一章/無欲ならざる古仙 その2
かがりは
神社の娘として生まれたこと。その神社から追放され、島の人々から疎まれていること。家を焼かれ、死ぬ思いで逃げてきたこと。もう帰る場所もなく、行く場所もないこと。
最後のほうは嗚咽混じりでほとんど言葉になっていなかったが、大方は理解できた。
確かに悲惨な境遇である。かがりのような年端もいかぬ少女には過酷すぎる運命だ。事情もよく知らない他人が軽はずみに口を挿んでいい問題ではないのかもしれない。しかし――
「――わかった。俺が何とかしてやろう」
かがりはごしごしと涙をぬぐうと、眦を吊り上げて
「簡単に云わないでよ あんたみたいな意味わかんない変態に何とかできちゃうんなら、最初っから苦労なんてしてないわ!」
「俺は変態ではない」
「じゃあなんで裸だったの!」
「仙界では全裸で過ごしていたから……」
「やっぱり変態じゃない!」
「聞けかがり。俺には状況を打開する方法がある」
「……一応聞くわ」
「二人で
かがりは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「話を聞くに、
「無理よ……
「俺を誰だと思っている。聖仙・
しかしかがりはピンと来ていない様子だった。
「これ、何なの?」
「
とは既存の枠から外れた特別なOLI因子のことであり、同時代にたったの九個しか存在しな
えきせいかくめいろん
い。ベースにある思想はおそらく中華の易姓革命論だろうが――とにかく、この印を持つ者は他者の追随を許さない絶対的な力を宿している。ゆえに〝彩皇〟とか〝五彩の覇者〟とか呼ばれて一目置かれるわけだ。事実、俺はこの力を用いて幾人もの
「ちょっと待って。何云ってるのか全然わからない……」
「ようするに、俺が
「た、確かに……さっき
かがりは疑わしげな目で〝
「……どうして、そこまで私に構ってくれるの?」
「云っただろう。恩返しをする必要があると。――それともう一つ、お前と親交を深めることによってこの時代・この世界に関する情報を引き出そうという打算もある」
口には出さないが理由はもう一つあった。すなわち「熾天寺かがりが可愛いから」。
視線が交錯する。澄んだ橙色の瞳。
しばらく見つめ合っていると、かがりは突然首を振って変な声を出した。
「あーっ! もう! どうしちゃったんだろ、私……」
「厠か? あっち向いているから遠慮せずに」
「違うわよ!」拳が顔面にめり込んだ。威勢の良い小娘である。かがりは炎のような勢いでまくし立てた。「あんたみたいな不審者に期待している自分が嫌になってきたの でも今は猫の手も借りたい状況だし、このままぼーっとしてても死ぬだけだし だからあんたに賭けてみようかな、なんて血迷っている自分がいるのっ! それが腹立つのっ!」
「一時の怒りなど我慢しろ。
「ぐ、ぬぬ――わかったわよ!」ばーん! と岩の上に立ち上がり、「そこまで云うんだったらやってやろうじゃない。あんたと協力して
「承知した。俺はこれでも公僕だったからな、不法行為を働く輩は黙って見過ごすわけにもいかんのだ。千年後の世界の視察も兼ねて、不肖
○
――と、
だいたいこいつは何者なのだろう。本人は千年の時空を超えて現世に再臨したとかなんとか云っていたが、そんな
とは云っても、かがりはこれまであらゆる人妖から迫害されてきた身だ。
いきなり最強の神様が現れて助けてくれるだって そんな上手い話があるはずもない。きっとあの男も腹の底では何かとんでもない非道なことを考えているに決まっているのだ。
ようするに、かがりはまだ、詐欺師と相対しているような気分を捨てきれなかった。
だから、翌日、
「私は
「心配するな。俺が守ってやる」
「……………………、」
初春の朝、うぐいすの声が尾を引くばかりの寂々たる里山のふもと、ときおり肌寒い風が吹きすさぶ閑地に二人はいた。
かがりは返答に窮した。「守ってやる」なんて云われたのは初めてだったので、どんな言葉を返すのが正解かわからない。かがりを戸惑わせた張本人は暢気に天幕――彼曰く〝テント〟という名称らしい――を片づけていた。彼が仙術によって異界から取り寄せたのである。昨晩はあれに包まれて夜を過ごした。もちろんこいつとは別々の屋根の下。
そのとき、解体し終えて草の上に放置されていた天幕の部品たちが、ぼろぼろと空気に溶けるようにして消えていった。
「修正力か。一日ももたんとは……」
千年前の道具は脆いんだな、とかがりは思う。――いやそんなことはどうでもいい、
「そもそも村に行く必要があるの?
かがりは遥か北の空を指差した。芝山の近くにくすんだ朱色をした塔が
「どう見ても東京タワーじゃねえか」
「何云ってんの?
「どんな感じだか知らんがこれは朗報だな。集合文化意識の修正にも取りこぼしがあるとは知らなかった。――ちなみに云っておくが、あの塔に襲撃をかける予定はないぜ」
「なんで」
「今日が
かがりは思い出す。本日、
「それに、衆人の目があることも大切なのだ。俺たちの目的は
「安心したまえ。ご主人様の願いは必ず叶えてみせる」
「…………ッ、ッ、、…………き、気安くさわるなぁーっ!」
かがりは