第四章 幼馴染クライシス その5
そして放課後、三人で絵理ちゃんの家に着いたとき、家の前になにかの業者さんの車が止まっていることに気が付いた。
「ん? なんだろ?」
その車に気が付いた裕二が止まっている車を見に行った。
「……工務店? 絵理んち、なんか改装でもすんの?」
あぁ、そっか。
昨日、絵理ちゃん窓を突き破って出て行っちゃったからな。
その修理だろう。
あたしはそのことを知っていたけど、もちろん口には出さなかった。
「もういいか? 行くぞ」
「ああ、うん。いいよ」
車を見ながら首を傾げている裕二に、敦史が声をかけインターホンを押し、二三言葉を交わすとすぐにおばさんが玄関から出てきた。
「おばさん、絵理大丈夫ですか?」
「あら裕二君、昨日はごめんなさいね。今日は起きてるから上がって行って」
「はい! お邪魔します」
「「お邪魔します」」
裕二が先頭になって絵理ちゃんの家にお邪魔し、おばさんのあとに付いていく。
そのおばさんの行く先は、絵理ちゃんの部屋ではなく、この家ではあまり行ったことがなかった客間だった。
「え? ここ?」
絵理ちゃんの部屋ではなく、客間に通されたことで裕二が困惑の声をあげた。
「ごめんね。絵理の部屋、今ちょっと業者が入ってて」
「業者って、表に停まってた工務店ッスか?」
「そうなの、ちょっと修理しないといけないところがあってね」
裕二の質問に、おばさんは若干言葉を濁しながら返事をした。
そりゃあ言えないよね。
自分の娘が悪魔憑きになって、窓を突き破って飛び出しちゃったから窓が壊れたの、とは。
まだちょっと不審がっている裕二をよそに、おばさんは客間の扉をノックした。
「絵理? みんな来てくれたわよ」
「え? みんな?」
「そう、麻衣ちゃんと、淳史君と裕二君」
「ふぁ!? ちょ、ちょっと待って!」
おばさんが声をかけると、中から絵理ちゃんの声が聞こえた。
昨日までとは違い、随分元気そうだ。
「ど、どうぞ!」
「それじゃあみんな、あとはよろしくね」
おばさんはそう言うと、部屋の前から立ち去っていった。
「絵理ちゃん? 入るね?」
「う、うん、いいよ」
絵理ちゃんの返事を聞いて、あたしたちは客間の中に入っていった。
そこは和室になっていて、絵理ちゃんは畳の上に敷かれた布団の上で横になっていた。
「絵理ちゃん、大丈夫?」
「うん。ただちょっと身体が痛くって……麻衣ちゃん、身体起こすの手伝ってくれる?」
「もちろん」
「あ、淳史君と裕二君は向こう向いてて」
「え? なんで?」
絵里ちゃんの要望に、裕二が食いつくが、なんで分かんないんだろうね。
「……カーディガン羽織るから。パジャマ姿、見られたくない……」
「あ、ああ。そういうことね。おっけー、向こう向いとく」
「絶対、こっち見ちゃ駄目だよ!」
「分かってるって!」
そんなやり取りをしたあと、あたしは絵理ちゃんの上半身を起こすのを手伝った。
手を貸してあげても、絵理ちゃんはちょっと身体を動かす度に痛そうに顔を顰めた。
「だ、大丈夫?」
「う、うん。ホントにただの筋肉痛だから。あ、そこのカーディガン取ってくれる?」
「分かった」
布団の側に置いてあるカーディガンを渡すと、絵里ちゃんはそれを羽織り、前のボタンを留めた。
これで、パジャマ姿は見れなくなった。
「二人とも、もうこっち向いていいよ」
その言葉で、淳史と裕二の二人が振り向く。
「絵理。大丈夫なのかよ?」
「うん。お医者さんにも看てもらったから」
心配そうにそう言う裕二に、絵理ちゃんは今日病院に行ったことを告げた。
「それで、医者はなんて?」
敦史も気になっていたんだろう、医者の診察結果を聞いた。
「なんか、体中の筋肉が炎症を起こしてるって。でも、安静にしていれば自然と治るらしいよ」
「そうか……」
絵理ちゃんから診察結果を聞いてホッとしたんだろう。
敦史は安堵したように息を吐いた。
「なあ絵理、どうしたら全身が筋肉痛になるようなことになるんだよ?」
裕二もその診察結果に安堵したんだろう、さっきまでの心配そうな表情ではなく、純粋になんでこんなことになっているのかと質問した。
その裕二の質問に、絵理ちゃんは明らかに言葉を選びながら応えた。
「うーん……私にもちょっと分かんないな」
あ、これは、昨日おじさんとおばさんに説明されたな。
ちょっと目が泳いでる。
「昨日寝る前になにかあったとか?」
「う、ううん。別になにもないよ」
「じゃあ、なんなんだろうな?」
淳史と裕二が首を傾げているけど、絵里ちゃんはオロオロしてる。
やっぱり、説明済みか。
「そ、それはともかく、淳史君も裕二君ももお見舞いに来てくれてありがとう。凄く嬉しいよ」
「そ、そうか?」
「当然だろ?」
裕二は照れながら、淳史は当たり前だと返事をした。
二人にとっても、大事な幼馴染だもんね。
「麻衣ちゃんも……二日続けて来てくれて嬉しい……」
「え、あ、うん。心配だもん、当然だよ」
「うん。本当にありがとう」
そう言う絵里ちゃんは、昨日と違い、本当に嬉しそうだった。
良かった……。
なぜだかは分からないけど、絵里ちゃんが本当に元に戻ったんだ。
昨日、ギデオンが浄化されたことで、気に病んでいたことがなくなったのかな?
そうだといいな。
そうして楽しく四人でお喋りをしていると、あっという間に時間は過ぎていった。
「それじゃあ、そろそろ帰るね」
「うん、麻衣ちゃん今日はありがと」
「絵理、無理すんなよ? 身体が大丈夫になるまで学校来なくてもいいからな」
「お母さんがしばらく休みなさいって言ってるから、大丈夫だよ裕二君」
「またノートのコピーを麻衣に渡しておくから」
「うん。ありがとう敦史君。それじゃあ、またね」
皆と挨拶をしたあと、あたしは絵里ちゃんが横になるのを手伝った。
筋肉痛でしんどいだろうからね。
そしたら、絵里ちゃんが謝ってきた。
「麻衣ちゃん。ごめんね……」
「ん? いーよ、いーよ。これくらい」
「そうじゃなくて……ううん。ありがとう」
「どういたしまして」
こうして、絵里ちゃんを寝かせたあと、あたしたちは絵理ちゃんの家を出た。
「んじゃあ、また明日な」
「うん、じゃあね」
「真っ直ぐ帰れよ?」
「分かってるよあっくん。今日は遊びに行く気分じゃないから。じゃあね」
そう言って絵理ちゃんの家の前で裕二と別れた。
あたしと敦史は家が向かい同士なので、一緒に家に向かって歩いて行った。
「絵理、大丈夫そうだったな」
「そうだね」
敦史のその台詞にそう返すと、敦史はあたしの顔をじっと見てきた。
「な、なに?」
「いや、あんまり心配そうに見えなかったから」
「そ、そんなことないよ。心配してたに決まってんじゃん!」
確かに原因は知ってたけど、絵理ちゃんの体調が心配じゃなかったわけじゃない。
そのことより、絵理ちゃんの心の方が心配だっただけ。
「でも、本当に大丈夫そうでよかった」
それは身体のことだけじゃない。
四人で話していたとき、絵理ちゃんは本当に楽しそうだった。
「そうだな」
敦史はそれだけ言うと、そのあとは黙り込んでしまった。
あたしも、特に話すことがなかったから二人して黙って歩いて帰った。
「じゃあな、また明日。夜更かしすんなよ?」
「分かってるよ。また明日ね」
「おう」
家の前まで辿り着いたあたしたちは、いつものやり取りをしてそれぞれの家に入った。
あたしは部屋に入るなり、ネルに話しかけた。
「絵理ちゃん、大丈夫そうだったね」
「ぱっと見は大丈夫そうだったがな。果たしてどうなんだろうな」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ」
「すまんな。とりあえずギデオンを浄化されると、そのとき抱いていた感情も浄化されるから一時的には穏やかになるんだ」
「それって……また取り憑かれる可能性があるってこと?」
「それも分からん」
「なによ、不安を煽るようなことばっかり言って!」
「すまんな」
ったくコイツは。
解決策がないんなら不安を煽るようなこと言うんじゃないっての。
ともかく、ネルの言葉を信じるならしばらくは大丈夫そうだ。
◆
(ふむ……とりあえずは大丈夫だと思うが……)
ネルは、悪魔憑きを発症した絵理の力の強さを懸念していた。
今までとは段違いの力。
それがまた発症するようなことがあれば、麻衣とて無事ではすまないかもしれない。
これは、麻衣には内緒で対策を講じる必要があるとネルは感じていた。
そこでネルは、麻衣の決意をよそに別の対策を講じようとしていた。
だが、それを麻衣が聞けば絶対に反対するはず。
なので、秘密裏にことを運ぶことにした。
(……気こえるか?)
ネルが念話を繋げた相手。
それは、絵理が悪魔憑きを発症するまえに連絡を取っていた部下だった。
(ああ。そうだ、頼むぞ)
ネルの講じた策が功を奏するのか、それはまだ分からなかった。