「異世界転移、地雷付き。 いつきみずほ」
『
「お花見をします!」
朝、起きてくるなりそんな宣言をしたのはハルカだった。
その言葉に、俺たちは揃って外を見る。
そこから見える景色は――。
「オイオイ、ハルカ、寝ぼけてるのか? 今は冬だぞ?」
トーヤが窓を指さしながらフフンと鼻で笑い、肩をすくめる。
だが、すぐに何かに気付いたかのように目を瞬かせ、言葉を続けた。
「もしかしてアレか? 書籍版の時間軸じゃなく、ウェブ版の時間軸。こっちなら春だもんな!」
「違う! 掲載されている場所を考えて! 怒られるかもしれないでしょ!」
発言がメタい。
一応言っておくと、窓から見える景色は完全に冬。
雪こそ降っていないが、落葉した木々と、その枯れ葉を舞い上げる風は寒々しさを感じさせ、『ちょっと外に出てお花見を』なんて季節ではまったくない。
「では何ですか? ハルカ。この時季に見られる花なんて限られると思いますが……」
ナツキが『はて』と小首を傾げれば、考え込んでいたユキがポンと手を打つ。
「あ、もしかしてアレかな?」
そして、人差し指を自分の頬に当ててにぱっと笑い、言葉を続ける。
「あたしたちという、美しい花を愛でようと――」
「「「ぷっ!」」」
ユキがその言葉を言い切る前に、全員が――ナツキとハルカも含め――失笑する。
「ひ、酷い! 冗談だったけど! 冗談だったけど!! 全員で笑うとか、酷い!」
俺は笑いを堪えつつ、両手をブンブンと振って抗議するユキの頭をポンポンと撫で、フォローを入れる。
「うんうん、ユキは花だな。立っても、座っても、歩いても、向日葵みたいな花だよな」
「……褒めてくれてる?」
「もちろん」
上目遣いで聞いてくるユキに、俺は深く頷く。
褒める気がないなら、ラフレシアとか、ウツボカズラとか、言ってる。
――もっともウツボカズラの
「ちなみに、ナツキだと?」
「芍薬、牡丹、百合の三点セット」
考えることもなく俺が即答すれば、ユキが『むきーっ!』と両手を突き上げた。
「差別だ!」
「いや、だって、ねぇ?」
同意を求めれば、ナツキは困ったように笑うだけだが、トーヤとハルカは苦笑しながらも頷く。
「ジャンルの違いだな。向日葵だって捨てたもんじゃないぞ?」
「そうかな? 自信持って良いかな?」
「うん。だってほら、種とか食べられるし?」
なんか知らないけど、大リーグの選手には人気だよね?
「微妙!」
「食用油が絞れるし?」
俺は使ったことないけど。
「やっぱ食べ物!?」
「世界的巨匠から人気だし?」
「そうだね! 何枚も描いてるもんね! でもあの人、結構アレな人だから!」
まぁね。画家と言いつつ、絵、一枚しか売れてないもんね。
職業になってないよね、それ。
ぶっちゃけ、ヒモである。
好かれて嬉しい相手かというと……いや、花の話だけどね?
「そんなことより、ナオはどうなの? 好きなの?」
「俺? 結構好きかな? 明るい感じが」
「そ、そうなんだ。なら良いけど……」
ちょっと頬を染めたユキが、視線を逸らす。
「ユキ、花のことだからね?」
「わ、解ってる!」
ジト目のハルカに念を押され、コクリと頷くユキ。
「あー、でも難点はあれだな。たまにぐんぐん伸びて、高くなりすぎて花が見づらかったり、途中でポッキリ折れたりするところが……」
「あ、あたしはそんなに伸びないから――」
「……花のことですよ?」
「わ、解ってる!」
今度はナツキがジト目になり、再びコクリと頷くユキ。
「支えてあげると良いと思うよ! あと、時期をみることも重要だよ!」
「……花のことよね?」
「花のことだよ!」
強く断言するユキをハルカとナツキの視線が撫でるが、そこに嘴を容れたのは呆れたような声のトーヤだった。
「おーい、話がズレてんぞ? それでハルカ、見るのが『花(笑)』じゃないなら、何なんだ? エア花見――気分だけとか? 美味い物が食えるなら、オレはそれでも構わねぇけど」
「それなら普通にパーティーって言うわよ。実は今朝早く邪神さんがやってきて、『頑張っている人たちの気晴らしになれば』とか言って、この扉を設置してくれたの。これをくぐると、お花見ができる場所に行けるらしいわ」
肩をすくめたハルカが示すのは、真っ黒で、何だか怪しげな雰囲気を漂わせた扉。
もしも張り紙をするなら、『立入禁止』だろうか。
「ほほぅ、邪神さんが――って、ちょっと待て。邪神さん?」
ちょっと聞き捨てならない言葉。
俺が本当かと聞き返せば、ハルカは何とも表現に困るような表情で半笑いになり、頷く。
「うん。ふらっと、『やっほー』とか、軽いノリでやってきた」
そんな、アホな――と言い切れないか。
やりそうな感じの邪神さんだったし。
「そもそも、さりげなく紹介してくれたが、この扉はどこにあるんだ? 書籍版時間軸だと、俺たち、まだ家を持ってないよな? 宿か? 宿に勝手に設置したのか?」
「大丈夫! 四巻の終わりには、マイホームが完成するから!」
自信満々に、再びメタい発言をするハルカ。
良いのか、これ?
――良いのだろう。細かいことは気にしなくても。
◇ ◇ ◇
お花見には準備が必要である。
場所取り?
早朝からシートを敷いて、一人寂しく?
うん、本来ならそれも必要だが、今回は邪神さんプロデュース。
たぶん必要ない。
そうじゃなく、花とくれば団子。
むしろ団子が主役。育ち盛りの俺たちには。
そんなわけで、お花見の準備に取り掛かる俺たち。
『団子』の方はハルカたちに任せ、俺とトーヤは敷物と飲み物を準備する。
「他に必要な物は……何がある? トーヤ」
さすがにこれだけでは、とトーヤに話を振れば、腕を組んで少し考え込んだ。
「花見なんて、最近ご無沙汰だったしなぁ……一発芸?」
「サラリーマンかっ! この面子で一発芸をして誰が喜ぶ!?」
「笑わせてくれるなら、オレは喜ぶが。ただし、オレ、お笑いには厳しいぞ? ノリと勢いだけじゃ笑ってやれねぇ」
ニヤリと笑うトーヤに、俺は「ふむ」と頷く。
「良し解った。ボケとネタ振りはお前な」
「一発芸、オレがやるのかよ!? ナオ、お前は?」
「当然ツッコミ。トーヤが何を言おうと、俺はただツッコむ」
「お前、
「なんでやねん」
ズビシッ!
「今の、ツッコミどころちゃうから!」
「なんでやねん」
ズビシッ!
「いや、痛いから! 力強すぎだから!」
「なんでやねん」
ズビシッ!
「待て待て! 笑いどころがないから!」
「なんでやねん」
――パシッ。
俺の拳がトーヤに受け止められた。
「だから待て! そもそも、どつき漫才は世間の目が厳しいぞ? 下手なことしたら、SNSで炎上するからな、最近は」
「なるほど、トーヤは炎上芸がお好みか? 今ならできるぞ。『
「それ、炎上違いだから! リアルに燃えるやつだから!」
「「どうも、ありがとうございました!」」
「「………」」
顔を見合わせて、沈黙する俺たち。
「……うん、ダメだな」
「……あぁ、オレたちに笑いの才能はない」
俺たちは一発芸を素直に諦め、静かに『団子』ができあがるのを待つのだった。
◇ ◇ ◇
ハルカが開けた扉の向こうは、白く輝き何も見えなかった。
やっぱこれって、『立入禁止』じゃなかろーか?
そんなことも思ったが、今更である。
「それじゃ、行くわよ?」
重箱を包んだ風呂敷を両手に携え、俺たちは扉をくぐる。
次の瞬間、目に飛び込んできたのは咲き乱れる桜の花だった。
既に花は満開。周囲には一切の人影が見えず、そよぐ風ではらり、はらりと薄紅色の花びらが舞い散るその様子は、幻想的な雰囲気すら感じさせる。
あまりの見事さに俺は言葉を失い、口を開けて桜を見上げた。
「……わぁ」
誰かが漏らした声が耳に届くが、この光景の前ではそれも仕方ないだろう。
むしろ、これを目にして心動かされない人がいようか。
ただ静かに、魂でも抜かれたかのように桜の木を見上げる俺たち。
――どのくらいの間、そうしていただろうか。
そんな幽玄とも言える
「――うぺっ! は、花びらが口に入った!」
趣ある空気をぶち壊し、ぺっ、ぺっ、と唾を吐き出しているトーヤに、全員の視線が突き刺さる。
「トーヤ、口は閉じておきなさいよ……」
呆れたようなハルカの声。
俺も慌てて開いていた口を閉じ、それに追従する。
「そ、そうだな。雰囲気を壊すのは良くないぞ?」
ナツキから向けられた、微妙な視線は見えないことにして。
「いやいや、これはボケーッと見上げてしまうのも仕方ないだろ? ここ最近、こんなに見事な桜を見る機会もなかったからなぁ」
「それは……私も同感だけど」
「うん、確かに凄いよね。ここ何処だろ?」
「ソメイヨシノがこんなに植えられているあたり、日本のように思えますが、この時季に人がまったくいないのは……。いえ、いても困るんですけど」
俺たちの服装はハルカたちのお手製なので、現代日本でもそこまで違和感のある格好ではないが、ナツキとユキはともかく、他三人は種族が違う。
俺とハルカはまだしも、耳と尻尾を放り出したままのトーヤは言い訳が立たない。
いや、最近なら、コスプレと言い張れないこともない、か?
――無理か。トーヤの耳、頭の上にしかないからなぁ。
犬耳カチューシャと誤魔化すのは厳しすぎる。
「場所は知らないけど、邪神さん曰く『諸般の事情で人が来ることはない』らしいわよ?」
「なるほど、神がそう言うのなら……。まぁ、ひとまず腰を落ち着かせようか」
折角準備をしてきたのだ。立って見ることもない。
俺が
花見ということを意識してか、そこに詰められた料理は和食風。
米がないため、炭水化物が焼きうどんというのがちょっと微妙だが……そこは無理に和食に寄せなくても、素直にサンドイッチでも良かった気がする。
もちろん、作ってもらった物に文句など口にしない。
ありがたく頂くのみである。
「そいじゃ、駆けつけ一杯」
トーヤから差し出されたグラスを受け取り、シュワシュワと泡立つ飲み物を――。
「おぉ、すまないな……って、これ、どっから持ってきた!?」
綺麗なグラスに炭酸。
その
当然それは、トーヤであっても変わらない。
「これか? そこに『飲んで良いよ』と書いて置いてあった」
言われるままにトーヤが指さす方を見れば、そこには何故か巨大なクーラーボックスが。
そしてその前面には『好きに飲んでね♪ by.アフターサービスもバッチリな神』との張り紙。
ご丁寧に、その横にはグラスなどの食器類も並べられている。
「……さっきまで、こんな物なかったわよね?」
「うん。あったら、ナオが敷物を敷く時に気付いてるよ」
「さすがは神様、なのでしょうか?」
素直に喜んで良いものかと、明らかな困惑を顔に浮かべるハルカたち。
それは俺も同じで、思わずグラスをまじまじと見つめてしまったのだが、トーヤは気にした様子もなく、やや強引にグラスを全員に持たせる。
「良いんじゃね? 気にしてもしゃーないだろ? さ、さ、乾杯しようぜ!」
彼は久しぶりに飲める炭酸が嬉しいのか、笑顔で全員に飲み物を注ぐと、元気よくグラスを突き上げる。
「かんぱーい!」
「「「か、かんぱーい……」」」
グビッと飲み干すトーヤと、やや戸惑いながらもトーヤに唱和し、グラスに口を付ける俺たち。
だが、久しぶりの炭酸ジュースはとても甘くて、シュワッと弾ける感覚が懐かしい。
「ゴクゴク。……ん? ちょっと喉が熱くなるようなこの感じは……酒じゃねぇか!?」
慌ててトーヤを見れば、彼は空になった自分のグラスに追加を注いでいた。
そして、その缶には瑞々しい果物の絵と共に『お酒』の表記が大きくバッチリと。
是非もなく、お酒である。
「お? 言ってなかったな? これ、チューハイだぞ?」
(※注意。ナオたちは非実在青少年です。現実の法律には縛られません)
「何故それを、ごく自然に注ぐ!?」
ダメだろ、飲んじゃ!
「いや、一〇歩ぐらい譲って自分で飲むのは自由だが、全員のグラスに注ぐな!」
「えー、こんなん、ジュースみたいなもんだろ? 甘いし」
「でっかく『ストロング』とか書いてあるんだが!? そして、甘さは関係ない!」
その甘さに騙されて、逆に危ないんじゃないか!?
(※ストロングなチューハイは飲みやすくても危険です。大人も注意しましょう)
「ハルカたちは大丈夫か?」
「大丈夫だけど……私はあんまり好きじゃないわね。アルコール臭がきついというか」
「んー、甘くて美味しいよ? あたしも、アルコール臭はいらないけど」
「私も大丈夫ですが、これは一杯で十分ですね」
全員、乾杯と共に普通に飲み干していた。
本当に大丈夫なのだろうか?
「気にしても仕方ないわよ。向こうだと、普通にお酒を飲んでる年齢なんだし」
「ですね。折角ですから、他のお酒も飲みましょう。戻れば、もう飲めませんから」
「そう言われると……そうなんだよな」
「そうだよ。良い機会だよ! あたしなんて、ほとんどお酒飲んだことないし」
邪神さんの気まぐれがなければ、こちらのお酒を飲むことなど、もう二度とできないわけで。
俺もしっかりと味わっておくべきか?
「ただ、お酒だけ飲むのも身体に悪いから、料理も一緒にね」
「あぁ、ありがとう」
ハルカが差し出す重箱から料理を摘まみ、チューハイを飲む。
うん、料理は美味いし言うことないのだが、甘いお酒は微妙に合わないな。
そう思ったのはナツキも同じだったのか、俺のグラスが空いたところでトーヤに別のお酒を求めた。
「トーヤくん、次はもうちょっと辛口のをください」
「辛口? そんなこと言われてもよく判らねぇけど……、じゃあ、これで」
クーラーボックスの前でゴソゴソやっていたトーヤから、グラスが回ってくる。
「今度のは透明だな? 見た目は水みたいだが」
「だろ? だからたぶん、クセがないんじゃないか?」
お酒ってそんなに単純な物か?
見た目は水みたいでも、日本酒なんかは複雑な味をしていると思うが。
取りあえず一口。
「――かっ!! こ、これって飲んで大丈夫なやつか?」
喉が焼けるような感覚に、図らずも変な声が出る。
正直、飲み込むのを身体が拒否するような飲み物。
いや、分類的には酒なんだろうけど、ストレートで飲むようなもの? これ。
「ん? 別に心配ないと思うぞ? シンプルなラベルだったけど、日本語だったし」
何、その日本語に対する無根拠な信頼感!?
「他に何か書いてなかったか?」
「ん~? 77とか書いてあった?」
「それ、たぶんアルコール度数!」
(※実在の商品、名称、サービス等には一切関係ありません)
「普通に燃える濃度だぞ、その濃度は!」
仮にそれがアルコール度数の数字じゃなくても、口に含んだ時の感じからして、どう考えても、それくらいにヤバい!
「へぇ、このお酒、燃えるんだ? 火、付けてみても良い?」
「危ないから――」
「よっしゃ! ――ぶはぁぁ!」
「『
阿吽の呼吸で、トーヤが霧状にお酒を噴き出し、それにユキが火を付ける。
「ダメ――って言う前にやるな!!」
ボウッと音を立てて、一瞬で燃えるお酒。
(※高濃度アルコールはかなりの危険物です。取り扱いには気を付けましょう)
しかし音だけ。大道芸みたいに、炎を吹いているようには見えない。
「あははははは! 地味ぃ~! ほとんど炎が見えない!」
トーヤをバシバシ叩きながら、笑い声を上げるユキ。
酔ってる? 酔ってるよな?
まだグラスに一杯だぞ?
――ストロングではあるけれど。
「大半がエタノールですから、赤くは燃えないですよね」
「いや、ナツキ、そんな冷静に――」
「へー、そうなんだぁ。燃やしてみよ。わぁ、青白く燃えるー、はははは!」
一瞬の躊躇もなく、グラスのお酒に火を付けるユキ。
(※そこまで高濃度じゃなくてもお酒は燃えます。良い子は火を付けてはいけません)
「だから燃やすな!? 大丈夫なのか? グラスに火を付けて」
「火を付けるカクテルもあるから、グラスは大丈夫だと思うけど……」
「火が消える頃には良い感じに酒精が飛んでいるかもしれませんよ? ――まぁ、ユキは既に手遅れみたいですが」
「あははははっ、手遅れってなにぃ? あははは!」
困ったように眉尻を下げるナツキの背中を、パシパシと叩くユキ。
完璧、酔っ払ってる。
「た、質の悪い酔い方を……。ナツキとハルカは大丈夫か?」
「少しは酔った気もするけど、それぐらいかしら」
「私は全然……【頑強】スキルのおかげでしょうか?」
そういえば、ユキって一番レベルが低かったな。
本当に【頑強】がアルコール耐性に影響するのかは不明ではあるが。
ユキも言動は混乱状態だが、陽気なだけで顔色とかは別に悪くない。
「……まぁ、体調に問題がないなら良いか。俺たちは落ち着いて飲もうか」
何か軽めのお酒はないものかとクーラーボックスを覗き込めば、中には想像以上に大量のお酒が詰め込まれ、その後ろ側にも常温状態の酒瓶が何本も並んでいる。
「邪神さん、こんな大量のお酒、どこから……」
「かなり高価なウィスキーもありますね。これなんて、入手困難ですよ?」
「神様だもの。不思議な力でチョチョイのチョイ、じゃない?」
(※当然、不思議な力で出しました。ネトオクなんかには手を出していませんので、ご安心ください)
「邪神さんがコンビニで買ってたら面白いよねー。年齢確認ボタン、押すのかな? あ、でも、あの外見なら、その前に拒否されるか。あはははは!」
くだらないことを自分で言って、自分で大笑いするユキ。
もう完全に酔っ払いの言動である。
「は~ぁ、笑ったら喉渇いちゃった。――あ、まだ燃えてるし。えいっ」
「「「あっ……」」」
「ゴク。……くけけけけっ!」
明らかにヤバげな笑い声を上げたかと思うと、白目を剥いてコテンと倒れた。
さすが酔っ払い、行動が読めない。
――とか言ってる場合じゃない!
「ユ、ユキ!? 大丈夫か?」
「――脈はやや速いですが、正常です。ハルカ、取りあえず『
「そ、そうね。『
慌てて駆け寄ったナツキとハルカが診察し、治癒魔法をかける。
その効果かどうかは不明だが、顔色は悪くない、か?
いや、むしろ赤く染まった顔を「ふへへぇ」とだらしなく緩め、笑っている。
その表情を見たハルカとナツキが、疲れたようにため息をついた。
「……うん、寝かせておいてあげましょ」
「そうですね。――ナオくん、あまり女の子の寝顔を見るものじゃありませんよ?」
ちろりと流されたナツキの視線に、俺は慌てて目を背ける。
「そ、そうだな。てか、トーヤはどうした?」
あれだけドタバタしていたのに、何の反応もないとか――。
「トーヤくんなら、既に寝てますよ? お弁当を食べて」
ナツキが指さす方を見れば、空になった重箱を複数、身体の周りに放置して、仰向けのまま寝ているトーヤの姿が。
「早っ!? 花見はどうした!」
花より団子にしても酷すぎだろ!
「トーヤくんも、慣れてないのに強いお酒を飲んだのが原因でしょうね」
「どうしてこうなった……」
俺は思わず空を見上げる。
そこには変わらず咲き誇る桜の花。
扉をくぐった時には、風雅なお花見って感じだったのに……。
それが僅かな時間でカオスになった。
ただ酒が入っただけで。
まだ開始三〇分も経ってないぞ?
くっ! さすがは邪神、こんな時でも地雷の埋設を忘れない!!
――いや、半分以上、自爆なんだが。
「よし、仕切り直そう」
俺はトーヤとユキを、そそっと敷物の隅に転がすと、そこに背を向けて座り、中身の残っている重箱を並べ直す。
そして、ハルカとナツキに左右の席を、ささっと勧める。
「俺たちだけでも、雅やかに花見と洒落込もうじゃないか」
「あぁ、目を背けることに決めたのね」
「当たり前や! 人生最後の花見やぞ!? 酔っ払いには構ってられへんわ!」
チラリと俺の背後に目をやったハルカに対し、俺は力強く宣言する。
「ナオ、口調が変になってるから。――でも、そうなのよね。少なくともソメイヨシノを見ることは、もう……」
どこかしんみりとハルカが上を見上げれば、ナツキも「ほぅ」とため息を漏らす。
「邪神さんにどのような意図があるのかは不明ですが、何度もあることではないでしょうからね……今は楽しみましょうか」
「だろ? ということで、俺たちは観桜の宴と洒落込もうじゃないか」
「それでは失礼して」
俺がパシパシと敷物を叩けば、ナツキが左隣に腰を下ろし、ハルカは盃と酒瓶を持って右隣に座る。
「雰囲気重視ということで、盃と日本酒を持ってきたわよ」
「……何故にある? 朱塗りの盃」
差し出されたのは、精緻な鳥の絵が描かれた朱塗りの盃。
本当に異世界の神か? あの邪神さん。
「随分と良い物ですね。蒔絵が施してありますし……」
「残念ながら、
「あぁ、ありがとう」
受け取った盃に、ハルカから酒が注がれる。
ふわりと立ち上る花のような香りは桜の香りか、酒の香りか。
ざぁっと吹き抜けた風で水鏡が乱れ、ハルカとナツキの笑顔が揺れた。
舞い散る桜の花びらが
俺はもう一度桜の木を見上げると、静かにそれに口付けた。