第四章 幼馴染クライシス その2
誤解だった。
麻衣ちゃんと裕二君は付き合っていなかった。
ただ、裕二君の暇つぶしに付き合っていただけだった。
思えば麻衣ちゃんと裕二君は昔からそうだ。
お互いに遠慮がない。
だから、あのアイスのやり取りも、全部いつも通りのことだったんだ。
そのことに関しては、良かったと思う。
けど、私の心は晴れなかった。
私は……。
麻衣ちゃんに裕二君が獲られたと勘違いした私は……。
麻衣ちゃんを恨んだ。
恨んでしまった。
長く一緒にいた幼馴染を。
私のことを深く理解してくれている友達を。
一番の親友を。
恨んでしまった。
醜い。
私の心は、なんて醜いんだろう。
消えたい。
消えてしまいたい。
そう思った私の心に……。
黒い染みが広がっていくのが分かった。
◆
なんとか絵里ちゃんの誤解を解いたあたしは、その後紅茶を飲みながらとりとめもない話をした。
仲間外れにされたと誤解していた絵里ちゃんは、拗ねたのが恥ずかしかったのかまだちょっと固い感じはしたけど、あたしを拒絶するようなことはもうなかった。
いやあ、良かった。
そしてお会計を終え、店を出ようとしたとき。
「麻衣ちゃん、ちょっといい?」
「はい?」
奥さんに引き留められた。
「絵里ちゃん、外で待ってて」
「うん」
「奥さん、どうしたんですか?」
「うん。えっとね、麻衣ちゃん、絵里ちゃんのこと、よく見ておいてあげてね」
「ああ、もう大丈夫ですよ。誤解も解けましたし」
「そうじゃなくて……」
「ん?」
「なんというか……まだちょっと不安定な感じかするのよ。それとなくでいいから、お願いね」
「はあ、分かりました」
「じゃあ、気を付けて帰ってね」
「はーい」
奥さんがあんなに言い淀むなんて珍しいな。
絵里ちゃんになにか見えたんだろうか?
まあいいや。
今回のことで、絵里ちゃんが本当に大事な友達だっていうのを再認識できたし、これまで以上に絵里ちゃんを大切にしていこう。
それで大丈夫だよね?
「お待たせ! 帰ろ!」
「うん」
こうしてあたしと絵里ちゃんは、それぞれの家に帰った。
そして翌日。
「え?」
朝食を食べているときに入ってきたメッセージを見て、あたしは思わず声をあげた。
「麻衣! 食事中にスマホを見るのは止めなさい!」
「そうだぞ、ママが作ってくれたご飯は、ちゃんと集中して食べなさい」
「ママもパパもちょっと黙ってて、絵里ちゃんから今日は休むってメッセージが入ったんだから」
あたしがそう言うと、ママもパパも驚いた顔を見せた。
「絵里ちゃんが休むなんて、珍しいわね」
「なにか、厄介な病気にでもかかったんじゃないか?」
ママもパパも随分大袈裟だな。
っていうか、あたしが風邪をひいたときは、本当かどうかメッチャ疑うくせに。
でも、二人の言うことも分かる。
絵里ちゃんは、多少の体調不良くらいなら学校を休むことはしない。
さすがに風邪をひいたときとかインフルエンザのときなどは、周りにうつしては迷惑なので休むが、それ以外なら平気で学校に来る。
昨日、相当体調が悪そうだったのに、それでも学校に来ていたくらいだ。
その絵里ちゃんが休み?
「『どうしたの?』と」
あたしはそうメッセージを送信した。
少ししたら、メッセージが返ってきた。
『ちょっと体調が悪いから。みんなには言っておいて』
「え?」
「どうしたの?」
「なんて返ってきた?」
おい、二人とも興味津々じゃないのよ。
さっきの注意はなんだったの。
「なんか、体調が悪いみたい」
「そう。よっぽど悪いのね」
「へんな病気でなきゃいいけどな」
「うん」
あたしは『分かった。ゆっくり休んで』とメッセージを返信し、残りの朝食を食べた。
そして、玄関を出ようとした際、またメッセージが届いた。
メッセージには。
『ちょっと寝るので、返信できません。ごめんね』
と書かれてあった。
これ以上返信すると、絵里ちゃんの睡眠を邪魔してしまうと思い、それ以上返信しなかった。
そしていつものように淳史と玄関先で合流し、さっきのメッセージを伝えた。
「絵里が? 大丈夫なのか?」
「さあ……そこまで詳しくは書いてなかった」
「そうか……ところで昨日は……」
「あ、うん。なんか、あたしと裕二が二人でカラオケ行ったとこ見たらしくて、仲間外れにされたと思ったみたい」
「……」
あたしがそう言うと、淳史はこちらを見て黙り込んだ。
あ、ヤバ。
これって、淳史も誘ってないんだから淳史も同じじゃん。
そのことに気付いたあたしは、慌ててフォローした。
「あ、でもそれは誤解だって言っといたよ。暇な裕二に付き合っただけで、絵里ちゃんを仲間外れにするつもりなんてないって。もちろん淳史も」
「……ああ、だから昨日四人でカラオケ行こうって言ってたのか」
「そうそう。二人でも楽しかったんだけどさ、四人ならもっと楽しいからって。だから、淳史も一緒にカラオケ行くよ」
「……そういうことなら、まあ」
「やった!」
良かった。
淳史にも変な誤解をされずに済んだわ。
ホッと胸を撫で下ろしていると、裕二が合流してきた。
「おっす! あれ? 絵里は?」
絵里ちゃんがいないことに気付いた裕二がそう聞いてきた。
「なんか、体調悪いから休むってメッセージきた」
「はあっ!? なんだよそれ!?」
メッセージのことを伝えると、なぜか裕二がキレた。
え? なんで?
「絵里が休むなんてよっぽどのことだろ! お前らなんでそんな落ち着いてんだよ!」
「そう言われても。絵里ちゃんから直接メッセージ来たし、メッセージのやり取りができるくらいならそこまでひどい病状じゃないでしょ?」
「それは……そうかもしれないけど」
裕二はまだ納得していない様子だったけど、突然なにかを思い出したようにハッとしてあたしの方を見た。
「そういえば、昨日絵里から話聞けたのかよ?」
「ああ、そのことね。うん、聞けた。絵里ちゃん、なんか誤解してたみたい」
「誤解?」
「うん。一昨日、あたしと裕二とカラオケ行ったでしょ? それ見たらしくて、仲間外れにされたと思って凹んでたみたい」
「なんだあ……それだけかあ……」
「誤解だって言っといたから、もう大丈夫だよ」
あたしがそう言うと、ホッとしたように息を吐いた。
「そっかあ、良かった……」
そんなに心配してたのか。
裕二も幼馴染思いだねえ。
「おい、裕二」
「なに? あっ君」
「一昨日って、本当にそうなのか?」
「え? あ! 別にあっ君のことも仲間外れにしたわけじゃないよ!? あっ君と絵里、委員会だったじゃん。だから、今度は四人で行こうぜって言ってたんだよ! な! 麻衣!」
「それ、あたしがさっき淳史に言ったよ」
「ああ、聞いたな」
「なんだあ……あっ君にも誤解されてんのかと思って焦ったわー」
淳史にはさっき言ったのに。
なんだろ? 確認?
はっ! も、もしかして……淳史、裕二に嫉妬して……。
そう思って、チラリと淳史を見た。
「昨日、お前に課題見せたよな。忘れてたって言ってたけど、遊んでてやらなかったのか」
淳史はそう言って、裕二を睨んだ。
……はあ。
分かってましたよ、淳史があたしのことで嫉妬なんてしないって。
淳史はあたしのことただの幼馴染だと思ってることなんて、分かってるのになあ……。
あたしの目の前で、裕二に説教してる淳史を見ながら、あたしはコッソリ溜め息を吐いた。
淳史は、あたしの幼馴染。
この関係が進展することは……あるんだろうか?
もしかしたら、この先もずっとこのまま……。
それはそれでいいのかもしれない。
あ。ひょっとしたら絵里ちゃんは、幼馴染の関係性が壊れたと思って落ち込んじゃったのかも。
よし、今日は学校が終わったら絵里ちゃんちにお見舞いに行こう。
女子の家だし、淳史と裕二には遠慮してもらってあたし一人で。
あたしはそう決心して、じゃれ合ってる二人のあとに付いて学校に向かった。