22 従魔再生のはずが――よもや

 少し、楽しみすぎただろうか?


「……~~~~~……」


 寝所で一夜を明かし、外から入る光が朝焼けの赤に染まった頃――イムはぐったりと、玉座の座面に体をへばりつかせていた。

 青いスライムは満足げに、本当にとろけているのだ。


 俺はそんな彼女の上に寝転んで、ふよふよとした寝心地を堪能する。

 たっぷりとした二つの乳房を枕にするのは極上だ。しかし、そろそろ頃合いか。


「ふむ」


 俺は腰のポーチから、黒い石板の欠片を取り出した。

 奪われていた魔王の力の一部であり、従魔の片身。ヒトを竜に変えるほどの力を発揮した直後のせいか、再び魔力を満たすのに時間がかかったが……。


「魔王さま。このときをわたくし、待ちわびておりました」


 時が来たのを感じ取り、オズが寝所に現れる。


「ふ。そうだな、次は貴様が褒美を得る番だ」


 石板の欠片を奪取した瞬間から、失われた「我」だった頃の記憶は戻った。

 けれども、オズの姿は相変わらず小さいままだ。


「ああ! ようやくです。ようやく……少しはまともな体を取り戻せるのですね! なんという至福!」


 膨らみのない胸元を押さえ、従魔が金色の髪を揺らして歓喜に震えた。


 ここにある欠片はまだほんの一部。それでもこの欠片が離れていなかった、先代魔王に仕えていたときのオズは成熟した姿だった。

 胸も尻も豊かで、しっかりとくびれた腰を今の俺は思い出せる。


「イムと同じく魔王さまのご寵愛を受けようにも、この体でしたから……。やはり乳袋がないとご満足いただけないようですし」


 オズが玉座でまだ余韻の中にいる、スライムの乙女を見て目を細めた。


 別に俺は、そんなこだわりはないのだが。

 ――などと思っているうちに、手の中にあった欠片から魔力がついにあふれ出す。


「オズ」


「はい、魔王さま! 後は我が君の、闇色の魔力の導くままに……」


 オズが幼女の姿を紐解いて、自ら黒い石板の欠片に戻った。


 そこに俺は掴んでいた、もう一つの欠片を放り投げる。

 二つの石板は空中で交錯し、互いに黒き輝きに染まった。


「……! !」


 へばっていたイムも驚いて、思わず頭を起こすほどだ。

 俺の込めた魔力が煌めき、混ざり合い、小さな渦となる。二つの欠片がその中でくるくると弄ばれ――急激に接近した。元通り一つになるために。


 カキン!


 しかし欠片はぶつかり合い……なに?


「……い、いったい何ですか? これはっ!」


 弾かれ、転がった欠片の一つがすぐにオズの姿に戻った。


 だがもう一つはまだ、黒き光の渦の中だ。魔力の煌めきを吸収しながら、俺たちの前で変化を起こす。

 オズと同じだ。魔力で小さな体を紡ぎ上げ、外からの赤い光に照らされる床に、華奢な足で降り立った。消えゆく渦の粒子が幼い体を包み込み、最後には漆黒のぴっちりとしたドレスを形成する。


 できあがったのはなんと、もう一体の幼女だった。しかもオズそっくりの。

 胸元には俺の従魔の証たる紋章が、鮮やかに浮かんでいた。


「わた、くし……?」


 従魔の動揺が俺にも伝わる。


 否。確かに似ているが、よく見れば違いもあった。

 まずドレスの細部が異なっている。丈の短いスカートのように見えたのは、斜めにずり落ちた太いベルトだ。ショートパンツとなっている。

 他にも全体的に、オズより布地が少ないデザインだ。

 金色の髪も短い。横側に丸めて垂らしたオズと比べて、明らかにボリュームが不足している。

 代わりにオズがまとめた位置で、金髪がぴょこんと跳ねていた。


 こいつは――?


「オズ、か?」


 同じだ。俺には理解できた。黒い石板の欠片をもとに生み出した、俺の従魔。


 隣でイムがあっけにとられているが、オズたちは違った。

 顕現した別の自分と、まるで鏡あわせのように向き合い――互いに手を伸ばし、そっと触れ合う。



「……なんということでしょう! さすがは魔王さまのお力、予想もつかない事象を引き起こされました! よもや別の、わたくしを生み出してしまわれるとは! いわばスライムのようなコピー体? いえ、きちんと別に核を持っていますから、これは」


「わた、オズ。おな、にたいめ」


 新たに生まれたオズは、見た目通りどこか足りないようだ。しゃべり方はカタコトだし表情も変わらない。

 主である俺には、新たに体を得たことを喜んでいるのは伝わったが……。


 簡単にくっつくかと思っていたが、そうでもなかったようだ。割れた従魔の核を合わせるなど、確かにやったことがなかったからな。

 これまでずっと奪われ続けるだけの、七度の生涯のせいだ。

 しかし、オズどうしはあまり気にしていないらしい。


「二体目のわたくし……? ふうむ、ふむふむ」


「おな、おな」


 オズとオズが確かめ合うように、同じ動きをしながらそれぞれの体をまさぐった。

 背中を合わせ、頭をくっつけ、最後に揉むのは膨らみのない両者の胸だ。


「……引き分けです!」


「ごぶ、ごぶ」


 両者が真顔で興奮する。


「背丈も胸の大きさも、まったく同じですね! やはりわたくし、というわけですか」


「オズ、オズ」


「舌足らずですが、わかりますよ。オズはオズということですね。いろいろ足りないようですがよいでしょう、わたくしが補えばよいこと。ええ、なにせあなたもわたくしなのですからね」


「えらそ、いったいめ」


「なんですって? それは、わたくしの方が本体なのですから、二体目とは違いますよ!」


「おな、ジュウ」


「立場が同じ従魔ですって……そんなわけありません! いえ、それは魔王さまが決められることですが」


 オズとオズはくるりと揃って玉座にいる俺に向いた。

 従魔の序列? 正直どうでもいいのだが……。


「魔王さま、いかがしましょう?」


「まお、ど?」


「二体目も同じ意見です!」


 通訳せずともわかる。俺は従魔の主だからな。


「あー、オズ」


「はい!」


「ん」


 ……なるほど、どちらも返事をするわけだ。隣でイムも髪で【?】を作り、さらに右左に【↑】【↓】とさまよわせていた。

 どっちがどっちか確かに困る。


 さしあたって区別する必要はあるか。ならば……。


「改めて名を授ける。最初からいるオズは……これからはフル=オズと名乗れ。新たなオズはセミ=オズだ。いいな」


「フル?」


「セ、ミ?」


 顔を見合わせたオズたちだが、すぐに揃って片膝をついた。


「新たなる名を賜れるとは、なんという至福! フルにセミ、わたくしたちの髪の長さで決められたのですね。魔王さま、さすがです。大変わかりやすいです!」


「さす、まお」


「セミも、さすが魔王さまと言っています!」


 ――よくしゃべる方を連発フル、訥々としか話せない方を単発セミとしただけだが。


 まあいいか。魔族の名付けに立ち会って、イムもぽよぽよと手と髪を叩いている。

 しょせんどちらもオズ。俺の従魔であることに違いはないのだから。



          §



 二体となった従魔はなかなかに便利だった。


「まお。きた」


 夜も更けた、物見の塔の最上階。そこに座す俺の側でセミ=オズが反応する。

 屋根の大穴から入る、淡い月明かりからも身を隠し――俺は片膝を立ててSR-16を構えた。



【冒険者パーティを確認。数は4です】



 セミの薄い胸元から出たのは、システムを通して届けられたフル=オズからの報告だ。


 フルは今ここにはいない。地下廃城の周囲が遠目に見渡せる、いつぞやバギーで訪れた山岳地帯の頂に残してきた。

 そこから昼夜を問わず目を凝らすのが、フルに与えた役目だ。

 そして今、何度目かとなる地下廃城へと近づく冒険者を発見し、俺に伝えてきたのである。


 最上階の石壁に、スリット状に空いた覗き窓。そこから見える外の荒野にやがて捉えた。

 SR-16の上部に装備した、コンパクトな「CompM2-MAO8」のレンズを覗き込む。

 ――手のひらサイズの円筒の内部に、赤い光点レッドドットが浮かぶ代物だ。


 倍率のあるスコープではなく、視界は等倍の光学照準器ドットサイト。そのぶん感覚の狂いがなく、レンズ越しでもあちこちを見渡しやすい。

 夜間のため、光点ドットの輝度は上げてある。わずかな月明かりだけでも十分に、次々と人影を標的に収められた。


「然り。確かに四人パーティだな」


 距離はもう400mくらいか。夜に紛れ、地下廃城の状況を窺いに来たようだ。

 四人とも動きが遅く、明かりも伴っていない。警戒している様子だな。


 無理もない。英雄を含めて千人もの冒険者どもが、一夜にして絶命した――。

 それからもう二十日は過ぎたか。

 しかし詳しい情報は、冒険者ギルドにもまだ出回っていないはず。


 調査にやって来る冒険者どもをすべて、俺がここで狙撃して、キルし続けているのだから。


「まお。でた」



【荒くれ野党頭 クレイトン Lv59】


【手下盗賊 ナンガ Lv36】


【雇われ暗殺者アサシン ラキューシャ Lv44】


【抜け忍 ペペル Lv49】


【冒険者生存数 4/4】


 俺が相手を目視したことで、セミが四人パーティの情報を出す。

 盗賊パーティ?


 否、それはどうでもいい。俺がいつも注目するのはヤツらのレベル。

 数値のぶんだけ魔族を殺し、心結晶コア・ハートを取り込んできた証だからな。


 ……どうやらまた、遠慮なくキルできそうな相手どもだ。

 四人が300mの距離に近づく。俺は光学照準器ドットサイト光点ドットで、まずは一人目を狙い……。


 カシッ!


 銃口マズルに追加した、円筒形のSR-16用消音器サプレッサー「QDSS-NT4-MAO8」。こいつのおかげで発射音はほぼ出ない。

 単発FIREにした銃の硬い動作音と、白煙だけが塔の最上階に染みた。


 だが5・56㎜弾は確実に発射されていて――夜の荒野で、先頭の一人が倒れる。



【魔王アハトの奇襲攻撃!】


【KILL 1】



 セミから表示がもたらされ、冒険者どもにも同じものが出ただろう。残る三人の足並みが乱れた。

 そのときにはもう俺は、次の標的を狙っている。


 カシッ!


 銃身バレル下部に取り付けた、二脚銃架バイポッド「SR-5-MAO8」。

 SR-16につけるにはごつい二本足だ。そのぶん覗き窓の縁にしっかりと接地して、狙いを微塵もブレさせなかった。



【KILL 2】



 いつものように相手は、どこから攻撃されているかまるでわからないようだ。


 今回は夜の闇に包まれている、ということもあるだろうが。残った二人のうち片方が慌てて魔法の光を放つ。

 視界を確保したいようだが、愚かだな。こちらからも丸見えだぞ。


 カシンッ!



【KILL 3】



「うひゃああアアアアアアアア!?」


 三人目が倒れたのを見て、最後の一人がここまで届く悲鳴を上げた。


 消えていく魔法光に照らされながら、大慌てで反転する。CompM2のレンズに捉えたのは、獣の毛皮を纏った大柄な背中だった。

 リーダー格らしき、野党頭か? 今更逃げてももう遅い。


「否。違うな」


 カシュッ!


 ――野党頭が無様に大地に転がった。

 ヘッドショットできなくても、5・56㎜弾の威力は凄まじい。ヒトにとっては手足に当たっただけで、出血多量の致命傷だ。

 野党頭はしばらくもんどり打っていたが、やがて動かなくなった。


「ギルドの依頼クエストでも請け負ったか。それともヒトのいなくなった、地下廃城を荒らしに来たか。……どちらにせよそう決めたときに、貴様どものキルは確定していたのだ」



【KILL 4】


【冒険者生存数 0/4】


【掃討完了――魔王の勝利です】



「さす、まお!」



【お見事です。さすがは魔王さま!】



 二体の従魔が勝利を祝った。しかし俺はまた、淡々と次に備える。


「オズ」



【はい。わたくしは引き続きこちらで警戒します】



「わた、いく」


 一言で両者に意図が伝わり、セミは最上階から降りていった。

 倒した冒険者どもからアイテムを回収するためだ。


 なにせ、撃てば弾を消費する。それにそろそろ消音器サプレッサーが寿命だ。


「むう。やはり……30発ほどが限界か」


 最後の1、2発の音が少し違っていた。

 発砲時の音とともに、燃焼ガスを吸い込む消音器サプレッサーは消耗品――。残念ながら交換時期だ。

 まだ熱の残るQDSS-NT4の、銃口マズル部分に噛みついたロックを解除する。軽く掴んで引き抜けば簡単に、消音器サプレッサーはSR-16の先から外れた。


 もうこれは使えない。最上階の床に投げ捨てる。

 円い消音器サプレッサーが転がって当たるのは、散らばる黒い薬莢カートリッジだ。それと以前にも使い切った、同型のQDSS-NT4。

 廃棄はこれで2本目となる。……これが最近の、魔王である俺の日々だった。

 魔族たちが集い、規模は小さいながらも魔王軍が再興したのだ。魔王の俺が守らずにどうする?


 そしてここが新たなる拠点だ。

 この地を中心に俺は、魔族の領域を再び取り戻していかねばならない。


「今度こそ、絶対に守り抜いてみせる」


 SR-16を抱いて独り、俺は誓う。


 いつかの魔竜の「我」にも、それ以前の「妾」にも「僕」にも「■■」にもできなかったこと。

 故に、もう失わない。失いたくない。


 そのためのスキルFPSのはずだ。


「ふ。できるさ、今の俺ならな……」


 ――ズズン!


「なに?」


 突然、塔がぐらついた。

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