第一章 立てる者は骨でも使え その5
豪勢な夕食を終えた後、誰もいない自宅に戻るのを年少の子が怖がったため、子供達は昨夜と同じように村長宅で皆一緒に眠った。
そして翌日、昨夜の残り物で朝食をすませた子供達に、テリオスは優しく問いかけた。
「皆さん、今日は何かやる事がありますか?」
「えっと……」
子供達は考え込み、互いに目を合わせたりするが、すぐには意見が出てこない。
麦畑の種まきはとっくに終わり、収穫もまだまだ先なため、急いでやる仕事はなかった。
他にやるべき事といえば、緑腐病で亡くなった家族や隣人の荷物整理が残っているが、それを行うにはまだ心の傷が
「お皿を洗い終えたら特にないです」
「俺も別に……」「私も」「僕も」
ミラやトリオに続いて、他の子供達も用事がないと告げる。
その答えを待っていたテリオスは、嬉々として提案を持ちかけた。
「では皆さん、勉強をしませんか?」
「勉強?」
「はい、まずは文字の読み書き、それと足し算や引き算といった算数を学びましょう」
「えっ?」
勉強という聞き慣れない単語に、驚いて目を丸くする子供達に、テリオスは再び問いかける。
「この中で文字の読み書きや算数ができる方はいますか?」
「数字は百までならお母さんに教わりました。でも文字はちょっと……」
「読み書きなんて村長の仕事だろ!」
ミラが
「はい、普通は村長とその家族くらいしかできませんね」
テリオスは子供達の無学を責めたりせず、笑って頷き返した。
「どうやら、村長さんとそのご家族は亡くなられてしまったようですし、今この村に読み書きと算数ができる方はいないようですね」
「…………」
子供達は沈黙をもって肯定する。村長家が読み書きや算数の技能を使って、どのような仕事をしていたのか、詳しい事は知らなくても、それが失われた事の重大さは感じられたのだろう。
「だからこそ、皆さんが勉強して覚えましょう」
「えっと……」
明るく告げるテリオスに反して、子供達は困惑した様子で互いの顔を見合う。
(ふむ、読み書きや算数の有用性が分かっていないようですね)
身に付けた者からすれば、それがどれだけ生活に役立つ技能で、無償で教えようというテリオスの提案が、とてもありがたい事だと分かるだろう。
けれども、それを知らない、知らずとも生きてこられた村の子供達からすれば、技能の価値など分かるはずもない。
だから、テリオスは
「まず算数ができないと、買い物の時に
「そんな事がっ!?」
ミラが驚き絶句する。今までそういった痛い目に
(村の大人達がしっかり子供達を守ってきたのでしょうね)
改めて善良な人材が失われた事を
「残念ながら、この世界はまだ平和ではありませんから、騙される方が悪いとばかりに、金を
「そうなんですか……」
「だから、算数を学んで騙されない人物になりましょう」
「なるほど」
村長はそうやって村を守っていたのかと、亡くなった今になって理解し、子供達は複雑な表情を浮かべながらも頷いた。
「次に読み書きですが、これができると本が読めて楽しいですよ」
テリオスはそう言ってから『
「例えばこれには、
「あっ、神の子・アルカイアだろ!」
トリオを筆頭に少年達が、興奮して目を輝かせる。
天空神ユピテルと人間の女王の間に生まれた、半神半人の英雄・アルカイアの伝説は大人気で、吟遊詩人の歌や本によって大陸中に広まっていた。
「これはご存じでしたか。ですが他にも、
テリオスは昨日、街で買い集めてきた本をいくつも取り出して、机の上に並べてみせた。
「こんなに沢山……」
本は貴重品であり、この村では村長が一冊持っていたくらいで、子供達は触らせて貰った事もない。
まして、文字だけでなく絵まで描かれた本など、一冊で家が建つほどの高級品であった。
その正確な価値は知らずとも、とにかく凄い物だと言われてきた本が山のように積まれて、子供達は圧倒されて言葉を失ってしまう。
テリオスはその姿に微笑みながら、さらに言葉を続けた。
「外で遊べない雨の日や、雪が降り積もった冬の間も、本を読んで沢山の物語に触れると退屈しませんよ」
そして何より、文字の読み書きができれば、商業や軍事といった多方面の勉強がさらに
ただ、勉強のために勉強をさせられるのを、遊びたい盛りの子供達が喜ぶはずもないので、そこについては黙っておいた。
「どうです、算数や読み書きを学んでは頂けませんか?」
「やります。教えてください」
「じゃあ俺も」「僕も」「私も」
ミラが真っ先に手を挙げて、他の子供達もそれに続いた。
それを見て、テリオスは喜びに満ちた笑みを浮かべる。
「では、文字の読み方から始めましょうか」
テリオスは貴族の子供向けに作られた学習絵本を手に取り、パンや犬といった身近な物を例として、文字の読み方を教えていった。