ようこそ最強のはたらかない魔王軍へ! 永松洸志
【魔王様、あーん】
お昼過ぎ。魔王城内の食堂では、お昼休憩に来たオークやダークエルフたちで賑わっていた。カウンターではひっきりなしにオークたちの野太い注文の声が飛び交っている。
その巨体のオークたちから抜け出てきたデーモン族の男が一人――。
「はぁ~。マジでここ、魔王とかオークとか関係ねぇな。戦場だ、戦場」
魔王アーヴィン=ロキアル=レイジィ。
頭に一対の黒い角を生やし、背中の翼を隠すように漆黒のローブを纏ったその人物こそ、この魔王城の城主だ。トレイにサンドイッチを二つ乗せて、カウンターのオーク集団から抜け出してきた。
「ふぅ、そうですね。わたしも何とかお昼ごはん確保できました~」
その隣――白いワンピースの少女――ミトラ=ドランが同じくオークの群れからするりと抜けてきた。
「おいミトラ、わざわざ人型にならなくても、龍の姿ならもっと楽に抜けられたろ」
アーヴィンが指摘する。
ミトラは龍族だ。その証拠に、頭には角、背中には金色の翼、そして龍族特有のしっぽがお尻の辺りから生えている。
「うぅ、それだと体が小さくて手でトレイが持てませんよ~」
「まあそれもそうか――お、ここ座ろうぜ」
近くに四人掛けテーブルが偶然開いていた。アーヴィンとミトラは隣り合って座り、持ってきたトレイを置く。
「お、ミトラの昼飯うまそうだな。シチューか?」
クリームシチューだろうか。ほんわりと温かな湯気が上がっている。
「えへへ、今日はこれ食べようって決めてたんです――そうだ、一つゲームしませんか?」
「ゲーム?」
「勝負して負けた方が一口、相手にお昼ごはんを上げるんです。どうです?」
「へぇ、いいじゃん――で、勝負内容はどうするんだ?」
「ババ抜きです。わたしカード持ってきたんですよ」
「持ち歩いてるのか?」
と聞くと「え、えっと……たまたまです」とミトラは視線をそらした。なんだろう。
「まあいいや――勝負するならもっと分けやすい昼飯頼めばよかったな。ランチ定食とか。あれなら、おかずを一品分けるとか」
「いえ! わたしはサンドイッチ大好きですから」
ちょっと食い気味に迫ってきた。なにこれ、圧迫感。
「そ、そんな好きなら勝負とかなしで、食うか? 二つあるし、一つくらい――」
「それじゃダメなんです!」
なんでミトラ怒ってるの? すぐにミトラはハッとなって「ごめんなさい……」としゅんとした。意味が分からない。
「まあ別に勝負くらいいいけど――」
「あんたたち、勝負ってなんの話?」
テーブルの向かいから声が上がった。顔を上げると、トレイを持ったライトアーマーの姫騎士――シーナが立っていた。「一緒していい?」と返事を待たずに、シーナは向かいの席に腰を下ろした。
「おう、シーナ。お前も今から休憩か」
シーナ=アルバート。
元々、人間領に住む王都の姫騎士だったが、ひょんなことから闇堕ち、魔族化。今は忠実ならしもべとして魔王軍でこきつかわれて――。
「ええ、十班のオークども、サボってたから、今日の昼ごはん抜きで今さっき武具の清掃を命令したとこ。まったく、目を離すとすぐサボるんだから」
――こきつかわれているわけではなく、逆にシーナによってオークたちが統制されている。元人間でありながら、現魔王軍のトップである。
「お、おう、そうか……あ、で――やるか? シーナも昼飯かけた勝負」
シーナが持ってきた昼ご飯は肉団子と卵焼きなどが乗ったランチ定食だった。これなら誘ってもいいかもしれない。
「なにそれ」
「勝負して負けたら、昼飯のおかずを献上するって遊び。勝負の内容は――ってミトラ、どうした?」
「…………本当は二人きりがよかったのに……」
「ミトラ?」
「あっ! いえなんにもありません!」
ぶんぶんとミトラが誤魔化すように首を振る。
なにか呟いていた気がするが、聞き取れなかった。
シーナが「はぁ」とため息を吐き、
「あんたね、またくだらないようなこと考えて――」
「提案したのオレじゃねぇぞ」
「え? じゃあミトラちゃんが?」
シーナの問いかけにミトラがしゅんとうなだれ、「ごめんなさい、子供っぽいですよね」とスプーンでシチューをぐるぐるとかきまぜた。
「ああごめんごめん! やろう! あたしもちょっと息抜きしたかったところだし!」
「勝負内容はババ抜きだったな――三人だし、最下位がトップに一品、または一口でいいよな」
と言うと、二人はおのおの同意した。
「じゃあ開始です!」
ミトラがささっと、トランプを繰り、手際よくカードを配っていき、第一試合が始まる。
――一試合目。
「おっ、初手で三枚になった」
「ズルい! イカサマよ!」
「いや、配ったのミトラだかんな?」
たった二巡でアーヴィンが上がり、シーナとミトラの一対一。ラスト、シーナが一枚とミトラが二枚。
「うーん……こっち! やった上がり!」
最後にシーナが当たりを引いて上がった。ビリになったミトラは――。
「仕方ないですね。負けちゃったので魔王様に一口あげます。えへへ……」
嬉しそうにスプーンでシチューを掬い、
「はい、あーん」
「あーん!? オレが掬って食べるのじゃダメなのか?」
「わたし、敗者なので、敗者は勝者に尽くすものですから。あーん」
単純に恥ずかしい。女の子に食べさせてもらうというのは抵抗感がある。正直、遠慮したい。だがしかし――。
「いや……ですか?」
ミトラにそんなしゅんとした顔をされたら、断りづらい。「わかった、わかった!」とミトラが握るスプーンに自分から口を付けにいった。
「おいしいですか?」
「おいしいおいしい」
なんだろう。なぜかミトラの手作りシチューを食べさせてもらっているみたいだ。隣でミトラが「えへ、えへへへ」とはにかんでいるからだろうか。
「あたし勝ったのに、負けた気分……」
「あ? なんだって?」
「別に」
なにかシーナが呟いた気がするが、聞こえなかった。そしてなぜかシーナが不機嫌になってしまった。
「とにかく次よ! 今度はあんたにあーんさせてやるわ!」
「いや別にあーんするルールとかねぇからな?」
いつの間にそんなルールが適用されていたのだろうか。まあ罰ゲーム的な意味でも悪くはないが。
「面白そうなことをしているのでございますね」
この妖しい声はものすごく聞き覚えがある。その声の主はシーナと背中合わせで別の席に座っていた。くるりと、こちらを振り向く。
ミルヴァー=クシエール。アーヴィンと同じデーモン族で、魔道研究所所長にして、自他ともに認めるマッドサイエンティスト。たびたびイカれた薬の実験台にしてくるイカれた性格をしたイカれた女だ。
「私めも参加してよろしいのでございますか?」
と言いながら、席を移動したミルヴァーはシーナの隣に腰かけた。
「お前もあーんさせたいのか?」
「いえいえ、そうではなく、二位になったら罰ゲームとして私の作った『栄養ドリンク』を飲んでいただくのでございます」
ほら、イカれた提案してきた。しかしなぜ二位?
「普通負けたらとかじゃないのか? 勝って昼飯食べるためにやってんだから」
おかしなことを言ったつもりはないのに、ミルヴァーに「ふっ」と鼻で笑われた。
「アーヴィン様はこの勝負の本質がわかっていないのでございますね。この戦いの『本当』の敗者は二位だというのに」
「は?」
と首をかしげると、隣ではミトラが「しーっ! しーっ!」となぜか人差し指を口元で立て、「あ、あたしは別に勝っても負けても別にいいけど」とシーナもなぜか顔を赤くしている。なにこれ? 自分だけ話についていけてない?
「まあまあ、鈍感アーヴィン様はおいておいて――先にミトラ様。イカサマはいけません」
「ぎくっ!」
イカサマ?
「マークドトランプでございますね。カードの背面に気づきにくい模様を入れておいて、どれがジョーカーかわかるようにしているのでございましたね」
「ミトラ、マジか」
ぴゅーぴゅー、とミトラは口笛を吹いて誤魔化している。あ、マジのやつだ。
「けどなんで、イカサマして負けてんだ?」
「えっと……それはですね……」もじもじするミトラ。「あんた、乙女心がわかってないわね。あ、あたしは別にそういうの興味とかないけど」となぜか焦るシーナ。「アーヴィン様は鈍感でございますね」と呆れたようなミルヴァー。なんか自分一人だけ話についてけない。
「――では、こんなこともあろうかと私めが新しいトランプを用意致しましたので、これをお使いくださいませ」
とミルヴァーは白衣の内ポケットから新たなトランプを取り出す。いつも持ち歩いてるのか。
「次こそ負けないわよ」「わたしも負けません!」「あれ、やっぱり勝ちに行ってるよな、みんな」
そんなこんなで二戦目。
またしてもアーヴィンのトップ抜けが決まり、またしてもミトラとシーナの一騎討ちとなった。シーナ二枚、ミトラ一枚でシーナのターン。
「うにゅぅ……どっちでしょうか……」
むむむ、と金色の瞳を光らせてシーナの持つカードを睨みつけるミトラ。
「お前ら……めちゃ、ガチだな。まあここで二位になったらミルヴァーの『栄養ドリンク』を飲まされるし」
一回戦目よりも、ここは逆に勝ちたくない場面かもしれない。
「アーヴィンは黙ってて!」「そうです! わたしたち今、大事な勝負してるんです!」
「オレ、勝ったよな?」
勝った気がしない。
「こっちです――ああっ!」
ミトラが最後のペアを引き、二位抜けが確定。最下位はシーナに決定した。
「うぅ……勝ってしまいました」
うなだれるミトラ。
「そんなにドリンク飲みたくないなら、オレが飲もうか?」
ミルヴァーのことだ、なにが入っているかわからないが、ミトラが悲しむくらいなら、自分の腹が一日潰れる方がマシだ。
「いいんです! 情け無用です! 敗者は黙ってドリンク飲みます」
いや、勝ってるんだけどな、ミトラ。
突っ込む前に、ミトラがミルヴァーから手渡された紫色のドリンクが入ったコップを一気飲み。「うぷ」と吐きそうになっていたが、まあ大丈夫そうだ。
そして最下位のシーナは――。
「し、仕方ないわね。負けたんだから大人しくおかずになってあげるわ」
「言い方」
「ほら、あーん」
フォークで肉団子を突き刺し、それをアーヴィンの口に持っていく。
なんだかこっ恥ずかしい。ゆっくり近づけてくるフォークにアーヴィンは変な気分になりながらも、口をあーんと開けた――その時だった。
「わ、わた、わたしもあーんしましゅ」
「え? ミトラ!?」
ミトラが呂律の回らない口調でスプーンを構えた。「ひゃい、あ~ん」ミトラの顔はこれ以上ないというくらい真っ赤になっていた。まるで酒を飲んで酔ったみたいだ。
「おい、まさかさっきのドリンクか?」
なにが入っていたんだ? 疑問に答えたのは作者のミルヴァーだった。
「はい、実は酒のように酔うことができるリームの実が入ったドリンクでございます。アルコールなどはございませんが、顔がかっかして、やる気向上、眠気を吹き飛ばすなどの効果がございます」
「なんか、悪い酔いしてないか、ミトラのやつ」
「……龍族には良い効果が得られないようでございますね」
「まおうしゃま~、あーん」
「ちょ、ちょっとミトラちゃん。割り込み禁止よ」
「ずりゅいでしゅよ~、しーなしゃんばっかり~。わたしもあーんでしゅ!」
「ちょ、ダメ!」
張り合うように、お互いが無理やりこちらの口に向けてフォークとスプーンを突っ込んでくる。
「ちょ、ま――んぐっ!」
シチューと肉団子が同時に口に入る。あ、結構食べ合わせいい。
「もうひとくちでしゅ、あーん」
「待って、じゃああたしも!」
「対抗心燃やしてんじゃ――んぐっ!」
おいしい。「もうひとくち~」「あたしも!」「んぐっ!」「まだまだ~」「食べなさい」「んぐっ」――と言うやり取りがお互いの昼飯が尽きるまで行われ――。
「あ、もう全部、あげちゃった――ってミトラちゃん?」
「ぐーぐー……」
はっちゃけすぎて眠気がきたのか、ミトラはテーブルに突っ伏してしまった。
アーヴィンも。
「う……食いすぎた……」
二人分の食事を全て食べさせられたせいで、お腹がパンパンだ。
「もう仕方ないわね――ミトラちゃん、部屋に連れて行くから、あんたも自分が頼んだサンドイッチ残さず全部食べなさいよ」
「え?」
シーナはミトラを抱っこして、食堂を後にした。
……残されたアーヴィンの目の前にはまだ手付かずのサンドイッチが二つ。
「く、食えねぇ……」
腹がいっぱいだ。一人では無理――あ、そうだ。
「ミルヴァー。食うか?」
「ふむ……わたしもまだ食べておりませんでしたので、一枚いただきましょうか」
ほっ。助かった。あと一枚くらいなら無理やり胃に押し込める。
「じゃあ一枚――うおっ」
サンドイッチを手に取った瞬間、ミルヴァーが顔を近づけて無理やり「ぱくっ」とサンドイッチにかぶりついた。
「なにすんだ」
もぐもぐと一口咀嚼してからミルヴァーは、
「あーん、でございますね」
妖しく微笑む。
「はぁ……もうそれは勘弁してくれ」
とため息を吐き、最後のサンドイッチをアーヴィンは食べた。
――ふふっ、とミルヴァーは誰にも聞こえない声でぽつりと呟く。
「あの二人はまだまだ甘いのでございますね」