〇舞台の裏側
緊迫した時間が続く学年末特別試験。
複数の画角で設置されている撮影用のカメラ。
モニター越しに繰り広げられる参加者たちによる議論。
何人たりとも介入することの許されぬ、代表者同士の1対1の戦い。
担任教師すら事前まで知らされなかった全貌、その歪なルール。
突然放り込まれた戦いの舞台にも、生徒たちは懸命に向き合っている。
もどかしい気持ちを抑えつつ、息を殺し特別試験を見守っていた星之宮知恵。
願うはただ1つ、自身のクラスの勝利のみ。
歯を食いしばりすぎて顎が痛くなるほど力が入っているが、本人はそれすら気付かない。
自分に出来ることなら、この特別試験、どんな手段でも取るつもりだった。
事前に知らされていた『本来』行われる予定だった学年末特別試験のルールには、教師にも僅かながら関与する余地があった。
ところが蓋を開けてみれば、全く別の試験が実施されることになっていた。
急遽変更された理由に関して学校からの説明はなく不明なまま。
それは星之宮だけでなく2年生に関係する教師全員、知らされなかったことだ。
しかし、今はその理由が分かっている。
目の前に鎮座する異物、いや傍観者。
その傍観者の来訪が決まったことにより、全ての予定が捻じ曲げられたのだ、と。
「どうして……」
小声で、星之宮は呟く。
堀北鈴音を倒し、希望が見えた矢先の出来事。
毅然と現れた綾小路清隆の、学生とは思えぬ言動、容赦のない戦略。
目の前で一之瀬帆波が項垂れ、敗北が確定する。
「ズルいでしょ、こんなの……」
誰にも聞かれてはいないが、嘆かずにはいられない。
圧倒的なジョーカーの存在。
茶柱が持つ最強の手札に、勝てる可能性など無いことをこれでもかと思い知らされる。
画面越しに見守ることしか出来ず、勝敗は無情にも決する。
「これで学年末特別試験は終了となります。お疲れ様でした」
労いとお伺いを立てるように学校の責任者である坂柳理事長が声をかけた。
4人の担任教師と何名かの黒服と共に特別試験の顛末を見届けた来訪者の男は、着座していた立派な椅子からゆっくりと立ち上がる。
後ろで待機していた数名の黒服は、それを見て慌てて退室のための準備を始めた。
「今回はありがとうございました坂柳理事長。このように手厚い準備までして頂いて」
如何にも高そうなカップに注がれたコーヒー、そして見たこともない美しいお茶菓子。
ほとんど手つかずではあったが、感謝を示すように坂柳へと手を差し伸べた。
坂柳は慌ててその手を取ると、深々と頭を下げる。
「とんでもないことです鬼島総理。こちらこそ御足労頂き、本当にありがとうございました」
現・内閣総理大臣、鬼島。
高度育成高等学校推進派でもある男が、特別試験を見るためだけにやってきた。
であれば、星之宮も納得するしかない。
総理大臣が来訪するともなれば、どんな変更が加えられても驚くことはないからだ。
視線を再度モニターへと向ける鬼島。
画面の向こうでは、自分で立つことも出来ず茫然自失している一之瀬を無視して、退室していく綾小路の姿が映っている。
「退学者が出てしまったことは非常に残念ですが、今回のルールをどう利用するのも自由という考え方は、尊重されて然るべきものです」
「そう仰って頂けますと、当校としても助かります。小木曽先生からも、退学のリスクを恐れず運営するよう強く要望を受けており───」
退学者が出たことへの弁明を述べようとする坂柳を鬼島はやんわりと止めた。
小木曽とは文部科学大臣のことだ、と教師たちは目配せし合い理解する。
「分かっています。しかし当然退学になってしまった学生への手厚いフォローは、心配しなくても大丈夫ですね?」
「もちろんです。彼女の学力や個性に合わせた幾つかの編入先を、早急にピックアップいたします」
「そうですか。よろしくお願いします」
高そうには見えない腕時計で時刻を確認した鬼島が、背を向け退室していく。
慌てて坂柳もその後を追う。
「予定通り、4月1日に改めてお伺いいたしますのでよろしくお願いいたします」
「無論です。高円寺社長も鬼島総理とお会いできるのを楽しみにしているようでした」
「それは良かった。彼と会うのは3年ぶりなので私も楽しみにしているんですよ」
そんな会話をしながら坂柳と鬼島は退室。
あとに残された4名の担任たちは、重苦しい場から解放され一息つく。
「……おめでとうサエちゃん。これで暫定でもAクラスね」
「ありがとうと言いたいところだが、まだ試験は終わったばかりだ。……それに退学してしまった前園のこともある。素直に喜べはしない」
たかが学生の1人が退学したことの方が、Aクラスに昇格した喜びに勝るというのか。
真面目な顔でそう答える茶柱に星之宮は内心で苛立ちを募らせる。
本当は落ち続けていく自分をバカにしているんだろう、と。
あるいは……そもそも目の前の自分など眼中にもないのか、と。
歯がゆい感情が湧き上がる度、恨みはどこまでも積もっていく。
この女を絶対に勝たせはしない。
Aクラスで卒業などさせるわけにはいかない。
そんな殺意にも似た決意が、試験の前よりも遥かに膨れ上がっていた。