プロローグ.①

 ゆっくりと顔を上げたつもりだったが、鏡に映ったのは、不景気な面がのっそりと起き上がる様だった。

 昼休みも半ばの男子トイレに他の生徒の姿はなくて、だから特大の溜息を洗面台に落としても、誰かにうっとうしがられる心配もない。

 むらなぎ、一五歳。我ながら、あかぬけない名前にふさわしい憂鬱な表情をしている。

 そんな自分から逃れるように廊下へ出ると、校内放送が耳に入ってきた。陽気なアニメソングなのに、教室から漏れ出た音が廊下に反響すると、幽霊が合唱しているようにうら寂しい感じがする。

 これも、今の心持ちがそう感じさせるのだろうか。

 高校生活が始まって十日ほど。そろそろ友人グループが固まり始め、廊下には昼食を終えて楽しげに語らう生徒たちがちらほら見える。

 そんな中で、俺だけが落ち込んだ気分でいた。こんなことになってしまった原因は、入学式の日の自己紹介にまでさかのぼる──


「戸村和です。部活とかは、特に考えてなくて……趣味は読書とか動画視たりとか……あとは、ええと…………

 家は**駅前で、戸村探偵事務所って……あの、西口の階段のところに看板貼ってあるやつです」


 ──緊張のあまり、余計なことまで口走ってしまった。学校の自己紹介で家の仕事なんて言うことないのに。

 他のクラスメートが存外に個性的だったり多弁だったりしたせいで、入りたい部活もこれと言った趣味もない俺は、なにか情報量が不足している気がしたのだろう。足りない部分を、親の珍しい仕事で埋めようとしてしまった。

 探偵と言っても、もちろん、ドラマやマンガに出てくるような難事件を解決して回る「名探偵」じゃない。個人や会社を密かに調査して依頼者へ報告する、いわゆる興信所だ。

 もう高校生なので、その辺は誤解もされなかった。

 小学校の頃は「お父さん、サツジンジケンかいけつしたの?」とか「コ○ンくんいる?」とか訊かれたこともあった。だがこの歳にもなると、夢のない、どちらかと言えば行儀の悪い職業だとみんな知っている。

 けど、それがいけなかった。


 ──戸村くん、そういうの詳しいんだよね?


 今朝、下駄箱で靴を履き替えている時、俺は捕まった。

 同じクラスの女子が四人。ぞろりと囲まれ逃げ場もない。そのまま校舎の隅まで連れていかれた。

 彼女らは、早くも形成されつつあるクラスの女子グループ、その中心にいる連中だった。リーダーのことはしまりは派手目な印象の美人で、誰であれ自分には親切で寛容であるべきだと思っているフシがある。そんな人だ。

「──っていうわけなの。ちょっと調べてみてよ」

 ゆるやかにパーマのかかったロングヘアをふわりとかき上げて、琴ノ橋さんは俺への要求を言い終えた。仕草の一つ一つが芝居のように様になる。悔しいが美少女だった。つまり、相手が美少女であることを悔しいと思うような、一方的な要求だった。

「いや……なんで俺が?」

 根本的なところを聞き返したが、琴ノ橋さんはこともなげに答えてきた。

「だって戸村くんの家、探偵事務所って言ってたじゃない。こういう調べ物の仕方とか、解るでしょ?」

 ……確かに、家の父さんの仕事にはそういう調査も多いと聞いている。でもそれは、あくまで父さんの仕事だ。当然だが、高校生になったばかりの俺が探偵の仕事を手伝ったことなんてない。

 無理だ。

 無理だから、その通りに答えて断ろうとしたのだが、

「えー、無理とかないでしょ」

「鞠がかわいそうじゃん」

「戸村が無理なら、お父さんにでも頼めばいいッしょ」

 取り巻きの三人からの援護射撃が無慈悲に突き刺さる。琴ノ橋さんは髪に手櫛を入れ、YESの答えだけが聴こえる白い耳を撫でていた。

 ここで無下に断れば、高校生活の出だしから、クラスの女子の大半を敵に回すことになるかもしれない。

 それに……ある理由から、俺は若い女性を苦手としている。嫌いなのではない。性根の部分で、なんとなく逆らえないのだ。

 彼女らの背は俺より低いが、その声は俺よりずっと高くて。

 俺は、まったくもって押さえつけられた。

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