第二章 顔合わせ 1
翌日。
雪人とメグは揃って華凰学園に登校した。
この二人は一緒に学校へ行くことが多い。帰りは別々になることが多いのだから、行きくらいは二人で歩く。
華凰学園の敷地は広く、校舎が学年ごとに分かれている。多額の寄付金を利用して山林と倉庫街を買い取った結果である。正門を抜けてすぐに、メグは「お兄ちゃん、またね」と手を振り、一年生の校舎へと向かっていった。
雪人は手を振り返し、自分もと踵を返したところで、一人の女子生徒と目があった。
このはである。彼女は雪人を見るとにこりとし、小さく頭を下げる。雪人は近寄った。
「おはよう」
「おはよう、雪人君」
二人は自然と並んで歩いた。
妹のことを訊かれたので、雪人は「もう自分のクラスに行った」と答えた。このはは頭を下げる。
「ごはんご馳走になっちゃって」
「こっちこそ、勉強見てくれてありがとう」
彼も小声で返答する。それを聞いて、このはは微笑んだ。彼女は続けて、
「昨日の勉強のことはなんか言ってた?」
「次はいつ来るんだって訊かれた。このはさんのこと好きみたいだ」
「そっか」
彼女は顔をややうつむかせると、ほんのりと頬を染めた。
「ところでさ、俺の六麗での立場ってどうなるんだ?」
雪人の質問に、彼女は慌てて返事をする。
「あ、えっと、雑用係とかそんなのかな」
「なんだそりゃ」
「七人目だとそうなっちゃうと思う」
六麗が人数オーバー、しかも男子生徒となると、他に手段がないのであろう。無関係でなければなんでもいいので、彼も納得した。
このはは言った。
「そうだ、六麗の間、見る?」
「みんないるところだっけか」
「うん。今はいないけど」
早めに家を出たので、授業までは時間がある。それまでかの「六麗の間」がどういうところか確かめたかった。
このはは承諾した。
「こっち」
案内をすると、カードキーで扉を開けてくれる。
内部は天井が高く、IT企業のオフィスか外国映画に出てくる屋敷のリビングのようであった。入り口に土間や靴箱はなく、土足のまま入るようになっている。
室内は中にはデスクがいくつかと、高級そうなソファ。壁際には畳敷きのエリアがあって、ここだけは靴を脱ぐようになっていた。
だが、中には誰もいなかった。
文字通りの無人だ。椅子やテーブル、ソファまであるが、うっすらと埃が積もっている。しんとしているため、不気味さすらあった。
雪人は内部を見渡し、呆れたように両手を広げる。
「いつから?」
「前から」
このはが答える。窓際にある観葉植物が、ほんのわずかだけ揺れる。
「……なるほどなあ」
彼は呟いた。
「このはさんは、ここにみんながいるようにしたいと」
「うん」
うなずき方が強い。本心から願っていることが分かった。
「そうなったらいいなって、思ってる」
雪人は、彼女の言葉に呼応するよううなずくと、
「とりあえず六麗全員……このはさんはいいから、あとの五人のデータを教えて欲しい」
「いいよ」
彼女はスマートフォンを取り出すと、画面をタップする。
壁の一部がぱっと光った。よく見ると、そこにウィンドウが表示されている。さらに何度かスマートフォンをタップすると、壁にいくつもウィンドウが出現し自動で並ぶ。スケジュールソフトも立ち上がった。
さすがに雪人は感心した。この一角は壁全部が液晶のパネルであった。
「すげえな」
「最新のシステムなの。うちのところで開発した」
このは「スマホ貸して」と言った。雪人が渡すと、手早く操作してアプリケーションソフトをインストールする。これは六麗の間専用で、壁面のウィンドウを自由に操作できるものであった。
「これで雪人君も使える」
彼女はあらためて、六麗全員をスクリーンに映した。顔写真の下に名前が記されている。
一年二組 柊稟果
二年一組 南紀島硬
二年二組 吉元クララ
二年三組 茜このは
三年一組 松条琴絵
三年五組 佐々波紀良
彼はじっと眺める。
「家庭教師のことは、全員に知らせてあったっけ」
「うん。昨日やっておいた」
「返事は?」
「やるって」
「じゃあ……」
雪人はスマートフォンで時間を確認した。
「案内してもらえないかな」
「どこ?」
「他の六麗」
このはは驚いた顔をした。
「ええっ、今から?」
「みんな顔を合わせたくないなら、まず俺が会って対策考えないと」
「そっか」
彼女は納得してうなずく。
「じゃあ最初は……稟果ちゃんにしようか」
「どんな人?」
「会えば分かるよ」
このはは先に歩き、案内をはじめた。
柊稟果は六麗の五。実家は海運を中心とした巨大な物流グループを形成している。所有している飛行機と船とトラックは世界中のどこかを必ず走っており、彼女の実家が臍を曲げたら、この国の食糧と燃料はたちまち立ち行かなくなると言われていた。
これくらいは雪人も知っている。なのでやや緊張しながらついていった。
稟果は一年生である。クラスは二組。なので一年の校舎に行くと思っていたが、このはは通過し、教職員の入る建物に向かっている。
そこも通過した。そして奥にある、音楽室だの実験室だのがある棟に入る。
一番上の階まで上がった。
階段の隣に廊下が続き、一番奥に観音開きの扉がある。その上に「ここも一年二組」とのクラス札があった。
「ここも……?」
首を傾げる雪人。このはは扉を開けて中に入る。
内部にはやや小ぶりの黒板があり、教卓が据えられていた。他には生徒用の机と椅子が一組。さらには背の低いガラステーブルとやや高めのサイドテーブル。外国製らしい豪華なソファがひとつ。
そこに少女が一人座っていた。
顔立ちは幼く、ウェーブのかかった髪の毛を背中まで伸ばしている。目はくりっとしており、人形のようだ。低身長で、お嬢様オーラを振りまいていた。
このはが囁いた。
「あの娘が稟果ちゃんだよ……」
雪人は聞き返した。
「なにしてんだ?」
「多分、授業前のひと休みじゃないかな」
稟果は真っ白なカップを手にして、ゆっくり口をつけている。中身は恐らく紅茶だろう。陶器製の人形がすすってるようにも見えた。
稟果はちらりと目を向けた。
「あら、茜このはじゃない」
鈴の鳴るような声だった。