第一章 立てる者は骨でも使え その4

 テリオスがくうから取り出したシャベルを使い、ボーンゴーレム達がった穴に、ミラ達はゴーレムにならなかった遺骨をひろあつめて埋葬した。

「炎の神ウルカヌス様、そのともしにて暗き道を照らし、皆の魂を迷わず冥界へと導きたまえ」

 ミラの言葉に合わせて、他の子供達も手を合わせて祈りをささげる。

 彼女の母親は正式な神官でこそなかったが、葬式や結婚式、お祭りの際には神に祈る役をこなしていたので、となりで聞いていたミラは教えられた事がなくても、こうしてそらんじる程度はできるのだった。

 そうして、簡略ながらもとむらい終えるのを待って、テリオスが話を切り出してきた。

「さて皆さん、私は少し買い物に行ってきます。村を守るようボーンゴーレム達に命じておきますので、余程の事がない限りは大丈夫だと思いますが、何かあればこれをやぶいて私を呼んでください」

 虚空から今度は紙のふだを取り出して、皆に一枚ずつ手渡してくる。

 そこにえがかれた複雑な紋様をながめつつ、ミラは首を傾げた。

「おじさん、空中から何でも取り出せるのに、お買い物をするんですか?」

「いや、これはとある場所にある私の倉庫から、必要な物を取り寄せているだけで、無から有を生み出しているわけではありませんから」

「そうなんですか」

 苦笑するテリオスの説明に、ミラは頷きながら少しだけ残念に思う。

 無知で無力な彼女達からすれば、まるで万能の力に見える魔術とて、何でもできるわけではないらしい。

(死んだ人をよみがえらせるなんて、絶対に……)

 動く死体や骸骨、または幽霊のような魔物としてなら、再び現世に呼び戻す方法はあるのだろう。

 けれども、以前と何も変わらない生きた人間として蘇らせる方法は、この世のどこにも存在しないに違いない。

(冥界から恋人を連れ戻そうとして失敗したぎんゆうじんの話、お母さんがしてくれたっけ)

 ふとそんな事を思い出して、なつかしさに涙をこらえるミラを余所に、テリオスは「では行ってきます」と手を振ると、何やら呪文を唱えて煙のように姿を消してしまった。

「で、どうする?」

 村を囲むように散らばっていくボーンゴーレム達を見ながら、トリオが尋ねてくる。

 それに、ミラは少し考え込んでから答えた。

「とりあえず、家のお掃除でもしようか」

 麦粥をたらふく食べてから二度寝をしたのもあるが、やはり霊薬の効果が大きいのだろう。

 病み上がりとは思えない力がみなぎっており、とても眠れそうにはなかった。

 それに体を動かしてでもいないと、また悲しみが押し寄せてきてしまう。

「そうだな、随分と汚れちまったし」

 トリオが同意したのを見て、他の子供達も頷き、九人はそれぞれの自宅に向かった。

「ただいま」

 ミラは誰もいないガランとした家に声をかけ、改めて寂しさを感じながらも中に入る。

 そして、まずはベッドの横に散らばる食器を拾い上げた。

「ハチミツ、もう残ってないんだ」

 大好物が入っていた素焼きのびんは、甘い香りだけを残して空っぽになっていた。

 緑腐病にかかってもうろうとしている間に、彼女が味わいもせず全て飲み干していたのだが、今思えば実にもつたいない。

 とはいえ、そのお陰でテリオスが来るまで体力がったのだろう。

 ハチミツとそれを残してくれた母親が、ミラの命を救ってくれたのだ。

「ありがとう」

 ミラは小瓶を水で洗ってから棚にしまうと、今度はベッドと向き合った。

「中のわら、代えないと駄目だな」

 母親が消えた後は看病してくれる者もおらず、起き上がる事もできなかったので、シモの始末ができなかったのだ。

 異臭を放つベッドを見て、ミラはしゆうに頰を染めてから、ふと異変に気がつく。

「そういえば、服や体がれいになってる?」

 汗や尿による汚れや異臭が、いつの間にか消え失せていた。

 おそらく、彼女を自宅から村長宅へと運ぶ間に、テリオスが何らかの魔術で汚れを落としてくれたのだろう。

「やっぱり、魔術って凄いな」

 何でもは不可能だが、大人が何十時間も働かないと築けない土壁を一瞬で生み出し、まきや火種もなしで巨大な火柱を立て、人の技術では到底不可能な動く骸骨を作り出せる。

 自分なんて容易たやすく殺せてしまうテリオスの力に、他の子供達と同様に恐怖を覚えつつも、ミラの胸には別の感情が湧いていた。

「いいな」

 魔術でも死者のせいはできない。けれども死ぬ前なら、緑腐病を治せたのだろう。

 自分にテリオスほどの力があれば、村の皆を救い出せて、母親が今も隣で笑顔を浮かべていたに違いない。

 そんな馬鹿馬鹿しい仮定と後悔にさいなまれ、勝手に落ち込んでしまった気持ちを、ミラは勢い良く首を振って追い出した。

「掃除しよう」

 大きめの袋に藁を詰めただけのまつなベッドなので、中身を取り出して洗濯するのもそこまで大変ではない。

 もう何年も前におねしょをして以来の作業に、ミラは懐かしさを感じながら没頭した。

 そうして日が傾いてきた頃、洗い終わったベッドの袋をロープにかけ、自宅の中を掃除していると、外から良く焼けたむぎの香りが漂ってきた。

「パンのにおい?」

 誰かがパン焼きかまどを使ったのだろうかと、気になって外に出てみると、いつの間にか帰ってきていたテリオスが、かごいっぱいのパンや果物くだものを抱えて立っていた。

「ただいま戻りました。まずは食事にしませんか?」

「うわーいっ!」

 匂いにられて顔を出していた子供達が、歓声を上げてテリオスの元に集まっていく。

「焼き立ての白いパンだ! こんなに沢山どこで手に入れたの?」

「王都で購入してきました。評判のお店だそうなので、きっとしいですよ」

「イチジクにどうに……うわっ、お肉まである!」

「豚のハムですね。皆さんは病気のせいで随分と痩せてしまったようですから、お肉を沢山食べないといけません」

 小さくまずしいクリオ村では、祭りの日でもなければ食べられないごそうの数々に、子供達は目を輝かせてよだれを垂らす。

 そんな仲間達を見て、いつの間にかミラの横に来ていたトリオが呆れた顔で呟いた。

「あいつら、さっきはあんなに怯えていたくせに、食い物で簡単にかいじゆうされやがって」

「仕方がないよ」

 皆をしかる気にはなれず、ミラは苦笑を浮かべる。

 ボーンゴーレムの件で招いた不信感をふつしよくするために、テリオスがご馳走で自分達を釣ったのは事実だろう。

 だがどのみち、彼の力に頼らなければ、大人達を失った自分達は生きていけないのだ。

 力を持たぬぜいじやくな子供が、無駄な意地を張っても得などない。

「ほら、私達も行こう」

 ミラはトリオの手をつかみ、皆に囲まれたテリオスの方に向かって歩き出す。

 すると、彼は少し赤くなりながらも大人しく従った。

「お、おう」

「あらあら、青春ね」

「えっ?」

 急に真横から声がして、驚いてそちらを見れば、黒猫がいつの間にかミラの肩に乗って、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。

「仲良しなのは結構だけれど、減った人口を増やすのは三年くらい後になさいよ?」

「えっ……あっ」

「な、何言ってんだこの猫っ!」

 一拍遅れて意味を理解し、頰を染めるミラの横で、トリオも真っ赤になって叫んだ。

「俺がミラにそんな事をするわけないだろっ!」

「そうだよ。私みたいな白髪の女の子に、トリオ君が変な気持ちを抱くわけないよ」

 トリオのような茶髪とも、母親のような赤毛とも、他の誰ともことなる白い髪を摘まんで、ミラは苦い笑みを浮かべる。

 村の皆は優しかったから、彼女の変わった髪色を貶したりする事はなかったが、一度だけ王都のお祭りに連れて行って貰った時、道行く人々から奇異の視線で見られ、「おばあさんみたい」と笑われた事は、今も消えない傷跡となって残っていた。

 そんなトラウマもあって全力で否定したミラの横で、トリオがか暗い顔で項垂れてしまう。

「お、おう、変な気持ちなんて、絶対に……」

わいそうに。はゼロだけど頑張りなさい」

「うるせえっ!」

 全くなぐさめになっていない事を呟く黒猫に、トリオは怒って摑みかかる。

 そんな二人の姿に微笑みながら、ミラはテリオスを追って村長宅に入った。

「お手伝いしますね」

「はい、ありがとうございます」

 パンと果物の籠を受け取った子供達が、居間に走っていくのを見送りながら、ミラはテリオスと共に台所へ向かう。

「では、この豚のハムを切って頂けますか?」

「はい」

 手渡された大きな肉のかたまりを、ミラはナイフで切り分けていく。

 そうして、子供達が取り合って喧嘩をしないよう、小皿に分けていたところで、ふと覚えのある甘い香りが漂ってきた。

「これはっ!?」

 驚いて顔を上げれば、テリオスがお湯をかした鍋の前で、陶器のつぼを開けていた。

「おじさん、それは……」

「体に良いと聞きますので、ハチミツ湯を作ろうと思いまして」

 フラフラと歩み寄ったミラに、テリオスは壺の中に詰まった黄金の蜜を見せてくる。

「ですが、私では適切な分量が分からないので、よければ貴方が──どうしました?」

「……えっ?」

 テリオスの心配そうな声を耳にして、ミラはようやく自分が泣いている事に気がついた。

「ひょっとして、ハチミツを食べると具合が悪くなる体質でしたか?」

「いえ、違います、大丈夫です」

 ミラは慌てて涙を拭い、テリオスに向かって笑い返した。

「ハチミツは大好きです」

 好物であり、思い出の味であり、そして空っぽになって、もう二度と口にできないと思っていた黄金の蜜。

 それはひょっとしたら、亡くなった母親の代わりを求める、あさましい代償行動にすぎないのかもしれない。

 ただ、失ったと思っていたものを、テリオスが与えてくれた事が、涙が出るほど嬉しかったのだ。

「ちょっとめてもいいですか?」

「はい、どうぞ」

 テリオスが差し出した木のスプーンを受け取って、ミラはハチミツをひとさじすくって口に運ぶ。

 途端、舌の上にしびれるような甘さが広がる。けれども、わずかだが風味や舌触りが、記憶の物とは異なっていた。

「ハチミツって、みんな同じじゃないんですね」

「はい。はちが花の蜜を集めた物ですから、どんな花畑で育てたかによって、味や香りが変わるそうですよ」

 ずっと昔、ようほうに聞いたのだという、テリオスの話を耳にしながら、ミラは涙がにじまないよう目尻に力を込めながらも、やわらかな笑みを浮かべる。

「ちょっと違うけれど、このハチミツも美味しくて好きです」

「お口に合ったようで何よりです」

 白い歯を鳴らして笑うテリオスから、ミラは壺を受け取って、甘すぎてくどくならないよう注意しながら、お湯の中にハチミツを垂らしていく。

 そうして、出来上がった料理と飲み物を持って、おなかを減らした子供達が待つ居間へと向かうのだった。

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