一章 千年後 その6

◇ ◇ ◇


「え、森を……?」

 サイラスはニッコリとした顔で頷く。

「ああ、知っての通り僕は異形狩りとして……つまり仕事として来ているんだ。いつまでものんびりとユフィちゃんと魔術について語り合っているだけという訳にもいかなくてね。実はある種族を……いや、協力してもらうのだし濁すのはフェアじゃないか……――吸血鬼を追ってこの村までやってきたんだ」

 サイラスははっきりとその口で認めた。

 やはり狙いは吸血鬼……つまりクロだ。でもなんで急に俺にそのことを……。

 ということは、何か決定的なものを掴んだのか……?

 ――いや、違う。

 捜査が難航しているからこそ、俺の反応を伺っているのか。

 普通は吸血鬼と人間がつるんでるなんて考えもしない。

でも、何かあるかもしれないという少ない可能性にかけてるんだ。

 何を焦っている……? 弄した策が失敗に終わったか?

 とりあえずここは濁すか……。

「吸血鬼なんて本当にいるんだ」

「世の中には不思議なことがいっぱいでね、奇妙に思うかもしれないが実在するんだ。それで、森を少し案内してもらえないかと思ってね。村はあらかた捜索したし、残りは森だけなんだけど」

「子供をそんな吸血鬼探しに使うなんて、騎士としてどうなんですかね」

「ははは、耳が痛い。もちろん、僕がきちんと守るよ。なんでも村の人は森を忌避してるそうじゃないか。その土地に住む人にしか分からない何かがあるんでだろうね……そう言う訳で、森を案内してくれないんだよ。なので、是非ギル君に案内してもらいたくて。ユフィちゃんが言っていたよ、ギル君なら森を隅々まで知ってるだろうって」

 またユフィか……。

 くそ、サイラスと俺を善意からくっつけたいと思っての行動だろうから余計にたちが悪い……。

 歯痒いが、変に拒否するのも余計に長引きそうで面倒くさいな。

 さっさと森を案内して何もないということを示して終わらせるか。

 ちょっと遠回りにはなるが、下手にこの家周辺を探られてクロに殺されるよりはこいつもましだろう。

「――はぁ。まあいいけど……。きっと何もないよ、この森には」

「いいんだよ別に。僕も吸血鬼探しは建前で、長い任務で疲れた身体を森林浴で癒したいというのが本当のところだからね」

 そう言ってサイラスは微笑む。

 本心だかどうだか……。

「……まあ、そういうことなら」

「決まりだね。じゃあ早速二人で行こうか、これから」


◇ ◇ ◇


 ――というはずだったのだが、案の定ユフィが付いてきてしまった。

 まあ、別にユフィ一人増えたからどうということはないけど。

 それに、正直興味のないサイラスの話を聞いてくれるのは非常に助かる。

「ユフィ、花が気になるのは良いけどあんまり離れるなよ」

「わかってるよ~」

 既に森を案内してから二時間程は経っている。

 いい加減諦めて帰って欲しいけど……。

「――さて、そろそろ滝のところかな」

 俺は草をかき分け、水の音のする方へと向かう。

 とりあえず、滝を見せたら終わろう。もう今日は帰りたい。

「いいね、滝。こういうところはマナが溜まりやすいから居心地がいいよ。ギル君も感じるだろ?」

「まあ多少は」

「ちょっと休もう」

 サイラスは近くの岩に腰を掛ける。

 ユフィはまだ少し離れた位置で楽しそうに草や花を眺めている。

「――ギル君は魔術が使えるんだよね? 凄いなあその若さで。誰かから教えてもらったのかい?」

「いや、気付いたら使えたよ。本もあったし」

「そうか……いい環境だったんだね。僕はね、魔術学校に通って魔術を身に着けたんだ。もともと魔術師の家系でそこそこ名の知れた家でね。親は魔術師にならなくてもいいとは言っていたんだけど……僕は兄弟の中でも出来損ないだったから」

「それは……」

 なるほど、結構名の知れた魔術師の家系か。

 そういうところは変わらないな、昔から。

 魔術師としての実力を左右するのは努力よりも血だという人もいるくらいだ。

「ある有名な魔術師が居てね。子供なら一度は憧れる魔術師さ。君も名前くらいは聞いたことあるかもね。――ギルフォード・リーブスっていうんだけど」

「それって……」

 お……――俺じゃねえか!!!

 俺はあまりの驚きに顔に出てしまい、あんぐりと口を開ける。

 おいおいおい、こんなおっさんに憧れられたくねえ!!

 俺は恥ずかしさのあまり顔を覆う。

 子供なら一度はって言ったよな? なに、小説になっちゃったり劇になっちゃったりしてる訳、もしかして……。

「お、その顔は知っている顔かな? ――そうだよね、君の名前もギルフォードだし、ご両親が彼から取ったのかもしれない」

 勝手に納得し、サイラスは話を続ける。

「完全無欠とまで言われた最強の魔術師。魔神を退けるためにその命を懸けて封印したと言われている。――もちろん、そういった英雄的な一面も好きなんだけど、僕が惹かれたのはそういうところじゃなくてね。彼はもともと魔術師の家系の出じゃないらしいんだ。それでもその努力で一気に魔術師界を駆け抜けた。……僕の足りないものがそこにあるようなきがしてね。それから努力して今や異形狩りとして王様に仕えるまでになったと言う訳さ」

 真剣に語るサイラスに、俺は余りの恥ずかしさで顔を背けそうになる。

 が、今背けるとあらぬ疑いをかけてしまう……。

 俺はなんとか、そうなんですか……、と返すので精一杯だった。

「だからこそ、自分の力で勝ち取ったこの職業には誇りを持っていてね。手ぶらで帰る訳にはいかないんだ」

 サイラスの顔つきが急に険しくなる。

「ギル君……君の魔術は誰から教わったんだい? あの魔術書は、本当に君のお父さんのものなのかい?」

「そうですよ。確かに父はもう死んでしまっていて証明出来ないけど」

「……悪い、不躾な質問をしてしまったね。でも不思議なんだ。魔術師の居ない村……、森に住む繋がりをあまり持とうとしない女性と子供……魔術を使える少年。一見すれば確かに今の時代どこかにはあってもおかしくはない環境だけど……あの魔術書の数、そして君の家に掛けられていた結界」

 さすがに俺の結界には気付いていたか……。

 俺に探知されずに家まで近づけたんだから当然か。

「どうにもね、君以外に更に魔術に長けた人物がいる気がしてしょうがなくてね。私は吸血鬼を追ってこの村まで来た。そしてその場所には魔術を使える少年と、不相応なほどの魔術の痕跡があった。――とても無関係とは思えないんだ」

 くそ……どうする。

 ここで何を言い訳にしても納得してもらえなさそうだ。

 クロが魔術を使えることにするか? ……いや、それじゃあ会ったときにボロが出る。

 やっぱここは俺が独学で学んだ魔術で実験していたことにして――

「きゃあああ!!」

「!?」

 刹那、少女の叫び声が森にこだまする。

「なんだ今の……ユフィ……ユフィがいない!! まさか――」

 俺とサイラスは顔を見合わせる。嫌な予感が脳裏をよぎる。

 いや、でもこの時期にこの森にそんな危険な生物なんて……。

「何かあったようだ……! ――っく、計画は白紙になるが仕方ない。ミネラ、カレン!!」

 サイラスが大声で名前を呼ぶと木々の合間から、二人の女性が勢いよく飛び出してくる。

 なんだ、誰だ!?

「僕とギル君は声の方を探る。二人は周囲を警戒していてくれ! 悲鳴の原因が分からない以上、それが一つではない可能性がある……!」

「わかりました!」

「了解~」

「もし吸血鬼に遭遇した場合は、私を呼んでくれ」

 サイラスの部下と思われる女性達は、サイラスの言葉を聞き終えると森へ散開する。

 吸血鬼のハズはない……ということは、他の原因が……?

 なんだ……長年この森に住んでいたけど、そんな危険はなかったはず。

「行こう、ギル君。時間がない」

「あ、あぁ……!」

 俺はサイラスについて行く形で、ユフィの叫び声の元へと全速力で駆ける。

 今は考えている場合じゃない。確実に危険が迫っている!

 あの声からしてそれほど遠くはないはず……!

 それにしてもまさかサイラスが部下を森に配置していたとは。

 何が狙いだったんだ……? 何かの作戦だったようだけど。

 二人の魔術師も、サイラス程ではないにせよ相当使いそうだった。

 クロが最初に察知したメンバーでまず間違いないだろう。

 サイラスは俺が不信がっているのを悟ったのか、口を開く。

「――今となってはもう無意味だけどね。あの二人には君を襲わせるつもりだったんだ」

「はあ!?」

 何言ってんだこいつ!

 俺を襲わせるだと? しかもわざわざ種明かしなんて――

「何の意味があってそんなこと――」

「君を追い詰めれば、吸血鬼……あるいは吸血鬼の庇護を受けているであろう魔術師を炙り出せると思ったのさ。……結局失敗に終わってしまった。あの二人が僕の仲間だと知れた以上、もう君にピンチだと思い込ませることは出来ないからね」

 サイラス……見かけによらず手段を択ばない男だ。

 こんなこと知れたら、クロに殺されてたぞ……。

「強引に僕たちが悪役となって推し進めても良かったんだが……駄目だね、ユフィちゃんを巻き込んでしまった以上、僕にはそんなことを続ける決断は出来そうにない」

 サイラス……。

 吸血鬼なんてものは、人間からすれば伝説上の存在で、脅威で、他の魔獣と何ら変わらない。 

 仮にも異形狩りという任についているサイラスが、吸血鬼を狩ることよりも俺たちに対する申し訳なさが勝った。

 やはり、異形狩りにしては甘い性格をしている……これも平和になった影響なのか?

 それとも、彼自身の人間性なのか。

「吸血鬼の捜索も大事だが、今一番大事なのはユフィちゃんの安全だ。それにあの叫び声……吸血鬼である可能性も否定は出来ない」

「……正直、あんたが俺を脅そうとしたことは根に持つ。絶対許してやらないね」

「ははは……そうだろうね」

「でも今はユフィが先決だ。急ごう」

「あぁ……僕のせいで巻き込んでしまったようなものだ。絶対に無傷で連れて帰る……!」

 その時、更に短いユフィの叫び声がすぐ近くから響く。

「すぐそこだ……!」

「ユフィ!」

 声の方へ飛び込む。

 すると、眼前に地面に尻もちをつき、後ずさるユフィの姿が目に入る。

 ユフィは俺の声に気付くと、涙を流しながら振り返る。

「ぎ、ギル……! サイラスさん……!」

「ユフィ! 今――」

 と、ユフィに駆け寄ろうとした俺を、サイラスが強引に引き留める。

「お、おいなんだよ!!」

「落ち着け……これは……少しばかりまずい……!!」

 サイラスの顔が、明らかに強張っている。

「何の話だよ!」

 サイラスはゆっくりと前方上空を指さす。

 そこには、巨大な翼をもった黒い影がゆっくりと旋回していた。

「あれは……」

 その影は、ただゆっくりと旋回し、じっとこちらを見ているようだった。

 まるで何かを待っているかのように。

 人二人分ほどの巨体に、鋭いくちばし。

 雄々しい鬣が風に靡き、かぎ爪が不気味に光る。

 あの姿は――

「――グリフォン!」

 サイラスは頷く。

「でもなんで……グリフォンはここよりもっと東の霊峰にしか棲んでいないはずなのに」

「理由はわからない……でも現にグリフォンは山を下りてきたんだ……まずいぞ。グリフォン討伐には一般騎士十人……魔術騎士でも三、四人は必要だ。ミネラとカレンを呼び戻しても倒せるかどうか……。ましてや君たちを庇ってとなると……」

「そんな悠長なことを言ってる暇はない! 今すぐユフィを助けるしかねえ!」

「グリフォンの危険性をわかっていないのか! あれは今確実に僕たちが飛び出してくるのを待っている! ユフィちゃんを餌におびき寄せようとしているんだ……狡猾なハンターだよ!」

「だからって放っておけるかよ! 俺たちが動かないと判断すれば絶対に降りてくる! あいつにとっては人間なんてその程度の扱いだろ!」

「しかし――」

 っとその時、一陣の風が吹き抜ける。

 旋回していたグリフォンが、一気に急降下を始めたのだ。

「しまっ――」

 サイラスが一瞬動揺して固まっているのを横目に、俺は勢いよくユフィの前へ飛び出す。

 俺ならやれる……!

「ギルッ……!!」

 涙目のユフィが縋りつくように俺の方を振りむく。

「ギル君!!」

 俺は片手を上空のグリフォンへ向けて突き出すように構える。グリフォンなんざただの中級魔獣だ……今の俺でもやれるはず……!

 この距離だと俺の使える汎用魔術じゃまだ威力不足か……。だが、サイラスに俺の特異魔術を見せるのだけは避けたい。

 なら高等以上の魔術で地上に引きずりおろす……!

 エレナお得意の鎖魔術――

「光縛――二の型……ッ」

 俺の魔術の発動と同時に、地面から無数の光の鎖が飛び出し、グリフォン目掛けて一斉に飛び掛かる。

 グリフォンは危険を察知したのか急停止すると、奇声を上げながら勢いよく空へと舞い戻る。

 ――しかし、一度放たれた光の鎖は、獲物を決して逃すことはない。

 一本の鎖をグリフォンが躱すとすぐさま二本目の鎖がグリフォンへと襲い掛かる。

 旋回して鎖の攻撃を躱すグリフォンだが、波状攻撃を仕掛ける鎖の前に、徐々に鎖の攻撃と避けるタイミングがずれ始める。

 そして一本、二本と少しづつグリフォンを絡めとり、最後の一本がグリフォンへと繋がれたところで、完全に固定され、そのまま勢いよく地面へと叩き落とす。

 完全に拘束されたグリフォンは、もはや身動きをとることは出来ず、ただ唸り声を上げるのみだった。

「悪いな……」

 俺はグリフォンの頭にそっと手を乗せる。そして、”ファイア”の魔術を放つ。

 頭から一気に燃え広がり、グリフォンの全身を包み込むと、炎は轟轟と激しい音と熱を出しながら燃え盛る。グリフォンの禍々しい断末魔の叫びが木霊する。

 至近距離からの”ファイア”なら、今の弱体化した俺の魔術でも一方的に焼却できる。

 なかなか惨い殺し方だが、仕方ない。これで一安心だ。

――っとそうだ、ユフィ!

 後方で尻もちを付き、倒れたままのユフィの方へと駆け寄る。

 そっと手を差し出すが、ユフィは唖然とした顔でぼうっと俺を見つめていた。

「ユフィ?」

「え? あ、えっと……」

 その顔は何とも形容しがたい表情で、俺にとって初めて見るユフィの顔だった。

 緊張から高揚しているのか、少し頬が赤く、伏し目がちに俺の目を見る。

少しして、ちょっと躊躇うようにしてからそっと俺の手に触れ、身体を起こす。

「あの、その……」

 ユフィはもじもじとしながら足元へ視線を落とす。

なんだろう、まだ恐怖から身体が強張っているのだろうか。

 すると、ユフィは意を決するように目をぎゅっとつぶり口を開く。

「……がと」

「え?」

「だから……! あ、ありがとうって……」

 握った手が少し震えている。そりゃ怖かっただろうな。

 俺はそっと手を強く握り返し、静かに頷く。

「別にいいって。当然だろ」

「ギルの癖に……結構……かっこよかった……かも」

「なんだって?」

「なんでもない! さすが師匠って言ったの!」

 なんか俺の癖にとか言われた気がしたが、気のせいだろうか。

何か気に障ることしたか……? 手握ったのが悪かったか?

 すると、今度は近くで見ていたサイラスが感嘆の声を漏らしながら近くへ寄ってくる。

 サイラスは、燃えるグリフォンをじっと見つめる。その顔は笑っていた。

「君は一体…………。それに今の魔術……ははは……何が何だか」

 サイラスは興奮気味に俺の肩を掴む。

「うおっ」

「凄い……凄い才能だよ!」

 サイラスは声を荒げる。

 しまった、今の魔術でも現代の魔術レベルの範疇を越えていたのか……?

「いや……俺が先走らなくてもサイラスならやれたでしょ……」

「そう言う話じゃない。あの魔術は……ちょっと僕もまだ信じられないよ。魔術書……独学だから故の柔軟性か……いや、それとも……でもあの魔術どこかで見た記憶が……」

 サイラスはぶつぶつと何かをつぶやきながら考え込む。

「変な奴だな……」

 あんなもの、そこまで褒められるものじゃない。

 光縛は確かに少し特殊かもしれないが、”ファイア”に至ってはただの汎用魔術だ。

 汎用魔術を応用的に使える子供なんて、驚くほどの存在でもないだろ……多分。

 しかし、サイラスの驚きようを見てしまうとなんだかそうでもないような気がしてくる。

 厄介なことにならないといいけど……。

 グリフォンを退け、安全を確保したが、ユフィはまだ俺の手を握り続けていた。

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