プロローグ 大陸統一暦一二〇五年春 帝都ギルハ その2

 二年前、帝都に来る際した、師との約束を思い出す。

 冒険者の実質的な最上位『第一階位になったら戻っておいで』といった彼に私は、こう宣言した。

『私は特階位に──一人でりゆうあくれるようになるまで戻るつもりはないわっ! そうすれば、胸を張って、私はハルの弟子! って名乗れるもの!!』

 それを聞いた時に、彼が浮かべたうれしそうなみがのうに浮かび、口元がほころぶ。

 ──ギルド会館内は混みあっていた。

 けれど、私は仮にも冒険者のさいこうほうである第一階位。待ち合いの札を引く必要はないので、そのまま窓口へ。

 そして手に持っていた布袋をようようと台上へと置いた。

「ジゼル、これお願い」

「あ、レベッカさん。もうっ! へ行かれていたんですかっ? 心配して……え?」

 私の担当である長くあわい茶髪で胸の大きい人族の女性──辺境都市在住時以来の付き合いであるジゼルは布袋から中身を出すなり、私の予想に反して顔を引きらせた。

「ひゃ!! ……レ……レベッカさん!?」

 ジゼルはさけび声をみ込むように自分の口を押さえた。

 しばらくして、彼女はびついた機械のように顔を上げると私に問いかけてきた。

「レベッカさん……何ですか? こ、これ、は?」

「何って……見ての通り、きばよ」

「…………あえて、あえておたずねしますね。何の牙、ですか?」

 この子だって《かんてい》スキル持ちなんだし、分かっているはずだ。

 私は窓口の台にひじきつつ答える。

「《らいりゆうの牙》だけど?」

 それまでにぎわっていた周囲がいつしゆん、静かになった。

 どうやら、私達のやり取りは注目されているらしい。

 けど、私にとってそんなのはどうでもいい。

 私は一刻も早く、これを辺境都市へ届けてほしいだけなのだ。

 ジゼルが身を乗り出してきて、言葉を振りしぼった。

「……レベッカさん」

「何?」

「何回、言えばっ、分かってくれるんですかっっ! いくら最高峰の第一階位である冒険者さんであっても、死ぬ時は死ぬんですよっ!? まして龍にいどむなんて……無茶です、ぼうです、自殺願望でもあるんですかっ!? …………まさか、ソロじゃないですよね?」

「? ソロだけど??」

 少女は頭をかかえて机にす。


 ──この世界において、龍とは悪魔と並ぶ最強種の一つだ。


 並の冒険者ではまず歯が立たず、毎年多くの猛者もさ達が挑むも、そのほとんどが命を落とす。

 しかし、それらをたおして得られる素材はその希少さゆえに、天文学的な値段で売買される。

 富と名声を一気に手にできるため、冒険者ならだれしもが龍とうばつあこがれるのだ。

 かつての私もそうだった。

 しかも……冒険者ギルドがにんていし、注意かんをする上位の龍や悪魔は天災あつかい。

 決して個人で挑むような生き物ではなく、国家単位で対処するような相手だ。仮に倒すことができたとすれば、大陸全土にその名がとどろくだろう。

 事実、つい先日、帝国東部地域の王国国境の村々をおそい、出現が確認された推定特級悪魔は、帝国・王国・同盟からそくに天災に認定された。

 ここ百年以上、大規模戦争こそしていないものの、歴史的背景からいがみ合い続けている三列強があっさりと共同歩調を取る程に、上位の龍や悪魔はおそろしい。

 ぼうけん者ギルドから『個人でのせんとうを原則禁止す』というおれが出されるのも、無理はないのだ。

 ……私だって単独でやり合いたくなかったけど、そうぐうしたのだから仕方ないじゃない。

 かたすくめ、いまだに頭を抱えている少女へ問う。

「ギルドで素材の買取りは出来ないの?」

 ジゼルの顔が勢いよく上がった。

「そ、そういう話をしているんじゃありませんっ。もちろん、買い取らせていただきます。で、ですが、私の言ってるのはそういう意味じゃなくてですね……。今回は、たまたま、牙を折ることができて、こうして生きてかえって来られたかもしれませんが、幾らレベッカさんでも、次は──」

 言葉をさえぎり、さっさと告げる。

「一頭分あるから全部お願い」

「…………今、何て?」


「雷龍を討伐したのよ。首だけでもかくにんしておく?」


 聞き耳を立てていたのだろうほかのギルド職員、冒険者達が息を吞むのが分かった。

「なぁ、今……雷龍を討伐した? って言ったのか?」「私もそう聞こえた」「しかも、単独で?」「けんが後衛のえんもなく!?」「ど、どうすりゃそんなこと……」「いやでも、レベッカだぞ?」「と、いうことは」

 しん、と静まりかえったギルド内で各人が目を合わせあい──とつじよばくはつするようなだいかんせいき上がった。

「ち、ちょっと静かにしてくださいっ! まだ口外しないでっ!! そこっ!!! さかびんをあけないでくださいっ!!!!」

 ジゼルがさわぎ始めた冒険者達をいつかつする。


 ──龍を討伐した冒険者。


 しかも単独での討伐者となると、大陸に数多いる冒険者の中でもほんのひとにぎり。

 以前の私なら周囲の冒険者達と同じ反応を示したと思う。

 ……だけど、この程度では、まだまだだということを私は知っている。

 これでようやく『入り口』に立てるかどうかなのだ。

 片手を軽く上げ、冒険者達に注意している少女へお願い。

「騒がしくなったし、今日は帰るわね。明日あしたまた来るから、その時に全部引き取って。結構大きいから、訓練場も貸し切りにしておいてもらえると助かるわ。その牙は何時いつも通り送っておいて。ちようちよう特急で! ──あと、これもお願いね」

 ジゼルがあわてる。

「え? レ、レベッカさん! ちょっと待ってくださいっ!! 龍殺しだと、色々と書いてもらう書類がっ! 特階位しんせいや【りゆうしようごうしんせいとかっ!! 皇宮にも呼ばれたりする場合もっ!!!」

「まーかーせーるー」

 ジゼルにめんどうな書類を丸投げし、牙とハルあての手紙を押し付け、出口へ向かう。

 ──手紙の返事、今回もすぐに来るかしら?


 ジゼル


 誰がどう見ても美少女なレベッカさんが長くてれいはくきんぱつなびかせ、あっという間に立ち去った後も、ギルド会館内部のけんそうは全く収まりませんでした。

 私は自分のほおをつねってみます。

 ……痛い。夢ではないようです。

 目の前にはまがまがしいとすら思えるこくの龍の牙と大変可愛かわいらしいはながらふうとう

 届け先は、何時も通り。『辺境都市ユキハナ』の冒険者ギルド。

 あてもこれまた何時も通り『ハル』。

 裏返すといつも通り、エルミアせんぱい宛のメモ書き。

『開けずにきちんと届けなさいよ、メイド! 絶対だからねっ!』

 しく、気高く、ていでも有数の魔法剣士として知られる彼女とは思えないほど、甘さがにじんでいます。

 ……昔の彼女を知っている身からすると、信じられないですね。

 レベッカさんを追いかけて、辺境都市の冒険者ギルドから晴れて本部勤務になり、担当指名されて早一年。

 最上位へとどんどんけあがっていく彼女を見てきましたが……今回の件はすごいです。凄過ぎます。

「……ハルさんって、本当に何者なんでしょうねぇ」

 私は深く深くめ息をき、現実に向き直ります。


 目の前には黒紫色の牙。やはり、夢ではありません。


 おそらく、これだけで白金貨数千枚が動くでしょう。

 龍素材の加工はきわめて困難ではあるものの、その性能は折り紙付き。冒険者なら、誰しもが憧れるしろものです。装備に金をしむ冒険者は長生き出来ません。

 牙一本でそうなのに……らいりゆう一頭分の素材となると……。

 ていこくちよつかつの管理入札制になることはちがいなく、当分の間、大商人や大こうぼう、国の研究機関や軍、有力冒険者達はてんてこいとなるでしょう。

 ……その前に、主役が消えてもおおさわぎをしている目の前の人達をどうにかしないといけないんですけど。

 すると、背後からおだやかながらもつかれた声がしました。

「ジゼル君……彼女、また、とんでもない事をしたね……」

 私のそばにいつのまにか立っていたのははくはつの老人。耳は人族よりも細長く、年代物のローブをまとった、いかにもこうこう然とした人物です。

「ギルド長」

 この御方こそ、大陸全土に根を張るちようきよだい組織冒険者ギルド、その頂点である本部ギルド長、その人です。

 種族はエルフでねんれいは軽く三百歳をえているらしく、歴戦の勇士でもあられます。

 そんなギルド長が疲れた表情で、つぶやかれました。

「彼女が帝都に出て来てから約二年になるが、まさか、この短期間で龍を討伐するまでになるとは思わなかった……彼女はまだ確か十代だろう?」

「十七歳です。冒険者になったのは十三歳ですね」

「……二年前の階位は、確か」

「帝都に来た時点では第五階位だった筈です。私が配属になった際はもう第一階位でしたけど」

「……………天才、とはいるものなのだな」

 ギルド長がたんそくされます。

 ──冒険者の階級は、誰しも第二十一階位から始まります。

 実績を積めば少しずつ上がっていきますが、彼女のように十代でここまで上りめる人間は極めてまれ

 多くの方々はひとけたになることもなく、引退するか……道半ばで倒れます。

 レベッカさんはわずか四年でそこまで辿たどり着いたことになります。

 凄い……とにかく、凄い。

 ちゆう、別れたとはいえ、その間の大半をいつしよに過ごした身として彼女を、私はほこらしく思います。

 ギルド長が手をばし、きばれました。

「そういえば、これは先に競売に回してしまっていいのかな?」

「あ、いえ……何時も通りです、辺境都市へ送ります」

「また……『彼』にかね?」

「ええ、あの人に、です」

 ギルド長がめいもくされ首をられました。

 どういうけいがあるのかは知りませんが、この方もあの人を知っているんです。

 何度か経緯を聞き出そうとしましたが、ほどこわい目にわれたらしく、顔面をそうはくにされて教えてはくれませんでした。

 私もらいりゆうの牙に触れます。

 ──本当に信じられません。

 あのレベッカさんが。二年前は、捨てねこみたいだった女の子が!

 それもすべてはあの人に──『辺境都市の育成者』に、彼女が出会ったから始まったこと。


 そう、始まりは今から約二年前。

 まだ、レベッカさんが第八階位だったころの──。

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