麗──……え、えーっと、レ、レベッカ?」
「………………」
私は少し離れ俯く。身体が勝手に震えてきた。
地面に涙が落ち、染みを作っていく。抑えられない。
この剣は、私を支えてくれた唯一の……『相棒』だったのだ。
さっきまで余裕綽々だった黒髪眼鏡の青年が、慌て始める。
「あ~……そ、その、ち、違うんだっ! な、泣かすつもりはなくて、ね……困ったな。子猫を相手にするのは久しぶりだったもんだから、加減が分からなくて」
「ぐすっ……わたし、子猫なんか、じゃ、ない……」
涙を袖で拭いつつ私は青年を睨みつけ、文句を言う。
明らかに動揺した様子で隙だらけだ。
自然と──身体が動いた。
「わたしは、あんたなんかに、負けないんだからぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
私は半ばから折れた剣を最上段から振り下ろす!
魔力が剣身を伝い急加速する初めての感覚。青年の瞳が大きくなった。
「おおっとっ!?」
私が繰り出した生涯最高の一撃は──青年の両手に挟み込まれ停止していた。
焦げたペーパーナイフが、剣身の脇に落下し、突き刺さる。
眼鏡の奥の瞳が優しく私を見つめた。
「エルミアが気に入るわけだね。初めての模擬戦で両手を使わされたのも久しぶりだ。今日はここまでにしておこうか」
「……………」
私はゆっくりと剣をひき、鞘へ収めた。
……本当に折れちゃったんだ。私の剣……。
心が沈み、酷く落ち込む。
青年は突き刺さっている剣身とペーパーナイフを抜き、私に声をかけてきた。
「ごめんよ。剣を折るつもりはなかったんだけど……君が思ったよりも強くてね」
「! ……本当、に?」
黒髪の青年と視線を合わせる。
すると、強い肯定が返ってきた。
「強いよ。第八階位というのは信じられない」
「……そ、そう」
沈んでいた心が浮上してくる。我ながら単純だ。
──頭の上に、大きな白いタオルが降ってきた。
「顔を洗うついでに、お風呂にでも入っておいで。その間に僕は代わりの剣を選んで、夕食を作っておこう」
「え? で、でも……私……」
「折ってしまった剣のお詫びだよ」
青年が私を見つめる。そこにあるのは純粋な心配だ。
……エルミアと同じ。
私は瞼を袖で拭い、返答した。
「…………分かったわ。それと、その──……ハ、ハル」
「ん? 何だい?」
私は黒髪の青年へ向き直り、深々と頭を下げる。
「え、えっと……あ、貴方が強いのは分かったわ。だ、だから……その……い、育成、よ、よろしくお願いします。で、でも、効果がなかったらすぐ止めるからっ! ……あったら、ま、まぁ正式な教え子になってあげても、いいわ」
青年が、くすり、と笑った。
「任されたよ。【辺境都市の育成者】の名に誓って階段を上らせてあげよう。代えの剣と夕食は期待しておくれ。ああ、それと、レベッカ」
「? 何??」
青年──ハルは私へ笑いかけた。
「綺麗な髪なんだし、大事にした方が良いと思うな。昔、教え子が使っていた洗髪剤、使ってみるかい?」
「!?!!」
え、えっと……き、綺麗って……あの、その……。
頬が赤くなっているのを自覚しつつも──……頷く。
すると、ハルは悪戯っ子のように微笑んだ。
──石造りのお風呂は今まで私が入ってきた中で、一番広く気持ちよいものだった。
どうやら温泉らしい。あと、洗髪剤は花の香りがした。
廃教会の何処にこんな場所が? という疑問は棚上げ。理解出来ないし。
脱衣場には女子用の着替えが置かれていた。誰かが泊まりに来ることもあるのだろう。
【灰塵】とか【不倒】とかなのかしら?
お風呂上がりの牛乳も冷えていて凄く美味しかった。
豪華な夕食の間もハルとたくさん話をして……小さい頃、お母さんが生きてた頃以来だったかもしれない、あんな風に楽しい夕食は。
こういうのも偶になら、悪くはないのかも……と、思っていたら夜は更けてしまい、結局、その晩は私も泊まっていくことになってしまった。
しかも、宛がわれたのはエルミアのベッド。
何と、あの白髪ハーフエルフ、この廃教会で寝起きしているらしい。
ふふふ……良い情報を得たわ……。
だけど、当面、ハルのことはジゼルに内緒にしておかないと。絶対、根掘り葉掘り聞かれるし。
──そんなことを思いながら、私は数年ぶりに安らかな眠りについたのだった。
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試し読みは以上です。
続きは2020年7月17日(金)発売
『辺境都市の育成者 始まりの雷姫』
でお楽しみください!
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