【第二章/結成、タツィアーノ・ファミリー】その1

 遥か昔、ヤーフィラ全土を覆いつくした凄惨なる大戦があった。

 空が割れ、緑は枯れ、海を穢した争いがついに地界を滅ぼす寸前、天域より現れた七柱の神は世界を壊す愚行を諫め、地界を救うべく【上に立つモノ】を遣わした。

 それこそが、【秩序と調停の化身】と呼ばれる七体の神獣である。

 神獣はヤーフィラを七つに分けて縄張りとし、大いなる意思を民に行き渡らせるために人と交わった。貴き血を持つ半人半神の者が王となり、ヤーフィラ七支王しちしおうが誕生する。

 七支王は神獣が司るそれぞれの『美徳』をもって国を統べ、再び地界が戦乱に見舞われぬよう、平和の支柱となっている――。


「――と、いうのをォ。ぶっ壊そうとしているのが、オレらだな」

 朝の空を堪能できるオープンテラス――に変わってしまった、壁の半分から上がぶっ飛んだミハテ村大食堂にて、トラ爺改めビヨンドレスは茶をすすった。

「連中の【戦治地界調停史エピソード】なんぞ、都合のいい情報操作プロパガンダだ。他国と示し合わせた七人の王がそれぞれ、怪物を後ろ楯にして自分たちの箱庭で遊び惚けてるだけさな」

 王が定めた秤から零れ落ち、搾取される側へ落とされた者たちの中から、反逆の意志を抱くものが現れた。

 それが打倒七支王を掲げる抵抗勢力レジスタンス――【七の鎖を解く者セブンアンチェイナー】だという。

「同胞はヤーフィラの各地に潜伏している。特に、このイスサナ帝国では入国管理局や、技法ぎほう登録局。そのあたりでインチキできれば、余所の国から《技法》持ちを連れ込んで戦力を集められるからな」

 それが、僕も何度か見ていた“旅”の目的か。毎回しれっと出発してはしれっと帰ってきていたけれど、内容はまったく剣呑だったらしい。

「改めて名乗るとするか。レジスタンスで使ってる名前は、ビヨンドレス。マキャバ・ビヨンドレスだ。【七の鎖を解く者】では、イスサナ帝国支部のリーダーをやってる」

 ふむ、と僕もお茶を飲む。

「つまり、丸ごと偽装で変装だったわけだ。村長をやってたことも、年齢や外見も……ミハテ村の様子も」

「半々ってところかね。帝都から程よく遠く、管理も杜撰だった辺境の村はレジスタンスの隠れ家アジトにうってつけだったが、お前の見た全部が嘘だったわけじゃない。様々な理由でよそから救助した、レジスタンスの活動と関わりのない一般人が、半数よりずっと多いさ」

 その言葉は、事実なのだろう。だが、何の裏もない、純粋な善意のみの行動と言えるかといえば否だ。

 ミハテ村は難民キャンプとしての性質を確かに持っていて、だからこそ僕もこの一月、もう片方の面に気付くことができなかった。鉄火の臭いを、生活の匂いに紛れ込ませることで隠蔽する……それこそマフィアに近い偽装の手口で、本物の怯えや一般人の反応が多かったからこそ、騎士団も見事に騙された。

「持ちつ持たれつ、といえば聞こえはいいですね」

「手厳しい。言いわけにしかならんが、その辺りの事情を知らん奴はいないよ。全員、ここがどういう場所なのかは同意の上で住んでもらってる」

 ビヨンドレスは、隣でケモコヒツジのミルクをちびちびと飲むルーを流し見た。その姿はいつも通りの小さな子供で、頭や尻、手足に昨日のような変異はない。

「子供たちについても、切り離すところは切り離してる。レジスタンスの少年兵に仕立て上げようなんて真似はしてねぇから、怖ぇ目はやめてくれや。腰が抜けちまう」

「言っとくけど、ほんとだよ。その辺りにあと一歩踏み込めるようなら、この男も頼りがいがあったんだけど」

 肩をすくめるルーだが、口の周りにミルクで輪っかができている。

「ルーはルー・ガ=ルゥ。百五十年前の作戦に参加して滅んだ、亜人種族の生き残り」

 ……僕も、この一月の経験とか、昨日のでき事で多少はファンタジー世界ヤーフィラの空気に慣れたとは思うのだけれど、まだ地球で生きていたときの固定観念は染みついているらしい。

「百五十年前の作戦の生き残りって……ルー、今何歳いくつ?」

「――うるさい。歳の話はしないで。ようやく一人で狩りに出してもらえるくらいの若造なのは、ルーだって知ってる。ひっかくぞ」

 右手だけを獣のそれ――狼のような毛と爪のもの――に変えて上げ、眉根を寄せて不機嫌そうにルーが威嚇してくる。恥ずかしがるポイントなんだ……推定百五十歳……。

 ……って、ちょっと待った。

「あなたも何歳なんですか、ビヨンドレスさん」

 返答の代わりに、思わせぶりな笑顔だけがあった。顎の無精鬚をざりざりとさする仕草は、うさん臭くて仕方ない。

「は! 歳がどうしたなど、些末な事で騒いでいるなぁ愚民共が!」

 わははははは、と威勢のいい声が食堂の隅から聴こえてきた。

「まったく笑止! 片腹痛し! 何故ならば、我らが剣帝、神獣の代弁者たる七支王の命は永遠! 貴様らに勝ち目はないよテロリスト!」

 ためになるアドバイスをくださるのは、尊大な赤髪の美男子……イスサナ帝国大領主ファルファ・レプテ・ラスノさんだ。

 騎士団の五人は、レジスタンスに制圧された後『力を下げ、《技法》を使用不可能にする』というまじないの文字が書かれたロープで縛り上げられ、村に連れてこられたのだった。

「なのでね、そのような愚かなことはいますぐにやめ、我々を解放してはいかがかな! さすれば何も見なかったことにするし、ささやかな謝礼を後日この辺鄙な村に送ることもやぶさかではないのだが!」

「うわあ。ふわあ。寝言聞いたら眠くなってきた。むにゃ。眠気覚ましに運動するかな」

 ルーの右手がむくっと巨大化する。その威力を間近で堪能済みのファルファが「ひぃぃぃぃぃ!」と青ざめる。笑いながらビヨンドレスが近づき、ファルファの目の前で屈みこむ。

「実にいいねえ。生きがいい。それに見上げた精神だ。それは剣帝様への忠誠か……いいや。テメエらには、剣帝より上に置いているものがある。違うか?」

「――何を言い出すかと思えば。大領主に、剣帝への忠誠より重きものなどあるものか。この忠義、テロリストにはいささか難しかったかね?」

「示威のためで騎士が五人は少ねぇわな。辺境とはいえ村一個脅すにはインパクトが足りん。そこに目をつむったとしても、帝都からここまで徒歩かちはさすがにおかしい。剣帝様にも内緒のおでかけだったわけだ」

 美男子の頬を冷汗が伝う。どうやら、ビヨンドレスの指摘は図星であったらしい。

「同じ相手に隠し事がある。どうやら、オレたちはいいオトモダチになれそうだ」

 立ち上がったビヨンドレスが、笑みを浮かべて五人の騎士へ近づいていく。

「さぁて、ラスノ家当主さんよ。楽しい楽しい交渉タァーイムと行こうか」

「ふん! 誇り高き騎士がテロリストと交わす取引など、果実一個、貨幣一枚とてありえん! 大領主への敵対は即ちイスサナ帝国への反乱、剣帝の怒りを免れまいぞ! 貴様もいよいよ終わりだな、【死にぞこない】ビヨンドレス! ふふ、世界中が探している反乱分子の発見とは、最上級の手土産が――」

「持ち帰る物にワクワクする前に、持ち帰れない物にドキドキしとこうぜ」

 ビヨンドレスがファルファの足元に投げ落としたのは、一本の筒だった。その蓋は外れ、中には何も入っていない。

「帝罰は、偉大なる剣帝より預けられた国の宝であり、大領主が大領主たる資格の証だ。さて、その貴重品をぶっ壊しちまった大領主ってのは、地位の剥奪程度の罰ですむもんかね?」

 これは、とても交渉とは呼べるまい。押し引きの権利を一方的に握られ、片方はにこやかな笑顔で、片方は自分の立場を思い知った戦慄なんて、脅迫のほうがよほど近い。

「イスサナ帝国大領主にしてラスノ騎士団のおさ、ファルファ・レプテ・ラスノ殿、レジスタンスに協力しようぜ? オレたちと仲良しこよしでいてくれている間は、帝罰喪失の件について黙っておいてやるからよォ」

 ファルファは、昨日ミハテ村で高圧的に振る舞っていたのとは正反対な様子で「うぅぅ……」とうめきながら俯いてしまう。他の騎士たちも、想像だにしなかった状況……国を裏切ることに唖然とし、絶望を隠せていない。

「……まるで、被害者の素振りだな」

 知らず、僕の口からは、怒りに濡れた声が出ていた。

 どんなに哀れに見えても、先に手を出したのはそっちだ。ミハテ村の皆を隷領民と蔑み、踏み躙った。絶対に奪われたくないものを奪おうとした。同情に値することなんて――。

「みなさん、お待たせいたしました」

 不意に聞こえた、穏やかな声に視線が集まり、ファルファも顔をあげる。

「色々と立て込んでおられますが、そんなときこそ、いつもと同じを変わりなく。一日の元気を出すために、朝ごはんを食べましょう」

 台所からやってきたエプロン姿のシーパが、てきぱきとテーブルに朝食の用意を進めていく……その流れで、騎士たちを拘束するロープも解いた。ファルファは戸惑いながら、なすがままになっている。

「……何のつもりだ、タィラート族」

「手が使えねば、食器も持てません。それに、おじいさまとみなさまとは、これから一緒におしごとをするのですよね。でしたら、ぜひなかよしになりたいと思うのです」

「……何を言っている。お前は僕が、憎くないのか」

 その問いに、シーパは首を横に振り、手を差し伸べながら答えた。

「できません、そのようなこと。せめて憎まれたい、自分は憎まれなければならない、なんて――悲しいことを考えていらっしゃるあなたを、憎むなど」

 そう答えられ、ファルファは驚愕を、それから一瞬だけ泣きそうな顔を浮かべた。

 果たして、ファルファは何を見たのか。『贄にするから寄越せ』と言った相手が、どういう人間だったのか。思えば、彼は今、初めて面と向かってシーパと話している。タィラート族というくくりではない彼女と。

 赤髪の青年が持ち上げる手は震えていて、自分にその資格があるのか、というように止まっていたが……それをそっと、シーパのほうから掴んだ。

「昨日は言いそびれてしまいましたので、改めて。帝都のみなさま、ようこそ、ミハテ村へ。おもてなしをご用意させていただきましたので、どうぞお召し上がりください」

 裏のない笑顔、むきだしの善良さ。それを正面から受けたファルファは、ちらりとビヨンドレスのほうを見て「これも狙いか」と呟く。

「ンなわけあるか。そいつはただの、自慢の娘だ」

 ビヨンドレスが本当に、単に自慢するふうに胸を張った。ファルファは苦笑し、それからシーパに向き直る。

「豊かな自然に囲まれた村だ。さぞ、良いものが採れるだろう。今度はちゃんと味わわせてもらうよ。……それと……」

「シーパ・アトゥルルルハと申します、大領主様」

「ファルファでいい。……君とこの村への非礼、騎士として詫びさせてもらう、アトゥルルルハ嬢」

 そう頭を下げる騎士の顔は、険が取れ、憑き物が落ちたように穏やかだった。


    ◇◇◇◇◇


 食事の後、ビヨンドレスとファルファが話をしている間、僕は組織では先輩なちびっこ亜人・ルーの家へ行き、管理のための書類なんかを書かせてもらう。そうやって正式に、レジスタンス組織【七の鎖を解く者】の一員となる手続きをすませた。

 あと……一緒に、昨日見せた僕の、血を媒介する能力について、いくつか「どういうことができるのか」を披露した。

 端的に言えば、簡単な組手。僕に攻撃しようとしてきたルーは、最終的に、草に足をとられて顔面からすっ転んでいた。だらだら流れる鼻血を乱暴に拭い、彼女は平然と「なるほど」と頷いた。タフ&クールだ、ルー先輩。

「タツミの力、これは色々と使いでがある。ただの後方支援にするのは惜しくて、けど戦闘能力には過信ができない……よし、その辺りの仕事があるか、ビヨンドレスに聞きに行こっか」

 再び食堂へ向かう途中、ルーが僕の血涙が流れていた右目のあたりをぺたぺたと触ってきた。

「それにしても、変な力。村に来た時から、ずっと隠してたの?」

「はっきりしたことは、よくわからなくて。元の世界では持ってなかったんで、こっちに来た時に手に入れたみたいなんだけど」

「ふうん。それ、名前は? もう名付けた?」

 尋ねられ、僕は頷いて答える。

「[血涙の盟約リ・ブラッド]。名付けた、というより、そう頭に浮かんできた。僕の使うのは、血を介して、約束を結んで、運命を動かす能力なんだって」

「……うん? ……ああ、天使の力。よくわかんない、例がないのも納得だ」

 ふぅん、とルーに改めて頭から爪先までを観察される。

「もしかして、天使はみんな僕みたいに妙な力をもらってるとか?」

「どうだろ。天使についての記述って曖昧な部分が多いから、こっちが逆に聞いておきたい。どういうきっかけで使えることに気付いたの?」

 ――多分、昨晩の眩暈だ。騎士団を追撃し、何をしてでもシーパから手を引かせる、と決意した時。脳裏に声が響いて、自分がどういうことができるのかが、頭に流れ込んできた。

「教えられたんだ。あの声――多分、この村が信仰している……運命神ミハテ様に」

「うわ」

 心から嫌そうな“うわ”だった。

「そりゃ極上だ。最低だ、っていうほうが正しいかも。……その感じだと、あんま知らないか。まあ、あの子が熱心に崇めてるところを見てたらそりゃね」

 ルーはちょっと悩んでいるふうだったが、やがて「まあいいか」と口を開いた。

「タツミ。運命神ミハテはね、一般的にはなの。人々を見守り、加護を授けるモノ、ではなくて――どうかこの世界に厄災をもたらすなかれと、恐れたてまつられる側の存在として知られてる」

「……え?」

 二の句が継げられないでいるところに、ルーが更に補足する。

「人の運命を見守って、正しく繋ぐとか導くとか、そういうふうに思ってたかな。逆だよ。ミハテは定まった運命を唾棄し、決められた流れを掻き乱すもの。それに直接授かった《技法》なんて、脅し文句としても十分だね」

「いやー心強い仲間が入った。敵だったら即ブッコロシ優先目標だった」と、おっかないことにガチっぽいトーンで笑うルー先輩である。あんまりな言われようで、逆に笑ってしまう。……すごい有名だったんだなあ、猫のお姉さん。

「まあまあ、気に病むことじゃないよ。だからこそルーたちが、レジスタンスが主神として祀ってるわけだしね」

 確かに。剣帝による支配を“押し付けられた運命”とするなら、ミハテ神以上のシンボルもないのだろう。

「物事は、一つのことにいくつもの側面がある、か」

 何事も使いようだ。だったら僕は、授かった力も……“向こうの人生で培ったもの”も、正しいと思う目的の為に使おう。

 ――そう。彼女を、平穏な世界に留めるために。

 僕は決意を新たに、再び食堂へと戻った……だが、しかし。

「おかえりなさい、タツミくん」

 そこに待っていたのは、でかいリュックを背負い、左右の手にも大荷物を抱え、旅支度を十全に整えたシーパの姿であった。

「御着替え、生活用品、当座の暮らしをまかなうへそくり、ご近所さまへのご挨拶のためのおみやげ、タツミくんのお気に入りケモコまくら、準備に抜かりはありません。では、いざ、参りましょう。わたしたちの新生活の地へ」

 ふんす、とやる気満々のポーズ(両手を胸の前でぐっと握る)を見せつけるシーパwith大荷物。何も言えずに固まっていたところ、ルーが「ちょっと待ってろ」と言い残して場を離れ、ほどなくして「話せばわかる!」と連呼するビヨンドレスの首根っこを引っ掴んで戻ってきてくれた。

 なんて頼れる先輩だろう!

「ビヨンドレス。説明」

 獣化した右腕を額に突き付けるが、「説明ならばわたしがいたします」と割って入ったのは、当の本人であるシーパだった。

「わたしはタツミくんを拾いましたので、責任をもってしっかりとお世話をしなければなりません。なので、いっしょに王都へ行くのは、当然ではないでしょうか。当然ですよね。当然なのです」

 そこまで話したところで無言になった。

 説明は、どうやらそれですべてだった。

「ビヨンドレス。説明」

 詰め寄ったところ、伝説のレジスタンスは目を逸らして「そのね」と言う。

「タツミには黙ってたけど、シーパもまあ、知ってたのよな。そりゃまあ、生まれてこの方ミハテ村に住んでるわけだし。ここがレジスタンスの拠点だってのは」

「仰ってましたよね。『そいつはただの、自慢の娘だ』とか満点のキメ顔で」

「ウソじゃないもん。本当だったもん。――ついさっきまでは」

 ビヨンドレスが釈明することには、シーパはこれまでも『自分も何かできることはないか』とアプローチをしていたらしい。ビヨンドレスはそれをずっと断り続けてきた。普通に生活している者がいる、ということが村のカモフラージュになる以前に……彼も、親として、義理の娘を危険に巻き込みたくなかったから。

 その愛情がわかってしまう分、シーパも今までビヨンドレスを説得しきれずにいたのだが……状況は大きく変わり、シーパからの押しが強くなった。

「考えてみろよ、タツミ。十年育てた愛娘に、『わからずやなおじいさまなんて、きらいになるかもしれません』って言われた恐怖を」

「しっかりしろ、伝説のレジスタンス」

 かくして、おじいさまは根負けした。最後の手段を解禁したシーパに押し切られ「【七の鎖を解く者】への参入を許可せざるを得ませんでしたァ~~!」とさめざめ泣くのであった。

「ぐす、ひっく。……んでルー・ガ=ルゥ、そっちの見立ては?」

「ん。タツミの《技法》は面白い。世界を壊すためにあるような能力だ。定められたものを――無理矢理繋がれた鎖を引き千切る、そういう夢が見られそうな、理不尽だった」

 ビヨンドレスがこちらを見た。値踏みの視線が、素早く僕とシーパの足先から脳天までを一瞥した。

「……あー、タツミよ。それにシーパ。最後に、改めて確認だ」

 その時にはもう、トラ爺の雰囲気が戻っている。たった今全身を撫でた、鳥肌が立ちそうな目線が幻かと思うほどに。

「ミハテ村を出れば、見たくないものを見ることになるし、関わることになる。そりゃあ過酷だ。義憤と使命に燃えて試験に合格した新入りが、初日で病んで、二日目には逃亡したなんてザラにある。それでも、おまえらは――」

「僕は、」「はい。わたしは、わたしにやれることをします。おじいさま」

 驚いたのは、その場に居合わせた全員だ。聞いたビヨンドレスも、見守っていたルーも、そして言葉を遮られた僕も、視線をシーパへ集める。

「ずっと、考えていました。わたしは、わたしの大切なひとが大変なものに挑んでいるとき、自分だけがひなたでまどろんでいるなんて、嫌です。――ごはんも、しあわせも。みんなでわけあうから、もっとよいものになるのですから」

 その横顔に、目が眩む。昨日、七つの月の夜の下で覚えたものを、僕は再び味わって、そして忘れてなんていなかったものを確認する。

「見たくないものなら、見慣れてる。僕の答えは変わらないよ、ビヨンドレス」

 話しだすのに合わせて、シーパの小さくて柔らかい手が、僕の手を握ってきた。僕らは、瞳を合わせて頷いた。

「流したくない涙を、流させないためなら。僕は、世界を丸ごと、敵にだって回してみせる」

 そう宣言をした時だ。村の入り口に馬車が止まって、その荷台から例の赤髪の騎士、ファルファが顔を出して「何をしている、準備はできたぞ!」とこちらを呼んだ。ビヨンドレスが「おう、今行く!」と声を上げ、僕らを二人、まとめて抱き締めた。

「レジスタンスの心得、その1だ。いいか、この老いぼれより、先に死ぬなよ」

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