21 新生のとき来たれり!

 一夜明け――ヒトのいなくなった地下廃城は、ダンジョンから出て来た魔族たちで沸いていた。


 魔王の俺がついに英雄を倒し、皆を解放したのだ。盛り上がらないわけがない。

 失われた命も多かったが……。


「さあ、ここを魔王さまの居城に戻すのです! 我らが魔王軍の再興が今、この日このときより始まったのですよ!」


 オズは張り切り、魔王の従魔として魔族たちに指示を出す。


 せっかく取り戻したかつての拠点だ。ヒトの手でいいように作り替えられたが、もうここは下級魔族の牢獄ではない。

 新たな住処としてすべて作り替える必要があった。

 いつまでも哀しみに暮れるのは、魔族の有り様ではないからな。


 ――ヒトが英雄譚の大地サーガイアと名付けたこの世界は、魔族にとって残酷だ。いつまた冒険者どもに襲われるかもしれない。

 だから常に備える必要がある。魔族はそうやって虐げられながらも、強かに生き延びてきたのだ。


 魔王である俺もそうだ。


「ふ。そう急くな」


 天井付近の採光穴から光が差し込む、地表に近い地下の大部屋。

 採光用の無数の穴を塞ぐ手間を惜しんでか、区画ごとヒトが封じていた場所だ。

 故に比較的、小綺麗なまま残されていた。ここを一時的な俺の寝所として、オズが手配したのである。


 高さと奥行きがたっぷりとある空間に運び込まれたのは、無数の傷を修復した、巨大な玉座だ。1mほどの高さの肘掛けには、SR-16とバックパックや、グロック入りのmicroRONIを載せてある。

 そして俺は、竜が座すことのできるほどの座面で寝転んでいた。側には美しき裸体を晒す、メスの魔族たちを侍らせて。


「じらしすぎたか? いいだろう」


 そのうちの一体――全身を蔓と葉で作り上げた、メスの這い寄る蔓。

 太股で俺の頭を挟んでいた彼女が、柔軟に体を曲げて唇を近づけてくる。


 もちろん俺は拒まない。蔓の唇を吸い、葉でできた舌をねぶり――わずかばかり魔力を吸った。


「……~~~~~~!!」


 這い寄る蔓のメスは快楽に身をよじり、くたりと果てる。全身の蔓を緩ませて、玉座の背もたれに寄りかかった。

 もっと楽しませてくれてもいいのだが、下級魔族はどれも魔力が少ない。こんなものだろう。


「ふむ。それなりに回復はできたか」


 ――玉座には他にもメスたちが、まだ余韻に浸り寝転んでいた。


 腕が翼となったランタン蝙蝠のメスが三体、上気した顔で明かりを囲み、身を寄せ合う。隣では炎の毛皮を脱いだ焔鼠のメスが、胸も露わなままで目をとろんとさせていた。

 二体のマタンゴのメスは少ししおれ、もう胞子の一つも出せない顔で折り重なる。

 オスと違い、手足と頭を生やしたメスの小柄な岩石岩は、ぶすぶすと黒い煙を上げていた。……ふぅむ、さすがに少しやり過ぎたな。


 地下で生き残っていた魔族のオンナたちはこれですべてだ。

 そして全員が消耗しきった魔王のために、魔力を捧げに集まったのだ。

 十にも満たない下級魔族の注ぐ魔力を合わせても、さして俺のMPの足しにはならない。時間経過での回復量の方が上だ。


 しかし、心は癒される。

 胸の奥にある心結晶コア・ハートに刻まれた傷は、まだ塞がっていないが……。


「……なぜ、いない?」


 俺は玉座で独り、身を起こす。

 ここには唯一、スライムのメスだけがいなかった。腰のポーチの中に小さな心結晶コア・ハートがあるだけ。俺は左手の甲に視線を落とす。


 あのときの誓いは果たした。なのに、虚しい。


「イム……真の英雄殺しめ。その貴様がいないとは、なんともつまらないではないか」


 俺がつけた名を呼んで、懐かしむのみ――。

 そのときだった。


 ドクン!


 ポーチの中でイムの心結晶コア・ハートが……震えた?


 否、一つではない。俺の心結晶コア・ハートも胸の中で跳ねていた。

 この感覚は理解できる。繋がる従魔の、強い感情が流れ込んできたもの。


「興奮と……歓喜だと?」


「魔王さま! 魔王さま、魔王さま、魔王さまあーーーーー!」


 しばらくして大慌てで、オズが部屋に飛び込んで来た。


「ご報告いたします! 見つかった……見つかったのです! さすがです、魔王さま! あなたさまはやはり天運に魅入られたお方です! よもやこんな奇跡があろうとは……」


「オズ?」


「はい、報告いたします! いえ、お会いになるのが早いかと……こちらです!」


 従魔が改まって部屋の扉を示した。


 開け放たれたままになっていた、ヒトがつけた木製の扉の横。そこにいたのは――あの黒毛のウサギ娘だった。

 なぜか服をすべて脱ぎ、貧相な胸や股の付け根を隠していたが。


「ちょ、ちょっと待ってえぇ! なんでアタシがこんな目にぃ!?」


「貴様? まだいたのか」


「い、いましたよぉ! ……なんかこのコに、手伝えって無理矢理ずっと働かされてぇ! そしたら魔王さんに謁見するから、いきなり脱げって……」


「光栄に思いなさいな、あなた! ヒトの身ながらも魔王さまからのご寵愛を賜ることができるやもしれぬのですからね!」


「ゴチョーアイ? な、なんでぇ!?」


「だってあなたが見つけたのですから。彼の者を」


 ――オズが指し示したそこに、他の誰もいはしないが。


「あなた何をしているのですか? 魔王さま、少々お待ちを! どうにも、今一つ知能が足りないようで……。地下が解放されても自分から出てこなかったわけです。あの状態では魔族としては不完全ですしね。とにかく、つい先程このミミーがダンジョン内の片付け中に発見して……ほら、出て来なさい!」


 オズが取り付くのは、両開きになった分厚い扉の裏側だ。


「……よもや恥ずかしがっているのですか? ええい、魔王さまの御前ですよ! 姿を見せぬ方が非礼というもの……覚悟を決めなさい! 大丈夫。魔王さまはどんな姿であろうとも、あなたを受け入れてくれますよ」


 オズに手を引かれ、ぬるりと扉の裏から出て来たのは、小さな青いスライムだった。


 まさか……まさか!?

 ただのスライムではない。メス。しかも小さくて、ずんぐりむっくりとした。

 体型はまるで違うがイムとそっくりの――。


「イムのコピー体か!! 無事だったのか!」


「はい。ずっと隠れていたそうですよ」


 英雄に蹴飛ばされたきりだったが、さすがはスライム。驚異的な生命力だ。


「さあ、魔王さま! ……心結晶コア・ハートをどうぞ!」


 然り。促されるまでもない。


 コピー体はあくまで一世代限りの、本体を模倣しただけの存在。

 しかし、その半透明な体はまごうことなくイムの一部だ。

 おずおずとやってきて傅いたコピー体が、小さな手を精一杯差し出す。


 そこにポーチから取り出した、イムの心結晶コア・ハートを与えれば。


 ごぽっ!


 核を得て、コピー体の粘性の体が湧き立った。魔力が心結晶コア・ハートより流れ込み、体を新たに構築していく。より大きく、豊満に……。



【スライム イム Lv1 REBORN】



 従魔の胸元から出た表示どおり。俺たちの前にできあがったのは、再生したイムだった。


 透けた長い足で立ち、青い体は美しく、大きな胸に艶やかな髪を持つ。そして水晶色の瞳で俺を見て……ぬるっと動いた。

 小柄なオズの後ろへと逃げ込み、できるだけ小さくなる。


「ちょっと、あなた?」


「……~~~~! ~~~~!」


「まだ恥ずかしがっているのですか? もうー」


 怒った口調のオズだが、口元はほころんでいた。従魔がそうなら俺も破顔しているのだろう。


 イムは復活を遂げた。生きている。

 ふ、これ以上喜ばしいことがあるか?


「生き返った……生き返っちゃったよぉ! よかったねえ!」


 なぜか全裸のウサギ娘が号泣していた。

 魔族の復活をヒトが祝うのか? おめでたい女だな。


 ――それよりも次々に起き上がったのは、俺の側で寝転がっていた下級魔族のメスたちだ。快楽の余韻に浸る体を起こして、玉座を降りてイムを囲む。

 彼女たちは笑顔で抱擁を交わし、イムの無事を確かめ合った。


「イム」


 最後は俺だ。魔王らしく玉座の上に座したまま手招きする。

 メスたちが離れ、従魔がイムの背中を押した。


「よくやりました、イム。あなたの献身で、あの竜に勝利することができたのです。魔王さまはその功績を誰よりも認めていますよ」


「うむ、然りだ」


「……! ! !」


 おどおどしながらもイムが進み出て、玉座の前に跪いた。まだ遠いな。


「イム、上がっていい」


「……? ……?」


「貴様に褒美を取らせよう」


 イムは恐縮したのか、後ろに立つオズを見る。

 従魔は俺の意に従うのみ。頷き一つで促した。


 ようやく青いスライムの乙女は、俺の座す巨大な玉座へ這い上がった。


「ふ。あのときの貴様の口づけ、忘れられぬぞ」


「……! ……!」


「だから今度は俺の番だな」


 有無を言わせずイムを引き寄せ、俺は唇を奪った。

 長く、長く――やわらかな感触を堪能する。


 ふ。やはり極上の女だ。

 大きな胸に指を這わせて弄べば、半透明の青い肌が火照り出す。

 イムはそっと瞳を閉じて、躊躇いがちに舌を絡め、魔力を注いで来ようとした。


 違うな。否だ、イム。

 俺は褒美と言ったのだ。

 スライムの口腔をねぶりながら、魔力を注ぎ込むのは魔王である俺だ。


「~~~~~~~~~~~~~!?」


 愛してやる、イム。


「ふ。どうした?」


 許容量を超える魔力に仰け反るイムは、絶頂を迎えたらしい。


 少し刺激が強すぎたか? いったん唇を離したものの、俺も性欲に溺れていた。

 新たに転生してから初めての衝動だ。――こんなに女を犯したくなるなんて。


「さあ、イム。ともにたっぷりとまぐわうぞ」


「……! !! !」


 とろけたオンナの顔をしながらイムが必死に頷いた。再び唇を重ねてくる。

 大好き! 彼女の魔力の波動が、その一色に染まっていた。


「うわぁあぁ、なんか……純愛だよぉ」


 そんな俺たちを見て赤面していたのは、玉座の正面に突っ立っていたウサギ娘だ。

 まだいたのか。他のメスたちと退散しようとしたオズが、慌てて駆けつける。


「何をやっているのですか! 魔王さまの本気の愛撫には、このわたくしも興味津々ですが……さすがにお邪魔ですよ!」


「へ? アタシ、もういいのぉ?」


「というかむしろ、とっととここから出て行きなさいな。あなたは」


「ほ、ほんとに? 嘘ぉ!」


 構わない。俺はイムと一つになったまま、仕草でウサギ娘を追い払う。


「見逃す、と魔王さまは最初に約束されたはず。本当に、さすがです魔王さまは。こんな亜人種との約束をも守ろうとするとは……」


「やった……出るよぉ、すぐ出る! 出ますう!」


「でも忘れないことですね。あなたがもし冒険者となって、魔王さまと相対したならば」


「ならない! もぅ冒険者にはならないよぉ! 里へ帰っておとなしくしてるからぁ!」


 ウサギ娘は長い耳を振り乱し、服も着ないまま逃げ出した。

 ……まったく、最後までやかましいヤツだったな。


「では魔王さま。どうぞごゆるりと……」


 オズが扉を閉めて出て行けば、この新しい魔王の間には俺とイムだけとなる。


 もっと……。イムが玉座に寝転んで愛撫をせがんだ。


「然り。いいだろう」


 俺は半透明の美しい体にキスをしていく。

 魔力を注ぎ、吸い、たっぷりと愛し合えば――イムが何度も言葉にならぬ声を漏らし、青い身をくねらせた。

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