第一話.探偵と象⑤
「なに……どういう意味?」
疑わしげに聞き返したのは雪音だった。俺はと言えば、バッグを提げたまま立ち尽くしているのもバカみたいなのでひとまず席に戻る。
「──まずは話を整理しようか」
言いながら雨恵は立ち上がり、自分の机の上に乗って腰を下ろした。目の前でスカートがひるがえって、思わずのけぞってガタッと椅子を鳴らしてしまう。さすがに気を付けたのか、中身が見えたりはしなかったが。
なんにしても無防備すぎる……妹が口うるさくなるのも当たり前だ。その
「
教室の後方、つまり教卓の反対側の壁にも黒板がある。連絡事項を書き込んだり行事のプリントが
雪音は不満げに口を
「なんでわたしが?」
「字、
屈託ない笑顔でゴマを
「えっと……」
と、雪音に視線で求められて、俺は改めて調査対象の女性たちの特徴を語った。それを委員長が優等生らしい端麗な筆致で板書していく。幸い、ほとんどの生徒はとっとと帰るなり部活動に向かうなりしているので、黒板を使ってもそう目立たない。
1.傘の女 証言者、
名前、不明。写真あり。背丈は
雨の日、先輩のバイト先まで傘を持って現れ、いっしょに帰った。当時は泣いていて、先輩にしがみついていた。
2.朝帰りの女 証言者、
名前、不明。背丈は先輩と同程度、髪は黒くてショートカット、ジーパンなど体にぴったりした格好。遠目であったため他のことは不明。
先輩が一人で留守番をしていた夜に泊まっていったと見られる。先輩はその事実を琴ノ橋さんに隠していた。
3.ランジェリーショップの女 証言者、糸口先輩の友達
名字は
先輩と二人で街に出て、ランジェリーショップへ案内された。二人で歩く姿は親密そうだった。
──つい昼休みに話したばかりだったので、簡潔にまとめられた。それでも書き出すのは一苦労だったのだろう、黒板へ書き終えた
俺は黒板で
「……改めて見ると、みんな特徴がかぶってたり違ってたりするんだな」
「なんとも節操なしですね。……で、これがどうかしたの?」
雪音が目を向けると、
「まず、この三人は同一人物だと考えてみよう」
だとしたら問題は一気に縮小する。だが、
「さっき別人だって言ったのは
俺の指摘に、雨恵はむっとした顔になった。指摘に気を悪くしたのかと思ったが、
「山田さんは同じ顔のが二人います」
などと言い出した。無駄に丁寧語なのは妹のまねだろうか。視界の端で、雪音がイラッと片眉を上げるのが見えた。
「じゃあ……姉の
「それはなにか、人格を否定された感じで
今度は「妹の方」からのダメ出しだ。双子だからといってセットで扱われるのが嫌だというのは、まぁ
先生たちは「山田雨恵さん」「山田の姉」などと呼び分けているが、同級生の俺にはピンとこない呼び方だ。
「なら山田雨恵さん……?」
「んっ? なぁに、照れてんの?」
雨恵は
「仲よくしようよ、お隣なんだから」
──どうせ反撃されないと解っていて、雨恵は明らかに面白がっている。
さっきからなんなんだ……何人もいるはずの浮気相手が一人だなんて思わせぶりなこと言って、机の上から踏ん付けてきて……よく
元はと言えば俺が
……このままじゃダメだ、と思う。これじゃ中学までの、クラスの女子にはいいように使われ、姉さんたちのケンカを止められなかった情けない
俺はなかばヤケクソになって顔を上げ、まっすぐに
「雨恵が、別人だって言ったんだろ。なんで同一人物になるんだ?」
やや強引にでも話を浮気相手の件に戻したのは、今の呼び方についての反応を見たくないからだったが。
そういうわけにもいかなかった。雨恵はなにか空気の塊を
「やばいよ
俺みたいなのでも、ってなんだ。やっぱりバカにされてた……
「
妹の方はさすがに常識的だ。……その言葉はもっと早く言ってやってほしかったが。
一応、確認した。
「そっちは……
「好きにしてください」
「……今度こそ話を戻すぞ。三人が同一人物だって根拠はなんだ?」
「うん」
俺の言葉にうなずいて、雨恵は机の上に立ち上がった。俺たちの視線が付いてきているのを確認して、顔の前で人差し指を立てる。
「そもそも、写真があるのは一人だけなんだから、同じ人の可能性があるってのは当然、当たり前だよね」
「いやでも、傘の人とか、髪の色も長さも違うぞ」
黒板を見ながら口にした疑問に、雨恵はあっさりと答えた。
「髪は切ればいいし、色も落とすなり染め直すなりすればいいじゃん」