神々に育てられしもの、最強となる 羽田遼亮
【ウィルと蒼い野薔薇】
僕の名はウィル。二つ名は「神々に育てれしもの」
その二つ名からも分かるとおり、僕の父さんと母さんは神々だ。
テーブル・マウンテンと呼ばれる山で暮らす四人の神々に育てられた。
ひとりは剣の神ローニン。
東方からやってきた剣の達人で、大木を小枝のように切り裂く剣術を持っている。酒飲みでぶっきらぼうなのが玉に瑕だが、豪快で気っぷの良い性格をしている。
もうひとりは魔術の神ヴァンダル。
この世の叡智をすべて脳裏に刻み込んだ賢者。無詠唱で禁呪魔法を連発する魔力を備えている。引き籠もり癖があり、人嫌いだが、一度、なにかに夢中になると少年のように目を輝かせる。
紅一点は治癒の女神ミリア。
あらゆる病を直す霊薬を作り出せる薬学のエキスパート。性格は突飛で我が儘だけど、本当は誰よりも優しい心根を持っている美しい女神。
最後に万能の神レウス。赤ん坊だった僕を拾ってくれた無貌の神様。人生の節目節目で僕を諭してくれる導き手。
こんな素敵な神々と、山の心優しい動物たちに囲まれて育った僕は、すくすくと成長し、一五歳になる。そしてルナマリアという盲目の巫女と出逢い、山を下りて「この世界」を旅することになった。
ここまでが「神々に育てられしもの」ウィルの略歴である。
心の中でこれまでの人生を振り返っていると、僕の人生行路を大幅に変えた少女、ルナマリアが顔を覗き込ませてくる。
彼女は不思議そうに、
「ウィル様、なにか考え事をされているのでしょうか?」
と尋ねてきた。
「ちょっとね」
曖昧に返答すると、運命の少女を改めて観察する。
彼女の名は「ルナマリア」。僕をこの世界に連れ出してくれた少女。
なんでも神様の預言によって僕を連れ出したらしい。その事実からも分かるとおり、彼女は「巫女様」だった。
大地母神と呼ばれる豊穣の女神に仕える巫女だ。
今は盲目の仮面をかぶっていないから分かりにくいが、なんでも幼き頃に神にその身を捧げるため、自ら視力を奪ったのだという。視力を失えば俗世との関わりが断たれ、より神の存在を身近に感じることができるのだという。それを証拠に目をつむり瞑想すれば、いつでも神の息吹を感じ取れることができるらしい。
神様に育てられた僕としては、ミリア母さんが「ウィルちゃん可愛い」と鼻息を荒くして近づいてくる姿を想像してしまうが、この世界の人々にとって神様は神聖なものだった。信仰心がなによりも大切だという人は多いのである。
他人の大切にするものを尊重しなさい、とは神々の教えでもあったので、ルナマリアの信仰心には敬意を持っていたが、ちょっと融通が利かないな、と思うときもあった。
そんな感想を抱いていると、左腕に装備してある盾がぽわーっと光る。
『だよね、ね。ウィルもそう思うよね』
元気な女の子の声が頭の中に響き渡る。
彼女の名は聖なる盾のイージス。草原のダンジョンで拾った盾だが、なんと彼女はしゃべることができるのだ。彼女は遠慮なく僕の脳内できんきんまくし立てる。
『前からルナマリアはちょっとお堅すぎると思っていたんだ。こんなに美人なのに化粧ひとつしてないんだよ』
こんなに美人だからしていない、という見方もできるが、たしかに彼女は平民の女性よりも質素な格好をしていた。このように美しいのだから貴族の娘のように飾り立てればいいのに、という意見が出るのは当然であった。
「まあ、でも、そこがルナマリアのいいところだから。素朴な感じがして僕は好きだな」
『かぁー!! これだから山育ちの田舎者は!!」
「君は草原のダンジョン育ちだろ」
『生まれは古代魔法王国の工房さ! って、そんなことはどうでもよくて、ルナマリアが素朴なら、君は朴訥すぎるよ。女の子を飾り立てるのは貴金属だけじゃないさ』
「なるほど、君が言いたいのはもしかして花でもプレゼントしろってこと?」
『お、察しがいいね』
「どうも。母さんがそういうタイプだから、意外と朴念仁じゃないんだよ」
『自分でいうのはあれだけど、ともかく、分かったことは褒めてあげる。じゃあ、さっそく、花でも探してこようよ』
「そうだね」
空を見上げる。夕暮れどきの空の端にはお月様が登っていた。
まん丸の満月。青白い月が浮かんでいた。
(……青白い月の日には、蒼い野薔薇が生えるんだったな)
治癒の女神ミリアから教えてもらった知識を思い出す。
ぼよよん、と大きな胸を揺らしながら抱きしめてくるミリア母さん。
記憶の中の彼女は言う。
「ウィル、覚えておきなさい。青い満月の夜にだけ咲く綺麗な野薔薇があることを」
「それは薬草として役に立つの?」
幼い僕は尋ねる。ミリア母さんは首を横に振りながら言う。
「うんにゃ、なんにも役に立たないわ」
「なら覚えておかなくていいんじゃ……」
「そりゃそうだけど、この蒼い野薔薇には素敵な伝承があるの」
「素敵な伝承?」
「蒼い野薔薇を好きな女の子にプレゼントするとふたりは永遠に幸せになれるのよ」
うぉー、萌える! と拳を握りしめるミリア母さん。どうやら僕にそれをプレゼントしてほしいようだが、幼い僕はそれなりに賢かったので、「う、うん、機会があればね」と誤魔化していた。
さて、そのときの記憶が明瞭に蘇ると、横にいる美しい巫女様の笑顔と重なる。
彼女は「今日はこの辺で休みましょう」とキャンプ支度を始めていた。「私はウィル様の従者ですから」と手伝いをさせてくれる隙もなさそうだ。
これはもしかしたら「運命」かもしれない。そう思った僕は「盾」とふたり、なにか食料になるものを見つけてくる、と森の中に入っていった。
ルナマリアは、
「お気を付けて」
と麗しい声で見送ってくれた。
さて、その後、森の中で助けを求める妙齢の女性と出くわしたり、その女性を助けるためにゴブリンの群れと戦ったり、助けた女性が実は「狐」で僕を化かそうとしていたり、でもそれには深いわけがあったり、ちょっとした「ドラマ」があったのだけど、それは割愛。
今夜の僕は少しだけロマンチストで、蒼い月が出ている間に野薔薇を見つけたかった。
というわけで一連の事件をかたづけると、森の奥で咲いている野薔薇を見つける。
森の開けた場所から空を見上げると、蒼い月が頭上に登っていた。あの蒼い月の光を受けて咲きほころべば、野薔薇が蒼い花を開かせるはずである。
それを摘んでルナマリアにプレゼントすれば万事めでたしなのだが、今宵の僕は「運」がなかった。一連の事件で時間を消費してしまい、「快晴」だった天候が変化していたのだ。
見ればいつの間にか暗雲が差していた。綺麗だった月夜に半分、雲が差していたのだ。
僕は一縷の望みを掛けて野薔薇を見る。たしかに野薔薇には蒼い光が注がれていたが、その光量はとても弱かった。
ただ、それでも蒼い光を受けていることには変わりない。そう思った僕は野薔薇を摘むと、それを持ってルナマリアのもとへ向かった。
キャンプへ戻ると、左腕の盾が、
『ひゅーひゅー、やるね、この色男!』
と僕を囃し立てるので、盾をテントの中にしまい込む。
『この期に及んで放置プレイとは鬼畜だね!』
小うるさい盾を無視すると、僕は野薔薇を持ってルナマリアのもとへ向かった。
ルナマリアは組み立て式の椅子に座り、木の切り株のテーブルに肘を突いて空を見上げていた。月の光に照らされる彼女は、半神的なまでの美しさをたずさえていたが、物憂げな表情をしていた。
なにか考え事でもしていたのだろう。そんな彼女に僕は花をプレゼントすることにした。森で摘んできた野薔薇を取り出すと、それを彼女の前に置こうとしたが、途中、気が付いてしまう。
先ほどまで蒼く咲き誇っていた野薔薇が、白っぽく変質していることに。
そう、やはり曇り空の光量では野薔薇を青く染めきることはできなかったようだ。
(せっかく、ルナマリアが喜ぶと思ったのに……)
伝承などはなから信じていないが、世にも珍しい蒼い野薔薇をルナマリアは気に入ってくれると思っていたのだ。ただただ残念そうに花を引っ込めようとするが、ルナマリアはその動作に気が付く。
「――ウィル様、もしかしてお花の差し入れですか」
「…………」
その通りなので僕は慌てて花を戻すと、野薔薇をルナマリアに手渡した。
「……森の中で見つけたんだ」
「まあ、嬉しい。――あれ、これはもしかして蒼い野薔薇ではありませんか?」
「え? 分かるの?」
「はい。今宵は満月ですし、それに野薔薇の香りがします」
「そう、野薔薇だよ。でもあお――」
僕の言葉を彼女はとある動作で遮る。その動作とは受け取った花をテーブルの花瓶に差す動作だ。それだけでなく、花を差すとき、彼女はこの世の幸福をすべて花瓶に詰め込むかのような素敵な笑顔を見せてくれた。
「色が分からない私には薔薇の色など関係ありません。この薔薇はきっと蒼いのでしょう。そうに違いありません」
彼女はそう言い切ると、「素敵なプレゼントありがとうございます」と微笑んだ。
僕はしばし彼女の笑顔に見とれると、その後、彼女が作った料理を食べた。粗末な材料で作った食事だったが、倍増された幸福感でご馳走のように美味しかった。
さて、翌日、嬉しそうに半分白い野薔薇を髪に差すルナマリア。
その姿を見て左手の盾は『やるじゃん、ウィル』と褒めてくれるが、弄ることも忘れない。
『でも、蒼い野薔薇じゃなくて、半分白い野薔薇ってのはイマイチだね。もっとロマンチックな夜も演出できたのに』
たしかにそうなのかもしれないが、僕は満足している。いや、本当に蒼い野薔薇を手に入れるよりもよかったとさえ思っていた。
『まじで? その心は?』
「ルナマリアはとても嗅覚が鋭い子でね。だからあの薔薇が蒼くないなんてすぐに勘づいたのさ。その上で彼女はあの薔薇が蒼いといってくれた。その優しさ、気遣いが僕には何よりも嬉しかった」
『まじかー、ルナマリアは優しい女の子だね』
「そうだね。世界一優しいよ」
僕は改めて世界一優しい巫女様を見つめると、こうまとめた。
「神々に育てられしものに過ぎたるものがふたつあり、優しい家族と大地母神の巫女様――」
そのようにまとめると、僕たちは旅を再開した。