第1話 ラノベが大好きな後輩との出会い
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「先輩先輩! この本読んでみてくれませんか?」
キャッキャと恥じらいもなく、少し肌色多めで可愛い女の子が表紙のライトノベルをオススメしてくる女の子。本屋で偶然出会って、仲良くなって、なぜかラノベの楽しみ方を教えて貰うことになって・・・・・・って。これはいわゆるラブコメ?
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『私のおっぱい育ててもらえませんか?』
四月中旬。学校帰りに通り道にある本屋に寄ってみると、とんでもない本を見つけてしまった。
当然タイトルもそうなんだが、俺がとんでもないと思ってるのはそこだけじゃない。
表紙に堂々と書かれている『
これ、俺の父さんです。
「まじかよ……」
昨晩、ラノベ作家の父さんから「明日、オレの本が出るぞ!」としつこいくらい言われて、同じラノベ作家の母さんからも「お父さんの本が出るわよ!」って言われてたから知ってたけど、まさかこんなやばいもんが出るなんて聞いてないぞ。
「父さん……」
額に手を当てながら、ため息混じりに呟く。
俺はラノベが苦手だ。理由は主にラノベ作家の両親にある。
父さんは締め切りが近くなると唐突に「Fカップ!」と女性の胸のカップ数を叫び出したり、自分が好きな作品のキャラのスリーサイズを連呼したりする。
また母さんの方も煮詰まると真夜中に全力でアニソンメドレーを歌い出したり、中学生レベルの下ネタをノートに書き連ねたりするのだ。
こんな感じで昔からラノベ作家の二人はピンチになると頻繁に奇行を起こすのだが……そんな両親の姿を見てラノベを読みたくなるだろうか。
もちろん答えはノーだ。
両親は「ラノベは世界一面白い本だ」なんて勧めてくるけど、俺は生まれてから一度たりともラノベを読んだことがない。
二人みたいに変人になったら困るしな。
「あっ」
なんて考えていたら、父さんの本の隣に表紙がやたらエッチなラノベが平積みされているのを見つけてしまった。
「ふむふむ。これは……」
俺はラノベが苦手だ……が、エッチな表紙は大歓迎だったりもする。
しょうがないよね? だって男の子だもん。
というわけでエッチな表紙のラノベを手に取ると、じっくりと吟味する。
これはものすんごい絵だなぁ。ラノベじゃなかったら買ってるかもしれん。
「その本、気になるんですか?」
不意に誰かから声を掛けられる。
もしやクラスメイトか!と慌てて振り返ると、そこには俺の学校とは別の制服を着た少女がいた。
良かった。もし同級生にエッチな表紙をガン見しているところを見られてたら、明日から引きこもり生活まっしぐらでしたわ。
「……で、君はだれ?」
少女に向けて訊ねた。
肩口で切り揃えられた髪はキラキラ輝く金髪で、顔立ちは少し幼げで可愛い系。
瞳はくりっとしており、背丈も小さくて、小動物的な愛らしさを感じさせる。
それなのに胸のあたりにはインパクト抜群の大きな膨らみがあり、まるで世の男子の理想を具現化した女の子みたいだ。
こんな可愛い子、俺の知り合いにいなかったはずだけど。
「わたしは
少女は頬に指を当てて可愛らしい仕草でそう答える。
やっぱり全く聞き覚えのない名前だな。つーか、学年まで聞いたつもりはなかったんだけど……。
「その……猫屋敷さんは俺に何か用でも?」
「猫屋敷さんなんて他人行儀な呼び方は止めてください。どうぞ気軽に華恋ちゃんと」
「いやいや、俺たち他人だよね⁉」
それでも少女は「華恋ちゃんと呼んでください」と何度も言うので、仕方がなく間を取って彼女のことは「さん」付けなしの苗字で呼ぶことにした。
「それで猫屋敷は俺に何か用でもあるのか?」
「あなたがわたしの好きなラノベを持っていたので、ついつい声を掛けてしまいました」
えへへ、と頬を染めてちょっと恥ずかしそうに笑う。
好きなラノベを持ってるだけで声を掛けられたのか。この子、行動力ハンパないな。
「その本、面白いですよ」
「そうなのか?」
それに彼女は「はい!」とニコニコ笑顔で頷く。本当に可愛い子だなぁ。
「そのラノベ――『ともあね』は主人公と彼の親友のお姉ちゃんの恋愛模様を描いたラブコメで、特にメインヒロインの結月ちゃんが積極的に主人公の隆司くんにアピールするところはすっごく可愛いですよ!」
キラキラした瞳で勧めてくる猫屋敷。
どうしよう。俺この本買う気ないんだけど。
「どうですか? 読んでみたくなりましたか?」
「そ、そうだなぁ……」
とりあえずこの場だけ買うって答えといて、猫屋敷がいなくなったあとに本を元に戻せばいいか。
「わかった。これ買うわ」
「ホントですか!」
猫屋敷は嬉々とした声を出す。
自分が好きなラノベを買ってもらえるってなったから相当嬉しいんだろうな。
そう考えると、じわじわと罪悪感が……。
「では早速一緒にレジに行きましょう!」
「えっ、一緒に?」
「はい! それだけ表紙がえっちだと一人では買いにくいでしょうから」
確かにそうかもしれないけど、猫屋敷にレジまで付いて来られたら本当にラノベを買わなくちゃいけなくなるじゃん。それは非常に困る。
「俺は一人で大丈夫だぞ」
「いえ、わたしも一緒に行きます!」
「いや、だから一人でいいって!」
「いえいえ、わたしも行きますってば!」
そんなやり取りを数回繰り返したが、猫屋敷は全く引く気がない。
もしや俺がちゃんと買うか疑っているのだろうか。
なんにせよこのままだとラノベを買うハメになっちゃうし……これはもう正直に話すしかないか。
「悪いな、実は俺ラノベが苦手なんだ」
「えっ……そうなんですか?」
白状すると、猫屋敷は困惑した表情を浮かべる。
「でも、それじゃあどうして『ともあね』を手に取っていたんですか?」
「えーと、それには深いわけがあってだなぁ……」
表紙の絵がエッチだったから、なんて言えるわけがない。恥ずかしすぎる。
「とにかく俺はラノベが苦手なんだ。だからこの本は買えない」
すまんな、と謝ると、猫屋敷はしゅんと落ち込む。
せっかく勧めてくれたのに、なんか悪いことしちゃったなぁ。
なんて思っていたら――。
「ちなみにこの本はラノベが苦手な人でもおすすめできる作品なんですよ」
猫屋敷はそんなことを言い出した。立ち直りが早すぎるだろ。
「きっとあなたも好きになるはずです。おすすめです」
「どんだけ勧められても俺は買わないって」
「お願いします! 絶対に面白いですから!」
もし面白くなかったらわたしがお金を払いますから、と猫屋敷はラノベをグイグイ押し付けてくる。
「お前、どうしてそんなに俺にラノベを読ませたがるんだよ」
「だってラノベは世界一面白い本ですから。それをラノベが苦手だって言ってるあなたにも知ってもらいたいんです」
猫屋敷は真剣な表情で話す。
ラノベは世界一面白い本、か。父さんや母さんと全く同じことを言ってるな。
きっと猫屋敷も二人と同じくらいラノベのことが大好きなんだろう。
俺はラノベが苦手だ――が、正直なところ気にもなっていた。
そりゃ自分の両親が人生を捧げているものだからな。気にならないはずがない。
「猫屋敷、そんなにラノベは面白いのか?」
「はい! とっても面白いです! なぜかと言いますとラノベには一冊一冊に違う世界が描かれていて、そのどれもがわたしの知らない世界で、ラノベはそんな世界にいつもわたしを連れて行ってくれるからです!」
猫屋敷は心の底から楽しそうに語る。
それだけラノベには人を惹きつける力があるってことなんだろう。
だったら今まで抵抗があって読めなかったけど、一回くらいラノベを読んでみるのもいいかもしれない。
そして確かめてみたい。ラノベがどれくらい面白くて魅力的なものなのか。
「わかった、この本買ってみるよ」
「ホントですか! 嬉しいです!」
猫屋敷はぴょんぴょんと飛び跳ねる。喜びすぎだろ。
「読んだら感想聞かせてくださいね! えーっと……」
「
年上だぞ、ということをアピールするために学年も言っておくと、
「なるほど! では、これからあなたのことを才本先輩って呼びますね!」
「なんでだよ。別に同じ学校じゃないだろ」
「それはそうですけど、才本先輩って呼んだ方が萌え度が高いと思うので」
「俺、萌え度とか求めてないんだけど」
「むっ、怒りましたよ。もうこれは才本先輩を才本先輩と呼ぶしかありません。そして萌えというものを先輩にわからせてあげちゃいます」
一人で盛り上がっている猫屋敷。ダメだ。全く話についていけねぇ。
それからひとまず『ともあね』を購入すると、俺たちは店内から出た。
「才本先輩、連絡先交換しましょ♡」
別れ際、本屋の前で猫屋敷がスマホを取り出す。
ラノベの感想のやり取りに使うためだろう。直接会うのも面倒だしな。
「おういいぞ」
そう返すと、猫屋敷と連絡先を交換した。
「いいですか? その本を読んだら絶対に感想を訊かせてくださいね」
「あぁ、わかってるよ」
そんなに念を押さなくても、ちゃんと読んでくるのに。
「ではまた会いましょうね、先輩」
「おう、またな」
言葉を返すと、猫屋敷は笑顔で手を振りながら離れていく。
あいつ全然前見てねぇな。そのうち転ぶぞ。
なんて思いながら、そんな彼女に俺は手を振り返した。
☆☆☆☆☆
数日後、俺は下校途中に再び学校近くの本屋に来ていた。
理由は昨晩、猫屋敷にLINEで『ともあね』を読んだと伝えたところ「明日この前と同じ本屋に来てください」と返されたからだ。
先日連絡先を交換した時点で感想はスマホで済ますものだと思ってたけど、どうやら違ったらしい。
「才本先輩! どうでしたか!」
会った途端、猫屋敷は開口一番に訊ねてきた。
きっと彼女は俺が面白かったって答えると思ってるんだろう。
でも……。
「すまん。この本俺には合わなかったわ」
「えっ」
猫屋敷は明らかに動揺した声を漏らす。
嘘でも面白かったって言うことも考えたけど、ラノベが大好きな彼女に正直な感想を明かさないのはそれこそ不誠実だと思った。
だから俺は今回素直に感想を言おうと決めたんだ。
「そ、そうですか……で、でしたらお金はわたしが……」
「お金はいらないよ。結局は自分で買うって決めたんだから」
猫屋敷が露骨に落ち込みながら財布を取り出そうとすると、俺はそう返した。
「それにこの本が全く面白くなかったわけじゃないんだ。たぶん読む人が読めば面白いんだと思う」
特に主人公の隆司に彼女が出来たというデマのせいで、それまでほとんど話したことがなかった親友の姉の結月が隆司に猛アピールするところはとても可愛かった。
具体的には、昼休みに隆司のクラスの教室に突撃しに行ったり、勝手に隆司専用の特製弁当を作ったり、隆司の実家に訪問してお嫁さん宣言したり。
ただ俺には姉属性が合わなかったみたいで、猫屋敷流で言うと可愛いとは思ったけど萌えは感じなかったのだ。
なんてことを猫屋敷に話すと、
「先輩、ちゃんと読んでくれたんですね」
彼女はなぜか驚いたような表情を浮かべていた。
「当然だろ。お前に感想を言うって約束もしてたんだし」
そう返すと、突然猫屋敷の瞳からぽたりと涙が零れ落ちる。
どうしたんだ? もしかして俺ひどいこと言っちゃったか?
そんな風に一人で慌てていると、
「わたし、今までたくさん友達とかにラノベをおすすめしてきたんですけど……あまり良い反応されなくて……ラノベに興味があるかもって言ってくれた子も結局は一回もラノベを読んでくれなくて……」
猫屋敷は涙を流しながらゆっくりと語る。
「そ、そうだったのか……」
意外だ。あれだけ積極的にラノベを勧めてくるんだから、布教とか失敗したことがないと思ってたけど、実際は真逆だったなんて。
「才本先輩、ありがとうございます!」
猫屋敷はぺこりとお辞儀をする。
「そして決めました! 先輩には絶対にラノベを好きになってもらおうと!」
「ちょっと待て! どうしてそうなる⁉」
「わたしがラノベをおすすめしてきた人の中で先輩が一番ラノベを好きになってくれそうだからです!」
「素直だな⁉」
清々しい物言い。ツッコみどころ満載なのに逆に言い返せねぇ。
「安心してください。先輩がラノベ好きになるようなラノベはわたしが必ず見つけてみせます」
「俺としてはそんな無理しなくてもいいんだけど」
「いえ、これは決定事項です!」
決定事項にされちゃったよ。俺の意思はどこへ行っちゃったの。
「ではこれからもよろしくお願いしますね! 才本先輩!」
猫屋敷は嬉しそうに顔を綻ばせる。
まあいいか。ちょうどラノベのことをもう少し知りたいと思ってたところだし。
ちょっとだけこの後輩のわがままに付き合ってやるとしよう。本当は後輩じゃないけど。
「わかったよ。よろしくな」
こうしてラノベが苦手な俺は猫屋敷と一緒にラノベ好きを目指すことになった。
~つづく~
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