序章 完全蘇生薬と新作VRMMO(2)
●
完成させた【完全蘇生薬】は、早速【アトリエール】で大々的に売り出された。
それから、早三日が経ち――
「はぁ、蘇生薬、売れねぇ~」
【アトリエール】でポーションを買いに来たプレイヤーを待っていたのだが、【完全蘇生薬】は、さっぱり売れない。
もちろん、ただ待っていただけではなく、生産活動したり、アイテム整理したり、リゥイとザクロ、プランたちと遊んだり、手に入れたサンフラワーの種油を使ったドーナツなどのお菓子を作ったり、キョウコさんと畑の手入れをして過ごしていた。
だが、アイテムを買いに来たお客さんに【完全蘇生薬】を勧めても、その効果量に驚き、次にその値段を見て購入を諦め、代わりに【蘇生薬・改】とメガポーションを買っていくのだ。
「そうだよなぁ……回復するだけなら【完全蘇生薬】じゃなくて、【蘇生薬・改】を使った後にポーション使って完全回復した方が安上がりだよなぁ」
俺が何度目かの溜息を吐き出ながら店番をやっていると、【アトリエール】に新たなお客さんがやってきた。
「いらっしゃい! ――って、ライナ! アル!」
「こんにちは、ユンさん。お久しぶりです」
「なんだか、こうして顔を合せるの久しぶりよね!」
俺たちよりも後発プレイヤーであり、レティーアのギルド【新緑の風】のメンバーであるライナとアルがやってきたのだ。
「なんか、しばらく見ない間に、二人の装備、結構しっかりしてるじゃないか!」
「ふふん! そうでしょ! これでもお金貯めて、生産職の人に作ってもらった一品なんだからね!」
「もう僕らは、初心者プレイヤーとは呼ばせませんよ」
そう言って、若干垢抜けた感じの二人に、成長を感じる。
「あっ、そうだ。この前、新しい蘇生薬が完成したんだ。買わないか?」
「新しい蘇生薬ですか? ――って【完全蘇生薬】!? それに一本100万G!」
「ちょ、馬鹿じゃないの! 高過ぎよ高過ぎ! こんなのメガポが何本買えるのよ!」
折角来たライナとアルに【完全蘇生薬】を勧めてみるが、盛大に拒否されてしまった。
「ダメかぁ。知り合いの連中なら、面白がって買ってくれると思ったんだけどなぁ」
「そもそも、なんで蘇生薬がこんなに高いのよ」
値段設定に対して、ジト目を向けながら文句を言うライナであるが、100万Gにも理由があるのだ。
通常の蘇生薬の適正価格は、約10万Gほど。
そして【蘇生薬・改】は、回復制限の解除度合いによって、約10万G刻みで値上げされている。
それを考えると、【完全蘇生薬】の値段は、約50万Gが妥当だろう。
だが、今までに無かった100%回復の【完全蘇生薬】を手頃な値段で売ると、また転売ギルドが現れて値上げされる可能性があった。
そのために、あえて強気な値段設定をして、【完全蘇生薬】が市場に行き渡った段階で徐々に適正価格に近づける予定だ。
それでも【完全蘇生薬】は、多少売れるとは思ったのだが――
「【完全蘇生薬】1本より復活直後にポーション使って全回復する方が、一手間多いけど、安上がりなんだ。だから、全く売れない」
たったその一手間を省くだけで差分数十万Gは、払えないのだ。
まぁ、転売ギルド対策の値段設定だから売れないのは仕方が無いが、腐る物でもないし、少しずつ適正価格を探りながら売っていけばいいだろう。
「でも、ユンさんは顔が広いから、少しくらいなら知り合いに売れるんじゃないですか?」
アルが素朴な疑問として投げ掛けてくるので、俺は【完全蘇生薬】が売れないもう一つの理由を話す。
「実は、OSOにログインしてこないんだよ」
「えっと、どういうことですか?」
アルがおずおずと聞き返すので、俺はメニューを操作して、とあるWebサイトを表示する。
普段は、面白がって【完全蘇生薬】を購入しそうなミュウやタクたちトッププレイヤーたちは、別の話題に夢中になっているのだ。
「――新作VRMMOが発売されたらしいんだ……」
VRギアを発売し、自社タイトルとして【OSO】を提供しているエプソニー社であるが、そのVRギアに対応するゲームは、この一年OSOだけであった。
そこに他社のゲームメーカーからVRギア対応タイトルとして、新作VRMMOが2本同時に発売されたのだ。
発売されたタイトルは、【フェアリーズ・テイル】と【ステラ・ギア】の2本である。
「【フェアリーズ・テイル】がOSOと同じファンタジー系のアクションRPGで、【ステラ・ギア】が宇宙を駆けるパワードスーツ系のロボアクションゲームって感じらしい」
「へぇ、面白そうですね」
俺は、二つのゲームのPVを二人に見せる。
【フェアリーズ・テイル】のPVでは、幻想的な世界観とストーリー性のあるクエストを用意しているらしく、またキャラメイクの段階でOSOにはないエルフやドワーフなどの様々なファンタジー種族になれるのが売りらしい。
【ステラ・ギア】のPVでは、複数のパーツで構成されているパワードスーツ――ステラ・ギアを操り、ミッションを攻略していくタイプのゲームのようだ。
フィールドには、陸、海、空、宇宙の無重力空間、月面など様々なフィールドで敵性ステラ・ギア部隊や敵艦隊、大型モンスターなどを撃破し、ミッション報酬でお金やパーツ素材を手に入れて、カスタムパーツを手に入れるようだ。
ミッションを熟して経験値を上げれば、プレイヤーのレベルも上がる他、好んだパーツを編成して戦闘を繰り返せば、パーツ自体も成長する。
他にもミッションモード、ストーリーモード、対戦モードなど様々な要素があるらしい。
ロボゲーとして様々な男心を擽るようなカスタムパーツがあり、面白そうではある。
特に、ロマン装備のパイルバンカーをガシャンガシャン鳴らすのは、ちょっと興奮したが……
「……高速で戦闘して、酔いそうで、俺にはちょっと無理かも」
「あっ、僕もそれ思いました。カッコイイんですけど、操作は苦手そうです」
背面のスラスターによる加速や立体的な動きを見ていると、三人称視点で見る分にはいいが、これがVRで一人称操作となると、視界がぐるんぐるん回って酔いそうである。
「まぁ、こんな物が始まったから、フレンドのプレイヤーの中には、【フェアリーズ・テイル】と【ステラ・ギア】をやってる人が多いんだよ」
OSOのメニューのフレンドリストを見れば『ログイン』や『ログアウト』の文字が並ぶ中に、つい最近新たに他のゲームのプレイ中を現す文字を見る。
一応、別のVRゲームをプレイしていてもログイン中なら、ゲームを跨いでフレンド通信が可能らしい。
新しくVRタイトルが増えれば、こんな風になるのか……などと関心しながらも、二つの新作VRタイトルをプレイ中のプレイヤーを見れば、結構な数が居る。
俺の知り合いでは、ミュウパーティーが【フェアリーズ・テイル】を、タクとガンツが【ステラ・ギア】で強力プレイに勤しんでいるようだ。
その話を聞いてライナは、若干戦慄いている。
「も、もしかして、トッププレイヤーたちが別ゲーに移住したら、【OSO】は衰退しちゃう!?」
新作VRゲームの話を聞いたライナが不安そうな顔をしているので、俺が冷静にそれを否定する。
「それは、ないんじゃないか? VRギアも順調に売れ続けてるらしいし、別ゲーに移住して減ったプレイヤーを補うだけの新規層が入って来ているだろ」
【アトリエール】やマギさんの所に委託販売している消費アイテムの売れ行きを見ると、初心者向けのアイテムが多く売れていることから、初心者プレイヤーたちが増加しているのは確かに分かる。
「なるほど……なら安心かしらね」
俺の答えに納得してライナが、落ち着いて呟く。
「レティーアたちはどうしている? 元気にしているか?」
あんまり、OSOのプレイヤー人口の増減に一喜一憂しても意味が無いために、話題を変えるつもりで、二人の所属するギルドのギルマスであるレティーアについて聞く。
すると、ライナがふて腐れたように口を尖らせ、アルがレティーアについて答えてくれる。
「レティーアさんは、エミリさんとベルさんと一緒に、樹海エリアの奥にしばらく専念しているみたい……」
「なんでもレティーアさん好みのMOBを見つけたそうで、その子を絶対に使役MOBにするまで帰らないって言っているそうです」
新しい使役MOBの名前は、サツキだそうです、とアルが呟いている。
なんか、その場面を容易に想像できそうだなぁ、と思い苦笑を浮かべてしまう。
「そっかぁ。まぁ、俺もいい加減【アトリエール】でやること減ってきたし、ちょっと散歩にでも出るかな」
ライナとアルが店を出たら、キョウコさんに店番を任せて、リゥイたちを連れて散歩に出るつもりだ。
そして、俺の呟きにライナは、期待の籠ったような目を向けてくる。
「私たちも、ユンさんの散歩に同行していいかしら?」
「ちょっ、ライちゃん。ユンさんに着いて行っちゃ迷惑になっちゃうよ!」
ライナの提案に、アルが止めに入るが、それでもライナは諦めない。
「だって、ユンさんよ! 普通にやっているつもりでも私たちにとっては、ビックリ箱のようなことをやる人なのよ!」
「えっと……まぁ……そうだけど……」
「いや、そこは普通に否定して欲しいんだけど……」
ライナの言葉にアルが言い辛そうに否定しないのを見て、二人にジト目を向ける。
「全く……別に着いてくるのはいいけど、面白いものじゃないと思うぞ。ただ、1周年アップデート後の変化を調べるために近場のエリアを散策したり、露店とかでアイテムや素材が並んでないか確かめるだけだし」
1周年のアップデート後――既存エリアの【雷石の欠片】や孤島エリア南側の【サンフラワー】のように、採取や採掘可能な新規アイテムが追加されていたのだ。
そうしたアップデート後の変化を散歩ついでに調べに行くだけなのだ。
「それなら、任せてよね! 私たちだって、1周年アプデの変化とか、知ってたりするんだから! レティーアさんたちに着いていけなかったから暇だったのよね」
「もうライちゃん、強引だよ。ユンさん、よろしくお願いします」
ライナも1周年アプデの変化を知っていると胸を張り、そんな強引なライナにアルが小さく溜息を吐いている。
結局、ライナとアルも俺の散策に同行することになった。
だが、俺の知らない1周年アプデの変化を知っていると言うので、それは少し楽しみに思いながら出掛けるのだった。