第四章 幼馴染クライシス その7
「ね、ねえネル。あれって……」
「ああ……具現化した装備による攻撃だから、ギデオンに取り憑かれた人間にも効果があるみたいだ……」
そういうネルは可愛らしい顔を凄く歪めながらそう言った。
ネルの顔は、ものすごく苦悩している感じだな……。
いや、気持ちは分かるけども。
あたしとネルが会話を交わしている間も、女王様によるムチ攻撃は止むことはなかった。
「おーほっほっほ! おーっほっほっほ!!」
「あっ! あっ! ああっ!!」
……なんだろう……だんだん、見ちゃいけないものを見ている気分になってきた。
隣を見ると、NINJAも微妙な顔をしているのが覆面越しでも分かった。
そりゃ、あんなの見たらそうなるよね……。
「わ、わあ……すごいです」
ところが亜里砂ちゃんは、女王様のムチ捌きをみて純粋に感動しているように歓声をあげていた。
「え? なんですかお姉さん。なんで目隠しするんですか?」
「い、いや……なんか見せちゃいけないような気がして」
「なんでですか? 私もみたいです!」
「あっ!」
思わず亜里砂ちゃんには見せちゃいけないと思って目隠しをしたけど、本人の抵抗にあって目隠しが外れてしまった。
こ、これは教育上よろしくないのでは?
そう思っていたのだが、どうやら戦闘は次の局面に移行したらしい。
さっきまで悪魔憑きのお兄さんをムチ打っていた手を止め、力を溜めだしていた。
「ほどよく弱ってまいりましたわね。それでは、トドメですわ!!」
女王様はそう言うと、再びムチを振るった。
だが、今回振るわれたムチは相手を打つことなく、悪魔憑きのお兄さんをグルグルと巻き取っていった。
あ、新しいプレイ?
これからどんなプレイが繰り広げられるのかとドキドキしていると、野次馬からこんな声があがった。
「お、おい。なんかあのムチ、長くなってねえか?」
あー、そうか。
野次馬たちはあれが精神力を具現化させた装備だって知らないんだったな。
あのムチは多分、巻き取りたいって思ったら長さが変わるんだろう。
知らないと不思議な光景に見えるよなあ。
説明する必要もないので言わないけど。
「さあ……いきますわよ?」
あたしが野次馬の言葉に耳を傾けているうちに、女王様は力をため終わったらしく、最後の攻撃に移っていた。
妖艶に口元に笑みを浮かべた女王様が、巻き付けたムチに力を流すとムチが光り出し……。
「そうか!」
「な、なによ!?」
急に声をあげるんじゃないわよNINJA。
ビックリしたじゃない!
「アリーサと一緒だ。あの細いムチだけでは決定打に欠ける。だからああして巻き付けることで効果を増しているんだ!」
「な、なんか、急に解説役みたいになったわね」
「でも分かりやすいです! あれって、私と同じなんですね?」
「そうだ。見てみろ」
NINJAの言葉に、あたしはムチを巻き付けられた悪魔憑きのお兄さんを見た。
すると……。
「ぐっ……おおおおっ!!」
おお、メッチャ効いてる。
ムチが放つ光が強くなればなるほど、お兄さんが苦しんでいるのが分かる。
これは、もう決着するのも早いだろう。
あたしがそう思ったのと同じように女王様もそう思ったのだろう。
さらに力を込め、こう言った。
「昇天なさい!!」
「あ、あ、ああああああっ!!」
……女王様がお兄さんを昇天させた……。
い、いやいや!
やっぱりこれはお子様には見せちゃいけないものでしょう!?
あたしは恐る恐る亜里砂ちゃんの方を見ると、亜里砂ちゃんはキラキラした目をして女王様を見ていた。
これって、絶対あの女王様に憧れちゃってるよね!?
マ、マズい。
娘さんに変な知識を植え付けちゃったらご両親に合わせる顔がない!
「ア、アリーサちゃん?」
「凄い! 格好良いです! ところでお姉さん。昇天ってどういう意味ですか?」
「うえっ!?」
しょ、昇天って、あれでしょ? そ、その……い……イッちゃ……。
「昇天とは。霊魂などが浄化され天に昇っていくという意味だ」
「あ、そっか。ギデオンも悪霊みたいなものだからピッタリですね!」
「うむ」
「そ、そうそう! そういう意味よ!!」
あ、あっぶな……。
あやうくあたしが亜里砂ちゃんに変な意味を教えるところだった。
っていうか、昇天ってそういう意味だったんだ。
あたしが一人で納得していると、隣から視線を感じた。
「な、なによ?」
「ん? いや、お前はどういう意味で捉えていたのかと思ってな」
「なっ! あ、あたしだってアンタと同じ意味で捉えてたわよ!」
「本当か? その割には随分と慌てていたようだが?」
「そ、そんなことないわよ!」
なにコイツ!? あたしの心でも読めるっていうの?
NINJA……格好はふざけてるけど、侮れない奴だわ……。
あたしがNINJAからの追求を躱していると、そこに女王様がやってきた。
「ふう……男性を昇天させるのは気持ちが良いですわ」
「やっぱりそういう意味だったんじゃないか! っていうか、そういうことを子供のいる前で言うな!」
「あら? 男性に取り憑かれたギデオンを女性のわたくしが浄化する。女性が男性に力で勝るのが気持ちいいという意味ですわよ? それ以外になにか意味がありまして?」
「ほら、やっぱりそう意味で捉えていたんじゃないか」
「グルか!? アンタたちはグルなのか!?」
なんだ!? この流れるような連携プレイは!
あっという間にあたしが変な意味で捉えていたことになっちゃったじゃないか!
いや、確かにそう思ったけども!
「お姉さん、どうしたんですか?」
「え? い、いえ。なんでもないのよ?」
「ふーん。ところで、別の意味ってなんですか?」
「なんでもありません!!」
「えー? 教えて下さいよお。お姉さんたちだけ知ってるなんてズルいですよ」
「ズルくないの! お、大人になったら分かるから。それまで待ちなさい」
「ちぇー」
ふ、ふう……。
どうにか丸め込めたみたいね……。
安堵の息を吐いていると、二人が必死に笑いを堪えている姿が見えた。
「ア、アンタたち……」
「おっと、いつまでもここにいるとまた面倒な輩に絡まれてしまうな。早々に離脱するとしよう」
「そうですわね」
なんで笑っているのか二人を問い詰めようとしたら、そう言ってこの場から離脱された。
「ちょっ! あたしも!」
あたしたちだけ取り残されてはたまらないので、あたしと亜里砂ちゃんも二人の後を追って離脱した。
そうして抜け出した先は、今回もどこかのビルの屋上だ。
「アンタたちねえ……」
「ちょっと待て。先に私の用件を済まさせてもらおう」
今度こそ二人を問い詰めようとしたとき、ネルが割り込んできた。
「マル! マル! いるんだろう、出てこい!」
マル? とあたしが疑問に思っていると……。
「……お久しぶりです隊長……」
ネルそっくりの可愛らしい、緑色したぬいぐるみみたいな生き物が、女王様の後ろから現れた。
そりゃそうか、この女王様はコスプレやそういうお店の人ではなく適合者。
ってことはサポート人員がいるよな。
現れたそいつは、声からして女の子なんだろう。
声の感じは、NINJAのサポートであるメルよりも年若い感じ。
だけど、理想を言えばもうちょっと年若い感じなら丁度いい感じだった。
微妙に年齢が上な感じなので、それが余計に違和感を増幅させる。
マルと呼ばれたそのぬいぐるみは、おずおずといった感じでネルの前に現れた。
その様子は、若干怯えているように見える。
なぜ?
「マル。これはどういうことだ?」
「ど、どうとは?」
突如始まったネルのお説教に、マルは身を強ばらせた。
「なにを惚けている! なぜお前の担当がこんな姿になっているんだ!」
「知りませんよ! 変身したらこうなってたんですから!」
あー、ネルのお怒りの原因はそれか。
そりゃそうだよな、魔法少女二連発にNINJAときて女王様だもんな……。
宇宙から来たネルからしてみたら意味が分かんないだろう。
いや、あたしたちも、なんで女王様なのかは意味が分からないけれども。
「そもそもこれはなんだ!!」
「だから知りませんってば!! それを言うなら、隊長の担当だってこんな変な格好してるじゃないですか!!」
「むぐっ……」
ネルが劣勢だと感じたんだろう、NINJAのサポートであるメルが間に入った。
「ま、まあまあ、落ち着いてマル。優秀なあなたらしくないわ」
「メル先輩のとこだっておかしいじゃないですか!」
「ま、まあね……」
あ、メルも撃沈した。
アルは?
「俺は……なにも言えん」
亜里砂ちゃんの近くにいたアルは、この言い争いには参加しないらしい。
アンタの担当も魔法少女だもんね……。
「そもそも、この星の人間はおかしいんですよ! 普通戦闘のための装備なら防具とか武器とが装備するじゃないですか! なのに、フリフリでヒラヒラの服は着てるし……」
「「う……」」
「全身黒い服で身を包んでるだけだし……」
「むう……」
「あたしの担当に至っては、メッチャ肌露出してるし……」
「あらあ?」
「なんなんですか……変態ばっかりじゃないですか……」
「「「「変態言うな!!」」」」
なんて失礼な奴なんだ!
NINJAと女王様は変態だけど、あたしと亜里砂ちゃんは違うだろう!?
「我以外が変態なのは共感するが、それと同列には語られたくないな」
「あらあ? この現代社会において忍者を選択するあなたこそ変態だと気付かないのかしら? それに、ファンタジーなものに変身しているあなたたちもね。その点、わたくしは実際にいますわよ?」
「「変態の象徴としてな!!」」
「あらあ?」
ったく、一番の変態に言われるとは思わなかった。
「はあ……もういい。マル、ちょっとこっちに来い」
「な、なんですか?」
「いいから……」
ネルはそう言うと、チラリとあたしたちを見た。
あ、これは聞かれたくない話だな。
「分かりましたよ……」
また怒られると思ったのか、マルは渋々といった感じでネルに付いていった。
聞いてみたくはあるけど……メルとアルの目があるしな。
ここは我慢するか。
◆
「それで? アレは例のあの少女なのか?」
「ええ。隊長の言うとおり、不安定な感じがしましたからね。いつまたギデオンに取り憑かれるかも分からない。なので、適合数値も高かったことですし、いっそ装備者にしてしまえばギデオンに取り憑かれることはないと思ったのですが……」
「……想いを溜め込むクセのある人間が、装備を手にすることによって心が解放されてしまったのだろうなあ……」
「そう……だと思います。まさか、こんな形で現れるとは思いもしませんでしたが……」
「まあ……しょうがない。十分に戦える力はあるようだし、あの少女が再びギデオンに取り憑かれる危険を考えれば、これで良かったのかもしれん」
「あんな格好ですけどね……」
「この星はどうなっているんだ……」
◆
ネルがマルと一緒に戻ってきた。
「話は終わった?」
「ああ。ギデオンの浄化も済んだことだし、これで解散しようか」
戻ってくるなり、ネルはもう帰ろうと提案してきた。
「そうね、女王様には色々と聞きたいこともあるけど……」
「ふふ、わたくしのことは女王様ではなく「クイーン」と呼んで頂けるかしら?」
……コイツ。
「はいはい、分かったわよクイーン。これからよろしくね」
「ええ、こちらこそ。それで、あなたのお名前は?」
「魔法少女マインさんです!」
「ちょっ! アリーサ!?」
なんでそんなこと言っちゃうのよ!?
「そう。よろしくねマイン」
あああ……もうクイーンの中であたしがマインで固定されちゃったよ……。
「それで、忍者さん。あなたは?」
「……我は忍だ。名乗る名は持ち合わせておらん」
痛っ!
痛すぎるぞNINJA!
そもそも、忍なら表に出てこないで忍んでろよ!
「ふふ、闇に生き、闇に死ぬ者……名乗れないのは当然ね」
クイーンも乗ってんじゃないわよ!!
「はあ……なんだろう、メッチャ疲れたわ」
「え? お姉さん、今日はなんにもしてないですよ? なんで疲れるんですか?」
「色々あるのよ。色々……」
「ふーん」
「じゃあ、そういうことで、あたしたちは帰るから。クイーン、今日は譲ったけど、次は早い者勝ちだからね」
「ええ、分かったわマイン」
「ぐっ……それじゃあね!」
最後の最後に心を抉っていきやがってぇ……。
ああ、もう!
早いとこギデオンを全滅させないと、あたしの心の平穏が訪れないよ!!
今後より一層率先してギデオンを浄化してやると、あたしは心の中で誓った。
◆
「さてと、それじゃあわたくしもお暇させていただくわ」
「うむ」
「ああ、それから」
「なんだ?」
「あんまりあの子をいじめちゃ駄目よ?」
「なんだと?」
「ふふ。それじゃあね、忍者さん」
クイーンとマルは、そう言って忍者の前から飛び去って行った。
その後ろ姿を見ながら、忍者は思案していた。
「さて、私たちも帰りましょう……どうしたの?」
「いや。なんでもない」
何事か考え込んでいた忍者だったが、メルの言葉で我に返ると頭を振った。
「そう。なら行きましょう」
「ああ」
そう言ってビルの屋上から飛び立つ忍者。
だが、クイーンが去って行った方向を見ながらポツリと呟いた。
「クイーンは……アイツの知り合いなのか?」
その呟きは、メルにも聞こえていなかった。
◆
女王様姿のクイーンという衝撃的な仲間ができた翌日、いつもの場所で絵里ちゃんが待っていた。
「あ! 麻衣ちゃん!」
おお?
どうしたんだろう?
今日の絵里ちゃんは、普段ではあまり見ないくらいテンションが高い。
「おはよう! 今日はいい日だね!」
「そ、そう?」
絵里ちゃんにそう言われてあたしは反射的に空を見た。
どんより曇っている。
「あんまりいい天気じゃないかな?」
「天気の話じゃないよ。今日は凄くいい気分だなってこと!」
「そ、そうなんだ」
凄くいい気分?
なにか良いことでもあったのかな?
「淳史君もおはよう!」
「あ、ああ。おはよう」
今までになくテンションの高い挨拶をされた淳史も驚いてる。
絵里ちゃんって、いつもお淑やかに微笑んでるイメージだもんね。
戸惑うのも分かるわ。
「おっす!」
「おはよう! 裕二君!」
「お、おう?」
あ、裕二も絵里ちゃんのテンションに目を白黒させてる。
「え、絵里? どうした? なにかあったのか?」
そりゃあ気になるよねえ。
幼い頃からずっと一緒なのに、こんなテンション高い絵里ちゃんは見たことない。
「ねえねえ絵里ちゃん、なんかあったの?」
「んー? うふふ」
絵里ちゃんはそういうと、人差し指を口に当ててウインクした。
「ないしょ」
そんな仕草も、いままで見たことない。
「ちょ、なんだよそれ!」
「うふふ、なーいしょ!」
「絵里ー!」
裕二と絵里ちゃんが戯れるのを、あたしと淳史は呆気に取られて見ているだけだった。
「絵里ちゃん……テンション高過ぎでしょ」
そう呟くが、淳史からの反応は無かった。
「……あの笑み……まさか?」
「淳史?」
「え? ああ、すまん。なんでもない」
「? そう」
変なの。そう思いながら、戯れている裕二と絵里ちゃんを追い、学校に行くのだった。
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2020年3月30日(月)発売
『魔法少女とラブコメとちぐはぐスクランブル』
著者:吉岡 剛/イラスト:ゆきさん
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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