【プロローグ】1
二〇二X年の春、まだ東京の実家で暮らしていた頃。
サイズは問題なかった。しかし、ユウは憮然としたものだ。せっかく中学二年になるというのに……
「国のプロジェクトだからって、どうして僕が転校しなきゃいけないんだ」
「ええー、いいじゃん! ユウくんの行くとこ、エルフの人たちが先生とか生徒で通ってるんだよ! ネット見てないの!?」
当時一七歳の姉・
ユウは東京都北区の自宅リビングで、はっきり眉をひそめた。
「それ本当? エルフって保護区みたいなとこで静かに暮らしてるんでしょ?」
「だからさ。ユウくんの転校先もそのひとつなんだよー。いいなあ。エルフの人ってみんな超きれいで頭もいいし、品がよくって。あたしもああなりたい!」
知的生命体が『人間』だけだった時代も今は昔──。
三〇年ほど前に、フランス南部で奇妙な生物『ゴブリン』が捕獲された。
特徴はまさに小鬼。子供と同程度の体つきと身長で、醜く、凶暴。知能は低い。ヨーロッパの伝承にちなんで命名された。
二〇世紀終わり頃の一大イベントだったらしい。
そこから続々と捕獲・公開がつづいた。
『ひとつ目巨人』サイクロプス。『大柄で獰猛な妖精』トロウル。さらには『竜』、ドラゴンの幼生体まで。
エルフ族の亡命と移民は二一世紀初頭の出来事だ。
いわゆる『異世界』は魔力を持つ支配層が絶対者であるらしく、それに辟易した『エルフ族』六〇〇〇名が地球への亡命を望み、次元の壁を越えてきたのだ。
姉の言葉を、ユウは信用していなかった。
だが『国家プロジェクトに奉仕する幼年従事者のための教育機関』へ転入後、いきなり出会いがあった。
「よろしくお願いします、先輩。
「本当にいたんだ……」
「うちのママ、この研究所の特別顧問です。そのうち紹介しますね」
しれっと言う下級生、目を瞠るほどの美少女で、耳の先端がとがっていた。
白地に青を合わせたセーラー服も、小柄なアリヤによく似合う。白いベレー帽の下はきれいな亜麻色の髪だった。
「ところで今、研究所って言った? 学校じゃなくて?」
「せいぜい教室規模です。ぶっちゃけ適性のある子供はすくないので……。あと訊かれる前に申告しますけど、アリヤもママも魔法とか使えませんのであしからず」
「あ。こっちに定住すると、魔法の力がなくなるってやつだ」
「はい。そういうことです」
新しい友達もできた。同い歳の
「なんかオレら、ナノマシン適性が高いから、選抜されたらしいぞ」
「そういえば僕たち、いろいろ実験やらされるよね。軍の基地にまで行かされて」
ユウが言うと、すかさず伊集院はたたみかけてきた。
「敵──向こうの世界のクリーチャーが次々とこっちに来るからなっ。次世代のナノテクを早く確立させて、どんどん実戦投入していく計画みたいだ!」
「でも、例の『三号』が大活躍してるんでしょ。あせらなくていいのに」
ユウは話題の新兵器と、専任運用者のことを思い出した。
「あの変身ヒーローっぽいやつ。なんとかフレーム三号」
「a型エキソフレームと着装者三号な! オレ、限定発売のプレミアム版フィギュア持ってる。フルアーマーの装甲付きですげえ出来がいい。あとオレらの班、今度は横田基地に行くらしいけど。あっちで本人に会えるってよ」
「三号本人に? すごい、うちの姉さんと母親がファンなんだ」
しょっちゅうテレビで紹介されるせいか、一之瀬ユウの母と姉は国防軍の超兵器と『中の人』にすっかり夢中なのだ。
伊集院はしみじみうなずいた。
「さわやかイケメンだし、おばさま層に大人気らしいな。……あ、でもアリヤ後輩が会ったことあるんだと。イヤなやつみたいに言ってた」
「えーっ。テレビだと『超・好青年!』って感じなのに!」
敵はゲリラ的に出現し、地球侵攻を繰りかえしている。
人類諸国と『
だが一方で、各地の戦場で劣勢が明らかになっていった。
どれほど人類とエルフの叡智を結集させようとも、敵はより恐ろしい力──『魔法』を行使してくるのである。
西暦二〇二X年。
この年、中学生・一之瀬ユウは国家プロジェクトの幼年従事者として、国防軍所轄のナノテクノロジー研究所に配属された。
そして六月、日本の置かれた状況はきわめて過酷となる。
敵──異世界の『大魔術師』による
都の大部分が地盤沈下し、水没。首都機能を喪失した。
さらに中部および関西地方が敵の勢力圏に──。同エリア内の二ヶ所に敵・
九州・福岡へ逃れた臨時政府は『大撤退』勧告を発令。
日本国内の全民間人へ、危険エリアからの自主避難を呼びかけた……。
× × × ×
一二月。激動の二〇二X年も終わりに近い。
今、京都エリアの北端・
海に浮かぶ二隻の護衛艦がそろって猛火につつまれ、撃沈寸前なのだ。
形勢はいちじるしく不利。日本を防衛する実力組織・国防軍の護衛艦隊(の残存部隊)がまさに壊滅しかかっている。
それをユウたちは海辺の陸地から見守っていた。
「もともとヤケクソの敗者復活戦だもんなあ……」
すぐ隣で伊集院がぼそっとつぶやく。
たっぷり太った一四歳男子。黒い詰め襟の学生服を着ている。
「政府が日本中に『大撤退』を勧告して、国防軍の艦隊や民間船がどんどん逃げてったあとだぞ。修理中で置いてけぼりになった二隻で立ち向かっても──」
「そりゃ勝ち目はないよね……」
予期していた展開。ユウも淡々とうなずいた。
一之瀬ユウ、一四歳。やはり黒い詰め襟を着て、伊集院とおそろい。ふたりとも本当なら中学二年生だった。
しかし、ユウたちはそろって自動小銃をかかえている。
八九式小銃。モデルガンではなく実銃だ。拳銃とはちがい、銃身は長く、銃全体で四〇センチ以上もある。
重量も三キロ半と結構重い(この手の銃器では軽い部類だそうだが)。
「こんなの持たされても、オレら絶対、役に立たないぞ」
「だよねえ」
伊集院のつぶやきに、ユウはしみじみ同意した。
数えるほどしか射撃訓練をしていない。またユウはひょろひょろしたやせっぽち、伊集院はでっぷり太ったスポーツぎらい。まったく荒事向きの人材ではなかった。
ちなみに──
ユウたちは舞鶴港に隣接する学校、その広い校庭にいる。国防海軍の関連校らしい。ほかにも非戦闘員の国防官がちょっとだけいて、不安そうにしていた。
「いよいよオレらもおしまいか……」
「まだだよ、伊集院。いつもの時間切れが来れば、生きのこれる可能性はまだあると思う」
しょげる相方を、ユウは励ました。
見あげれば舞鶴湾の上空に、ゆらゆら輝くオーロラが現れていた。緑色の光がおそろしく長大なカーテンのようにゆらめいているのだ。
日本の関西地方では起こるはずのない自然現象。
この妖しい空に、敵の
──重力を無視して、空中にひどく巨大な岩塊が浮かんでいる。
──巨石の上には、城壁で囲まれた石造りの『城』が建てられていた。古代や中世の剣・甲冑などで武装した兵士たちに、いかにもふさわしい重厚さがあった。
天空の城めがけて、護衛艦『
焔を噴出しながら飛んでいく。しかし、目標へ命中する前にいきなり失速し、放物線を描いて海へ落ち──水没。爆発も起きなかった。
「やっぱり通じないんだ……」
「今の、魔法ってやつだよな、絶対!」
ユウは落胆し、伊集院が叫ぶ。
すると──体内のナノ因子がふたり宛のメッセージを着信した。発信者はより後方にいるはずの東堂アリヤ。ユウたちの仲間で唯一の女子。
男子ふたりの聴覚に直接、アリヤの“声”が伝わってくる。
『こちらのナノマシンが魔法──《
「弓矢もミサイルも同じ分類で防ぐのかよ! 雑だけどすごいな!」
「うーん。魔法ってほんと、反則だよね……」
ナノ因子による
承認し合った移植者同士なら、因子の共鳴現象を利用して、音声チャットよろしく交信できる。有効距離は約一五キロほど。携帯電話とも無線ともちがう先端技術に、最近ようやく慣れてきた。
……この間も舞鶴湾の戦闘はつづいている。
空母型護衛艦『出雲』から離陸した──艦載ステルス戦闘機。
空中の
全弾とどくことはなく、むなしく海へ落ちていく。しかも。
「えっ!? 戦闘機まで勝手に落ちちまったぞ!?」
「何も攻撃されてない、はずだよね!?」
驚く伊集院。我が目を疑うユウ。そこにアリヤからの着信。
『人をいきなり眠らせる──《
逆に、海上の護衛艦は二隻とも攻撃を受けていた。
味方であるはずの国防海軍所属、哨戒ヘリ三機から──。ヘリたちは護衛艦二隻をとりかこみ、七・六二ミリ機関銃を撃ちまくっていた。
護衛艦の上甲板に、砲弾が雨あられと降りそそぐ。
実はヘリ部隊、すでに対艦ミサイルも二隻の艦に一発ずつ命中させて、甚大なダメージをあたえていた。
アリヤからの着信が教えてくれる。
『あちらは《
「ううっ。何でそんなに卑怯な魔法ばかり使うんだよ!」
伊集院が怒りにまかせて叫んだ。
「日本のマンガとかアニメだと、魔法使いはもっと派手で、わかりやすい攻撃魔法を使ってくるもんだぞ!」
「勝つための戦術、ってことだね……」
激昂する友人とちがい、ユウはひっそりとつぶやいた。
そして、天空の
城壁の一角に設けられた──巨大な城門が開いたのだ。『魔法の扉』だという。門の向こうは暗い深淵になっており、闇に満ちていた。
その闇の奥より、ドラゴンが飛び出してきた!
トカゲ、ワニ、蛇、恐竜など。いずれの爬虫類にも似ていながら、それらとはまったく異なる『竜』という存在。
コウモリのごとき両翼を羽ばたかせ、時速七〇キロ超で天翔けていく。
全身の鱗は赤い。竜のなかでも特に破壊を好むというレッドドラゴンの証。体長はおおよそ三〇メートルほどだろうか。
『伊集院先輩が派手な攻撃とか言うからですっ』
「お、オレのせいじゃないぞ、マジで!」
アリヤと伊集院の言い合いをよそに──
ドラゴンの大きく開けた口腔から、紅蓮の焔が吐き出された。
焔の息を吐き出しながら飛んでいく。満身創痍の護衛艦『出雲』と『妙高』が真っ先に焼かれ、海上のキャンプファイアーと化した。
竜の焔は、ただの火焔ではない。
一度まとわりついたら最後、標的を焼き尽くすまで燃えつづける。
しかも戦闘機エンジンの噴射熱にすら耐える『出雲』の甲板すら、どろどろに溶けてしまうほどの超高熱だった。
すさまじい魔性の焔、レッドドラゴンはさらに吐き出す。
舞鶴湾沿岸の──国防海軍基地と航空基地、一気に焼き払ってみせた。
もちろん空中のドラゴンを狙い、対空砲撃も行われた。
だが、翼持つ巨獣は恐るべき敏捷さで飛びまわり、砲弾をかいくぐりながら、基地を無力化させてしまった。体格の巨大さを抜きにすれば、ツバメやコマドリなどの俊敏な鳥類にも似ていた。
高速移動を繰りかえす標的への射撃など、そう当たるものではないのだ──。
× × × ×
子供にも不利とわかる戦局。
舞鶴に残った国防軍の残存戦力も、それは承知していた。所詮、自分たちは陸・海・空の各部隊から『置き去り』にされた兵力の寄せあつめに過ぎないと。
しかし、わずかな可能性に賭ける者たちもいた。
「三号フレーム、また起動できません!」
「くそ! 複製した覚醒信号は受信されてるんだな!? では着装者を変えろ! 次の候補者に交代だ、大至急!」
オペレーターの報告に、作戦責任者が怒鳴り散らす。
階級は大佐。初老の彼は険しいまなざしを“問題の兵器”に向けていた。曇り空の下、トレーラーの荷台でぐったり仰臥する『人型戦闘機械』へ。
マットブラックの特殊装甲で頭からつま先までおおわれている。
だが黒一色ではなく、あちこちが金で縁取られ、差し色になっていた。
アニメで活躍する戦闘ロボットにも似た兵器。ただし、乗りこむのではなく『着装』して運用する──。
「三号フレームさえ覚醒できれば、衛星システムの支援と五万機のドロイド部隊も復活する! なんとしてでもやり遂げろ!」
繰りかえされる起動テスト、失敗、指揮官の激昂。時間だけが過ぎていく。