第四章 幼馴染クライシス その3
学校が終わった放課後、あたしは一人で絵里ちゃんの家に向かった。
インターホンを鳴らすと、絵里ちゃんのおばさんが出た。
『はーい』
「あ、あの、麻衣です。絵里ちゃんのお見舞いにきたんですけど」
『あら、ちょっと待ってね』
おばさんはそう言うと、インターホンを切って少しすると玄関ドアを開けて出てきた。
「麻衣ちゃん、いらっしゃい。わざわざごめんね」
「いえ、絵里ちゃん、大丈夫なんですか?」
「それがねえ……昨日も体調悪そうだったのに無理して学校に行ったから悪化しちゃったのかもしれないわ」
「え?」
悪化した?
え? 昨日のあれは、気に病んでたとかじゃなくて、病気だったの?
でも……。
「昨日帰るときは、大分具合は良さそうに見えたんですけど……」
「そうなの? じゃあ、なんなのかしら……」
「そう言われても……」
さっぱり分からない。
とにかく絵里ちゃんに会わないと。
このとき、あたしはそれしか考えてなかった。
「あの、おばさん……」
「え? あ、ごめんね。絵里なら部屋にいるから、会ってあげて」
「はい。お邪魔します」
あたしはおばさんに招き入れられて絵里ちゃんちに入った。
幼い頃から何度も来ているので、おばさんの案内がなくても絵里ちゃんの部屋は分かるのだけど、おばさんは絵里ちゃんの部屋まで先導してくれた。
そして、絵里ちゃんの部屋の扉をノックした。
「絵里? 麻衣ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ」
おばさんが部屋にいる絵里ちゃんに声をかけると、部屋の中から声が聞こえた。
『麻衣ちゃんが? そう……入ってもらって』
絵里ちゃんから了解が出たので、おばさんはあたしの方を見た。
「じゃあ、麻衣ちゃん。お願いね」
「はい」
あたしはそう言うと、絵里ちゃんの部屋に入った。
絵里ちゃんは、ベッドの上で上半身を起こして座っていた。
その顔色は……あんまり良さそうに見えなかった。
「絵里ちゃん、大丈夫?」
「うん。ごめんね?」
絵里ちゃんはそう言うと、ちょっと困ったような顔をして微笑んだ。
その顔はなんとも儚げで、絵里ちゃんがこのまま消えてしまいそうに感じた。
あたしは、ベッドの横にある机の椅子に腰を下ろしたのだけど、絵里ちゃんはドアの方を見てた。
「どうしたの?」
「え? ああ、麻衣ちゃんだけ?」
「うん。女の子の部屋だし、多分絵里ちゃんパジャマだろうから、淳史と裕二には言わずに来たの」
「そっか」
絵里ちゃん、淳史と裕二も来てると思ってたのか。
女の子が幼馴染とはいえパジャマ姿は見られたくないだろうから二人には声をかけなかったんだけど、余計な気を回しちゃったかな。
「確かに、今の格好は見られたくないかな。ありがとう麻衣ちゃん」
「ううん。気にしないで」
ほっ、良かった。
余計な気遣いじゃなかったみたい。
そのことに安心したあたしは、絵里ちゃんに話しかけた。
「もう、ビックリしたよ。絵里ちゃんが休むなんて、なにか悪い病気なんじゃないかって裕二なんてメッチャ焦ってたよ」
「そう……裕二君が」
「もちろん、あたしも淳史も心配したんだからね。それで? 体調どうなの?」
「別に大したことじゃないんだよ。お医者さんも、どこも悪いとこないって言ってたし」
「そうなんだ」
「だから、心配しないで。明日にはまた学校行くから」
「そっか」
そこで会話が途切れてしまった。
なんとなく気まずい空気が流れたので、あたしは慌てて別の話題を話し始めた。
「そ、そういえばさ。絵里ちゃんが休んだって聞いて、先生たち驚いてたよ」
「そうなの?」
「そうそう、昨日体調悪そうでも最後まで授業受けていたのに、休むなんてよっぽど酷いのかって心配してた」
「そっか」
……。
ああ、やっぱり会話が続かない!
どうしようかと思っていると、不意に絵里ちゃんが話しかけてきた。
「麻衣ちゃんは優しいね……」
「え? なんで? あたしが絵里ちゃんの心配するのは当たり前でしょ?」
「ううん。優しいよ。それに比べて私は……」
「絵里ちゃんも十分優しいじゃん。あたし、絵里ちゃんは優しさでできてると思ってるからね?」
半分じゃなくて全部ね。
素直にそう思ってるから言葉にしたんだけど、絵里ちゃんはなぜか黙り込んでしまった。
「……」
「え、絵里ちゃん?」
「あ、ごめんね、なんでもないの」
「そ、そう?」
「うん。ごめんね、ちょっと疲れちゃった」
「あ、じゃあ、もう休んで。あたしも帰るから」
「うん。今日はわざわざありがとう」
「いいよ。絵里ちゃんのピンチにはいつでも駆け付けるから、いつでも呼んで」
「……うん」
「じゃあね。ゆっくり休んでね」
あたしは、ベッドに横になった絵里ちゃんにそう言葉をかけると部屋を出た。
おばさんからもお礼を言われ、あたしは絵里ちゃんの家を出た。
お医者さんも悪い所ないって言ってたし、すぐに元気になるよね。
明日は学校に来れるといいな。
そんなことを思いながら、家に向かって歩いて行った。
◆
朝起きたら、身体が尋常じゃないくらい怠かった。
それでも学校に行こうと朝ごはんを食べにダイニングに行くと、お母さんから学校に行くのを止められた。
昨日も酷い様子を見せてしまったので、私はその言葉に従い学校を休んだ。
病院にも連れていかれたけど、検査の結果は異状なし。
お医者さんは、恐らく精神的な疲労が身体に影響しているのではないかとのことだった。
思い当たる節はあったが、そのことは話さなかった。
とにかく、ゆっくりと養生するように言われて家に帰ってきた。
最近、ちょっと寝不足だったからベッドに入るとすぐにウトウトしてしまった。
夕方頃に目が覚めると、麻衣ちゃんがお見舞いに来てくれた。
一人で。
なんでかと思ったら、パジャマ姿は見られたくないだろうと思って誘わなかったらしい。
麻衣ちゃんは本当に優しいな。
こんな私には勿体ないくらい優しい子だ。
そんな優しい子を、私は……。
私の心は、自己嫌悪で一杯だった。
麻衣ちゃんと一緒にいると、嫌でも自分の心の醜さを自覚させられる。
でも、純粋に心配して来てくれている麻衣ちゃんにそんなこと言えない。
苦しい。
ただただ、苦しいよ。
いよいよ耐えきれなくなった私は、疲れたと言ってベッドに横になった。
そんな私に、麻衣ちゃんは最後まで優しい言葉を投げかけてくれた。
その優しさが、私には苦しいよ。
麻衣ちゃん。
ごめんなさい……。
私の意識は、そこでプツリと途切れた。