この一週間、私とレグルスが鍛錬をしている間にも狩人衆で探索を続けていたが、巣の規模は今なお異常な速度で拡大し続けていた。ここまで大きくなるまで気づけなかったことが本当に不甲斐ない。
探索の結果、複数のゴブリンロードが確認できたことから、それを統率している存在、ゴブリンキングがいるということは確信に変わっていた。
作戦としてはゴブリンロードを私とレグルスで殲滅、その後ゴブリンキングのいる最奥の住処に攻め込む形だ。
狩人衆は罠を張り、戦いによって散らばる下位ゴブリンたちを村へ逃がさないように包囲網を構築している。
念の為村民にも避難準備をしてもらい、包囲網が突破されそうな時は隣村へ避難してもらう手はずとなっている。これで最悪私たちが失敗しても、被害は最小に食い止められるだろう。
ゴブリンキングが相手となると確実を期すために増援が欲しかったけれど、王都からはゴブリンキングと戦えるようなSランク級の冒険者をすぐに派遣することは難しいとの回答だったため、限られた人員でベストを尽くすしかなかった。
全く、冒険者をとっくに引退した父母にこんな大役を任せるなんて、冒険者ギルドも人使いが荒いったらないわ。
「準備はいいかしら? 皆、命を第一に考えて絶対生き残るのよ。村民を守ることは絶対だけど、あなたたちの命も等しく大切にしなさい」
「「「応!!」」」
「それでは、掃討作戦を開始します!」
「「「応!!」」」
小さく、しかし覇気にあふれる声を上げ、各々の持ち場に散らばっていく狩人衆。私たちも数人の隊員を連れて奥へ進んでいく。
「あなた……シリウスのためにも、絶対生きて帰るわよ」
「あぁ、勿論だ。君は俺が守る。俺ら二人が組んだら最強だろう?」
「そうね。あなたとならドラゴンにだって負ける気がしないわ」
「ふっ、その通りさ! よし、行くぞ『雷神纏衣』」
レグルスの特級魔術『雷神纏衣』により強力な雷属性が付与され、身体能力が跳ね上がる。そしてその付与は愛刀『雷薙』にも纏われ、凄まじい魔力を帯びた。
「まず俺が周囲を殲滅する、護衛を頼む」
「ええ、勿論よ」
「『雷神の裁き』」
瞬時に濃厚な魔力が上空に集まり、広範囲に轟雷が降り注ぐ。雷はゴブリン、ゴブリンリーダーはもとより、ゴブリンジェネラルまでも一撃で葬り去っていく。
広場にいたゴブリンたちの大半は殲滅され、生き残った者も散り散りに逃げ出していく。
レグルスの魔術に見惚れていると、突如凄まじい衝撃波がゴブリンたちを吹き飛ばしながら、魔術に魔力を注ぎ雷を降らせ続けるレグルスに飛来した。
「ハァッッ!!」
瞬時に『雷薙』を振り抜く。
紫電を纏った斬撃で衝撃波を霧散させた。そんな私を余裕の表情で観察しながら、凄まじい存在感と共に衝撃波を放った存在が姿を現した。
「ゴブリン……キング……!」
「お出ましか……!」
三匹のゴブリンロードとゴブリンマジシャンを従え、ゴブリンキングが姿を現した。
ゴブリンキングは身長が二メートル程度で引き締まった筋肉を纏っており、魔族とゴブリンの中間のような容姿をしていた。身長が三メートル以上あり筋肉質なゴブリンロードと並ぶと一見貧弱そうに見えるが、纏っている魔力の密度はゴブリンロードの比ではない。
「ニンゲンヨ……ヤッテクレタナ」
ゴブリンキングは牙をむき出しにし、悍ましい声を放った。まさかここまでとは……。
「人語を操るほどなのね……」
「高位の魔物は人語を解するとは言うが、ゴブリン族にそこまでの知能が宿るとは……やっかいだな……」
「ユルサナイ、カトウナニンゲン、コロス」
ゴブリンキングが凄まじい殺気を放つと同時にゴブリンロードたちが地を蹴り、一斉に襲いかかってきた。
「ゴブリンロードたちは俺がやる。ミラはゴブリンキングを! 『雷槍雨』」
雷の槍が雨のように降り注ぎ、ゴブリンロードを襲う。そして予定通り、ゴブリンロードのヘイトがレグルスに集中し、ゴブリンロードたちはそちらへ突進していった。
「ハァァァァッッ!!」
『雷薙』に気力を漲らせながら、一足飛びでゴブリンキングに肉薄し刀を振るう。
──ガギィィン
渾身の剣撃を放つも、ゴブリンキングはそれを軽々と受け止め愉快そうに表情を歪ませた。
「ッ!?」
必殺の一撃を放ったつもりが受け止められ一瞬動揺したが、すぐに無数の剣撃を放つ。
──ガギギギギギギィンッ
ゴブリンキングは憎々しげな表情を浮かべつつも無数の剣撃を往なし、それどころか隙を衝くように反撃を放ってくる。恐ろしい反射神経だ。
『雷神纏衣』の効果で攻撃速度は優勢であったが、どうにも攻撃力が不足している。
ゴブリンキングの纏う魔力密度は凄まじく、深い傷を与えられないでいた。一方ゴブリンキングは圧倒的な膂力を誇っており、一撃でも当たれば勝敗を決するほどの威力の剣撃を放ってくる。
私は手数で押しゴブリンキングは一撃を与えられる隙を窺う、そんな戦いが続いていた。
■
雷鳴が響き渡ると同時に、裏山から凄まじい魔力が放たれた。
恐らくゴブリンマジシャンの結界が壊れ、今まで隠蔽されていたゴブリンキングの魔力が解き放たれたのだろう。あまりの悍ましく強大な魔力に、背筋が凍る。
父さん、母さん……頑張れ……!
村外れの避難広場で、僕は祈ることしか出来なかった。
「シリウスくん……」
ララちゃんが円らな瞳を揺らし、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。こんな小さい子に心配をかけてしまうとは、情けない。
「大丈夫だよ、父さんと母さんは凄い強いんだ。ゴブリンキングだってすぐ倒しちゃうさ」
僕がそう言っても、ララちゃんは依然心配そうに僕のことを見つめていた。
父さんの強大で澄み切った魔力と母さんの力強い気力が、これだけ離れていても感じられる。本気の二人は僕の想像を超えた力を持っていた。
しかし、それ以上に禍々しく強大な魔力を放つゴブリンキングに不安は募ってしまう。
「シリウス……これ、ヤバくないか?」
「この禍々しい感じ、これがゴブリンキングなの……?」
最近頼まれて操気を教えており、多少の気配察知ができるようになったルークとグレースさんが青い顔をしている。
周りを見ると、待機している狩人衆も不安そうな表情をしていた。これだけ強大な力だと、多少でも気配察知ができると嫌でも感じてしまうだろうな。
「あぁ、恐らくゴブリンキングでしょう。凄まじい力ですが……父さんと母さんなら倒せると信じてます……」
そんな話をしていると、急に上空に多数の魔力が感じられた。その直後、地響きを立てて近くに何かが墜落した。
……ゴブリンキングの強大な魔力で気づくのが遅れたな……。
そこには百匹近いゴブリンやゴブリンリーダー、そして筋骨隆々とした体躯に立派な鎧を装備したゴブリンとそのお付きみたいなゴブリンが現れた。
しかし何故か奴ら自身も戸惑った様子を見せキョロキョロと周りを見回していた。ゴブリンの中には着地の衝撃に耐えきれずに蹲っている者も多く見られる。
……もしかして咄嗟にゴブリンマジシャンの風魔術で狩人衆から避難してきたとかか?
「なっ!? ゴブリンロード!?」
広場を警備していた狩人衆の叫びを聞き、鎧を装備したゴブリンロードを観察する。非常に濃厚な気力を纏っているが、今の僕なら太刀打ちできない相手ではないレベルだな。
幸い奴らは広場から少し離れた場所に落ちてきたため、村民たちはそこまで恐慌状態に陥っていなかった。
まだゴブリンたちの戦闘態勢が整っていないチャンスを逃さないよう、地面に両手を付け『土檻』を放つ。ゴブリンたちの目の前に、土の柱が交差しながら素早く立ち上がり土の檻を作り上げた。そしてその土檻の中に『雷矢雨』を降らせ、土檻の近くにいたゴブリンたちを素早く殲滅する。
これで土檻とゴブリンの死体が邪魔で進行速度が鈍るはずだ。
「皆さん! 念のため避難してください!! 狩人衆の方々は弓で援護をお願いします!」
檻の向こうへ弓を射てば一方的に攻撃できるはずだ。
「な……!? いや……分かった。さぁ皆さん避難を!」
狩人衆の隊員は一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような様子を見せたが、すぐに気持ちを切り替えてテキパキと動き始めた。
流石は母さんが束ねている軍──狩人衆だ。
「い、一体何が!?」
「空からゴブリンが降ってきたぞ!!」
「あの魔術は!? アステールの小僧がやったのか?」
「に、逃げるわよ! 早く!」
村民たちはようやく現実に思考が追いついてきたみたいで、混乱でざわめき始めた。しかしそこは狩人衆が上手く誘導し、的確に村の外へ村民たちを避難させはじめてくれていた。
そして僕たちは土檻の外から魔術と矢を雨のように降らせ、一方的にゴブリンを殲滅していく。このまま片付けられればいいのだが……。
「「「グギャギャギャアアアッ!!」」」
そうは問屋が卸さないか……ゴブリンロードとゴブリンジェネラルが気力を込めた咆哮を放ちながら土檻を盛大に吹っ飛ばした。
「きゃぁぁっ!?」
破片が降り注ぐ中聞こえた悲鳴の方を見ると、ゴブリンジェネラルの視線の先には地面に倒れた女の子とその子を守るように座り込んだララちゃんがいた。まだ全員避難しきれていなかったのか!?
「オォォッ!!」
即座に『雷光付与』で雷を纏い身体能力を向上、一足飛びに地を駆け二人に降り注ぐ土檻の破片を余さず弾き飛ばす。
『雷槍』
そして同時に、大剣を振りかぶるゴブリンジェネラルへ雷の槍を放つ。雷の槍は光の尾を引き、ゴブリンジェネラルの胸に吸い込まれた。
「二人とも、大丈夫!?」
「シリウスくん!? この子が足をくじいちゃって……」
「う……ふぇ……」
七、八歳くらいの子だろうか、恐怖と安堵が入り混じった表情をして涙で顔を濡らしていた。僕は濡れた瞳で僕を見つめるその子の頭を軽く撫で、足首に気力を送り込んだ。
軽い捻挫であれば気力による肉体活性化ですぐ治るはずだ。ついでに氷魔術で患部冷却もしておく。
「冷たっ!? あれ……痛くない……?」
「もう動けるはずです。危ないので急いでここから離れて! ララちゃん、頼んだよ!」
「う、うんっ! 分かった!」
少しの間であったが、ゴブリンロードとゴブリンジェネラルと対峙している狩人衆は半泣きになっていた。申し訳ないが、後ちょっとだけ耐えてくれ!
『雷槍』
狩人衆に気を取られているゴブリンロードの横っ面に雷の槍が飛来する。しかしゴブリンロードは凄まじい反射神経でそれを斬り払い、鋭い眼光をこちらに向け咆哮した。
「グギャギャアアアアッ!!」
不意打ちで片付けようと思ったが無理か……! ゴブリンロードはその巨大な肉体とは裏腹に俊敏な動きで、地響きを立てながらこちらに迫ってくる。
「ゴブリンロードは僕が! 皆さんはゴブリンジェネラルをお願いします!」
「分かった! こちらは任せろ!」
こいつは集中しなけりゃ倒せそうもない……うちの狩人衆であればゴブリンジェネラル二匹くらいであれば問題ないはずだ。
『雷光付与』『雷剣』
紫電を纏う剣を発現し、構える。ゴブリンリーダー戦の時のように武器がない時にでも近接戦闘ができるように覚えておいた魔術だ。強化魔術もかけ直し、高速でゴブリンロードの死角である脇下に潜り込み、雷剣を振るう。
──ギィィンッ!
ゴブリンロードは凄まじい反射神経をもって一瞬で身体を回転させ、大剣でその剣撃を受け止めた。そのまま力任せに振り下ろされる大剣をバックステップで躱し、向かい合う。
身体強化しても速度、力、共に劣っているな……。
最大火力の攻撃を当てれば一撃で倒せそうだけど、外した瞬間に終わりだ。どうにかして必殺の一撃を入れる隙を作るしかない。
──ギギンッ! ガギィンッ!
雷閃を引きながら縦横無尽に動き回り剣撃を放ち続けるも、高速反射でゴブリンロードに全てを防がれてしまう。
激しい剣戟の響きが無数に響き渡る。
あの大剣、雷剣をこれだけ受けているのになんで刃毀れ一つしないんだ? 普通の鉄剣なら一発で切断できるほどの魔力を込めてるっていうのに……。むしろ打ち合う度に雷剣の魔力がゴリゴリ削られているくらいだ。何か絡繰りでもあるのか?
攻撃を防がれたところで思い切りバックステップを踏み、大剣に『解析』を行使する。
◆
◆【名前】ゴブロニア・ブレード
◆【ランク】Sランク
◆【説明】ゴブリンキングの魔力が込められた魔剣。
◆ゴブリン族が使用した場合のみ、その力を発揮する。
◆その強力な魔力により生半可な魔術は無効化され、
◆強度は超硬質の魔鉱石オリハルコンをも凌ぐ。
◆
おいおい、なんつーとんでもない物持ってんだ!?
ゴブリンキングの魔力が込められた魔剣とか、そりゃ押されるわけだよ……。こんな剣と打ち合っていたらこちらの魔力が持たないぞ。
戦略をシフトしよう、まずは足下を狙って機動力を削いでやる。ゴブリンロードの足下で地を這うようにちょこまかと動き回りながら足下を狙い雷剣を振り回す。
ゴブリンロードは煩わしそうに大剣を振るうが、足下へは攻撃しにくいようで先程までの鋭さはない。剣撃を全て躱し、執拗に足下を狙い続ける。
「ガァッ!!」
苛立ったゴブリンロードは気を膨らませ、大地に思い切り大剣を突き立てた。高めた気力を大地へ一気に注ぎ込むこのスキルは……広範囲物理攻撃『ゴブリンデモニッション』!
予想通り大剣を突き立てた箇所が爆発し、全方向に土塊とともに衝撃波が放たれた。
これはまずいッ……!
ちらりと後ろを見ると、ゴブリンジェネラルの亡骸の前で息を整えている狩人衆が驚愕の表情を浮かべていた。完全に射程範囲内だ。
咄嗟に『風衝撃』を行使、彼らに襲いかかる土塊に風の塊をぶつけて粉々に粉砕する。しかしそれは、強敵の前で見せていい隙ではなかった。
後ろで急速に膨れ上がる気力に直ぐ様振り返ると、狂喜に表情を歪めたゴブリンロードが大剣を大きく振りかぶっていた。
ゴブリン族の必殺技『ゴブリンブレイク』。
溜めは大きいが、発動すると超高威力の剣撃を放つ技である。ゴブリンロードの膂力とゴブロニア・ブレードで繰り出そうとしているそれは、受け止めれば僕が、避ければ背後にいる狩人衆が消し飛ばされるだろう。
──しかし僕は、その〝隙〟を待っていた。
『瞬雷』
瞬時に紫電が身体を駆け巡り、身体能力に加え思考が超加速する。
『瞬雷』を纏う僕の目にはあまりに鈍重に映るゴブリンロードの剣を横目に、激しく瞬く雷光を纏い雷剣をゴブリンロードへ振るう。次の瞬間にはゴブリンロードの上半身はズルリと、一滴の血も流さないまま地面に落ちていった。
そこには、紫電の踊り狂う音だけが響き渡っていた。