「勇者パーティで回復役だった僕は、田舎村で治療院を開きます 空水城」
『勇者パーティーで回復役だった僕は、田舎村でお菓子屋さんを開きます』
田舎村で治療院を開いてからしばらく経った。
もうすっかりこの村にも馴染み、村人たちとも打ち解け合うことができた。
のだが……
「最近雨続きで、全然お客さん来ないッスね」
「だなぁ」
アルバイトのプランが窓の外を見ながらぼやく。
雨の日は極端に客足が遠のく。
最近は大雨続きで、すっかり村のみんなとも顔を合わせていない。
「雨だから外に遊びに行くこともできませんし、何かすることないッスかねぇ。あぁ?……暇ッス」
「いや仕事しろよ仕事」
そこはさすがにツッコませてもらうぞ。
お客さんたちに会えない寂しさは同感だが、あくまで今は仕事中だからな。
暇とか言うんじゃねえ。
「接客担当のアメリアは、お客さんが来なくても受付窓口でじっとしてるんだから。お前も少しはあいつを見習えよ」
「えぇ、そんなこと言われましても……。ていうか、後輩君が小舟を漕いでるように見えるのはアタシの気のせいッスか?」
ちらりとアメリアの方を見てみると、確かに彼女はこくこくと小舟を漕いでいるように見える。
近づいて確かめると、案の定目を瞑って寝息を立てていた。
暇と思っていたのはプランだけではなかったということか。
「掃除も洗濯も終わっちゃって、アタシができる仕事はもう何もないッスよ。ですから何か指示をくださいッスノンさん」
「うぅ~ん……」
って言われても、確かにやることがまったく見当たらないな。
怪我人が来る様子もないし、外に出ることもできない。
となれば、治療院でできる有意義なことを模索してみるか。
そうだな……
「じゃあ、みんなでお菓子作りでもしてみるか?」
「えっ、お菓子作り?」
唐突な提案に、プランは深く眉を寄せた。
「なんで急にお菓子なんスか?」
「この前、ユウちゃんが遊びに来てくれた時に、小腹を空かせてたんだよ。そういう時にさっとお菓子でも出してあげたら喜んでもらえると思ってさ。だから時間がある時にでも、お菓子作りを練習しておこうかなって……」
「へぇ、そうだったんスか」
プランの反応もいい感じだし、なかなかいいアイデアなのではないだろうか。
と思っていたら、いつの間にか起きていたアメリアが口を挟んできた。
「菓子で幼女を懐柔とは、ついにそこまで行ってしまったかノン。やはりノンはロリコ……」
「それ以上言ったら大雨の外に放り出すからな」
別に僕はユウちゃんを懐柔するためにお菓子を作ろうとしているのではない。
お菓子作りが有意義だと思う理由は他にもあるのだ。
「僕も前々からちょっと興味があったし、買うより断然安く済むだろ。だからこれを機に、みんなでお菓子でも作ってみようぜ。どうせ時間はあるんだから」
「面白そうなので賛成ッス!」
「すまないが私はパスだ。菓子にあまり興味がないからな」
アルバイト一号のプランは賛同し、二号のアメリアはかぶりを振って立ち去ろうとした。
そんな時、プランが『はい』と手を上げた。
「あっ、どうせなら勝負形式にしませんか?」
「勝負形式?」
「今うちにある材料だけで、より美味しいお菓子を作った方が勝ちの勝負ッス。で、勝った方は負けた方に『なんでも命令ができる』ってことで」
「なにっ!?」
立ち去ろうとしていたアメリアがなぜか食いついた。
「や、やはり私もお菓子作りに参加する。よく考えたら私、お菓子すごい好きだった。子供の姿になってから、お菓子が美味しくて美味しくてたまらないのだ」
「なんスかその取って付けたような理由は」
勝負形式になった途端、態度が急変したな。
いったいどうしたというのだろう?
「まあ、普通に作るよりかは面白そうだし、じゃあ三人で勝負ってことでいいか? ていうかその前にまず、ハンデを付けさせてもらえないか?」
「えっ? ハンデッスか?」
僕は公平を期すためにある提案を持ち出した。
「天職の関係上、この勝負は『大盗賊』のお前が圧倒的に有利だろ。なんでもできる『器用さ』があるんだし。それに比べて僕は初級の回復魔法が使えるだけの『応急師』。アメリアは魅了魔法が使えなくなったロリ『
「うっ……そ、それもそうッスね」
バレたか、みたいな顔してんじゃねえ。
自分に有利なお題だとわかって勝負を仕掛けてきたのが見え見えだ。
「勝負を持ち掛けてきたのはプランだからな。お前が断ってもハンデは付けさせてもらう。で、そのハンデなんだけど、とりあえずプランは『計量器』を使うの禁止で」
「えっ? それだけッスか? 両手を使うの禁止とかじゃなくていいんスか?」
「お菓子作りは分量計算が超重要だからな。これで充分ハンデになるよ。ていうかお前、手ぇ使わずにお菓子作る気だったのか」
やっぱり計量器禁止だけじゃ不安になってきたぞ。
大盗賊の器用さは侮れないからな。
ともあれ僕たちは、持て余した時間でお菓子作りに興じることにした。
お菓子作りを開始して三時間ほど経過した。
三人が各々で作っているので、キッチンがごった返してやけに時間が掛かってしまったな。
それでもなんとかそれぞれが作業を終わらせ、いよいよ審査開始である。
まず一番手、ロリサキュバスのアメリアさん。
「こんなものを作ってみたぞ」
「おぉ……」
アメリアが出してきたのは、『コレット』という茶色くて甘いお菓子だった。
熱で溶かしてスイーツ用のソースにすることもできるし、甘みを抜いて大人な味わいにされたものもある。
どうやらアメリアは、うちに残っていたそれを溶かして、ハートの型に入れて固め直したようだ。
……まあ、それだけのようだけど。
「メロメロ大陸で培ってきたノウハウをすべて詰め込んである。これを食べた者はたちまち私の虜に……」
「……なにそれ怖いんだけど」
ただのコレットにそんな特殊な効果はない。
そう呆れていると、なぜかプランが怯えた様子でコレットを見ていた。
「ノ、ノンさん気を付けてくださいッス。この痴女悪魔、もしかしたらとんでもないものをブチ込んでる可能性が……」
「な、何も変なものなど入れてないわ! 心象が悪くなるようなことを口走るのではない!」
わいわい、ぎゃーぎゃーと、雨音を消し去る勢いで二人の喧騒が治療院に響く。
ただのお菓子作りなのにテンション高いなこいつら。
大雨で世界がどんよりしていても、今日も治療院は賑やかです。
「と、とりあえず実食で」
審査は作った人以外の二人が行う。
一人の持ち点は五点。計十点満点で僕たちは競い合っていく。
そして最上位の人が最下位に『なんでも命令できる』というルールになった。
参加者が参加者を審査するので不公平になりそうだが、現状こうする以外にない。
皆が正直な感想を口にしてくれることを祈ろう。
というわけで僕も正直な感想を述べることにした。
「う、うぅ?ん、コレットの味そのまんまっていうか、そのままでも充分美味いから、美味いっちゃ美味いけど……」
「ぐぬっ!」
微妙な反応を示すと、アメリアが悔しそうに歯を食いしばった。
そんな顔したって仕方ないじゃん。
コレットを溶かして型に入れ直して固めただけなんだから。
ハート型にしたのも、なんかサキュバスとしてあざといし、これは絶賛するほどの品では……
「チャ、チャーミングチャーム」
「んっ?」
なんか後ろからピンク色のオーラが飛んできた。
振り返るとそこには、両手でハートの形を作ったアメリアが、それを僕の方に向けていた。
「……今、僕に何した?」
「えっ、いや、その……」
「反則ッス! 今この子『魅了魔法』で反則しましたッスよノンさん!」
咎められたアメリアは、涙目になって膝をついた。
「だ、だって、あんまり良い反応じゃなかったから、魅了魔法で『美味しい』って言わせようと思って……」
「おいコラ」
思いっきりイカサマしようとしてんじゃねえ。
ていうか前に、その魅了魔法が僕に効かなかったこと忘れたのかよ。
僕は呆れつつも、アメリアの肩にそっと手を置いた。
「まあ、変に奇をてらって色んな材料を混ぜるより、形を変えただけだったから、安心して食べることができたよ。その点はプラスなんじゃないのか」
「ノ、ノン……」
膝をついて嘆いていたアメリアが、心なしか頬を染めて微笑んだ。
「……逆に魅了されてどうするんスか」
ともあれ、点数発表である。
僕が三点。プランも三点。というわけでアメリアの『ハートコレット』は合計六点だ。
「じゃ、次は僕の番な」
二番手、応急師の僕。
作ったものをテーブルの上に出した。
「はい、アイスクリーム」
「「おぉ……」」
先ほどアメリアのコレットをシンプルとか言ってしまったが、僕もかなりシンプルなお菓子だ。
何の変哲もないバニラアイスクリームである。
「ピーピー鳥の卵とモーモー牛の乳が少しだけあったから、温めながら砂糖と混ぜて冷やし固めたんだ。もうちょい冷やせばちょうどいい固さになるんだけど、時間がなかったから半溶け状態で。これでも充分美味いと思うぞ」
説明を聞くや、プランとアメリアがスプーンを手に食いついた。
「わぁ、優しい味わいで良い感じッスね!」
「うむ、確かに」
「本当はカスタードクリームも作れればよかったんだけど、とろみを付けられる粉系の材料がなかったからな。アイスクリームだけにしてみました」
粉があればクリームもパンケーキも作れたんだけど、うちにある材料だけということなのでこれだけで。
点数は、プランが四点、アメリアも四点くれて計八点。まずまずの点数だ。
ぶっちゃけ味に関してはアメリアのコレットとどっこいどっこいのはずだが、手作り感を評価してくれたみたいだ。
「では最後、真打であるアタシの番ッスね!」
三番手、大盗賊のプランさん。
天職のおかげでとんでもない器用さを備えている。
はてさて材料が少ない中で、いったいどんな品を出してくるのやら。
プランが嬉々として品をテーブルに置いた。
「じゃん、パンケーキッス!」
「なんで粉系の材料がないって言ったばっかでパンケーキが出てくんだよ!」
思わず大声でツッコミを入れてしまった。
手品師かこいつ。
でも確かに卓上には、紛れもないパンケーキが出されていた。
茶色っぽいソースが網状に掛けられていて、なんだかちょっとお洒落である。
「材料ないのに作っちゃうとか、器用の次元超えてるだろお前。マジでこれどうやって作ったの?」
「いえいえ、別に不思議なことなんてないッスよ。ただ食糧棚の奥に、ポツンとパンが眠っていたので、パンケーキ風に焼いただけッス。キャラメルソースも牛乳と砂糖と水があれば簡単にできますッスよ」
なるほど。計量器が使えない分、プランもシンプルなお菓子で勝負に出てきたってことか。
にしてもパンが残ってたなんて盲点だったな。
とりあえず食ってみるか。
「じゃ、じゃあ、いただきます」
アメリアと一緒に一口食べてみる。
瞬間、キャラメルソースの濃厚な風味が、口いっぱいに広がった。
絶妙な甘さのソースだ。計量器を使わずにこれとは、やはり侮りがたい器用さを持っているようだな。
で、肝心のパンケーキだが……
「「んっ?」」
僕とアメリアは、パンケーキを咀嚼したと同時に首を傾げた。
てっきり、キャラメルソースと同様、驚愕するような美味さをしてると思ったんだけど……
「……なんか、ちょっと酸っぱくない?」
「う、うむ、そうだな。なんか酸っぱい」
「えっ?」
キャラメルソースの奥に垣間見える微量な酸味。
プランが意図してこの酸味を入れたにしては、なんともミスマッチな味わいをしている。
プランのきょとんとした顔からも、意図したことではないのだろう。
と思っていると、プランが『あはは』と笑いながらフォークを手に取った。
「またまた?。アタシに負けたくないからって、二人してそんな嘘つかなくても……」
自分の作ったパンケーキを一口パクッ。
モグモグッ、モグモグッ……
「……なんか酸っぱいッス」
「だから言っただろうが! こんな状況で嘘つくわけないだろ! お前、いったい何を入れやがった」
アメリアに変なものを入れたんじゃないかと勘繰っていたが、お前の方が変なものを入れたんじゃないかと問い詰めたい。
それくらいこのパンケーキは味がおかしかった。
「お、おいノン、盗賊娘の使ったパンの残りがあるのだが、ほんの僅かに白いブツブツが……」
「うわっ!」
キッチンの方からアメリアの声がして、慌てて駆けつけると、そこには確かにパンの残りが置いてあった。
そしてそのパンには、ちょっぴり白いブツブツが浮かび上がっていた。
どう見ても『カビ』だこれ。酸っぱさの理由はこれだったのか。
で、このカビの原因はおそらく……
「しばらくの”大雨”で湿気が多かったからな。食糧棚に置きっぱなしだったパンが傷むのは当然だよな」
「うっ、全然気が付かなかったッス……」
プランはガクッと床に膝をついた。
なんか、さっきも同じような光景を見た気がするな。
「はっ! ということは、アタシのお菓子の点数は……」
「「ゼロ点に決まってるだろ!」」
僕とアメリアの叫びが重なった。
カビの付いたパンケーキ食わせといて、点数も何もあるわけないだろ。
幸い、まだカビも少なくて、食べた量も少ないから、体調が悪くなることはないと思うけど。
「まったく、これを食べたのが僕たちだからまだ良かったけど、もし遊びに来たユウちゃんとかが食べてたらどうするつもりだよ。そもそも今回のお菓子作りの肝は、ユウちゃんや他のお客さんに食べてもらいたいから始めたことだし、そこは充分に気を付けてほしいな」
「も、申し訳ないッス……」
プランはしょんぼりと肩を落とす。
……ちょっと言い過ぎたかな。
そう思った僕は、アメリアを慰めるのと同じように、プランの肩にも手を置いた。
「まあ、久しぶりにここに来てくれるみんなに、安心して喜んでもらいたいから、今度からは気を付けてお菓子作りをしてくれ。お前の器用さには期待してるからな、プラン」
「は、はいッス!」
というわけで、なんやかんやあったもののお菓子作りは終了である。
「おい二人とも、雨が上がったようだぞ」
「「えっ?」」
アメリアの声を聞き、僕とプランは窓の外に目を移す。
すると彼女の言う通り、外からは雨音が消え、僅かに日の光が漏れていた。
その光に誘われるかのように、僕たちは扉を開けて外に出る。
「はぁ~……なんか久々に外に出たような感じがする」
「そうッスねぇ~」
雲の隙間から日差しが漏れてきて、僕たちの顔を眩しく照らす。
いつも見ていたはずの青空が、久しぶりに僕たちに笑いかけてくれたみたいだ。
やっぱり青空はいい。そう再認識させてくれる。
しばらくぼんやりと外の景色を眺めていると、隣のプランが村の広場の方角を見ながらぼそりと呟いた。
「早くユウちゃんやコマちゃんや、他のみんなにも会いたいッスね」
「……どうした急に?」
「だって、雨が続いていてずっと会えてなかったんスよ。みんなと会えなかった時間の分、また会えた時の嬉しさが大きいじゃないッスか。だから早く会いたいなぁって」
……会えなかった時間の分、また会えた時が嬉しい、か。
確かに青空も、毎日見ているとその大切さに気が付かない。
友達も同じだ。
「ま、そうだな。美味しいお菓子でも作って、のんびり待ってようぜ」
「はい、そうッスね!」
今回の件を機に、僕は少しだけお菓子作りの楽しさを知ることができた。
「あっ、ところで、お菓子作り勝負はノンさんの勝ちってことッスかね」
「あっ、そういえばそうだな。最下位の人になんか命令できるんだっけか?」
僕が一番で、プランがビリ。
ということは、僕がプランに何かしらの命令をすることができるということだ。
「ノ、ノンさんが、アタシに命令……。男性が女性に命令……。そんなの絶対に、恥ずかしい命令に決まってますッス。でもアタシ、ノンさんが望むなら、どんなことでも……」
なんか一人で勝手にハツラツしてるプランに、僕はさっそく命令を下した。
「じゃ、仕事して」
「……はいっ?」
「お菓子作りで散らかったキッチン、綺麗にしてくれよ。それが命令で」
僕がプランに言うことは、お菓子作りの前から何も変わらない。
自分の仕事をしてくれと。
「はい、頼んだぞ掃除当番」
「どうせこんなことだろうと思ったッスよー!」