『いいかい、レベッカ? この世界は君が思っているよりも、ずっとずっと広いんだ。帝都に行けば君もそのことを少しは感じられると思う。だから、今は素直に行っておいで。あそこにはとても強い冒険者も多いから』
そう私の師で【育成者】と嘯く青年に言われ、私がロートリンゲン帝国帝都ギルハに来てからもう二年以上になるだろうか。
確かにあいつの言う通り、当時の私が知っていた世界は本当にちっぽけ。それはこっちに来て、散々思い知らされた。
とても人とは思えない恐ろしい剣士や魔法士にも遭遇して、何度も死にかけもしたし。
何より、端的に世界の広さを感じさせるのは──
「今日も人が多過ぎ、ね」
帝都旧市街を貫く大通りの人混みを縫いつつ、私は小さく呟いた。
左手に持っている荷物が少々邪魔だ。師御手製の何でも入る道具袋に収納してくるべきだったかもしれない。
ここは正しく人種の坩堝。
茶髪でやや大柄な帝国人。
私のように白金か金に近い髪色で肌が白い王国人。
日に焼けた縮れた赤髪が特徴的な同盟人。
他にもエルフやドワーフ、様々な種族の獣人達。
私の知らない異国人もたくさんいる。
二年前まで私がいた辺境都市じゃ考えられない。
これらの人々は大陸最強国家の中枢であるこの大都市に毎日、国内外から様々な物品を運んで来るのだ。
北方から、南方から、東方から、西方から──貴重品や珍品には飛空艇や飛竜が使われる事もしばしば。
まるで、この国だけ時代の一歩先を進んでいるかのようだ。
結果、帝国は──帝都を探してなければ大陸内にその品はない、と断言される程の繁栄を誇り、宿敵である王国や同盟が歯噛みするのを後目に、その人口は年々増加。都市自体も拡大し続けている。
同時に、犯罪や荒事も増えているのは事実であり──
「だからこそ、私達みたいな冒険者が集まって来もするのよね」
独り言を零しつつ、私は目的地を目指す。
途中、店の硝子に自分の姿が映り、足を止める。
白金の長髪。二年前に比べると随分と伸びたと思うし、傷んでもいない。
同年代の少女達と比べると、やや背が高く、自分で言うのもなんだけど華奢だ。
知り合いにはよく『レベッカは身に着けている純白の軽鎧と腰の魔剣がなければ冒険者に見えませんね。私服姿はどうみても深窓の御嬢様です』と、半ばからかわれる。
綺麗かなんて自分では分からないし、興味もない。だけどこの外見で嫌な目にもあってきている。
二度と顔も見たくない父親なんて、自分の栄達の為に十三歳の私を二回り以上上の男に嫁がせようとさえした。
でも、あいつが綺麗だって思ってくれるなら、この見た目も悪くは──……はっ!
頭をぶんぶん、と振り。邪念を飛ばす。わ、私は何を、何をっ。
店内にいた女性店員が奇異な目を向けてきたので、そそくさとその場を離れる。
歩みを再開しながらこの二年間を思い返す。
──本当に色々なことがあった。
自分よりも格上の冒険者に現実を見せつけられ、強大な魔獣と戦い、この国へ復讐しようとした呪術師の企てを阻止し……。
思い返しながら目を瞑る。
我ながらよく生きてるわね、ほんと。
何度も挫けそうにもなったし、あいつに宛てた手紙に泣き言を書いたことだってある。
そういえば、そういう時だけすぐに優しい言葉で返事が来たっけ。……ズルい。
そして、辺境都市にいた頃に比べると随分と伸びた髪を弄りながら、私はある結論に辿り着く。
「結局、あいつが……ハルが見せてくれたもの以上に驚くことはなかったなぁ」
今の私はあの頃よりもかなり修練を積んだし、修羅場や死線だっていくつか潜り抜けた。大きく成長できた自負もある。
だけど──あいつや姉弟子、兄弟子達に追いついたとは到底思えない。
この世界にはまだまだとんでもない強者や怪物が数多いるのだ。
私は、左手に持っていた私の腕と同じくらいの長さの布袋を握りしめて、呟く。
「でも……これを見れば、あいつだって私をきっと一人前だって認めるはず!」
──ようやく目的地が見えてきた。
旧市街奥にそびえ立つ、帝都でも皇宮以外だと最大規模の建造物であるその白亜の建物は、聞いた話によると約三百年前に建造されたらしい。
──冒険者ギルド本部。
冒険者とは魔獣を狩ったり、迷宮に潜って宝物を探したり、傭兵をしたり……まぁ、所謂、何でも屋だ。
それを統括しているのが『冒険者ギルド』──人類史上最大の組織。
大陸全土はもちろん、沿岸部以外は未開の地である南方大陸にすら支部を持ち、下手な国家よりも権力を持つ。
そんな組織の本部に配属されている職員はもちろん百戦錬磨。
各地のギルドで修羅場を潜り抜けてきた精鋭が集められているし、元上位冒険者だった者や、それに匹敵する実力者も多い。
私の今の担当者の子もそうだ。何より──古い付き合いの友人なので、信頼出来る。
きっとこの袋の中身くらい淡々と処理してくれるだろう。
本部の入口へ向かいつつ、私は浮き立つ思いを抑えきれなかった。
偶発的な遭遇戦ではあったけど、上手くいけばこれで──
「辺境都市に、ユキハナに戻れる」