本当に、なまったわね。
ゴブリンキングと剣を交わせながら、自らの身体の重さに嘆息する。こちらの攻撃は相手の高密度な魔力に遮られ、相手の攻撃はこちらの皮膚を容赦なく切り裂いていく。
──落ち着くのよ、焦ってはダメ
自分に言い聞かせながら時間を稼いでいると、幾筋もの光線がゴブリンキングを襲った。ゴブリンキングは忌ま忌ましげに高速で襲いくる光線を剣でなぎ払う。
流石レグルス、ゴブリンロードは三匹もいたのにもう援護に回ってくれるなんて。
「ミラ、待たせたな! 作戦通りに行くぞ!」
「ふふ、分かったわ!」
私の剣撃に加え、ゴブリンキングが剣を振りかぶる瞬間を狙いすました『雷光』がゴブリンキングに突き刺さる。やはり高密度な魔力に遮られ致命傷を与えることができないが、確実にダメージは蓄積されていく。
「コロス! コロスコロスコロス! 『ゴブロニア・オーラ』ァァァ!!」
ゴブリンキングは怨嗟の咆哮を上げ、強烈な魔力を一気に放出し身に纏った。短時間だが身体能力を倍増させる、まさしくゴブリンキングの必殺技である。
ゴブリンキングと私は同時に剣を振り上げた。
元より力で勝っているゴブリンキングが力を高め剣を振り下ろした時どうなるかは明白であり、ゴブリンキングは勝利を確信して笑みを深めていた。
「シネェェッ!!」
「『雷神裁墜』!!」
ゴブリンキングが剣を振り下ろす瞬間、レグルスが放った眩い雷光が愛刀『雷薙』に墜ち、辺り一面を白い光で塗り潰した。
「我らが光、天を断たん『天剣』」
眩い光を纏いし一閃は、ゴブリンキングを包み込んだ。
「ハァッ……ハァ……」
「ゴ……ゴブァ……」
『雷神纏衣』と『雷神裁墜』の全魔力、そして自身の残り全ての気力を込めて放った必殺の『天剣』を受けたにも拘わらず、驚くことにゴブリンキングは剣を盾にして身体が完全に両断されることを防いでいた。ほとんど首の皮一枚でつながっているようなギリギリの状態であったが。
「これで終わりだ。『雷刃』!」
「ゲギャギャッ!!」
止めにレグルスが放った『雷刃』を、陰に隠れていたゴブリンマジシャンが障壁を纏った自らの身体で受け止めた。
ゴブリンマジシャンの鮮血が舞い、レグルスは眉を顰める。
「なんだと!? クソッ! 『雷光』!」
レグルスは直ぐ様『雷光』を放つも、ゴブリンマジシャンが身を挺していた隙にゴブリンキングは懐から黒い水晶を取り出し、握りつぶしていた。
「ニンゲンヨ……イツカネダヤシニシテヤル……タノシミニシテイロ……」
ゴブリンキングは水晶と共に黒い霧となり、『雷光』はその霧の残滓を貫き消えていった。
■
『瞬雷』でゴブリンロードを両断したが、魔力枯渇寸前でその場に膝を突いた。
高速化に特化した身体強化に加えて思考をも超加速し体感速度を落とすオリジナル上級魔術、『瞬雷』。ギリギリ実用できるかという術式改良案は組んでいたんだけど、完全にぶっつけ本番であった。
きちんと使えて良かった……。
魔力効率度外視で術式を組んでいたから消費魔力は半端なかったけれど、魔力枯渇で倒れる程ではないしもう少し改善すれば十分に実用的だ。
「シリウスくんっ!!」
「シリウス!」
「シリウス様ァァァァ!!」
ララちゃんとグレースさん、ジャンヌさんが凄まじい勢いで駆け寄ってきた。いつの間にか村民の皆は遠目から僕とゴブリンロードの戦いを見守っていたようだ。後ろで待機していた狩人衆を始め、皆が戻ってきていた。
「……心配お掛けしてすいません。ちょっと魔力が枯渇しかけただけなので、少し休めば大丈夫です」
「シリウスくんッ!! 信じてたけど、信じてたけど心配だったんだからっ!!」
僕がゆっくりと起き上がると、ララちゃんが凄い勢いで飛びついてきた。凄まじい力で抱きしめられ、僕は再び大地に身体を横たえた。
「うぅぅ……シリウスくぅん……無事で良かったよぉ……」
僕の胸に顔を埋め、涙やら何やらを垂れ流しているララちゃんの柔らかい髪をそっと撫でる。
「ララちゃん……心配かけてごめんね」
そうしていると、ふと凄く鋭い視線が刺さっている気配がした。顔を上げると、三人の女の子が僕を睨みつけていた。
「シリウス様ッ!! 格好良すぎですわ……うぅ、ララさん! そこをお代わりなさい!!」
「シリウス……確かにあんたはおかしいくらい強いけど、一人で無理しすぎ!! バカじゃないの!!」
「シリウス様……あの、さっきはありがとうございましたッ! わ、私、怖かったですっ!」
ララちゃんを引き剥がそうとジャンヌさんが引っ張るも、普段からは考えられないほど凄まじい腕力でララちゃんはびくともしなかった。そして、右腕には先程助けた女の子がくっついて震えはじめ、グレースさんは冷めた目で僕を睨みつけていた……。
なんだこのカオス状態!?
そんな僕らを皆は微笑ましそうに眺めて笑っていた。
「小僧! ゴブリンロードを一人でやっちまうなんて、流石アステールの息子だ!!」
「ほんと、ありえねーほどの魔術の腕前だったな……」
「いや、剣術も半端なかっただろーが!」
「ほんとに助かったぜ、小僧がいなけりゃ村民を皆無事に逃せられたかどうか……」
次々に僕の頭をポンポンと叩いていく狩人衆の隊員たち。
「シリウスー! ありがとう!!」
「小僧ー! かっこ良かったぞー!」
皆も僕の傍に来ては口々に労りの言葉をかけてくれ、皆を守れた実感が湧いてきた。
しかし、父さんと母さんは大丈夫だろうか……。
──ブワッッ
二人を想い裏山を見上げた瞬間に眩い光が天を貫き、その余波が降り注ぎ雲を散らした。
「綺麗……」
立ち込めていた暗雲が霧散し光が差しはじめた。それと同時に裏山から放たれていた禍々しい魔力も消滅し、二人の勝利を確信する。
「父さん、母さん、やったんだね……」
先ほどまで騒がしかった皆は静まり返り、空を見上げていた。
そこへ、裏山から一人の狩人が駆け下りてくる。
「勝った、勝ったぞぉぉぉ!! ミラさんとレグルスさんがゴブリンキングをやっつけたぞぉぉ!!」
「「「「ウォォォォォ!!」」」」
勝利の雄叫びを聞き、村民たちから歓声が上がる。
しかしあれだけの魔力を放っていたゴブリンキングを倒すなんて……。そろそろ追いつくかなって思っていたんだけど、まだまだ二人には敵いそうもないな。あの光を放った一撃なんて、一体どれだけの力を秘めているのか想像もつかない。
やっぱり二人は、僕の永遠の目標だ。
魔物の残骸を集めて焼却していると、父さんと母さんが裏山から歩いてくる姿が見えた。二人は僕を見つけて笑顔になり、そしてすぐに怪訝な顔をした。
「……シリウス、何をしているの?」
「二人とも、お帰りなさい! 無事にゴブリンキングを倒せたみたいだね、本当にお疲れ様! 実は風魔術で一部のゴブリンが村に飛んで来たから、処理したところだったんだ」
僕が答えると、二人は目を瞠った。
「な、取り逃がしたゴブリンが村へ来ていたというの……!? この間も急に現れたのは風魔術で上空から降りてきていたのね……。それにしても、この量は……」
母さんは山積みにされた魔核を眺めつつ呆れたような顔をしていたが、ゴブリンロードの大きな魔核が目に入った瞬間、目を瞑り眉間を押さえた。
「……誰か、報告を」
「ハッ! 私がさせていただきます! 裏山にレグルスさんの魔術が見えはじめて暫くして、急に空からゴブリンたちが落ちてきました。その数は百匹を超えていたかと。そしてその中には、ゴブリンジェネラルやゴブリンロードが混ざっておりました」
「ッ!? ゴブリンロード……で、その後は?」
「ハッ! シリウス君が土檻を作り魔術の雨と我々の弓で、ゴブリンたちを殲滅しました。そして残ったゴブリンジェネラルは私たちが、ゴブリンロードはシリウス君が討伐し、今に至ります!」
「ゴブリンロードを一人で倒したですって……?」
父さんと母さんは狩人衆の報告を聞き、何やら悩ましそうな顔をしていた。
「……シリウス、家に帰ってから詳しく聞かせてもらうわよ」
「うん、分かった」
また色々と聞かれるんだろうなぁ……。よし、『瞬雷』を見せて二人を驚かせてやろう!
■
──カンカンカンッ! カィンッ!
教会近くの広場に乾いた木剣がぶつかり合う音が響く。
「集中が散漫になってます。気力を維持しないと、ただ剣を振っているだけですよ!」
「ヤァッ!」
「雑に剣を振らない! そんな大振りじゃただ隙を作るだけです!」
「二人ともがんばれー!」
放課後、あの事件の後から日課となっているルークとグレースさんの剣術指導を行っていた。二人同時にかかってきてもらうことにより、僕自身も対多人数戦の鍛錬をするのに吝かではない時間であった。
鍛錬が終わりボロボロになった二人を、ララちゃんは癒術師になるための練習と言って『治癒』をかける。父さんの魔術書に『治癒』の詠唱が手書きでメモられていたため、それをララちゃんに教えてあげたのだ。
汗を拭いながらララちゃんのたどたどしい『治癒』を眺めていると、村へ入ってくる複数の魔力を感知した。魔物ではなく人だ。其々が非常に気配を放っており、その中の一人は一際強い気配を放っていた。ゴブリンロード以上の強さじゃないか……。
感知した魔力の移動速度からして、普通の人間の走る速度を凌駕している。馬車か?
僕が生まれてから馬車なんかがこの村に来たのは初めてだと思う。こんな田舎の村に一体何の用だろうか……怪しいな。
一体誰が何をしに来たのか気になるし、見に行ってみるか。
「ごめんなさい、ちょっと用事があるから今日はここまででお願いします」
「おぉそっか、今日もありがとな! グレース、まだ時間あるし少し打ち合わねぇ?」
「……仕方ないわね、付き合ってあげるわ」
「シリウス君、またね!」
「うん、また明日!」
皆と別れ、軽く脚力を強化して馬車の進む方向へ駆け出す。村といっても狭いもので、僕が少し本気出して走れば数分で縦断できてしまう程度の規模だ。
いつもの帰宅ルートを疾走していると、あることに気が付いた。この馬車、うちへ向かっていないか……? そうして馬車がうちの前に止まるのと、僕が家を目視できる場所まで着いたのはほとんど同時であった。黒塗りの馬車は、大きなトカゲのような生き物が牽引していたようだ。
……馬車ではなかったのか。まぁ便宜上馬車と呼ぶことにして、その馬車の脇には剣が二本交わった紋章が刻まれていた。確か、この間読んだ本によると冒険者ギルドの紋章だったはずだ。馬車の中からは革の鎧を身に着けた男性二人と女性一人が降りてきた。
白髪で整った髭を蓄えており柔和な顔つきの男性の後ろに、若い男性と女性が追随する形で玄関へ向かって歩いていく。三人とも作りの良い鞘に収まった剣を携えており、纏う気配が只者ではないことを告げていた。
『魔力感知』で家の中には父さんしかいないことは分かっており、もしかして何かあった時に魔術師である父さん一人であのレベルの剣士三人に対処できるのだろうかと冷や汗を流す。
意を決し、気力を纏いつつ三人に近づいていく。僕の気配を感知したのか後ろの若い二人がバッとこちらを向き、剣に手をかけるが僕が子どもであったせいか戸惑いの表情を浮かべていた。
一方髭を蓄えたダンディなおじ様は面白そうに口角を上げながら、こちらをうかがっていた。
「失礼いたします。僕はこの家の住人なのですが、冒険者ギルドの方々が当家に何か御用でしょうか?」
三人と玄関の間にスッと身体を滑り込ませ、用件を伺う。するとダンディなおじ様は優しげな笑顔を浮かべながら、頭を下げてきた。
「突然の訪問、失礼したのぉ。儂はセントラル冒険者ギルドのオリヴァーと申す者じゃ。君のご両親のレグルス君とミラ君に話があって参った」
いきなりの腰の低さに戸惑いつつ、自分も腰を折り礼を返す。
「こちらこそ、失礼いたしました。私はレグルスとミラの息子のシリウスと申します。父を呼んで参りますので少々お待ちください」
僕がドアを開けると、父さんが玄関へ歩いてくるところであった。
「オリヴァーさん! お久しぶりです。まさかわざわざこんな辺境の村にいらっしゃるとは……どうぞお入りください。シリウスも応対ありがとうな」
父さんは気さくにオリヴァーさんを家に招き入れ、わしゃわしゃと僕の頭を撫でて家に入っていく。父さんの知り合いだったことに安堵し、僕は警戒を解いた。その様子を見て、オリヴァーさんは優しげに微笑んだ。
「お邪魔するよ。それにしても良い息子じゃないか、レグルス君」
「「お邪魔いたします」」
オリヴァーさんに続き、若い男性と女性の剣士が軽く挨拶をして家に入ってくる。
「はは、自慢の息子ですよ。ミラももう少しで帰ってくると思うので、どうぞお寛ぎください。後ろのお二人も、どうぞ座ってください」
オリヴァーさんと向かい合って座り、二人にも席を勧める父さん。母さんがいないため、僕は代わりに紅茶を淹れて四人に差し出した。
「ふむ、本当に子どもとは思えないほど良くできた子じゃ。中々腕も立ちそうだしのう?」
お茶を一口啜り、オリヴァーさんは目を細めながら僕をじーっと見つめていた。
「俺らの子ですからね。この間の騒動では、一人でゴブリンロードを倒したんですよ」
「「なっ!?」」
父さんの暴露に後ろの二人の剣士が信じられないといった表情を浮かべ、僕の顔を見る。僕は苦笑しつつ、口を開く。
「両親の教えのお陰でギリギリ倒せたに過ぎません……」
あれは『瞬雷』という奇襲で運良く倒せただけであって、真っ向からぶつかっても完全に力負けしていた。それをまるでゴブリンロードより強いと勘違いされるのは気持ちが悪かったので、否定しておく。
「ほっほっほ……それは大したものじゃ。最近の若い者は軟弱だからのう……どうじゃ、うちのギルドに入らないかの?」
微笑みながら僕を誘うオリヴァーさんの言葉を、父さんは素早く遮った。
「オリヴァーさん、シリウスはまだ七歳です。流石に十二歳になるまで家からは出すつもりはありませんよ」
「ふむ……レグルス君とミラ君のもとにいれば才能が腐ることもないか……気が変わったらいつでもおいで、歓迎するぞい」
「ありがとうございます。まだ将来のことは分かりませんが、もし冒険者ギルドにお世話になる時はよろしくお願いします」
オリヴァーさんにそう返すと、満足そうな笑みを浮かべながら頷いていた。
その後、母さんが帰宅した後の会話を聞いていたが、ゴブリンキング騒動についての話をしに来たようであった。
「追い詰められたゴブリンキングが使った黒い水晶は、やはり転移石じゃろうな。しかしミラ君が定期的に間引きしている地域にこれだけ短期間で災害級が発生するというのは、中々拙い状況じゃの……」
「はい。しかも転移石を持っているというのも普通では考えられません。これだけで断定はできませんが、これは兆しではないかと……」
「魔王……じゃな……」
魔王……前に読んだ父さんの本によると、百年間隔程度で発生する超災害級の魔族だそうだ。人語を解し、あらゆる種族の魔物、魔族を指揮下に置く存在であるとか。またその魔力は下位の魔物の成長を促すため、短期間に上級の魔物が発生した今回の騒動はその影響が原因だと考えられる。
「前回の魔王発生から九十八年じゃから、時期的にもほぼ確実じゃろうな。魔王の力によってゴブリンが急速に成長してゴブリンキングが発生したのじゃろう」
「念のため警戒態勢は取っておりましたが……やはりそうですか……」
「うむ。引き続きこの地域はミラ君とレグルス君に任せるぞい。シリウス君も鍛錬を積んで是非冒険者になってくれると嬉しいのう」
チラリとこちらを見ながら笑みを深めるオリヴァーさん。恐らく、これから魔王関連で冒険者ギルドが忙しくなるので猫の手も借りたいのだろう。
世界を見て回ると考えると冒険者くらいしか選択肢がなさそうだし、正直冒険者ギルドには将来お世話になりそうな気がしてならないんだよな。ここでオリヴァーさんと顔繋ぎができたのは幸運だったかも知れない。
父さんと母さんからの報告を聞いたオリヴァーさんたちは、急ぎギルド本部に報告するために一泊もせずに村を去っていった。嵐のような人たちだったな……。
「さて、シリウス。魔王の影響で魔物が活性化しているのは、ある意味都合がいいわよ。あなたの修行が捗るのだもの。うふふふ……大丈夫、魔王も斬れるくらいまで鍛えてあげるからっ!」
魔王復活がほぼ確実となったことにより一層厳しさを増した二人の鍛錬は、転生前の会社の繁忙期を思い出させるほど命を削るものであった。
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