第一話:魔導教授の力
直径四キロの隕石が落ちてくる。
隕石を砕かねばならないが、ただ砕くだけではだめだ。
大気圏内で砕こうものなら、砕いた破片が降り注ぎ、地球が終わる。
宇宙空間での破壊、それも大気圏で燃え尽きるサイズまで細かく砕かねばならない。
そのため、俺も宇宙に行かなければならない。
「姉さんなら、自分の魔力だけで大気圏突破できるんだろうな」
俺は原子力潜水艦内に居た。
そして、その船には大陸間弾道ミサイルが積まれている。
大陸間弾道ミサイルは上空千〜千五百キロまで上ったあと楕円軌道を描いて目標に向かうタイプのもの。
こいつの限界高度まで上昇してから自力で飛ぶことで、宇宙へと出るために必要な魔力を大幅に節約する。
有人ロケットがあればもっと楽ができるが、今すぐ使用可能なものはなく、手配している間に星が落ちてしまう。
潜水艦が急上昇。ミサイルのハッチが開かれた。
俺はミサイルの先端に立ち、魔術で風を纏い、その上から概念結界を張る。
「発射まで、あと三十秒」
カウントダウンが始まる。
ミサイルの先端に乗って、宇宙旅行なんてどうかしているとは思う。
だが、こうでもしないと俺は宇宙に行けない。
だからやる。姉さんが帰ってくる場所を守るために。
「発射」
ミサイルが発射される。
凄まじいなんて言葉が生ぬるいぐらいのGが襲いかかってくる。
Gだけじゃない、ありとあらゆる環境変化が牙をむく。
それらに適応するため、さまざまな魔術を展開していく。
これらをアドリブでやれるほど、演算処理能力も術式構築速度も反射神経も良くない。
姉さんみたいに秒速数キロ単位の世界で戦えるような化け物じゃないのだ。
だから、計算して、指定したタイミングで次々と術式が発動するように仕込んでおいた。
凡人の俺にだって、入念な準備をしておくことは可能。
そうすることで天才にだってできないことをやってみせる。
そして、大陸間弾道ミサイルが限界高度に達すると同時に、それを踏み台にして宇宙に飛び出る。
「ここが宇宙か」
風を含んだ結界があるうちは死にはしないが、猶予はあまりない。
端末から届けられた位置情報を頼りに、宇宙の海を泳ぐ。
衛星通信によるバックアップがあるからこそ可能な芸当。
魔術は素晴らしい。しかし、万能ではない。
近代魔術士のあるべき姿は、科学と魔術の融合。
俺はそう確信し、そうしてきた。
そして、ようやく目標を目視で捉える。
まだ、点のようにしか見えない。それを科学の目であるゴーグルの機能で拡大していく。
……さすがは直径四キロの隕石、圧倒的な存在感。
力ずくでは絶対に砕けない。
星を一撃で砕くなんて真似は、姉さんでも無理だろう。
だから、技と知識を活かす。
「魔導教授だ。目標を捕捉。例のものは借りられたか?」
『こちら管制室。スーパーコンピュータの使用許可を得ました。そちらに制御を渡します』
これで前提条件をクリア。
解析魔術によって、徹底的に目の前の物体を解析する。
ありとあらゆる魔術を複合的に使うことで設備がない状態でも、隕石を丸裸にできる。
今から使う魔術にはそのデータが必要なのだ。
俺が使う魔術。それは【連鎖破壊】。
外から壊すのではなく、分子同士の結合を解いて物質を自壊させる。そして、自壊した際に生じるエネルギーを使い次の自壊を引き起こす。その現象は波紋のように連鎖していき、一つの物質を完全に消滅させてしまう。
これならば、連鎖の一つを引き起こすだけで巨大な物質……隕石だろうと破壊可能。
ただし、物質の性質、大きさ、形状、ありとあらゆる要素を測定し、演算が必要。
人間の脳では不可能だ。
だからこそ、国中のスーパーコンピュータを借りた。
自らの意識とスーパーコンピュータを魔術でリンクさせる。
足りない演算能力を、スーパーコンピュータで補う。
人間の脳はGPUが優れていてもCPUはコンピュータの足元にも及ばない。
そうであるなら答えは一つ。GPUによる計算を脳で行い、CPUをスーパーコンピュータに肩代わりさせればいい。
(これこそ、俺が目指した科学と魔術の融合)
人と機械を繋ぐ。解析魔術のデータをスーパーコンピュータに流し、スーパーコンピュータで演算された答えが俺の脳に戻ってくる。
これを使用可能なのは、この世界で俺一人。
姉さんにだって使えはしない。
演算が終わる。
結果を反映して、あの星を砕くのに最適化した術式へと【連鎖破壊】を再構築。
しかし……。
(魔力が足りない。隕石なんて多種多様のパターンがある。サイズじゃなく構成要素によって消費魔力は千差万別。……魔力が足りない可能性もあったが、ここでババを引くか?)
背筋が凍りそうだ。
想定以上にあの隕石の構成が厄介で、初めの一連鎖を引き起こす魔力すら足りない。
正確に言うならば、連鎖を起こすこと自体はできる。
だが、地球に戻るための魔力が残らない。
つまり、あれを破壊するための魔術を起動したら最後、俺はこの広い宇宙に取り残されて死ぬしかなくなる。
紅い星が迫ってくる。
美しくすら感じる。
肉眼では点でしかなかった星が今やバスケットボール大に見える。
時間はもう残されてない。
端末には、さきほどからひっきりなしに連絡が入って俺を急かしている。
「死にたくない。……いや、違う」
俺は死にたくないわけじゃない、姉さんと離れ離れになるのが嫌なんだ。
ふと、ドラマの結婚シーンについて語る姉さんの言葉が浮かび、自然と笑みがこぼれた。
「そうか。それなら。選ぶ道は一つしかないな……【連鎖破壊】」
術式を組み上げ始める。
俺の魔力が根こそぎもっていかれる。
スーパーコンピュータの演算能力を借りなければ使えない、超高度術式が顕現していく。
俺が生きて帰ることは不可能になった。
死ぬことは確定。
だけど、後悔はしない。
俺が恐れるのは死ぬことではなく、姉さんと離れ離れになること。そうならない方法は見つけてある。
さっき、ドラマを見ながら姉さんが放った言葉にヒントがあったのだ。
『誓いの言葉。『死が二人をわかつまで』ってとこ。だってさ、死んだくらいで離れ離れになるって言われて、愛し合う二人が頷いちゃうのよ? 私なら、絶対に首を横に振るよ』
死んで終わりなんかじゃない。
死んだあとに打てる手がある。
姉は天使になって魂を探すと言ったが、俺はそんな真似できる気がしない。
だけど、俺なりの方法は考えつく。
「砕けろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
手で銃を形作り、指先から魔力の弾丸を放つ。
直径四キロもの隕石に対して、数センチの魔弾。
あまりにもちっぽけで無意味に見える。
しかし、俺はこの時点で成功を確信した。
最初は何も起きなかった。
数秒後。小指の先ほどの石が白い閃光と共に隕石の表面で砕けた。それが始まりだ。波紋が広がるように破壊が連鎖していく。
連鎖は終わらず、広がり続けていき、白い閃光が視界を埋め尽くす。
完璧な計算が導き出した答えが、目の前にある。破壊は一度たりとも途絶えることがなく、隕石を粉々にした。
「任務完了だ」
司令部に、報告を入れる。
端末から、俺を褒め称える声と、すぐに帰ってこいという声が響く。
「すまないが、帰るのに必要な魔力が残ってない。お別れだ」
俺はそれだけ告げて、端末を切った。
本当は仲間たちに、なにより姉さんに別れの言葉を伝えたかった。
だが、それをする時間すらもったいない。
俺の周囲に風を留める結界、それを維持するための魔力すら供給を止めた。
最後の魔術を使う、魔力と時間を確保するために。
あと二十秒。それが俺に残された時間。
その間に、『死が二人をわかった後も』に繋げる魔術を使って見せる。
残りカスのような魔力をかき集める。
(転生して、会いに行く。……まるでおとぎ話だ)
内心で自嘲した。
俺が近年、集中的に取り組んでいたのは魂の研究。
その中で魂が巡ることを証明した。
死ねば魂は高位の世界、便宜的に天としよう。そこに昇る。
そこで、生きている間に染み付いた想い、経験、魔力、そういうものをすべてが洗い流されて、漂白されて、まっさらにされる。その後は地上に降りてきて新たな生命に宿る。
まれに前世の記憶なんて言うやつがいるのは、その洗浄と漂白が不十分なやつだ。
……なら、洗い落とせないほど、塗りつぶせないほど、強く強く己を魂に刻みつければ、俺は俺のまま生まれ変われる。
まだ、理論構築段階。むろん、実証も実験もできてない。
だが、それにかける。
大事な人たちへ、さよならを言う時間すら削って得た二十秒を絶対に無駄にはしない。
さあ、紡げ、俺のすべてをかけて。
普段の俺なら、そんな真似できるはずがないとやる前から諦めただろう。
だけど、今はできる気がする。
否、やらねばならない。
姉さんと離れたくない。
約束を破りたくない。
その執念が不可能を可能にしていく。
さあ、今、ここで奇跡の魔術が紡がれた!
「【輪廻刻印】」
生まれたての魔術を使用する。
魂に己を刻んでいく。
傷つけられた魂が軋む。
その痛みが愛おしい。
俺が俺であった証なのだから。
壊れない限界まで強く刻み終える。
「これだけ強く魂に俺を刻んだんだ。神様にだって消せやしない」
魔術は成功。
あとは理論の正しさを信じるだけだ。
宇宙で己を守るための結界が維持できなくなった。俺を守るものはもう何もない。
ゆっくりと目を閉じる。
生まれ変わったら、すぐにでも姉さんのもとへ行こう。
あまり待たせたら姉さんは怒るだろうし……悲しむだろうから。