第1章 リスタート その3

   ◇翼◇


 七渡君と再会できた。

 今はまるで夢の中にいるみたいにふわふわとしている。ひもつながれた風船のように、気を緩めると空高くまで飛んでいってしまいそう。

 五年ぶりに会う七渡君は私よりも身長が大きくなっていて、声も変わっていた。私の知らない七渡君になっていたのだ。

 でも、七渡君を見るとドキドキしてしまう私は、あの頃の私と何も変わらない。

 あの頃みたいに恥ずかしさで仲良くできないのは嫌だな……今度はちゃんと向き合って七渡君と一緒の時間を大切に過ごしたい。

「ねーねー一緒に体育館行こうよ」

 七渡君の元に向かおうとしたら、前の席のしばゆずさんに声をかけられた。

「うん。いいよ」

 私は柴田さんの誘いを受けることに。いきなり七渡君の周りをうろちょろするのは七渡君も困っちゃうだろうし、少しずつ距離を詰めていこう。

 今はまだ、七渡君に話しかけることすら恥ずかしい。ずっと心の中でおもいを膨らませていた相手だし、ドキドキし過ぎていて胸が熱い。

「どうぞご覧ください」

 柴田さんは急におどりみたいな独特な動きを見せる。私の顔を見ていて明らかにツッコミを待っているようだ。

「何しとっと?」

「出たーはかべんえる! やっぱり九州から来たの?」

 テンション高めに絡んでくる柴田さん。少しテンションが高くて変わっているところもあるけど悪い人ではなさそうだ。

「うん、福岡から来た」

「そっかー珍しいね。柚は柴田柚癒っていうの。よろしくねー」

「よろしくね」

 やっぱり東京では博多弁って目立つみたいだ。早く標準語に慣れないと、これからいっぱい恥ずかしい思いしそう……

「あの三人組と知り合いなの? 朝に何か絡んでたみたいだけど」

「ウチの斜め前の天海七渡君はおさなじみで、隣の家に住んどったの。他の二人は七渡君の友達だから知り合いじゃないよ」

「そっかー、あの高身長の人カッコイイよね? ヤバくない?」

「そ、そうだね」

 どうやら柴田さんは七渡君の友達に注目しているみたいだ。高身長で整った顔立ちをしていたけど、私はやっぱり七渡君が一番カッコイイと思う。

 それは思い出補正なんかではない。だって私は七渡君の容姿だけではなく、性格や行動原理を知っているから。さっきも廊下へ出る時に、タイミングが重なりそうな女子生徒に気づいてお友達の手を取って少し立ち止まっていた。そういうところ、私は全部見ている。

「え、待って、というか福岡の幼馴染と東京の高校で再会とかすごくない? もしかして大好きな幼馴染を追ってここまで来たとか? 忘れられない初恋とか?」

「あー……元々、東京に進学したい気持ちもあってね。たまたまだよ」

 柴田さんにズバリ的中されてしまったが、恥ずかしいので自分の想いは隠した。

 でも、まさか同じクラスになれるなんて……これって運命だよね? いや絶対に運命だと思います。私と七渡君は運命の赤い糸で結ばれている。それはもう七十本ぐらい。

「そかそか。でも安心したよ、天海君ってあのこわそうなギャルの人と仲良さげだったじゃん? あれはきっと付き合ってると思うし、週二でキスしてそう」

「えっ!? やっぱり付き合っとるの?」

「どだろ? 柚の予想のはんちゆうではあるけど……ってかめっちゃ必死じゃんか~」

 私の焦り具合に少し引いている柴田さん。七渡君のことになると理性が利かない。

 七渡君の隣に居座る地葉さんという女性……友達とは言っていたけど、見ていて七渡君はあの人に振り回されているような感じだった。

 小学四年生の時だったかな……近所に住むギャルみたいな女子高生のお姉さんに七渡君がお金を渡しているところを目撃した事件があった。

 私が七渡君の両親にそのことを報告すると、七渡君はこっぴどく𠮟られていた。

 何があったかは詳しく聞いていないんだけど、お母さんは女子高生の方がそそのかしたみたいで七渡君はあまり悪くないと言っていた。

 あの日以降、七渡君は女子高生やギャルを見かけると私の背後に隠れていた。

 そんな七渡君が今はギャルの女子高生と友達になっている……もしかして何か弱みでも握られているのかもしれない。あの時のようにお金を取られているかもしれない。

 また私が七渡君を助けないと。このままじゃ七渡君がストレス過多でグレてしまうかもしれない。この前ドラマで見た池袋のカラーギャングみたいになっちゃうかも……

「てっかてか、幼馴染なら聞いてみればよくない? というか幼馴染の恋人事情とか知らないの?」

「……当時はスマホを持ってなかったこともあって、離れ離れになってから七渡君と連絡はとってなかったんだ。だから、今の七渡君の状況は正直わかんない」

 小学五年生までの七渡君のことなら私が一番詳しいと思うのだけど、そこからの七渡君のプライベートなことは何も知らない。

 直接聞くってのも少し恐いな……彼女いるのなんて聞いたら変に思われるかもしれないし、いるって答えられたらショックで七年ぐらい寝込みそう。

「そっか……なんか大変だね。でも、愛に障害はつきもの。柚は翼ちゃんを応援するよ。フレーフレー翼、ガッツだファイトだ翼、頑張れ頑張れ翼」

 いきなり体育祭の応援団のような真似をする柴田さん。気持ちはうれしいんだけど、ちょっと周りの目が恥ずかしい。

「ありがとう柴田さん……って、別に愛とか恋とかの話じゃないよ!」

「申し訳ないけど、わかりやす過ぎです。三秒で幼馴染のことが好きなのわかった」

「うぅ……恥ずかしい」

 好きの気持ちが顔に出ていたのか、柴田さんに私の恋心が見抜かれてしまっていた。

「てかてか、柴田さんじゃ駄目。名前で呼んで」

「じゃ、じゃあ柚癒ちゃん」

「そうそう。柚達はもう友達だよ。ゴーゴーゴー」

 イイネと言いながら親指を立てて笑顔を見せる柚癒ちゃん。東京に来て初めてできた友達となった。

 柚癒ちゃんみたいな陽気な性格は憧れる。私は少しネガティブなところがあるし、弱気な性格もあるからな……

 体育館の入り口に着き、上履きから体育館履きに履き替えることに。

「あっ」

 履き替えている時にバランスを崩してしまい後ろへ倒れそうになるが、背後にいた女子生徒が背中を支えてくれた。

「ありがとうございます」

 お礼を述べるとどういたしましてと笑顔で返された。

「翼ちゃん、ドジっ子じゃん」

「あうぅ……」

 上履きを履き替えるだけで転びそうになるなんて恥ずかしい。柚癒ちゃんにドジっ子と馬鹿にされても致し方ない。

 子供の時からずっと鈍くさいからな……それが少しコンプレックスでもある。

「天然っぽいところもあるし可愛かわいいね」

「いやいや……中学の時、鈍くさくてうざいとか言われたし、情けないと自覚しとるよ」

「そうかな? 男子とかはそういう子の方が好きなんじゃない?」

「ただし可愛い子に限るってやつだよ」

 クラスの可愛い子はドジってもみんなから温かい目で見られていたけど、私は冷ややかな目を向けられていた記憶がよみがえる。

「まー柚も天然なところちょっとあるから安心しなって。この前も唐揚げにレモン絞ってかけようとしたら唐揚げ絞って出た油をレモンにかけちゃったし」

 柚癒ちゃんがドン引きエピソードを口にしている。

「それは天然じゃなくてアホに近いかも」

ひどい! そこまで言わなくても!」

「ごめんごめん、もっと言葉選ぶべきだったね」

「天然だからって容赦ない!」

 膨れながら背中をポコポコとたたいてくる柚癒ちゃん。距離感が近いのかボディータッチもちゆうちよなくする人だ。

「ねーねー放課後、一緒にどっかでお茶しよ?」

「いいの?」

「もっちーだよ。翼ちゃんと話すの楽しいし、気になるとこいっぱいあるし」

 仲良くなった柚癒ちゃんと放課後に遊ぶ約束を交わす。

 七渡君とも話したいことがたくさんあるけど、初日からがっつき過ぎるとうざいと思われちゃうかもしれないから今日は柚癒ちゃんと楽しく話そう。

 焦らなくていい。もう七渡君は遠くじゃなくて近くにいるんだから──

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