一章 アプデ緩和と妖精郷再び(1)
俺たちは早速、1周年アップデート後の変化を見るために、自信満々のライナに着いて第一の町を巡っていく。
「ここが1周年アプデで食べ物アイテムが充実したパン屋さんよ!」
「前までは普通のパンやサンドイッチが中心でしたけど、アップデート後には、菓子パンや惣菜パンとかが増えたんですよ」
「おおっ、確かに……前より増えてる」
ほとんど来ることがなく、来たとしてもサンドイッチなどの料理に使う食パンや揚げ物用のパン粉などを買うくらいだったが、持ち帰りの軽食要素が強化されていた。
「他の町のパン屋さんでも、それぞれで商品ラインナップが違うのよ。私の一押しは、第二の町にあるマーサのパン屋さんのミルクパン! 甘くて柔らかくて美味しかったわ」
「へぇ~、そうなのか」
試しに俺は、このパン屋のレーズン入りのバターロールを一つ購入し、千切ってリゥイたちと分け合って味見すれば普通に美味しい。
「そして、こっちのお店は、お菓子屋さんよ! 色んな種類の洋菓子が並んでいるのよ!」
「前までは無かったお店ですけど、洋菓子以外にも冒険中に食べやすいシリアルバーとかも売っているので、満腹度回復に便利です。あとお店のNPCは、食材収集クエストのNPCでもあるんですよ」
「へぇ、こっちも美味しそうだなぁ」
こちらのお店では、目に付いた洋梨のデニッシュがあったので、何個か購入する。
購入した洋梨のデニッシュを早速食べたそうにするリゥイたちだが、これは後日のおやつだと宥めてインベントリに仕舞う。
「そして、あっちに見えるのは――」
「……って、ちょっと待て」
「なによ。あそこの宿屋の食堂のチキンライスは、ちょっとお高いけどバフ効果があって絶品なのよ」
パン屋、洋菓子店の次に、宿屋の食堂に歩き出そうとするライナに俺がストップを掛けると、ライナは少し不満そうに唇を尖らせている。
「ライナたちの知ってる1周年アプデの変化って、どれも食べ物関係?」
俺が思わずそう聞くと、アルが申し訳なさそうに頷く。
「その、レティーアさんと付き合う関係で、色々と食べ物関係で詳しくなるんです」
「任せてよ! レティーアさんオススメのプレイヤーの屋台やNPCのお店とか知っているんだから!」
二人の知っている1周年のアプデ後の変化内容にレティーアの影響があると分かり、納得と共に苦笑いを浮かべる。
「でも、宿屋って気にしてなかったなぁ。前からあったっけ?」
「いえ、あれも1周年で追加された施設です。宿屋の一室でログアウトすると次のログイン時に、一定時間HPが増えるバフが貰えるらしいですよ」
「おっ、以外と便利だなぁ」
火山エリアにあった温泉と同じように特定の施設を利用すると、一時的にバフが貰えるようだ。
その後もライナとアルたちと共に、第一の町を中心にアプデの変更点探し……と言うよりも食べ歩きを楽しむ。
その途中、レティーア行き着けの屋台に立ち寄り、そこの露店プレイヤーに1周年アプデ後の変化探しで町歩きしていることを話すと、彼らが知っている情報を教えてもらえた。
「おっ、ユンちゃんたち、アプデ後の変化探しの町歩きしてたのか? それじゃあ、この近くに追加されたクエストNPCを教えてやるよ」
「えっ!? ホント!」
屋台のクレープを頬張るライナが嬉しそうに声を上げると、露店プレイヤーは楽しそうに笑っている。
「ああ、いつもレティーアさんが食べに来てくれているからな」
「「ありがとうございます!」」
俺とアルがお礼を言いつつ、購入したクレープを食べ終えた後、教えてもらったクエストNPCに会いに行く。
「やぁ、君たち。見たところ、町の外に頻繁に出ているみたいだね。実は、お願いがあるんだ」
「おっ、この人が追加されたクエスト
第一の町のクエスト
そう思いながら、メニューに表示されるクエスト概要を確かめる。
――護衛クエスト:地質学者を護衛せよ。
彼を安全に第三の町まで護衛せよ。
※クエスト受注中には、NPCテリーがプレイヤーに同行し、その間はポータルなどの転移オブジェクトは使用できません。
「なるほど、少し発展系の初心者向けのクエストかぁ」
今の俺たちには難しくはないだろうが、NPCを守りながら西に進み、第三の町に入るのを妨げるエリアボスのゴーレムを倒す初心者向けの発展クエストみたいな感じだろう。。
「それで、ユンさんはこのクエスト受けるつもりですか?」
「いや、受けるつもりはないぞ。だって、まだ町歩き中だし……」
別に今すぐに受ける必要があるわけでもなく、報酬に旨味も無さそうなので、ここはスルーするつもりだ。
「えー、面白そうなのに……」
「まぁまぁ、ライちゃん。また今度二人で受けよう」
ライナだけはちょっと興味があったのか、クエストNPCを名残惜しそうに見ているのをアルに宥められながら、その場を後にする。
その後も町中を歩き続け、装備を売っているNPCのお店にも立ち寄る。
「そう言えば、NPCの武器屋もほとんど使うことなかったなぁ」
「そりゃ、ユンさんは生産職だから、必要なものとか全部自分たちで揃えちゃうでしょ」
OSOを始めた当初に弓矢を買いに来たが、その後もお金の節約のために【合成】センスで自作していたので、NPCの武器屋を利用した記憶がない。
今では、露店でも売れないようなアイテムを売るためだったり、銃弾を合成するための【空の薬莢】を購入するくらいだ。
だが、そうしたアイテムの売買もNPCのキョウコさんに任せているので、実際に来るのは久しぶりだ。
「商品が増えてるのは分かるけど……店員も?」
「その変化は、1周年アプデより前からある変化ですね。第一の町は大体のプレイヤーの拠点になるんで、かなり幅広いレベル帯の装備が売られるようになったのと、商品の数が増えたので、武器とアクセサリーで店員NPCを分けているんです」
「へぇ~、そうだったのか」
幅広いレベル帯の装備が売られているが、あくまで各適正レベルの最低限の装備であり、もっと強いNPC産装備を求めるなら、他の町の武器屋やNPCの所に行く必要があるそうだ。
そんな感じで武器屋の店員NPCの前に立ち、前より種類の増えた商品ラインナップが表示されるメニューを眺めていく。
その中で、気になる武器を見つけた。
「イザの武器シリーズ?」
統一された名称の武器を選び、そのステータスを確認する。
イザの剣【武器】
追加効果:【固定ダメージ13】
イザの武器は、「いざゆかん」と勢い勇む掛け声と共にあり。
初陣を華々しく飾ることはなくとも、当たれば失敗は無し。
他のシリーズの武器と同じフレーバーテキストを読むに、当たれば絶対に13ダメージを与えてくれる武器のようだ。
「13の語呂合わせで、いざ、かぁ……」
「多分、始めた頃だったらステータス関係なくダメージを与えられる武器って、気持ちが良いかもしれませんね」
アルもイザの武器シリーズを確認してそう呟く。
OSOを始めた初心者が、固定ダメージ武器によって序盤に出現するMOBを簡単に倒して戦闘の自信を付けるのには良いだろう。
その後、固定ダメージ武器のまま更に強い敵MOBと挑み、戦闘の苦しさを覚える。
そこで固定ダメージ武器から通常の武器に切り替えることで、固定ダメージよりも高いダメージを叩き出せるようになって、さっきまでの苦戦はなんだったのか、と気付く。
そうした初心者プレイヤーの流れが容易に想像できてしまう。
その一方で、ライナの方は先にアクセサリーを販売するNPCの商品を見て、声を上げる。
「あっ、こっちにも前までに無かったアクセサリーが結構ある」
「ホントか? どれどれ?」
今度は、俺とアルがライナの見つけた商品ラインナップを確認する。
「ほら、この【チャンスの腕輪】ってアクセサリー。追加効果が【ワン・モア】だって」
チャンスの腕輪【装飾品】(重量:3)
LUK+1 追加効果【ワン・モア】
「【ワン・モア】の追加効果は、低ランクの消費アイテムを使用時に確率でアイテムが消費されないみたいですよ」
「ワン・モア・チャンス……当たりが出たらもう一個、って感じのアクセサリーだな」
珍しいLUKステータスを上げるアクセサリーであるが、確率で消費アイテムの消費を抑える効果は、面白い。
ランクの高い消費アイテムには効果がないので、初心者向けの面白枠だろうなと思ってしまう。
他にも【器用貧乏の腕輪】と言う物を見つけて、苦笑いしてしまう。
「ユンさん、どうしたんですか? 何かおかしい物でもありました?」
「うん? いや、おかしいって言うか、俺が始めた時より便利な物があるなぁと思って」
器用貧乏の腕輪【装飾品】(重量:6)
DEX+3 追加効果【器用貧乏】
俺の見つけた【器用貧乏の腕輪】とその追加効果は、あらゆる武器・防具を装備可能になり、攻撃判定が発生する、というアクセサリーだ。
「えっ!? それって強くない!?」
「いや、そんないいもんじゃないよ。ただ、攻撃判定が発生するだけで、センスの補正がないし、習得していないアーツやスキルは使えないんだ」
一番分かりやすいのは、鍛冶師のマギさんが持つ【鍛冶】系センスだろうか。
自分の作り出せる武器を戦闘で使えるが、あくまで使えるだけで補正などはないのだ。
それに【器用貧乏の腕輪】は便利そうに見えるが、装備重量が6もあるために、アクセサリーの装備枠を圧迫して実用的ではなくなる。
きっと、この重量の重さは追加効果のデメリットであるために、【
「なーんだ。ちょっと残念」
「でも、ユンさんは、ちょっと嬉しそうでしたよね」
ライナはすぐに興味を失うが、アルの方は俺の反応が気になったようだ。
「いや……俺がOSOを始めたばかりの時、センス選びをちょっと間違えた感があったから、もし最初からこの腕輪があったら、もっと違うプレイスタイルになってたかもなぁ、と思って」
もちろん、今のプレイスタイルを後悔しているわけじゃない。
だが、OSOを始めた当初は少ない
もしも最初から【器用貧乏の腕輪】があれば、自分が使いやすい武器を探し、全く違うプレイスタイルになってたかもしれない。
「ふぅ~ん。それじゃあ、もしユンさんだったら、包丁を短剣や刀代わりにしているから、侍や暗殺者っぽくなってたかもしれない、ってこと?」
「ユンさんは土魔法を使うから、僕みたいな純粋な後衛の魔法使いになってたかもしれないよ」
「やろうと思えば、似たようなことはどれでもできるんだよな」
もしもの俺のプレイスタイルを想像するライナとアルに、今とあまり変わらないことに小さく笑ってしまう。
「じゃあ、ユンさんは、もし別のプレイスタイルができたなら何になっていると思うの?」
二人の想像を笑った俺に対して、ライナが単純な好奇心として聞き返してくる。
「うーん、そうだなぁ……」
聞き返された俺も真剣に、もしあの時とは違うセンスを選べたら……と考えて、一人で吹き出してしまう。
「あんまり思い付かないな。でも、もしかしたら、今と同じプレイスタイルかもしれない」
あんまり近接戦闘は得意じゃないから遠距離攻撃手段を選んだだろうし、クエストや戦闘で忙しなく動くよりものんびりと好きなこと過ごしている方が好きである。
色々とアイテムを集めるのも好きだし、それを自分で加工や合成して別のアイテムに作り替えるのも好きだから、結局は、弓使いで生産職は変わらないのかもしれない。
そんな俺の答えに、ライナとアルも一瞬ぽかんとして同じように小さく笑い出し、NPCの武器屋で見る物も無くなったために、また町を当てもなく歩き出すのだった。