第一章 立てる者は骨でも使え その1
テリオスは自己紹介を終えて、子供達からも名前を聞くと静かに席を立った。
「私は少し後始末をしてきますので、皆さんはベッドで安静にしていてください」
事実、体はまだ休息を必要としているようで、子供達は起きたばかりだというのに、眠そうに目を
「すみません。それじゃあ休ませて
助けられた時に意識があったためか、
それを見送って、テリオスは玄関扉を開けて外に出る。
「助かった子供が九人。これでも多い方でしょうね」
そう
ほんの二週間ほど前までは、平和に暮らしていた小さな農村が、今や緑色に変色した死体が無数に転がる地獄と化していた。
初夏の日差しにやられて腐敗した遺体は、虫が
「こういう時、
テリオスは白い歯を鳴らして笑う。
「しかし、
家の中に転がっていた死体を
緑腐病は空気感染し、治療しなければ十数日で必ず死亡するという、最も危険な伝染病の一つである。
ただ、潜伏期間が短くすぐに発症するため、知らぬ間に感染が拡大する事は少ない。
そして、
「二百年前に
「あら、
テリオスの独り言に答えて、黒猫がどこからともなく現れ、彼の肩に飛び乗ってくる。
「人間ごときが死の化身たる病魔を
「平和のために必要とあれば、神との争いも
「あら怖い」
硬い声で答えるテリオスに対して、黒猫は
それを見て、テリオスは痛覚を失ったはずの体に頭痛を覚えた。
「何の用ですか?
「あいつらなら全員、死体のように眠ってるわよ」
「もう少し言い方を考えてください」
彼の到着があと数時間も遅れていたら、本当に死体と化していただけに、全く笑えなかった。
そう注意するテリオスに向かって、黒猫は意地悪な笑みを浮かべる。
「でも、よかったわね」
「何がですか?」
「こんなに都合の良い村が見つかるなんて、あんたはやっぱり運命に愛されているわ」
「
冗談にしても
だが、黒猫は追撃の手を
「でも事実でしょう? 病魔に
「…………」
テリオスは黙って口を閉じる。黒猫の指摘が確かに事実であったからだ。
平和な世界を築くという目的を達成するためには、彼の存在を人々に受け入れて貰う必要がある。
だが、一般に邪悪な魔物とされる不死者を、それも一国を滅ぼすほど危険な力を持った
そう、普通の状態ではありえない。だが、非常事態ならば話は違う。
神でも悪魔でも何でもいいから救って欲しいと願うほど、
「領主の重税に苦しむ民でもいれば、とは考えていましたがね」
テリオスは深い
「確かに好都合でしたが、都合が良すぎで私が緑腐病をばらまいたなどと、あらぬ疑いをかけられかねません。本当に運命とやらが仕組んだのだとしたら、嫌がらせにもほどがあります」
「なら、別の所でやり直す?」
黒猫の提案に対して、テリオスは少し思案してから首を横に振る。
「いいえ。計画を始めるにあたって、ここより理想的な土地はないでしょうし」
ここはトロキア大陸の最北西に位置する、エリュトロン王国の領土内である。
そのエリュトロン王国だが、北から東にかけては高い山脈に
「計画を進めていけば、どうしたって私を滅ぼそうとする者達が現れます。その際、四方八方から攻め込まれては
多方面作戦は最大の
「このエリュトロン王国は天然の
そう考えて王国を訪れ、『
「計画が目論見通りに進まない事は、生前も嫌というほど味わいましたが、こうまで都合が良すぎる状況を用意されると、誰かの
「言っておくけど、私は何もしていないわよ」
「そこは信用していますよ」
黒猫とそんな話をしつつ、テリオスは村中の死体を墓地に集めていった。