第一章 立てる者は骨でも使え その3

すでにお気づきかと思いますが、緑腐病から救い出せたのは、今ここにいる貴方あなた達だけです」

「──っ」

「働き手である大人を失ったこの村は、このままでは滅びるしかありません。から働き手を連れてこようにも、伝染病に冒された村に来たがる者はいないでしょう」

「そんな……」

 家族や知人の死で傷ついている子供達に、テリオスはえてざんこくな現実を突きつける。

 その上で、静かに問いかけた。

「皆さん、この村が滅びても構いませんか?」

「嫌です」

 ミラがかんはつ入れずに即答する。

「みんなと一緒に暮らした、このクリオ村がなくなっちゃうなんて嫌です」

 そこには故郷が滅びる事へのあいしゆうだけでなく、生活の基盤を失うという、現実的な恐怖もじっているのだろう。

「お母さんがいなくなって、この村までなくなってしまったら、私はもう……」

 頼れるしんせきはおらず、行く所もなく、このままぬしかない。

 そう項垂うなだれるミラを見て、他の子供達も不安そうにささやった。

「私は隣村にさんがいるけど、意地悪な人だからきっといじめられちゃう」

「そもそも、病気になった俺らを受け入れてくれる村なんてあるのか?」

「治ったって言っても、どうせ信じて貰えないよ……」

 どれだけ話し合っても、まるで明るい未来が見えてこない。

 実際問題、緑腐病によって全滅しかけ、魔物になぞの薬を飲まされて助かった子供なんて、不気味すぎて誰も助けてはくれないだろう。

「つまり、あんたらはこの滅びかけた村で生きていくしかないわけね」

 ご愁傷様とばかりに、黒猫が髭を揺らして笑う。

 そんな彼女を睨んでから、テリオスは明るい声で告げる。

「だからこそ、このボーンゴーレム達が必要なのです」

 彼が手をかざすと、二十九体の骸骨はいつせいに気をつけの姿勢を取った。

「ご覧の通り、ボーンゴーレムは私の命令通りに動きます。複雑な仕事はこなせませんが、亡くなった人々の代わりに、作物を収穫したり動物から畑を守ったりはできます」

「それじゃあ?」

「はい、ボーンゴーレムが働いてくれるので、このクリオ村は滅びません!」

 希望が見えて目を輝かせるミラに、テリオスは胸骨を叩いて力説する。

「しかも、ボーンゴーレムは人間と違い、食事も睡眠も必要ありませんから、二十四時間休まず働けます。これにより、皆さんは農作業から解放され、今までよりも自由で豊かな生活ができるのです」

 人間のように高度な知能はなく、テリオスと同様に味覚などがないため、料理など一部の仕事は子供達が自らやるしかない。

 それでも、ボーンゴーレムの労働力は、大人達の抜けた穴をおぎなってあまりあるだろう。

「どうです。素晴らしいでしょう?」

「…………」

 ほこらしげに問いかけるテリオスに対して、子供達は複雑な表情で黙り込む。

 大人達を失ったこの村で生きていくには、ボーンゴーレムが必要だという理屈は分かる。

 それでも、家族や知人の骸骨を使った存在に対して、生理的なけんかんぬぐえないのだろう。

(う~ん、困りました)

 テリオスは顎に指を当てて考え込む。

 労働力としてボーンゴーレムを利用するのは、この村を存続するためだけでなく、平和な世界を築くという、最終目的のためにも不可欠なのだ。

 そもそも、争いの大半は飢餓から生まれる。

 えて死にそうだから人を殺してでもパンを奪う。重税によってこのままではするから反乱を起こす。軍隊を食わすために他国の村を襲撃する等々。食べ物がないと死ぬという、生物のごうに追い詰められた時、人はりんかんを捨てて殺人を肯定してしまうのだ。

 逆に言うと、腹一杯食べられて死ぬ不安がなければ、争いの大半は起こらなくなる。

(『れいせつを教える前にパンを与えよ』ということわざもありますし、理性的な人間であるためには、えたけものにならない環境が不可欠です)

 よって、平和のためには安定した食料の生産が必須であり、それを可能とするだけの労働力が必要となる。

 かつてとある国では、それを人間ではないとされた者達──れいになっていた。

 全ての労働を奴隷達に押しつけて、仕事のストレスから解放された国民達は、衣食住の心配もなく、一日中遊びや芸術に興じて、実に楽しく平和な時を過ごしていたという。

 だがそれは、少数の国民を支えていた大多数の奴隷が、積もり積もったうらみを爆発させて、反乱を起こした事によってしゆうえんを迎えた。

(平和のためには人間以外の労働力が必要という、方向性は合っていたのですがね)

 同じ人間を奴隷という物扱いしたために起こった失敗を、テリオスは歴史から学んだ。

 だから、完全に道具であり反乱する意思を持たない、ボーンゴーレムという労働力を用意したのである。

(素晴らしい発想だと思ったのに、こうも受け入れて貰えないとは……)

(何でもあんたのしやくはかるからよ)

 テリオスの思考を読み取って、黒猫が『念話テレパシー』でツッコミを入れてくる。

(大半の人間は整然とした理論ではなく、せつてきじゆんだらけの感情で動くって、死んでも理解できなかったのかしら?)

(いや、分かってはいたんですがね。自分達の生活がかかったこの状況なら、流石さすがに受け入れてくれると期待していたのですよ)

 顎を掻きながら弁明するテリオスを見て、黒猫は深い溜息を吐く。

(だからあんたはアホなのよ。子供なんて最も感情的な生物が、命を盾に取られた程度で素直にしたがうわけないじゃない。自分だけは大丈夫って無根拠な全能感をこじらせて、反抗するに決まっているでしょう?)

(それは子供をけなしすぎでは?)

 テリオスが黒猫と睨み合いながら念話をわしていると、不意にローブのそでを引っ張られる。

 驚いて目を向ければ、ミラが複雑な表情で彼を見上げていた。

「あの、私達が生きていくために、みんなの骸骨を働かせないといけないって事は分かりました、けど……」

「けど?」

「みんなは、苦しんでいませんか?」

 恐る恐る告げられた問いを耳にして、テリオスは思わず手を打ってしまう。

「あぁっ!? いや、説明不足でしたね、本当に申し訳ありません」

 黒猫に指摘されたばかりだが、自分の尺度や常識で考えて、村の子供達──魔術の知識など欠片かけらも無い相手へのはいりよが欠けていた。

 テリオスは深く頭を下げて謝罪してから、誤解を解きにかかる。

「皆さんはこれを魔物──動く骸骨スケルトンだと勘違いしていたようですが、そうではありません。私が先程呪文を唱えたように、これはボーンゴーレムなのです」

「何が違うんだよ?」

 ミラばかりに話をさせるのは悪いと思ったのか、年長の少年・トリオが尋ねてくる。

 それに対して、テリオスは子供でも分かる言葉を探しながら説明した。

「動く骨という点では同じです。しかし、スケルトンが死者の魂を利用しているのに対して、ボーンゴーレムは私の力で動いているだけなのです」

「うん?」

「つまり、お亡くなりになった方々の幽霊がいているとか、そういう事ではないのです」

 首を傾げる子供達に向かって、テリオスはたんてきに結論を告げる。

 りよう魔術によって作り出されるスケルトンは、死者の魂をエネルギー源として骸骨に縛り付け、不死者として利用するほうである。

 対して付与魔術によって作り出されるボーンゴーレムは、魔力を生み出す擬似的な魂を創造し、骸骨にそなけて動かしているだけにすぎない。

 術者の命令通りに動く骸骨という、表面的な現象は同じに見えても、簡単だが死者の魂を悪用するスケルトンと、高度だが死者の骨しか使わないボーンゴーレムでは、仕組みも倫理的にも大きな違いがあった。

「じゃあ、みんなが苦しんでいるわけではないんですね?」

「はい、その通りです」

 ミラの問いに対して、テリオスは深く頷き返す。

「お亡くなりになった皆さんの魂は、既に冥界へと旅立っております。あれはからっぽになった骨を私の魔術で動かしているだけなので、誰も苦しんではいません」

「そうなんですか、よかった」

「……本当かよ?」

 断言するテリオスを見て、ミラはうれしそうに安堵するが、トリオは不審そうな目を向けてくる。

 口で説明したところで、魔術師ではない彼らにしてみれば、スケルトンとボーンゴーレムの違いなど感じ取れないので仕方がない。

「では、これでどうでしょうか」

 テリオスは死者の魂と無関係である事を証明するために、ボーンゴーレム達に命令を送る。

 すると、彼がイメージした通りに、二十九体の骸骨が一斉に優雅な宮廷舞踏を舞い始めた。

「どうですか。皆さんの知っている方々なら、こんな踊りをしませんよね?」

 実を言えば、スケルトンでも全く同じ事が可能である。

 ただ、恐ろしい骸骨達がれいなターンを決める姿は、とても衝撃的だったのだろう。

 思わず見とれる子供達の中で、ミラが真っ先に吹き出した。

「ふふっ、怒りん坊のボルおじさんが、あんな風に踊るわけないもんね」

「あっ……」

 しくて微笑む彼女を見て、他の子供達もようやく死者とボーンゴーレムは別物なのだと、頭ではなく心で分かったらしい。

「そうだよな。家のやかましい母ちゃんが、骨になった程度で大人しく従ったりしないよな」

「パパ達じゃないんだ……」

 動く骸骨に対する本能的な恐怖は消えないし、故人の遺骨を利用する事への抵抗感も残っているが、それでも違うと、家族や隣人の魂はもうこの世には居ないと受け入れたのだろう。

 子供達は寂しげな顔をしながらも、自分達を納得させるように頷き合った。

 それを見て、テリオスだけでなくミラもほっと胸を撫で下ろす。

「よかった」

「くくくっ、どこかの能無しよりも、この子の方がよっぽど説得上手ね」

「脳が空っぽの骸骨で悪かったですね」

 意地悪に笑う黒猫に対して、テリオスはふて腐れたように言い返す。

 それから、白い髪をなびかせるミラの横顔をうかがった。

(これは拾い物でしたね)

 テリオスやボーンゴーレムの力がないと、自分達がこれから生きてはいけない事を、彼女は冷静に受け入れたうえで、他の子供達を上手に納得させた。

 とても十代前半の村娘とは思えない、頭の良さとたんりよくそなえている。

 そして、『骸骨人形の創造』を唱えた時の反応からして──

「ダイヤの原石と巡り会えたのですから、たまには運命の呪いにも感謝しておきましょう」

「おじさん?」

「気にしなくていいわよ。こいつの独り言は病気だから」

 満足げに何度も頷くテリオスを、ミラが不思議そうに見上げて、黒猫がフォローに見せかけた罵声を吐く。

 ともあれ、不死王と骸骨人形の一団は、恐怖や不安を抱えながらも、クリオ村の一員として受け入れられたのであった。

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