第2話 お姫様を騙したらキスされた
「おぉ~! ここがげーむせんたーなんだね!」
隣で瞳を輝かせているノエル。
彼女の視線の先には、学生やらカップルやらが遊んでいるゲームセンターがあった。
「そうだぞ。入ってみるか?」
「うん! 入る!」
ノエルがこくこくと頷くので、俺たちはゲームセンターの中に入った。
どうしてこんなところに来ているのかというと、帰宅したらうちに絶賛居候中(今日でちょうど一週間が経った)のノエルが「げーむせんたーに行ってみたい!」と言い出したからだ。
俺は読みたいラノベがあるから嫌だって言ったんだけど、ノエルがどうしても行きたい! と聞かないので、こうして仕方がなく近所のゲームセンターに連れてきたのだ。
「でも、どうして急にゲームセンターなんだよ?」
「ユウマの本を読んでいたら出てきたの! それで行きたくなっちゃったんだよ!」
「俺の本……ってラノベのことか?」
「そうだよ! 元の世界でもライトノベルは読んでいたの!」
「元の世界……ってことは、本来ノエルが住んでいる世界ってことだよな? あっちの世界にもラノベがあるのか?」
「ううん。にっぽんの人を召喚した時に、たまたま持っていたんだよ! それで読んでみたらすごく面白かったの!」
「日本人を召喚って、なんでそんな事してんだよ」
すると、ノエルは突然肩をビクッとさせたあと、急に挙動不審になった。
「な、なんでもない~んだよ?」
いやいや、絶対何かあるだろ。
「……けど、そしたらこの前お前が秋葉原にめっちゃ行きたがってた理由もわかるな。あそこってオタクの聖地だし」
「ユウマ! あれやってみたい!」
「急に俺の話を無視したな……」
ノエルが指をさす先にはUFOキャッチャーが置かれていた。
「あれ、やりたいのか?」
「うん! ラノベに出てきていたものとすごく似ているの!」
「たしかにゲーセンのデートシーンだと定番かもしれんな」
……とすると、こいつはラブコメとかも読んでいたりするんだろうか。
「ユウマ! 早くやろうよ!」
「はいはい、そんな慌てんなよ」
ノエルに引っ張られて、二人してUFOキャッチャーの前に移動する。
中には前に彼女からもらったキーホルダーについていたブサイクなクマのキャラクターのぬいぐるみがたくさん入っていた。
これ、こんなところにもあるのか。
「そういやお前、お金持ってるのか?」
「ないよ!」
「えっ、じゃあどうするんだよ? お金ないとUFOキャッチャーはできないぞ」
「っ⁉ それは困るよ‼」
ノエルはうーん、と首を右へ左へ傾げてから、ピコン!と何かを思いつく。
そうして彼女は俺のことをじーっと眺めたあと、ひょいと手のひらを差し出してきた。
「つまり、俺が出せと?」
「(こくこく)」
「お金を出して欲しいなら、せめて口で言えよ」
ったく、しょうがないやつだなぁ……。
なんとなくそんなことじゃないかと思ってたから、別にいいけど。
俺は財布から小銭を出して、投入口に入れる。
「ほらよ、お金入れたからこれでできるぞ」
「おぉ~! さすがユウマ! 天才だね!」
「こんなことで天才になれたら、世界は天才だらけだ」
と言っても、ノエルは既にUFOキャッチャーに夢中になっていた。
じーっと中にあるぬいぐるみを眺めたあと、視線は操作ボタンへ。
「……これ、どうやってやるの?」
ずっこけた。
いや、やり方わからんのかい。
「ほんとしょうがねえなぁ……」
俺はUFOキャッチャーのやり方を教えた。
ノエルの理解力があまりよくなくて、少々教えるのに手こずったけど。
「どうだ? できそうか?」
「もう大丈夫! 華麗にあのクマちゃんを取ってみせるの!」
ノエルの初めてのUFOキャッチャーが始まった。
二つの矢印のボタンを押して、クレーンを操作する。
意外にも彼女は上手く、目標のクマのぬいぐるみの真上でピタリと止まった。
クレーンはそのまま真下に下がり、クマのぬいぐるみをキャッチ。
これは本気で取れそう、とそう思ったのも束の間。
持ち上げると同時に、ぬいぐるみはアームからするりと抜けて落下した。
「あぁ~おしかったなぁ」
もう少しで取れそうだったのに。
そう思っていると、ノエルはとても深刻そうな顔をしていた。
「お、おい。どうした?」
「おかしいよ……」
「? おかしいって何が?」
訊ねると、ノエルはガバッとこっちに振り返った。
「おかしいよ! わたしが読んだどの本もUFOキャッチャーは一回で成功してたのに! 失敗なんてしてなかったよ!」
「えっ、そ、そうなのか?」
「そうだよ! だから、UFOキャッチャーは絶対に失敗しないはずなのに! 失敗するなんて絶対におかしいよ!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
あれって言っちゃえば作り話だし。それを鵜呑みにされても……。
「こうなったらもう一回やるしかないの!」
「……また俺が払うの?」
「お願い! もし払ってくれたら、お礼にぬいぐるみを二つ取って片方をユウマにプレゼントしちゃうよ!」
「全然いらないんだが……」
でも、お金はまだあるし……仕方ねぇ。少しくらいならいいか。
一回分あげてもまたねだられそうなので、五回分の料金をノエルに渡す。
そして、彼女はちゃんと五回分プレイした。
――が、残念ながらブサイクなクマのぬいぐるみは取れなかった。
「全部良いところまではいったんだけどな。おしかったな」
「ぐぬぬ……」
ノエルは悔しそうにUFOキャッチャーを見つめている。
「ほら、次の人が来たから行くぞ」
「……いつか絶対に取ってやるんだから」
最後にノエルがそう口にすると、俺たちはUFOキャッチャーから離れる。
代わりに、制服を着た高校生のカップルがUFOキャッチャーを始めた。
……あのぬいぐるみ、ノエル以外に取ろうとするやつもいるんだな。
ノエルが散々失敗したこともあったため、なんとなく二人して興味が湧いたので少し眺めていると、カップルは何回もプレイするが一向にぬいぐるみが取れない。
「やっぱあのUFOキャッチャーって難しいんだなぁ」
「わたしは別にいいけど、カップルさんにまで取らせないなんてひどいやつなんだよ!」
「機械相手に“やつ”って……」
その後もカップルはぬいぐるみを取れず、段々と微妙な雰囲気に。
それを見ていたノエルがいつかみたいに人差し指をピンと伸ばした。指先には小さな光が灯る。
おいおい、まさかこれって……。
嫌な予感がして、とりあえず周りを確認。
幸いなことに、UFOキャッチャーに夢中になっているカップル以外は近くに人はいない。
「え~いっ!」
そんな声と共にノエルが指を振るうと小さな光が一瞬でUFOキャッチャーの中のクレーンに吸い込まれた。
直後、カップルが再びUFOキャッチャーに挑戦する。
すると、さっきまでノエルと同じようにクマのぬいぐるみを何回持ち上げても、クレーンのアームから抜け落ちていたのに、今回はクレーンががっちりとクマのぬいぐるみを掴んで、そのまま離さない。
そうして、カップルは見事ぬいぐるみをゲットしてしまった。
カップルは嬉しそうにぬいぐるみを取り出す。
「やった! 上手くいったの!」
ノエルは小さくガッツポーズをする。
「……魔法を使ったのか?」
「そうだよ! これでUFOキャッチャーをやっつけてやったの!」
ノエルは自慢げに胸を張る。
「わざわざあのカップルのために魔法を使うなんて偉いじゃん」
店側としては最悪だろうけど。
「わたしはね、困ってる人を見ると助けたくなるんだよ。ユウマみたいにね」
「俺みたいに? 言っておくが、俺はそんなやつじゃないぞ」
「そんなことないよ! だって初めて会った時は秋葉原までわたしを送ってくれたし! 普段だってわたしがお菓子欲しいって言ったら買ってきてくれるし、遊んでって言ったら一緒に遊んでくれるし!」
そう話して、ノエルはにこりと笑う。
助けてるっていうより、お前にこき使われているだけな気がするけどな……。
「つーかお前、あんな魔法を使えるんだったら、どうして自分の時に使わなかったんだよ。そしたら簡単にぬいぐるみが取れただろ?」
「わたしは自分のために魔法は使わないんだよ。それがわたしの“ぽるしー”なんだよ!」
「それを言うなら“ポリシー”な」
ノエルは「嘘だよ⁉」と瞳を大きく開く。
一緒に住んでわかったことだけど、こいつすぐに新しく知った言葉を使いたがるからなぁ。
でも、ほとんどちゃんと覚えていない。
「ノエル。もう一回UFOキャッチャーやってみるか?」
「えっ、いいの?」
「ただし、人助けのためだとしても今日はもうUFOキャッチャーに魔法を使うのは禁止な」
「っ⁉ どうしてなの⁉」
「そりゃ何回も簡単に商品を取られたら、店の人が困るからだよ」
「た、たしかにそうなの……」
「だろ? だから、今日はもう魔法禁止だ。その約束を守れるならもう一回UFOキャッチャーをやっていいぞ」
「……わ、わかったの! 今日はもう魔法使わないの!」
ノエルが頷くと、俺はもう五回プレイできる分のお金を差し出す。
彼女は他人のことを助けたんだ。これくらいのご褒美はあげてもいいだろう。
「やったぁ! 今度こそぬいぐるみを取ってやるの!」
やる気満々のノエルはお金を受け取ると、すたた、とUFOキャッチャーへ向かった。
もし俺に妹がいたらこんな感じなんだろうか……。
それからノエルはきっちり五回UFOキャッチャーをプレイしたけど、結局ぬいぐるみは取れなかった。
まあ現実はそう上手くはいかないよな。
☆☆☆☆☆
「ねえユウマ、あれがあの伝説の“ぷりくら”なの?」
「伝説かは知らんが、そうだぞ」
ノエルが指をさしたのは、たしかにプリクラだった。
たぶんこれも読んだラノベに出てきたんだろう。
「今度はあれをやりたい!」
「別にいいぞ。お金あげるから行ってこい」
「ユウマはアホなの!」
「……いきなりなんだよ」
「あれはね、男の子と女の子の二人で使うものなんだよ!」
「そういう決まりでもないけどな……」
人によっては男同士、女同士で撮ることだってあるし。
「わたしはユウマと一緒に撮りたいの!」
「えぇ~俺はいいよ。恥ずかしいし」
「ダメなの~!」
グイグイと服の袖を引っ張られる。
ワガママなやつだなぁ……。
「いいか、ノエル。プリクラはな、男女二人で入ったが最後キスをするまで出られないんだ。俺とキスしなくちゃいけないんだぞ。それでもいいのか?」
「そうなの⁉」
ノエルは驚愕する。
まあ嘘なんだけど。
「でも、ユウマとなら別に嫌じゃないよ?」
「まじ?」
「うん! だから一緒に来て!」
ノエルがにっこりしながら、プリクラの方に連れていく。
冗談で言ったつもりが、面倒なことになっちまったな。
……まあ後で本当のこと話せばいいか。
俺たちはプリクラのボックスの中に入る。
「ねえユウマ、これはどうやったら動くの?」
「またわからんのか」
UFOキャッチャーの時と同じように操作の仕方を説明する。
父さんと母さんに作品のためと言われて、何度も強引にプリクラを一緒にやらされたからな。
プリクラの操作方法もバッチリだぜ。
「どうだ? 自分でできそうか? それとも俺がやるか?」
「わたしがやる! ユウマはそこでじっとしてて!」
「はいはい」
俺がお金を入れると、ノエルの操作で背景やらモードやらが決まってプリクラが開始した。
カシャ、カシャ、カシャ。
とりあえず、普通に撮っていく俺たち。
「お前、プリクラ撮るときくっつきすぎじゃない?」
「え? ラノベだと女の子はみんな男の子にくっついてたよ?」
「ラノベ参考にしすぎだろ」
なんて会話も挟んでいたら、もう最後の一枚を撮ることに。
あっ、そういえばさっきのキスの話、嘘だってまだ言ってなかった。
「ユウマ!」
なんて思っても時すでに遅し。
ノエルは少し背伸びをして――。
ちゅっ、と頬に優しくキスをした。
「っ! お、おい!」
「えへへ! 言ったでしょ! わたしは別にユウマとチューするのなんて平気なんだから!」
無邪気な笑顔を見せるノエル。
一方、俺の方は不意打ちをされて心臓が早鐘を打っていた。
「ん? ユウマ、どうしたの?」
「い、いや、なんでもねぇよ」
くそっ。まったく鼓動が収まらん。
「はい! ユウマの分!」
ノエルが出てきたシールを半分にして俺に渡してきた。
俺はそれを「さんきゅ」と言って受け取る。
「ねえユウマ! またプリクラ撮ろうね!」
「……嫌だ」
「えぇ⁉ なんでぇ~⁉」
「う、うるさいな。嫌だったら嫌なんだよ」
ノエルは「なんで! なんで!」とポカポカ叩いてくる。
頬にキスしたことなんて、まるで気にしてないように。
なんだかノエルに負けた気がした俺だった。
~つづく~
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