第1章 リスタート その4

   ∞麗奈∞


 あたしの高校生活が始まった。

 体育館では入学式が行われているが、興味は無いので爪を磨くことに。スリスリ。

 校長先生が夢や目標に向かって努力する高校生活にするようにと話している。

 特に夢や目標なんて無いし、高校では何かを成し遂げようという意気込みもない。

 高校では平穏に過ごして、七渡と一緒に少しでも良い大学に行ければそれでまんまん満足で万々歳。

 まっ、最悪隣に七渡がいればいい。それ以上の望みはないの。

 ずっと仲良く友達で……七渡がどうしても付き合いたいと言うのなら、あたしもその要求には応じたいと思う。

 七渡が中学生の頃は誰とも付き合う気はないと言っていたけど、高校生になって気が変わり彼女が欲しくなるかもしれない。というかそれが一般的なはず。

 その時が来たら、一番距離の近いあたしが必然的に恋愛対象になるよね?

 そんなベストなポジションであたしはいたかったんだけど……この小さな願いさえも脅かされてしまう。

 突然現れた、七渡と幼馴染の城木翼。しかも元許嫁いいなずけとかいうふざけた過去もある。

 てーか許嫁ってなんだし、時代遅れもいいところ。七渡が資産家の息子とかだったらそんなこともあるかもしれないけど、一般家庭で許嫁とかふざけんなだし。

 あの女の七渡を見る目は、明らかに好意でいっぱいだった。七渡は子供の頃の話だからと冷静に話していたが、あの女はガチで許嫁の過去をもう一度形にしたそう。

 意思をのぞいたわけではないので確信を持ってはいないが、七渡のことが好きである可能性は限りなく高い。

 きっとこれから、この高校生活で積極的に七渡と絡もうとしてくるはず。そう考えるといてもたってもいられない気持ちになってしまう。

 まぁ眼鏡の地味女、とても可愛いとは言えない田舎娘だったのは幸いだった。

 けど、どこか七渡が遠くに行ってしまうような気がして、あたしはすごく不安になる。

 油断はできない……七渡と適度な距離を保ち続けるのではなく、少しは詰めていった方が良さそうかも。積極的に動かなきゃいけないなんてあたしのプランが総崩れだ。

 七渡は譲らない……あたしは七渡のそばにずっといたいから。

 それにあたしは七渡へ恩を返していかなきゃならない。

 あの日、七渡と出会ってなければあたしは腐っていたはずだ。自暴自棄になって今頃は傷だらけの女になっていたかもしれない。

 七渡のおかげで楽しく生きることができるようになって、勉強も教えてもらって進学校に合格することもできたんだ。

 恩人でもある七渡には、あたしの全てをささげてあげたい──


 入学式が終わり、七渡と廣瀬と一緒に体育館から教室へ戻る。

 それにしても、まだ少し身体からだが熱い……

 体育館に入る前に背後の人に気づかずにぶつかってしまい、七渡に支えてもらった。

 正直、あたしは頑張れば一人でバランスを保つことができた。けど、七渡に触れて欲しいがためにあえてバランスを崩したふりをした。

 高校生にもなって流石さすがにちょっとしたことで転んだりはしない。小学生じゃないのだから自分の身体の支え方はわかっている。

 でも、あたしがそんなことをしたのはきっとあの地味女にどこかモヤモヤしていて、七渡に触れてもらって安心したかったからに違いない。

 バランスを崩したふりをした結果、両腕をつかんでもらって七渡に触れてもらえたし接近もできた。それだけでも、あの瞬間は凄くドキドキした。

 あたしはピュアなわけじゃない。キスとかセックスとか聞いても恥ずかしいとか思わないし。でも、七渡に触れられたりすると胸の鼓動が極端に高鳴ってしまう……

「麗奈、教室はあっちだぞ」

「は、はいっ」

 急に七渡に声をかけられたので変な声が出てしまった。恥ずい。

「どうした、急に改まって」

「ごめん、考え事してた」

 七渡の声に耳がいやされる。性格も容姿も声も全部好きだよ~。

「あっ」

 七渡は何かに気づき歩く方向を変える。その視線の先には例の田舎娘がいたので慌てて呼び止める。

「どこ行くの?」

「えーっと、その……」

 はっきりと七渡が理由を口にしないのは何か後ろめたいことがあるからだろうか……

おさなじみのとこに行きたいのか?」

「そう、急に再会したから聞きたいことがいっぱいあって」

 困っている七渡に助け舟を出した廣瀬。その舟をあたしの豪華客船で覆いこむことに。

「別にそんな慌てなくても同じクラスなんだからこれからいっぱい話せるでしょ」

「まぁ……そうか」

 歩く方向を変えた七渡を呼び戻す。ちょっと意地悪だけど、あたし以外の女に興味を持たれるのは嫌な気持ちになる。

「でもやっぱ気になる」

「だめ」

 歩こうとした七渡の腕を引っ張ってしまう。自分からとはいえ、七渡に触れるのは緊張する。この腕で、あたしの色んなところに触れてもらう予定だからかな……

「な、何でだよ」

「そりゃだって、その……今はあたし達といる時間じゃん」

「俺達だって同じクラスなんだからこれからいっぱい話せるだろ」

 またまた廣瀬の助け舟。それはあたしの豪華客船では防ぎきれないノアの箱舟であり、あたしが手を放すと七渡は田舎娘の方に向かってしまった。

「……うざいんだけど」

 あたしは廣瀬をにらむ。あたしがわがまま言っているのは理解しているが、田舎娘に肩入れしてくる廣瀬はムカつく。がるる!

「あんまり露骨に引き留めると七渡に嫌われるぞ」

「わかってるっつーの……でも、それでも嫌なの」

「あの幼馴染におびえ過ぎだ。そんな一朝一夕で七渡がどうにかなったりしないだろ」

 廣瀬の言う通り、ここで無理やり引き留めなくても何かが大きく変わるわけではない。

 あたしと廣瀬は少し七渡の元に近づき、会話が聞こえる距離まで詰める。

「翼、天気良いね」

「そ、そだね」

 お互い顔を赤くしてしょうもない会話をしている二人。初々しい感じが見ていて鼻につく。あたしに見せない顔を他の女に見せないでほしい。

「調子はどうだ?」

「元気だよ」

 あまりの内容の無い会話に思わず舌打ちをしてしまう。田舎娘の隣にいるクラスメイトの女がボクシングのセコンドのようにエールを送っているのを見て、さらに舌打ちが出た。

「ほらな、会話しても特に何が起きるわけでもないだろ?」

「でもでも、めっちゃ不快なんだけど」

「独占欲強いな。付き合っているわけでもないのに……」

 廣瀬の言葉が胸に突き刺さる。そう、あたしは七渡と付き合っているわけではないので文句を言える立場でもない。

 ただの嫉妬。はたから見たら滑稽かもしれない。でも、将来的には付き合う予定だし。

「そういや、卒業式の時に知らないクラスメイトの男子と地葉が話していたら、七渡も同じようにイライラしていたな」

「うそーん!?」

 七渡もあたしに嫉妬してくれてたの? まじヤバい! 好き好き大好き。

「もー七渡ったら、そういうの普段見せないくせに~」

「見せないようにしてんだよ。本当は言いたくなかったけど地葉がイラついててめんいから特別に教えたんだ」

 廣瀬の言葉は今なら理解できる。七渡には前にもあたしみたいな友達のように仲が良い女子がいたんだけど、付き合い始めて三日で別れたという話を聞いた。

 それがトラウマになっているのか、あたしとは適度な距離を保とうとしている。

 あたしもその方針に従って距離を保ってあげている。ずっと友達として傍にいてくれるのならそれで幸せだし。

 でも~今はあの田舎娘のせいで距離を詰めたくなっているあたしがいる。

「七渡君とまたこうして話せるなんて……本当にうれしいよ」

「そっか。俺も嬉しいよ」

 並んで歩く七渡と田舎娘。田舎娘の幸せそうな顔ったらまじで憎たらしい。

「見ていてもイラつくだけだ。七渡は何も変わらないから切り替えろよ」

「そうね。冷静に考えればあたしの方が可愛いし、あんな田舎娘に七渡がかれたりしないか」

「そうだそうだ。無理やり身体でアピールとかされない限り七渡は揺らがない」

 二人が階段を登り始め、あたし達はその後ろを距離を空けて歩く。話していて歩くスピードが遅かったため、他の生徒は先に教室へ戻っていて人通りは少ない。

「きゃっ」

 田舎娘は階段でつまずきバランスを崩す。そのまま七渡の腕にしがみつき、その場に尻餅をついて倒れていく。

 巻き込まれて倒れた七渡は田舎娘の胸の間に挟まれている。

 は? 意味わかんない意味わかんない、高校生であんな転び方する? ぜったいわざとでしょあれは! 身体使って七渡を誘惑してんじゃん!

 あたしも似たようなことしたけど……でも、触れてもらうだけであんな密着とかしなかったもん。ふざけんなし!

「無理やり身体でアピールしてきてんじゃん!」

 あたしは廣瀬に怒る。廣瀬は何も悪くないけど、このイライラを誰かにぶつけたい。

「……事故だろ」

「いや普通、あんなジャ○プのエロ漫画みたいな転び方する?」

 事故とは言っているが廣瀬も手で顔を覆っている。

「ご、ごめん七渡君~」

「俺は大丈夫だよ。むしろ翼には無いか?」

「ウチも大丈夫だよ」

 立ち上がる二人。七渡は顔を真っ赤にしておどおどしている。蹴りたい。

「ごめんね本当に……ウチずっとドジで」

「相変わらずだな。翼は子供の頃から天然っぽいとこあったし」

「う~恥ずかしいよぉ」

 まじでイライラする。天然とか鈍くさいこと言い訳にしているだけじゃん。

 できないのが可愛いと思っている女があたしは大嫌いだ。何もできないあたし可愛い~とか自分に酔ってるだけ。そういうの見てて本当にイライラする。

 きっと天然を利用して七渡に肉体的接触を求めたに違いない。あの田舎娘、思ったよりも策士なのかもしれないわね。初日から本気で七渡を奪いにきてるかも。ざけんなし。

「何か場違いなこと言ったり、何か間違ったことして、あたし天然だから~って言い訳する女はろくなやつじゃないよね? 馬鹿であることを天然って言葉にして、可愛く見せているだけだし。ただの怠慢」

 思い出したら腹立ってきた。中学生の時に家庭科の調理実習で、砂糖と塩を間違えて、あたし天然だから~とか言ってた女。周りの男子も笑いながら、天然だからしょうがないなとか許しちゃってさ。

「地葉よ、顔が怖いぞ」

「天然言い訳女は極悪。ただの何も考えていないボケっとした女なの」

「……天然な女に身内でも殺されたのか?」

 あたしの愚痴にドン引きしている廣瀬を見て、少し冷静さを取り戻す。

「文句あんの?」

「地葉は相変わらず性格がキツいな。七渡の前でだけ猫かぶり過ぎだろ」

 別に七渡の前では猫をかぶっているわけではないし……にゃんにゃん。七渡以外はどーでもいいから、他には冷たく見えるだけ。

「性格良かったらギャルなんかやってないし」

 急用ができたと言って七渡をあの田舎娘から引きがそう。もう我慢できないし。

「おい、何しに行くんだ?」

「七渡を迎えに行く」

「穏便に頼むぞ……」

「穏便に済むかはあの田舎娘次第っしょ?」

 あたしは自己中心的な女だ。性格も悪いのかもしんない。

 でもさ、自分の人生なんだし自分が中心にならなくてどーすんのさ──

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