「はい、今日はここまでです。皆さん気をつけて帰ってくださいね」
最近、教会の終わる時間が少しだけ早くなっている。
というのも、裏山のゴブリンが未だに増え続けているからだ。
母さんをはじめ狩人衆が捜索を進めてはいるものの、中々巣が見つからないのだ。
ある程度巣が大きくなってくるとゴブリンマジシャンという魔術を行使できる種が生まれて結界で巣を隠蔽するらしいのだが……想定される巣の発生時期から一年も経っていないのにも拘わらずゴブリンマジシャンが生まれているということは、通常ではありえない。
一方、この村の狩人衆は優秀な者が多く、普通のゴブリンの巣であれば一ヶ月もあれば必ず発見されてきている。それを三ヶ月も魔術抜きで隠れ続けていることもまた、ありえないことなのである。
つまり急激に巣が成長していたとしても、魔術抜きでこの村の狩人衆から見つからない巣であったとしても、異常事態であることに変わりはないのだ。
村長と狩人衆の長である母さんとの間では、そろそろ村の戦える人員を全員狩り出してでも山狩りをすべきだという話も出てきているらしい。
ゴブリンが人里に降りてくることは滅多になく、また活発に活動するのが夜であることからそこまで危険はないのだが、万一のために僕らは先輩と一緒に集団下校をしていた。
先輩は感知系のマジックアイテムを教会から貸与されており、何かあった時に下級生を誘導して逃げることになっている。
「最近、教会の時間が短くてつまんないなー。外で遊ぶのもダメって言われるし、退屈でしかたないぜ」
ルークが木の棒をブンブン振り回しながら、そんな愚痴を零す。
「最近、牧場のモココやミルルが怯えている。危険察知能力が高い魔物が怯えているんだ、暫くはおとなしくしていた方がいい」
「ローガン君の言う通りよ。今は何が起こってもおかしくないのよ? ゴブリンに襲われたら、すぐ食べられちゃうわよ」
「そうだぜ、あいつら本当に貪欲だからな。物語ではよく雑魚扱いされてるが、実際はやっかいなんだぜ」
ローガンと先輩の男の子と女の子がルークを窘めると、ルークはつまんねぇと呟きつつ不満そうに石を蹴り飛ばした。
「シリウスくん、怖いね……」
「あぁ、本当に危ないからララちゃんも気をつけないとね」
「……シリウスなら余裕で逃げ切れそうな気もするけど」
ララちゃんと話していると、なぜかグレースさんがジト目でこちらを見てきた。
学校の鬼ごっこで尽く逃げ切っているからだろうか。モンスターと鬼ごっこを一緒にしないでほしい。
……逃げ切れるどころか、毎週倒していたけどさ。
そんな話をしながら林の横道を歩いていると、急に『魔力感知』に大量の魔力が引っかかった。皆に注意を促そうと振り返ると、先輩の手にあるマジックアイテムも急激に強い光を放っていた。
なぜこんなに近づくまで感知できなかったんだ!?
「きゃぁっ!?」
ララちゃんの悲鳴が聞こえそちらを見ると、飛来する矢と恐怖で目を瞑ったララちゃんが視界に入った。
瞬時に手に持っていた黒板に気を纏わせて、ララちゃんに飛来する矢を叩き落とす。
「ララちゃん、大丈夫だよ」
「シリウスくん……? ありがとう……」
安心させるように、涙目のララちゃんに笑顔を向ける。ララちゃんはギュッと僕の服を掴んで、小さく微笑んだ。
そんなララちゃんの頭を軽く撫で、周囲の状況を探る。
「ひゃうっ」
くすぐったそうに目を細めるララちゃんから視線を外して周囲をザッと眺めると、普通のゴブリンが十五匹、弓を持ったゴブリンが四匹、鎧を纏ったゴブリンが一匹の計二十匹に囲まれていた。
いきなりこれだけの数が湧いたのか? しかも弓兵もいるとは……。皆を守りながら逃げることは無理そうだ。
「ラァァッ!!」
周囲を観察していると、不意にルークが手に持った木の棒で果敢にも近くにいたゴブリンに殴りかかった。
ゴブリンの頭部に直撃した木の棒はルークの手を離れ宙を舞い、ルークは手を押さえてその場に蹲っていた。
「痛ッ……硬ってぇ……」
ゴブリンの防御力が高すぎて、攻撃をしたルークの腕が痺れてしまっているようだ。
ゴブリンは何の痛痒も感じていないようで、手近で動きを止めたルークに狙いを定めてしまった。そしてその光景を眺めている皆は、恐怖で一様に動けずにいた。
……仕方ないな。
二の矢を番えるゴブリンたちに『詠唱破棄』で鋭い雷の槍『雷槍』を放つ。
四筋の閃光がゴブリンたちを貫き、焼き焦がす。
「「「えっ!?」」」
周囲から驚愕の声が聞こえるが、とりあえず気にせず素早く敵戦力を分析する。
あの鎧を着たゴブリンはゴブリンリーダーだろう。身体能力はゴブリンより圧倒的に高い魔物で、群れの統率者のはずだ。
僕の魔術を見てから範囲魔術で一網打尽にされないようにゴブリンたちが組織的に散開しているのも、遠目で全体を見ているゴブリンリーダーの指揮によるものと思われる。
可能ならばゴブリンリーダーから倒したいが、盾になるようにゴブリンたちが周囲を守っている上に距離もあるので厳しそうだ。
「皆、集まってください! 散らばっていると守りにくいです!」
ルークに手を貸し後方へ下がろうとしていたローガンに接近するゴブリンの身体に『氷矢』を撃ち込みながら皆に号令をかける。
「シリウスお前……。すまねぇ、助かった」
ルークは情けなさと悔しさとが入り混じった表情で僕と目を合わすと、一言感謝の言葉を述べて後ろに下がった。
「氷雪よ、我が手に集いて其を射貫け『氷矢』」
後ろにゴブリンが来るなと気配を感知し振り向こうとした瞬間、隣に居たクロエさんが僕の背面側へ目掛けて『氷矢』を放った。『氷矢』は少し小さかったが、狙い過たずゴブリンに命中し僅かに動きを止めた。
僕らの年齢でここまで正確に魔術が放てる子がいたのかと驚きクロエさんを見ると、クロエさんは悔しそうに顔を歪めていた。
「くっ、私ではまだ一発では倒せない……」
「私にお任せなさい! 焔よ、我が手に集いて力を象りなさい! 『炎球』ですわ!」
村長の娘である先輩のジャンヌさんは燃え盛る炎によってゴブリンにとどめを刺し、得意げな顔で金色に輝く長髪を靡かせた。
「ふっ! この程度、造作もないことですわ!」
ドヤ顔のジャンヌさんをよそに、ゴブリンたちは仲間たちがやられようと怯むことなく多方向から襲いかかってくる。
僕はすぐさま射線上にいるゴブリンに『雷槍』を放つ。
『雷槍』は一瞬でゴブリンを五匹同時に貫き、絶命させた。
僕の背後にはララちゃん、クロエさん、ジャンヌさんが、そして二人を守るようにグレースさんとローガンとルーク、そして先輩たちが前に出て構えている。
まずは『魔力感知』でゴブリンの数が一番多く危険な状態である同学年組の方へ回り込み、ゴブリンの横腹を思いっきり蹴り抜き群れの方へ吹っ飛ばした。
渾身の気力を込めた蹴りは派手な破砕音を響かせ、後ろのゴブリンも巻き込んで三十メートルほど吹っ飛ばした。
そして間髪入れずに、先輩たちの方に近づいているゴブリンたちを『風球』で弾き飛ばし、並列展開させた『氷矢』で胸を撃ち抜いた。
付近のゴブリンを一掃したところでゴブリンリーダーを一瞥すると、怒号を放ち残った取り巻き三匹を自らのもとへ呼び寄せているところであった。
敵との間合いが開いたところで息を吐き皆の安全を確認しようと後ろをチラッと振り返ると、口をあんぐりと開けた皆の視線を一斉に浴びていることに気づいた。
「シリウスあんた、やっぱりとんでもなかったわね……」
「シリウスくん、かっこいい……」
「中級魔術を詠唱破棄で並列展開……? ありえない……」
「もしかして俺より筋肉が……?」
興奮したように一斉に口を開く同級生たち。そしてその横でコソコソと話している先輩たちも、聞こえてますよ。
「あんな子どもがあの魔術の腕って……ありえなくないか?」
「ありえないわよ!!」
「まるで騎士様ですわ……!!」
囲い込んでいたゴブリンたちを殲滅し逃げ道が確保でき皆は余裕が生まれてきたようで、好き放題言っていた。こういうのが苦手だから、隠していたかったんだけどな……。
皆の話に苦笑しつつ、ゴブリンリーダーをどうすべきか逡巡する。
試しに一発ゴブリンリーダーに、小さな雷の矢を生成する初級魔術『雷矢』を撃ち込んでみると、取り巻きの一匹が自ら魔術へ飛び込み感電死した。
こいつら……死を恐れていないのか?
自らを守り息絶えたゴブリンを見て、ゴブリンリーダーは満足そうにグギャギャと笑っていた。
おまけに自らの身体にのしかかる倦怠感から魔力枯渇が近いことが感じられ、背中に嫌な汗が流れる。
相手がただのゴブリンであれば魔力を節約して近接戦闘をするところなのだが、ゴブリンリーダーは体力が高く武器も所有しているため遠距離魔術でケリをつけたいところだが……僕の遠距離魔術の中では中級魔術『雷槍』が威力、貫通力共に最も優れているが、撃ててもあと二発だ。
それもゴブリンを盾にされてしまうと威力が減衰してしまい、ゴブリンリーダーを倒しきれないだろう。となると、残り少ない魔力で確実に倒すためには、やはり接近して隙を作るしかない。
逃げ道は確保できているので逃げるというのも一つの手なのだが、僕ら子どもの脚力では全員が無事に逃げ切ることは不可能だ。
皆を先に逃して助けを呼んでもらい、僕だけ戦うという手もあるが……村の中にどれだけゴブリンが侵入してきているか分からない状況で皆から目を離したくない。
……腹をくくるしかないな。
倒したゴブリンからショートソードを拾い、強く握りしめる。毎日の薪割りの要領で剣先まで気力を纏わせ、一振りする。よし、行ける。
「僕の魔力も残り少ないので、前へ出ます。クロエさん、ジャンヌさん、まだ魔力が残っていたらサポートをお願いします」
「まだ行ける。任せて」
「分かりましたわ!」
二人は恐怖で小さく震えているのにも拘わらず、力強く頷いてくれた。
「前へ出るなら、俺にも手伝わせてくれ!」
それを見ていた先輩の一人が、落ちたショートソードを拾いながら前に出てきた。
「……それなら皆の護衛をお任せしてもいいですか? またどこからか奇襲がある可能性もあると思うんです」
「……分かった。すまん、奴らは頼む」
先輩の戦闘力ではゴブリンとの近接戦はあまりに危険だ。一撃でも食らったら命の危険がある。先輩は年下の僕を危険な目に遭わせる悔しさに奥歯を噛みながら、僕の気持ちを汲んで後ろで警戒をはじめてくれた。
僕は先輩の視線を受けて頷き、一歩前に踏み出した。
「ハァッ!!」
身体に気力を漲らせ、一足飛びにゴブリンに肉薄する。僕の全速力に虚を突かれたゴブリンを一匹、一太刀で斬り伏せる。
ゴブリンの持つショートソードは刃が潰れていて切れ味はほとんどないに等しいような代物であったが、気力を纏わせることでゴブリン程度ならなんとか倒せるようだ。
その流れで横から突っ込んできたリーダーと斬り結ぶが、その矮躯に似合わぬ膂力を受けきれずに弾き飛ばされた。受け身を取りすぐさま体勢を整えつつ、両手の痺れから身体能力では完全に敵わぬことを改めて悟る。
ゴブリンリーダーは苦々しい表情をしている僕を見下し、余裕綽々に嫌らしい笑みを浮かべていた。
なんだあの笑みは……ッ!?
ゴブリンリーダーに意識を集中していたせいで、他のゴブリンが僕の視界から消えていることに気づいていなかった。
直ぐ様ゴブリンリーダーからは視線を離さずに『魔力感知』で状況を探ると、詠唱をするクロエさんとジャンヌさんに二匹のゴブリンが突進をしているところであった。
僕が知ったことに気づいたのか、ゴブリンリーダーは楽しそうに叫びながら斬り掛かってきた。冷静にゴブリンリーダーの動きを見切り後方へ大きくバク宙し、上下が逆転した視界の中『雷矢』を二発ゴブリンに放った。
「きゃっ!?」
「シリウス……!? ありがとう……!」
後ろから聞こえてくるジャンヌさんとクロエさんの声と共に、ゴブリンの魔力が消失。
魔力が失われ身体を襲う倦怠感を抑え込みつつ着地すると、そこへゴブリンリーダーの剣撃が容赦なく放たれた。
「ウオォォッ!!」
気力を漲らせ、軽く頬に掠りつつもギリギリで身を捻って紙一重で剣を躱す。
かすり傷だ、問題ない。
あとは、この少ない魔力でゴブリンリーダーをなんとかするだけだ。
「グギャギャッ! グギギギギギィィィ!」
僕がゴブリンの奇襲を台無しにしたことに激昂したゴブリンリーダーは激しく歯ぎしりをしながら叫喚した。
気力が込められた叫び声に、ララちゃんの引き攣るような悲鳴が聞こえる。戦いの経験がない子どもには、これだけでも十分な攻撃だ。
ゴブリンリーダーは気力が枯渇することを一切厭わないような勢いで気力を身体に漲らせ、凄まじい速度で斬り掛かってきた。
僕も気力を練り上げ、ショートソードに纏わせる。
「うおおぉぉぉ!!」
剣閃が交差し、激しく火花が舞い散る。
ゴブリンリーダーの驚異的な膂力による衝撃をいなしきれず、剣を交える度に身体が悲鳴を上げている。
こちらも気力を振り絞り、ゴブリンリーダーの攻撃に食らいついていく。
ゴブリンリーダーは剣を一振りするごとに、嗜虐的な笑みを浮かべ涎を口から吹き出していた。
「グギャヘッ! グギャギャフッ!」
自らの身体が限界に近づきつつあることを感じていると、後ろからクロエさんとジャンヌさんの魔力の高まりを感知。背後へ意識を向けると、小さな声で詠唱が聞こえてきた。
ここぞとばかりに思い切り気力を込め、ゴブリンリーダーに斬り掛かる。
「ハアァァァァァァッ!!」
「グッ!! グギャェ!」
僕の気迫を込めた一撃にゴブリンリーダーが圧されてフラつきながら後ずさった。
「──其を射貫け『氷矢』!」
「──力を象りなさい『炎球』ですわ!」
僕の剣撃を受け止めているゴブリンリーダーに、二色の光が見事命中。
「ギャッ!?」
二人の初級魔術は強力な気力を纏っているゴブリンリーダーには僅かな掠り傷を与えた程度であった。
しかしそれは、今までにはなかった確かな隙を生んだ。
「『墜雷』!!」
その僅かな隙に天から一筋の雷光、中級魔術『墜雷』がゴブリンリーダーへ突き刺さる。
迸る雷光と共に襲う強力な電圧により身体を焼かれたゴブリンリーダーは痙攣し、地に膝をついた。
すかさず最後の魔力を振り絞り、僕の魔術の中で最も射程が短く殺傷力がある中級魔術『雷刃』をショートソードに重ねて渾身の袈裟斬りを放つ。
紫電を纏い輝く剣はかろうじて掲げられたゴブリンリーダーのロングソード諸共両断し、過去最高の強敵を打倒した。
安堵と共にドッと倦怠感に襲われ、気力も魔力も枯渇寸前まで使い切った満身創痍の身体を倒れ込むように横たえた。
「シリウスくんっ!!」
僕が横たわると、間髪入れずに涙目のララちゃんが駆け寄ってきた。
クロエさんとジャンヌさんも魔力枯渇寸前で座り込んでおり、他の皆は安堵の笑顔を浮かべていた。
なんとか付近のゴブリンは殲滅したけれど、いつまた先ほどみたいに急に湧くかも知れない。今の状態では戦いなんて無理だし早く安全な場所に避難しなければ。
そう思って身を起こそうと思った矢先……。
「キャッ!!」
悲鳴をあげたララちゃんの視線の先を見ると、ゴブリンリーダーが這いずりながら落ちている折れた剣先に手を伸ばしている姿があった。
倒しきれていなかったのか!?
剣先を掴んだゴブリンリーダーが腕を振りかぶって投擲体勢を取る。拙い!
「ハァッ!!」
クロエさんへ向かい振りかぶるゴブリンリーダーの射線を遮るように、残った気力を全て身体強化に回し軌道上へ身体を投げ出す。それと同時に投擲された剣先は予想以上の速度でクロエさんを目掛けて一直線に放たれた。
冷静に見切る猶予もなく、僕は一か八かに賭けて手刀を放つ。手刀が剣の腹を叩く感触を感じると共に、剣先を明後日の方向へ弾き飛ばすことに成功した。
しかし息をつく間もなく、ゴブリンリーダーが次の投擲のために拳大の石へ手を伸ばしていた。
早く止めを刺さなければ。
しかし、その思いとは裏腹に気力と魔力の枯渇により視界がボヤけて身体を起こすことができない。
強く歯を食いしばり身体の底から力を捻り出そうとするも、徐々に意識が遠のいていく。地面を強く掴んでいた握力も、もう完全になくなっていた。
動け!! 動けよ!! あと少しだけ……!!
霞む視界の中、強い光が視界を包み込み僕は意識を手放した。
■
「皆!! 大丈夫!?」
気がついたら、シリウスくんのお母さんのミラさんがわたしたちの側にいました。シリウスくんのお父さんのレグルスさんもこちらへ駆け寄ってきています。
さっきゴブリンリーダーを倒した光はレグルスさんの魔術だったみたいです。
「ミラさん、レグルスさん、わたしたちは大丈夫です! それより、シリウスくんが!!」
シリウスくんはゴブリンリーダーの投げた剣から皆を守ってくれて、そのまま倒れてしまいました。
シリウスくんが死んじゃったらどうしよう……。心配すぎて涙が止まりません。
「ララちゃん、シリウスを心配してくれてありがとう。怪我は頬の切り傷くらいだから大丈夫そうね。それよりも気力と魔力が尽きて気絶しているみたいだけど……。ここまで気力と魔力を使い切るなんて一体何をしたらこんなことに……」
「ゴブリンの死体が大量にあるが、これは……ゴブリンリーダーも瀕死だったようだ。ララちゃん、ここで何があったんだい?」
ミラさんとレグルスさんは怪訝な表情を浮かべてわたしに問いかけてきました。
ミラさんとレグルスさんはシリウスくんがこんなに強いことを知らないみたいです。裏山に行ってたことも秘密にしているみたいだし、シリウスくんは隠しておきたいんだろうな……。でも、この状況でなんて言い訳すれば……。
「えーっと……そのぉ……」
シリウスくんの秘密を守りつつ、この状況を上手く説明できずにわたしがしどろもどろになっていると、ジャンヌさんが凄い勢いでミラさんに駆け寄りました。
「お父様!! お母様!! 私のこの命は、シリウス様に救われたのですわ!! 自らの身を盾に、私を守ってくださるあの勇姿に心打たれましたわ!! シリウス様には是非私のお婿さんになっていただき、将来はこの村の長となっていただきたいのですわ!!」
「「「ファッ!?」」」
突然のジャンヌさんの言葉に、思わず変な声を出してしまいました。
「ちょっ! ちょちょちょっとまってくださいジャンヌさん!! シリウスくんの気持ちを無視して何言ってるんですか!? それにわたしたちの歳でけ、けけけっこんなんて早すぎます!!」
ジャンヌさんは一体何を言っているんでしょう!? シリウスくんがジャンヌさんと結婚するなんてありえないです!! シリウスくんはわたしと……はぅ……。
「ジャンヌ……確かにシリウスくんは格好良かったけど、いきなりそれはないでしょ!」
「ジャンヌ、自重しろ」
そうです、先輩たち! 頑張って止めてください!
「ちょ、ちょっとまってくれ……ジャンヌちゃんだったか? そういう話は本人と話し合ってくれ。俺らは口出ししないから。ってそれは置いておいてだな……話の流れからすると、シリウスがゴブリンを倒したということか……?」
「シリウスとジャンヌさん、あとクロエが倒しました……ほとんどシリウスですけどね。ゴブリンリーダーを瀕死まで追い込んだのもシリウスでした。お二人はシリウスの強さを知らなかったんですか?」
あぁぁローガン君……ここまできたらもう隠せません……。
わたしは諦めて口を閉ざすことにしました。
「ゴブリンリーダーもシリウスが倒したですって……?」
「ふむ、見る限りほとんど魔術によって倒されているようだな。やはりあいつは、天才魔術師だったんだ! あの日俺が見たのは間違いじゃなかったんだ! これは将来は大魔術師になるぞ!」
レグルスさんがすごく嬉しそうにしています。シリウスくんが自分と同じ魔術師になるのが嬉しいのでしょうか?
「で、でも剣によって倒されているゴブリンも何匹かはいるわよ? ゴブリンリーダーにだって大きな切創があるし。それに剣術を教えてほしいって言っていたし、本人は剣士になりたいんじゃないかしら?」
ミラさんはシリウスくんを剣士にしたいみたいです。シリウスくんは剣も魔術もどっちも凄かったので、どちらにもなれるんじゃないでしょうか。
「むぅ……確かに、ゴブリンリーダーに致命傷を与えたのは切創のようだ……。一体どうやって身につけたんだか。っと、とりあえずシリウスの話は置いておいて、まず皆を安全な場所に避難させよう」
「大体想像はできるけれど……そうね、急に村の中に湧いてきたこともあるし、まずは皆の安全を確保しましょう」
レグルスさんとミラさんに連れられ、わたしたちは無事に村の集会所まで避難することができました。
他の場所にも急にゴブリンが出てきたみたいでしたが、皆大きな怪我はしていないようで安心しました。
シリウスくん、大丈夫かな……。色々な意味で、心配です……。