序章 完全蘇生薬と新作VRMMO(1)
OSOの第一の町の一角――【アトリエール】の畑では、【サンフラワー】が栽培されていた。
数日前までは、太陽を追うように黄色い花を咲かせていたサンフラワーも今では、
そんな枯れたサンフラワーの花に寂しさを覚える一方、花の中心にはびっしりと黒い種を実らせていた。
「花が枯れて種が熟成したみたいですね」
そんな枯れたサンフラワーを確かめる
「それじゃあ、【サンフラワーの種】の収穫だ!」
「はい、頑張りましょう」
俺は、栽培用のハサミで垂れ下がる枯れた花を切り取ると、枯れたサンフラワーの花が消滅し、代わりに【サンフラワーの種】が入った小袋が現れる。
「普通、花から種を取り除く作業が必要なのに、ファンタジーだよなぁ」
どこから小袋が現れたのか疑問に思わなくはないが、最早慣れた不思議現象であるために、俺とキョウコさんは、黙々と枯れた花を刈り取り種に変えていく。
「でも、沢山種が採れるの気持ちが良いなぁー」
枯れた花を切り取る作業はすぐに終わり、植木鉢に残ったままのサンフラワーの茎を引っこ抜く。
空いた鉢植えに肥料を追加して再び種を植え直せば、サンフラワーの栽培ができる。
「キョウコさん、引っこ抜いたサンフラワーの茎や根とかどうする?」
「茎と根は、後で細断して堆肥置き場に混ぜ込みます。とてもいい肥料になると思いますよ」
「了解。それじゃあ、纏めておくね」
植木鉢から引っこ抜いたサンフラワーの茎や根は、キョウコさんのアドバイスを受けて一箇所に纏めていく。
そうして、【サンフラワーの種】の収穫と植え直しを終えた俺たちの手元には、【サンフラワーの種】の小袋が山のように集まっていた。
「えっと――【サンフラワーの種袋】が57個かぁ。結構採れたな」
一袋大体200粒くらい入って、200グラム。種の重さにしたら11キロほどになるだろう。
水や肥料などの他にも、取得した【栽培】センスの影響や採取時にボーナスが入る【園芸時輪具】なんかのアクセサリーのお陰か、沢山の種が手に入った。
「ユンさん、手に入れた種はどうされますか?」
「次の栽培用の予備の種は残して、残りを全部加工用に回そうか」
「それでは、加工のための道具を持ってきますね」
一度、【アトリエール】の店舗に道具を取りに行くキョウコさんを見送ると、それと入れ替わるように、俺の使役MOBたちがやってくる。
『キュキュッ!』
「やっと、種が採れたみたいね! あたいたちにも食べさせてよ!」
リゥイやザクロ、それにイタズラ妖精のプランもやってきて小袋に入ったサンフラワーの種を覗き込み、それぞれが一袋ずつ持っていこうとする。
「待て待て、勝手に持っていくなよ。ちゃんと食用には残しておくから」
「えー、あたい、食べられると思って楽しみにしていたのに~」
ふて腐れるプランがプクッと頬を膨らませ、リゥイとザクロもジッと種の入った小袋を物欲しそうに見つめている。
「ねぇ、ちょっとくらい、ダメ?」
『キュゥ~』
「はぁ、全く……ちょっとだけだぞ」
俺が溜息を吐きながらそう答えると、ザクロとプランが割れんばかりの喜びの声を上げ、リゥイは、締められた小袋を咥えて早く開けるように差し出してくる。
「はいはい、とりあえず、生のまま味見するか」
俺は、リゥイの咥えていた小袋を受け取り、開いたらそれを三人で分け合う。
『キュゥ~』
リゥイとザクロは、殻付きのサンフラワーの種を口いっぱいに頬張って、ポリポリと食べ、その食感と味を楽しんでいるようだ。
「リゥイ、ザクロ……殻付きのままだと消化に悪いぞ」
俺は、リゥイとザクロに注意しながら、爪先でサンフラワーの種の殻を剥いていく。
黒い殻は爪先で簡単に割ることができ、俺が殻を剥いたサンフラワーの種をイタズラ妖精のプランが齧り付くように食べている。
「う~ん、なんともクリーミーな種。美味しいねぇ~」
「俺も一つ味見してみるかな」
俺も殻を剥いたサンフラワーの種を生のまま味見する。
種の中身の可食部位も油分が多く、クルミやカシューナッツのようなクリーミーさの中にほろ苦さがあって美味しい。
ついつい次に手を伸ばしそうになるが、その前にリゥイとザクロ、プランたちによって一袋が食べ尽くされていた。
そして、道具を取りに行っていたキョウコさんも戻ってくる。
「ユンさん、道具をお持ちしました」
「ありがとう、キョウコさん! それじゃあ、早速作ってみようか」
そして俺は、サンフラワーの種10キロの加工を始める。
まずは、油抽出のための焙煎を行なう。
量が多いために、フライパンに1キロほど入れて、それを木ヘラで焦げ付かないように炒って焼き上げる。
そうすると炒られた種から香ばしい匂いが立ちこめてくるために、今度はキョウコさんと共に、ローストした種を味見する。
「うわっ、これは結構ヤバいなぁ……食べたら病み付きになりそう」
ローストしたサンフラワーの黒い殻には罅が入ってより割りやすくなり、中の可食部位もローストされたことで水分が飛んで香ばしさが増して美味しくなった。
これに軽く塩でも振れば、本当にお酒のお摘まみになりそうだし、【OSO漁業組合】のシチフクたちがくれたチョコ菓子のようにチョコレートやキャラメル、蜂蜜なんかでコーティングすれば、それだけでお菓子になりそうである。
「う、うう……とりあえず、半分は、料理用に用意しておこう」
最初の500グラムは、味見として俺やキョウコさん、リゥイやザクロ、プランたちのお腹の中に入ってしまい、5キロは料理用としてインベントリに収納された。
そして残り半分のサンフラワーの種も焙煎された後、【
とは言っても、ローストした【サンフラワーの種】を圧搾した直後は、殻や実の欠片などの不純物を多く含む黒い油になる。
それを漉し布やペーパーフィルターで濾過することで黄金の油――【サンフラワーの種油】が完成する。
「できたぁ……って言っても、5キロの種を使って抽出できたのが、瓶5本分かぁ……」
山のようにあった【サンフラワーの種】も加工すれば、僅かな量の油しか採れない。
しかも【サンフラワーの種油】は、【蘇生薬】の制限解除素材だが、料理にも使える食材アイテムでもある。
「まぁ、【スノードロップの花露】も数滴しか使わないし、【サンフラワーの種油】もあんまり量を使わないのかな」
【蘇生薬】の制限解除素材となるアイテムは、入手や採取、加工が手間なのであって、どれもそれほど多くの量を求められていないように思う。
「キョウコさん、俺はこの【サンフラワーの種油】で調合するから、後の片付けを任せていいかな?」
「わかりました。頑張って下さいね」
キョウコさんに応援された俺は、頬を緩めて小さく頷き、工房部に入り、【蘇生薬・改】を作る準備をしていく。
【蘇生薬・改】は、通常の【蘇生薬】で回復制限が掛かってしまったプレイヤーのための上位アイテムである。
回復制限が掛かると、蘇生薬の元々の回復量の20%まで低下する。
制限解除素材には――【妖精の鱗粉】、【竜の血】及び【血の宝珠】、【ムーンドロップの花露】そして、今日抽出することができた【サンフラワーの種油】を使用することで、回復量の低下を緩和することができる。
俺が現状作れる【蘇生薬・改】は、三種類の制限解除素材を組み込み、回復量の低下を80%まで抑え込んだ物だった。
そして、今日手に入れた【サンフラワーの種油】も合わせれば、完璧な【蘇生薬・改】を作り出すことができる。
「さて、やるか。100%の【蘇生薬】を!」
改めて気合いを入れ直した俺は、【蘇生薬・改】の作成に着手する。
ただ、液体に油系素材の【サンフラワーの種油】をそのまま混ぜては、混ざり合わずに失敗してしまう。
「えっと、まずは【サンフラワーの種油】に削った【血の宝珠】の粉末を溶かして、そこに【妖精の鱗粉】も混ぜておこう」
粘性の強い【サンフラワーの種油】に【血の宝珠】を溶かすことで、金色の油に深紅が加わり、赤みの強いオレンジ色に変わる。
そして【妖精の鱗粉】を少量混ぜ込むことで、油の粘性や性質が変化したのか、水のようにサラッとした質感に変わり、【ムーンドロップの花露】を加えることでそれは完成となる。
「メガポーションとMPポットの混合液に制限解除素材の溶液を混ぜて、最後に【
緊張しながら、薬品同士を混ぜ合わせ、【蘇生薬・改】を作り上げると、今までにない強い発光反応と共に、ポーションが完成する。
完全蘇生薬【消耗品】
【蘇生】HP+100%
「やった! ついに、できたぞ! ――完全な蘇生薬が!」
元々の蘇生薬は、最大HPの80%までしか回復する物を作ることができなかった。
更に回復量を高めようと試行錯誤しても80%の壁は越えられず、代わりに時間経過でHPが回復する再生効果などを付与して、性能を高めてきた。
1周年のアップデートで【蘇生薬】にも回復量制限が掛かり、それを解除するための制限解除素材を使った結果、今まで超えられなかった80%の壁を越えて、HPを100%回復する【完全蘇生薬】にすることができたのだ。
「よーし、このまま回復量制限の掛かったプレイヤーたちに【完全蘇生薬】を届けてやるぞ!」
【完全蘇生薬】を完成させた興奮のままに、俺は次々とポーションを作り上げる。
また【完全蘇生薬】の作成は経験値が多いためか、【調薬師】センスのレベルが39から43へと短い間に一気にレベルが上がり、更にテンションも上がる。
そして、絶対に売れるという根拠のない自信を持って、【アトリエール】の素材が尽きるまで【完全蘇生薬】を作り続けるのだった。