序章 シと出会った夜 その2
「……お母さん」
「ここは、村長さんの家?」
ミラは
広い部屋の中には簡素な
「みんな!」
ミラは大慌てで、眠る子供達の体を調べて回る。
その肌にはまだ緑色の斑点が
「よかった……」
ミラは
「そうだ、あの人は?」
死神のような動く骸骨。あれが死の間際に見た幻覚でなければ、自分達を救ってくれた恩人に違いない。
「いや、
ミラは首を
その中でも人間と同等以上の知能を持ち、山を消し飛ばすほどの魔術を
「魔物は人を襲う危険なものだから、見かけたら全力で逃げなさいって言われていたけど……」
そんな魔物が人を救うなんて、聞いていた話と違いすぎる。
ミラが困惑していると、彼女の
「ん、ミラお姉ちゃん?」
「あれっ、俺は死んだはずじゃ……」
「体が痛くない。どうなってるの?」
皆はミラと違って意識を失っていたのか、骸骨に薬を飲まされた事を覚えていないようで、どうして自分達が生きているのか分からず、戸惑いの表情を浮かべている。
ともあれ、友達の元気そうな様子を見て、ミラは
「みんな、助かって本当に良かった」
「おいおい、泣くなよ」
同い年の少年・トリオが、肩を
「うん、ありがとう」
「お、おう」
ミラが涙を
そうして微笑ましい空気が流れたところで、一人の女の子がふと
「ねぇ、パパとママは?」
「──っ」
ミラは顔を
女の子の両親だけでなく、他の子の親兄弟も、そしてミラの母親も。
だが、その事実を認めるのが怖くて、
「ひぃっ!」
「ば、化け物っ!?」
やはり他の子供達は骸骨を見ていなかったようで、悲鳴を上げて部屋の
「えっと……」
ミラは困って言葉に詰まる。命の恩人である骸骨を
とはいえ、このまま何もしないわけにはいかない。
「みんな、多分大丈夫だから落ち着いて」
効果はなさそうだと半分
「あっ……」
思えばこの数日間、ベッドから起き上がれず看護してくれる者もおらず、母親が枕元に置いていってくれた水とハチミツ以外は、何も口にできていなかった。
改めて自分の体を見ると、まるで骨のように
「お腹減った……」
ミラが鳴らしたお腹の音で、他の子供達も空腹を思い出したようで、その場にへたり込んでしまう。
それを黙って見守っていた骸骨は、白い歯をカタカタと鳴らして笑った。
「空腹を感じるのは生きている証拠ですよ。さあ、
骸骨はそう言って手を振り、ついてくるよう
「…………」
恐ろしい死神のような姿と、それと
そんな中で、ミラは廊下から
「おい、危ないぞっ!」
「大丈夫だよ」
手を摑んで止めようとしてきたトリオに、ミラは平然と笑い返す。
「この……おじさん? がその気だったら、私達はとっくに殺されてるよ」
死の
低い声からして男性なのは間違いないが、年齢は不明な骸骨の呼び方で少し迷いながらも、ミラはそう断言して逆にトリオの手を引っ張った。
それから、骸骨に向かって改めて
「私達を殺したりしませんか?」
すると、骸骨はローブの前を開き、
「子供を太らせて食べる趣味はありませんから、ご安心ください」
「ふふっ」
そんな童話を母親が話してくれたなと、ミラは思い出して笑い、少しだけ浮かんだ涙を拭ってから、不安そうに固まっている子供達を手招きした。
「行こう。せっかく助かったのに、お腹が
それこそ、助からなかった他の村人達に申し訳が立たない。
ミラが開き直って骸骨と共に廊下へ出ると、他の子供達もやはり空腹には勝てなかったのか、戸惑いながらも後を追ってきた。
そうして、彼女達は骸骨に案内されて居間に入る。
宿屋なんてない小さな村では、来訪した役人を泊める役割もあるため、村長宅の居間は他の家よりも広く、大きめのテーブルが用意されている。
そこに今、美味しそうに湯気を立てる麦粥の盛られた皿が、子供達の人数分だけ並べられていた。
「うわ~っ!」
「申し訳ありませんが、味の方は保証できませんよ。何せ舌がありませんので」
骸骨が空っぽの口内を見せて注意するが、飢えた子供達の耳には届いていなかった。
溢れ出る食欲の前では、先程までの警戒心など吹き飛んでしまい、我先にと麦粥の皿に手を伸ばす。
「はぐはぐ、熱っ!」
「まだまだ
がっつく子供達の姿を見て、骸骨は微笑んでいるのか、青い炎のような目を細めながら、お
それを横目で窺いながら、ミラも麦粥を口に運んだ。
「……美味しい」
やはり空腹は最高の調味料なのだろう。麦をお湯で煮ただけの味気ない粥が、焼き立てのパンや
そうして、ミラ達が何杯もお代わりを重ね、ようやく腹が落ち着いたのを
「さて、まずは自己紹介と致しましょう。私の名前は……何でしたっけ?」
「えっ?」
困って首を傾げる骸骨に、ミラ達も
こちらを
そんな黙り込むミラ達に代わって、不意に聞き覚えのない女性の声が響いてきた。
「あらあら、
「誰っ!?」
驚いて周囲を見回す子供達の前で、テーブルの上に黒い影が飛び出てくる。
それは
「猫さんが
「骸骨が喋るんですもの、猫だって喋るわよ」
驚いてパチパチと
それを見て、今まで終始穏やかな様子を崩さなかった骸骨が、初めて
「加齢による
「この若く
言葉遣いは
それを見て他の子供達が怯えているのに気がついて、ミラは恐る恐る一人と一匹に声をかけた。
「あの……」
「失礼しました。これの事は気にしないでください」
「そうね、私はただの観客だから、気にしなくていいわ」
「はぁ……」
仲が良いのか悪いのか、何とも不思議な骸骨と黒猫に、ミラは
そんな彼女を
「私の名前ですが……テリオス、とでも名乗っておきましょう」
いかにも今考えた
「世界では毎日、病で、
ミラ達もそうなりかけていた。この世界において、死は隣人のように近い。
「けれども、私はそれが
死の象徴たる死神めいた骸骨が、不条理な死のない世界を望むなど、悪い冗談にもほどがある。
けれども、テリオスはどこまでも
「私は必ずや、千年続く平和な世界を実現してみせます。だから皆さん、どうか安心してください」
そう告げて、白い歯をカタカタと鳴らして微笑む。
ただ、あまりにも壮大すぎる夢物語に、ミラも他の子供達もついていけず、呆然と口を開ける事しかできなかった。
「千年続く平和な世界……」
決して豊かではなかったが、争いもなく穏やかで、それがずっと続くと思っていたこの村での生活は、急に降って
ミラは幸運にも一命を取り留めたが、かつてと同じ生活を取り戻したとしても、それがいつか何の予兆もなく壊れてしまう恐怖を、ふとした
だからこそ、テリオスの語るずっと続く平和というものが、とても輝いて聞こえたのだった。
「素敵ですね」
「はい、きっと素敵な世界になりますよ」
思わず呟いたミラに、テリオスはまた歯を鳴らして笑い返す。
この瞬間こそ、自分と不死王の運命が