第四章 幼馴染クライシス その6
絵理ちゃんが悪魔憑きになって数日後、ようやく絵理ちゃんが復活した。
「おはよう麻衣ちゃん、敦史君」
「絵理ちゃん!」
「おはよう絵理。もう大丈夫なのか?」
「うん。もう全然平気だよ」
そう言う絵理ちゃんの顔は、非常に朗らかだった。
「久しぶりの学校だが、授業は大丈夫か?」
「うん。敦史君のノートでずっと勉強してたし、多分大丈夫だよ」
「ほえぇ、凄いなあ絵理ちゃん、あたしだったら一週間も学校休んじゃったらもうちんぷんかんぷんだよ」
「麻衣は、毎日学校に通っていてもそうだろ?」
「ひどっ!?」
「ぷっ! あははは!」
敦史の無遠慮な一言に、絵理ちゃんが吹き出した。
「ちょっ! 絵理ちゃん!?」
「あはは、ご、ごめんね」
本当に楽しそうな様子の絵理ちゃん。
どうやらネルの言う通り、安定しているようだ。
とりあえず、あたしが今できることは絵里ちゃんがまた思い悩まないように気を付けるってことだけだ。
でも……それってどうやればいいのかな?
そんなことを思いながら三人で登校していると、裕二が合流した。
「あ、絵里! もう大丈夫なのか!?」
「うん。心配かけてゴメンね」
「全然! そっか、良かったあ」
そう言う裕二は、心底安堵したような表情だった。
やっぱり、幼馴染みの具合が悪いと心配になるよね。
これでようやくあたしたちは元通りだ。
これからは、二度と絵里ちゃんがギデオンに取り憑かれないようにするだけだ。
どうか、平穏な日々が続きますように。
あたしは、そう願わずにはいられなかった。
と、そう願ったのも束の間……。
「麻衣、ギデオンの反応だ」
学校が終わり、今日も遊びに来ていた亜里砂ちゃんと一緒にいるとき、突然ネルがそう言った。
ちょ……あたしの平穏、短すぎない?
朝願ったとこだよ?
「お姉さん! 早く行きましょう!」
亜里砂ちゃんは、もうすでに装備を展開し魔法少女アリーサに変身している。
やる気に満ちすぎでしょ、この子。
「はぁ、分かったわよ」
早く行きたそうな亜里砂ちゃんに急かされるようにあたしも装備を展開する。
そして、いつものように窓から外にでてネルが示す現場に向かって急行していた。
「まったく……いつになったらギデオンは全滅できるのよ……」
「それは分からんな。なにせこの星は人口が多い。各国でも多くの適合者によって日々ギデオンは浄化されているが……正直、どれくらいの数がいるのか分からん」
ネルの言葉に、あたしは目眩が起きそうな気がした。
「それって……いつ終わるか分からないってこと?」
ギデオンがどれくらい地球に蔓延しているのかまったく把握できていないというネルの発言は、あたしがいつまでも適合者としてギデオンの相手をしないといけないということを示している。
それって、あたしが結婚して子供ができてもまだ出動しなくちゃいけないってこと?
ママなのに魔法少女……。
「嫌な未来すぎる……」
「なにがだ?」
「なんでもないわよ!」
内心で思ったことは口には出さない。
くそう、こうなったらそれまでにはなんとしてもギデオンを全滅させてやるわよ!
「あ、お姉さん。忍者さんです!」
「え?」
亜里砂ちゃんの見ている方向に視線を移すと、そこにはあたしたちと同じように民家の屋根の上を疾走するNINJAがいた。
屋根の上を走るNINJA……。
似合いすぎでしょ。
あたしたちが視線を向けていると、NINJAの方も気が付いたみたいだ。
「む? 魔法少女コンビか」
ぶっきらぼうにそう言うNINJA。
こんだけ現場が一緒になるってことは、こいつも同じ地域の人間なんだろうな。
「あ、あら、NINJAさんじゃない。偶然ね」
「お姉さん? なんか口調が変ですよ?」
「う……」
この間の一件で、NINJAと顔を合わせるのがなんとなく気まずい。
あたしは淳史一途なはずなのに、NINJAのちょっとした言動を意識してしまっている。
なんなのよ、これ。
こんなのあたしじゃない。
そう思って、無理矢理話題を作ることにした。
「こ、この前の子!」
「ん? ああ、お前の友達か」
「そ、そう。あの子、ちゃんと社会復帰したから」
「そうか」
「……」
ああ! 会話が弾まない!
どうしよう?
そう思っていると、亜理紗ちゃんが首を傾げていた。
「お姉さんと忍者さん、なんか変です。どうしたんですか?」
「べっ、別に! なんも変なことないわよ」
「心外だな。コイツはともかく、我は正常だ」
「コイツはともかくってなによ!」
「事実だ!」
なによコイツ!
やっぱムカつくだけだわ!
あれはやっぱり、絵里ちゃんのことであたしの心が弱ってたせいね。
そこでちょっと良いところを見たもんだから、勘違いしたんだ。
吊り橋効果って恐ろしいわ。
「んー? いつも通りです? でも、なんかちょっと違うような……」
「それは気のせいよ」
「そうですか?」
「おい、いつまでじゃれ合ってるつもりだ。もうすぐ現場に着くぞ」
「うっさいわね! 言われなくても分かってるわよ!」
ホントにコイツは!
一瞬でも、ちょっといいかもなんて思ったあたしが馬鹿だった!
もう二度と気の迷いは起こさないからね。
あたしは淳史一筋なんだから!
っと、そんな言い合いをしているうちに現場についた。
眼下では、男の人が暴れているのが見える。
うわあ、今日も野次馬が多いな……。
この中に飛び込んでいくのは、毎回勇気がいる。
そう、あたしが躊躇していると。
「魔法少女アリーサ、参上!!」
「やっぱり名乗るんだ!?」
これだけ衆人環視の前で堂々となのるとは……恐れをしらない小学生よ……。
「魔法少女アリーサ!? おい、今あの子名乗ったぞ!!」
「本当だ! 初めてじゃないか!」
「動画! 配信しないと!」
ああもう、こんなとこにまで動画配信者がいるのか。
そんなひとたちの前で堂々と名乗っちゃったら、ネタを与えるだけなんだってば!
これは叩かれるぞ……。
「うおお! 可愛い! やはり魔法少女はこうでなくては!」
「年増の魔法少女が名乗ったらドン引きだけどな!」
「それな!」
なっ!? 受け入れられただとおっ!?
そして、誰が年増の魔法少女だ!
こっちはリアルにその可能性が出てきてるんだ!
傷をえぐるようなこと言わないでくれる!?
「おい、なにを落ち込んでいる?」
「うっさい!」
心ない野次馬どもの言葉に傷ついていると、NINJAが話しかけてきた。
そういえば、コイツもかなり痛い格好してるじゃん。
ケケケ、アンタも散々に言われるがいい!
「お、おい、アイツ……」
「ああ……この前の忍者だ……」
「こんな人前であの格好……」
「しかも秘密組織のエージェントなんだと……」
「なんだよそれ? そんなの……」
「「「格好良い……」」」
「なんでよ!?」
なんであたしは痛くてコイツは格好良いのよ!
感性腐ってんじゃないの!?
「ふふ……やはり、見るものが見れば、我は格好いいのだよ」
覆面越しにだけど、コイツが勝ち誇ってるのが分かる。
くっそ!
別に認められたいわけじゃないけど、なんか納得できない!
「お姉さん! そろそろアイツ浄化しないと!」
「ととっ、そうね。こんなところで遊んでる場合じゃなかった」
おのれ……この鬱憤を全部込めて浄化してやる。
そう決意して力を集め始めたときだった。
「おーっほっほっほ!!」
喧噪の中に、突如高笑いが響いた。
その突然の出来事に、あたしだけでなく亜里砂ちゃんもNINJAも、そして周りの人たちも動きを止めた。
「え? なに?」
「あ! お姉さん、あそこ!」
あたしも周囲を見回すが、亜里砂ちゃんが一足早くその存在に気が付いた。
あたしとNINJAも亜里砂ちゃんが指さしている方へと視線を移し……。
二人して固まった。
なにせ、そこにいたのは……。
黒いマイクロミニのスカートに、黒いチューブトップ、そして黒いベストを羽織った。
女王様がいた。
な、なんで? なんで女王様が高笑いあげて皆の注目を集めてんの?
近くにそんな店でもあるんだろうか?
突然現れた女王様に混乱し、そんなことを考えていると……。
「とうっ!!」
「「はあっ!?」」
女王様は突然、ビルの上から飛び降りた。
あまりに突然のことで、あたしとNINJAは固まって動けない。
と、飛び降り!?
いやあっ! 生で飛び降り見ちゃった!!
思わず目を背けようとしたそのとき。
女王様はくるくると回転し、スタッと軽やかに地面に着地した。
え……今の動きは……まさか……。
「ね、ねえ、ネル……」
「う、うむ。どうやら彼女も適合者のようだ」
「はああっ!? あれが適合者あっ!?」
あんな、いかにもSMの女王様みたいなのが!?
一体、どんな奴なんだ?
そう思って顔を確認しようとしたけど……。
「くっ! こいつも顔を隠してる……」
あれは……なんて言ったらいいのか、蝶の形をしたマスクで目元を隠している。
目元だけとはいえ、顔の一部を隠されちゃうと人の顔って分からなくらるもんだな。
なんてことを考えていると、いつの間にか女王様がこちらに向かって歩いてきていた。
「あら御機嫌よう。あななたちがせんぱ……い……」
一応先輩であるあたしたちに挨拶しにきたみたいだけど、その途中で目を見開き言葉が止まってしまった。
「な、なによ?」
やっぱりコイツも、あたしみたいなのがこんな格好をしているのが驚きなのだろうか?
自分はもっと恥ずかしい格好してるくせに!
「ま、ま……」
「ん? なに?」
コイツといいNINJAといい、声が小っさいのよ。
なんて言ったんだか分かりゃしないわ!
「い、いえ、なんでもありませんわ。それより、あなたがたが先輩ですわね?」
「そうよ」
「うむ」
「そうです!」
女王様の問いかけに、三者三様の返事を返すあたしたち。
「わたくし、本日がデビューとなっておりますの。申しわけありませんけれど、今回はわたくしに譲って下さらないかしら?」
「え? それは別に構わないけど……」
「ふふ、ありがとう。魔法少女さん」
女王様はそう言うと、悪魔憑きになったお兄さんに向き直った。
「さあ……わたくしが折檻して差し上げますわ!!」
女王様はそう言うと、右手にあるものを呼び出し握りしめた。
あ、あれは!?
「ムチ!?」
女王様にムチって……なんてお似合いなの!
あまりに相応しい装備に目を奪われていると、女王様はそのムチでパシンと一度地面を叩いた。
「さあ……覚悟はよろしくて?」
女王様はそうお兄さんに問いかけるけど……
「あ、あああっ!」
悪魔憑きになった人とは会話できないからね?
思ったような返事が返ってこなかったというのに、女王様は気にした素振りも見せずにムチを振るった。
って、悪魔憑きの人には物理攻撃は効かな……。
「それっ! それっ!!」
「あうっ! おうっ!」
え? うそ! 効いてる!?
あれって物理攻撃じゃないの!?