第一章 再会 その3
その後、一夏さんにも手伝ってもらって荷解きが済んだ。
荷物の量は本当に大したことがなかったから、配置なんかもあっさりと終わった。
「そうだ要くん、ちょっといいかしら?」
少し休憩していると、鈴音さんに声を掛けられた。
「なんですか?」
「このアパートには一夏ちゃんの他にもう二人、住人が居るの。この隣の部屋に一人と、ちょうど真下にもう一人。もし挨拶に行くなら一緒に行ってあげようかと思ってね」
「いえ、挨拶くらい一人で行けますんで」
「本当? 途中で声をかけられても知らない人についてっちゃダメよ?」
「どういう注意ですか!?」
実は某夢の国くらいの敷地面積でも誇ってるのかここ!
「まあ要っち可愛いから、鈴音っちが過保護になっちゃう気持ちは分かる分かる」
一夏さんまでそんなことを……。
くぅ、早く伸びろ僕の身長!
「あ、そうだ要っち。キミが挨拶に行く様子を撮って動画にしてもいい?」
「何が面白いんですかそれ!」
はじめてのおつ○いの超絶劣化版にしかならんでしょ! 再生数〇回不可避だ!
「とにかく僕は挨拶に行ってきますから、お二人は邪魔しないでください!」
のし巻きタオルを抱えて、僕は部屋の外に出た。
「ええと……そっちが一夏さんの部屋だから、こっちがまだ見ぬ住人さんの部屋かな」
僕の両サイドにある部屋のうち、右隣が一夏さんの部屋で、左隣が
すると「はーい」とかの返事もなしに、玄関のドアがゆっくりと開けられ、一人の女性がおずおずとその隙間から顔を覗かせてきたのが分かった。
顔の位置的に僕よりも小柄な人だった。目が隠れる程度に長い黒髪が特徴的だけれど、彼女の顔はよく見ると小動物のように可愛らしい。
けれど、ほのかに引きこもりの匂いがする人だった。目を合わせてくれないんだ。
「……っ!」
そんな彼女は僕の顔を見るやビビったように玄関のドアを閉めてしまった。
え、何そのドアを開けたら不審者が居たみたいな反応……っ!?
「あ、あのっ、僕は引っ越しの挨拶に来ただけです! 怪しい者じゃないですから!」
必死に弁明していると——ぎぎぃ、と再びドアがゆっくりと開かれ、一色さんであろう女性が今度は全身を見せてくれた。
小柄な彼女は学生時代に着ていたっぽい紫のジャージを身にまとっていた。
年の頃は判断しにくいけれど、普通に僕よりは年上だと思う。
そんな一色さんはずっとうつむき加減でひと言も発してくれない。
コミュニケーションが苦手な人なんだろうか。
なら僕が紳士に対応しなきゃっ。
「えっと、一色さんですよね? 僕は隣に引っ越してきた晋藤要って言います! これからよろしくしてもらえると嬉しいですっ!」
「…………」
む、無反応。でも僕はめげない!
「あ、あのっ、これタオルなんですけど、よければお好きに使ってください!」
のし巻きタオルを差し出す。これにも無反応だったら虚しくて脱兎の如く逃げ出そうと思っていたのだけれど、少しの間が空いたのちに、一色さんはのそっと僕の手からタオルを受け取ってくれた。良かった、受け取ってもらえたことにホッとする……。
そんな中、一色さんがどこからかスマホを取り出して何かをやり始めていた。どうやら文章を打っているみたいだけれど一体どうしたんだろう?
と不思議に思った次の瞬間、その画面が僕に示されて——
『いえーい☆ タオルありがとう(*^◯^*) これからよろしくね少年! ちなみにいなほのフルネームは一色いなほだから気軽にいなほって呼んじゃっていいよーん!w』
——性格違い過ぎだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
どうなってるの!? え? 言っちゃ失礼だがこの陰キャ丸出しお姉さんが文章の中だとこんなに弾けたキャラになるってこと!? ギャップがヤバいよいなほさん!
『どったの?』
「いや、どうかしたのはいなほさんの方ですよね!?」
『ま、これがいなほの平常運転だから慣れてくれると嬉しいんよ』
「は、はあ……」
いなほさんの本体は相変わらずおずおずのオドオドで会話なんてどうにもならなそうな雰囲気しかないんだけれどね。でも文章でだったら意思疎通が可能らしい。性格が別人レベルで変わるっぽいけど。
『さてさて。もうちょっとお喋りしたいところだけれども、いなほ今締め切りがチョーヤバいからまた今度話そうね☆』
「締め切り?」
『いなほね、作家なんよ(´・ω・`)』
「え、すごいですね」
かりん荘の住人がやけにバラエティに富んでるのは気のせいじゃないよね。
『というわけで、今はこれにて失礼しちゃうんよ☆ アデュー!』
いなほさんはそう記すと、おずおずと小さく手を振りながらドアを閉めたのだった。
なんというか、この落差よ。テンション高めのメッセージを読んだあとの、本体によるオドオドやり取り……——可愛いです、いなほさん。
色んなお姉さんが居るアパートに来られて、僕は幸せだと思いました、まる。