エピローグ1 そしてプロローグ2.②
体育は得意でも苦手でもない。
琴ノ橋さんの件が解決してから一週間ほど
今日の授業は一〇〇メートル走のタイムを計る。先生から走行フォームの簡単な指導なんかあったけど、基本は中学とあんまり変わらない気がする。
ついこの間、体力測定で五〇メートルのタイムを取ったばかりだし、正直あんまりモチベーションは高くなかった。怪我しない程度に頑張ろう。
……などと思っていたのだが。
「とーむらー、かっとばせー」
女子の授業も陸上で、順番待ちしているらしい
他にも男子が走るのを見物してにぎやかしている女子はいるのだが、ぼっちに片足を突っ込んでいる俺をピンポイントで見に来ているのは彼女らだけだった。
……なんだろう。すごく恥ずかしい。
「仲いいんだな」
と、言ってきたのは隣のレーンを走る
ストイックな彼の言葉だけに、からかう意図はないようだった。単に感想を述べた感じだ。だから、俺もフラットなトーンで答えた。
「……そうでもないと思う」
「ふぅん。じゃあ、やっかみに気を付けた方がいいかもな。姉貴の方、モテるらしいぜ」
「ぇ、そうなんだ……」
思わずうめいてしまったけど、
……妹も、顔はほぼ同じなんだけど……
と、並んで座っている
……なんか拒否られてる感あるんだよな。
それは俺だけでなく、クラスの誰に対してもだ。話しかけられて無視するようなことはなく、受け答えも筋が通っている。けど、そこから話を膨らませることなく、すとんと打ち切ってしまう。
結果として、面白みのない堅物のようなイメージを持たれてしまっているようだ。実際には、感情表現の豊かな面もあるんだが。
なにかもったいないような、俺だけ知っていることがちょっと誇らしいような、複雑な気分だった。
そうこうしている内に、俺と久賀くんが走る番になる。クラウチングスタートのためかがみ込む前の一瞬、雨恵が身を乗り出すのが見えた。
期待してもらってるところをなんだけど、手抜きにならない程度に流すだけだ──
「ぜー……はぁっ……はぁっ……ぜー……」
結局。
俺は全力も全力、走りきった直後に転ぶ寸前まで力を尽くして走り抜いた。
……いや、別に女子に見られて張り切ってしまったとか、いいところを見せたかったとか、そんな理由じゃない。純粋な気持ちで授業に取り組んだだけだ。本当だ。
……それはさておき、脇腹
落ち武者のような足取りで男子のグループに戻ろうと歩いていると、呼び止められた。
「なんだよー、負けてんじゃん」
言うまでもなく
雨恵の言う通り、俺は俺で自己新──中学以来だから当たり前だけど──だったにもかかわらず、隣を行く
「いや、久賀くん陸上部だから。途中まで付いていけただけで十分だと思う」
地力の差を思えば、
一方、雨恵はまったく的外れなことを言い出した。
「久賀くんが陸上部なら、こっちは探偵じゃん」
「はぁッ……探偵は……はぁ……関係ないだろ……」
息を整えながら言い返してから、そもそも自分が別に探偵ではないことに気付いたが訂正する余裕もない。
「ええー? でも探偵って体力勝負みたいな印象あるけどなー。そうだよねぇ、
「え?」
急に話を振られて、それでも雪音はさして迷わずに答えた。
「それは、まぁ……かのシャーロック・ホームズも『探偵は馬車の後ろにしがみつく技術に熟練していなければならない』と言ってるからね。体力は大切だよ」
そんなこと言ったのかシャーロック・ホームズ。言っちゃなんだけど、今の時代に聞くとシュールな発言だ。と、俺が思っている横で雨恵が、
「マジで? なんかアホっぽいこと言うね、ホームズ」
「アホじゃないよ名探偵だよっ!!」
ものすごい勢いで妹に怒られていた。俺は、感想を口に出さないで本当に良かったと思った。