23 この世界で我が魔王の蒔いた種は芽吹くか?

 揺れたのは物見の塔だけではない。おそらく下の地面ごとだ。

 ……冒険者の奇襲か!? 傍らにどちらのオズもいないため、表示も出ないが――極大魔法でも放たれたような規模だ。


 ――ズズズズズズズ……。


 先程の盗賊パーティはまさか、囮だった? 震動がまだ伝わってくる中、俺はSR-16とともに急いで塔の中を駆け下りた。

 よもや接近を気付かせず、裏を掻いて襲撃するとは。冒険者どもを舐めすぎたか!


 外に飛び出せば、夜の闇を引き返してきたセミ=オズと出くわした。



【魔王さま! 地下廃城の中央が!】



 セミがしゃべるより先に、フル=オズからの知らせを飛び出させた。


「なんだと?」


 中央? 確かに……かつてヒトどもが巨大な天幕を張っていたそこに異変が見えた。

 月明かりの下でもわかる、大規模な土煙がもうもうとあがっていた。


 なるほど。これだけの規模なら、フル=オズのいる山岳地帯からでも見えるはずだ。



【わたくしも向かいます。魔王さま、許可を!】


「否、フルはそこで待機せよ。他に動きがあったら知らせるがいい」


【それがわたくしの役目ですね。冷静なご判断、さすがです。では補佐はセミに譲ります】



「ん、うけたま」


 こくんとセミが頷いて、俺と一緒に駆け出した。

 地下廃城全体を震わせていた揺れが、ようやく収まってきた頃――俺たちは震源地に辿り着く。


 そこはあの、ヒトの残骸が散乱していた場所だ。すでに下級魔族たちの手で片付けられたはずだが……確認できない。土煙にすべてが覆い尽くされていた。

 それ以前に、大地が割れて完全に陥没していた。……地下を巻き込んで崩落した?

 ダンジョンにいた下級魔族たちはどうなった!?


 ――幸い皆、無事なようだ。ランタン蝙蝠が焔鼠が、マタンゴが土蜘蛛が、爆裂岩に這い寄る蔓やスライムたちがあちこちから姿を見せる。


 しかし、俺は違和感を持つ。

 冒険者の気配はない。セミが側にいるのに、一つも表示が出ないからわかる。

 それにこの崩落は、なぜ起きた?

 突然発生したはずなのに――魔族の中に負傷した者は、どうして一体もいない?


「貴様たち、これは」


「……魔王様。すべて、私がやらせたこと。みんな、叱らないで」


「な……!?」


 つたないしゃべり方をした誰かの声に、俺は耳を疑った。

 声は下級魔族の中から放たれていた。言葉を操れる者はいないはずなのに!


 しかし、涼やかな声音が俺の胸に染み入る。――俺のよく知る相手だと、心結晶コア・ハートが感じていた。

 崩落のせいで断絶し、あちこち歪んだ石畳の大通り。そこにぬるりと進み出たのは、青いスライムの乙女だ。

 イム。だがその雰囲気は……これまでとまるで違う。


「魔王様、ダンジョン、潰したの。もうここ、使えない、です」


 唇を開けばしゃべる。話せるようになったのだ。


 なぜ? 問いかける前に俺は、隣でセミが傅いたのに気付いた。

 これは……。



【なんということでしょう!】



 システム越しにフルもおののく。



【よもや、魔王さまのお力を受け継ぐだなんて!】



「はい。そのよう、です」


 他の下級魔族たちを従えたイムが、微笑みながら自分の下腹部を撫でた。

 透けて見える体内に煌めくのは、黒き輝きの複雑な模様。


「イム! 貴様、まさか!」


「魔王様の愛、ここにある、です」



 青い体の中で浮かぶ、イムの心結晶コア・ハート。そこに俺の注いだ闇色の魔力が絡みつく。それがまるで紋章のようになっていた。

 二つの魔力が今、イムの体内で新たな命を育んでいるのだ。


「俺の……魔王の子を宿したか」


 ふ、と俺は破顔する。これほど嬉しいことはない!

 よもや、こんなことがあるとは――!



【奇跡です!】



 フルの言うとおり――実は、魔族は上位種になればなるほど繁殖力が低くなる。

 もとより魔族は違う種と交配しても、うまくいくことが少ない。

 その上、魔王はたった一体の種。故に子を成すのではなく――魔王だけは転生する。特異な形で次世代へと、単体の種を引き継ぐのだ。


 しかし、できた。


「然り! なるほど、これまでスライムとまぐわったことはなかったが……魔族の中でも繁殖力の高い種だからこそ!」



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【スライムクイーン イム】

魔族/Lv99

HP:99/99

MP:99/99

所持金:6C

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 セミがそっとイムのステータスを表示した。


 スライムクイーン。俺の子を孕んだことで、魔族の女王に転じたようだ。

 ヒトの成長とは異なるが……魔族が、進化した? よもやこんなことが!


「でかした、イム」


「はい」


 スライムの女王が愛おしそうに腹をさする。しかし……。


「ではなぜだ、なぜ……地下廃城を潰した? 子を育てる場所が必要だぞ。それを」


「子ができた、だから。魔王様の、重しになる、です」


「なに」


「ううん、今も」


 三つの月が染め上げる、白銀色の夜で――取り巻く下級魔族たちがじっと俺を見つめていた。重し?


「なる、かせ」



【なるほど。いわゆる足枷ということですか】



 俺と同時に察したオズたちが告げる。


「ここがあると、魔王様、ずっと残る。ダメです、それ。魔王様は……行くべき。ここにいない、みんなのため」


 イムが他の魔族を代表して頷いた。


「魔王様の強さ、きっとそのため、です。だから」


「貴様たちは……俺をこの地に留まれないようにしたのか? ダンジョンを破壊してまで……」


「ヒトが残した、仕掛け、いじったの。みんな、手伝ってもらった、です」


 ――確かにダンジョンの中心部がめくれ上がるような、大がかりな装置が作られていたな。

 その魔術機構マジックギミックを利用すれば、大規模な崩落くらいは起こせるか。



【なんと! すべては魔王さまを旅立たせるために?】


【素晴らしい! これぞ魔族の鏡です!】


【王のために尽くすこと。それこそが魔族なのですから!】



 フルが興奮してか、立て続けに文字が出た。表情の乏しいセミも瞳を揺らす。

 従魔が心打たれたように、主である俺も……心結晶コア・ハートが震えた。


「貴様たちは、しかしどうする?」


「大丈夫、です」


 イムが微笑む。


「他にも、隠れる場所、たくさん。山でも、森でも。そこで生みます、この子」


 彼女はそう決断し、行動したのだ。ならば俺は――。


「イム。魔王の俺がいなくても大丈夫か?」


「は、い」


 スライムの女王はしっかりと返答し、下腹部を抱く。


「代わりに、受け取ったもの、あるです」


「然り、承知した。丈夫な子を生み、育てるがいい」


 ――スライムの繁殖力ならば、本来はとうに生まれてきてもおかしくない。

 しかし、魔王の子となればどうなることやら……。


 俺は他の下級魔族たちを見回した。


「貴様たちに命じるぞ。必ず、女王とその子を守れ! 魔王である俺に代わってな」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 赤や黄色のスライムが、ランタン蝙蝠が焔鼠が、マタンゴが爆裂岩が這い寄る蔓が夜に吠えた。


「ふ。忠臣たちめ」


 俺は嗤う。取り返した拠点と、新たに率いた魔王軍は失ったが……。


「イム。そしてここにいるすべての魔族よ。王すらもときに突き放す貴様たちを、魔王として誇りに思うぞ! それでこそ魔族だ!」



【そのとおり。さすがです、魔王さま! 魔族万歳!】



「さす、まお! さす、まぞ!」


 オズたちが褒める中、魔族の咆吼は途切れない。

 王との別れを惜しんで、長く長く続けられた。


 パパパパパパパパンッ!!


 俺もまた連射AUTOにしたSR-16を夜空に撃ち、応える。

 いつかまたこの三つの月の下で、再会を果たすと心に誓って――。



          §



 イムと最後の口づけを交わせば、別れを惜しむのは終わりだ。


 夜が明けて――潰れた地下廃城の外には、一台のバギーが待機している。

 山岳地帯の川に長らく放置していたあの車両だ。それをフル=オズが運転して持って来たのだ。


 足がペダルに届くかどうかのはずだが、さすがは俺の従魔だな。


「魔王さま、どうぞ」


 そのフルはもう、バギーの後部にあるバケットシートによじ登る。

 踏み台になるのは同じ従魔のセミ=オズだ。そしてフルがセミを引き上げて、一緒に後部座席に腰掛けた。


 そのオズたちにはそれぞれ、予備弾倉マグの入ったバックパックとmicroRONIを預けてある。

 microRONIの中は空で、グロック18Cは俺のレッグホルスターにあるが。

 拳銃ハンドガンはバックアップ用として、常に携帯しておくのがいいからな。

 光学照準器ドットサイトを着けたSR-16は、二脚銃架バイポッドをたたんで運転席の横に押し込んだ。

 かなり邪魔だが、俺の今の主武装メインウェポンだ。いつでも撃てるよう初弾は装填済みで、セレクターレバーをロックSAFEに切り替えてある。

 そう言えば……消音器サプレッサーは追加で生成していなかったな。装着すると取り回しの邪魔になるので、必要なときに造ればいいか。

 ともかく運転席に座れば、バギーのエンジンに火を入れた。


 ブオオオオン!


 イムと生き残った多くの下級魔族たちに見送られ、俺はバギーを発進させた。

 俺はもう振り返らないが――代わりに後ろ向きの後部座席で、二体の従魔がイムたちをずっと捉える。

 ぐんぐんと遠ざかり、あっという間に見えなくなるのを主である俺も感じた。


 だが見据えるのは、荒野を走るバギーの前方のみ。


「オズ」


「……はい、魔王さま! 地図ですね」


「まお、ちず」


 フルがセミの手を借りて、後部座席から身を乗り出して胸をはだける。運転席の俺の側にサーガイアのマップを表示させた。

 行く先はもう決まっていた。

 取り戻した先代魔王の「我」の記憶が、その前に倒された、六代目の最期を少し思い出せたから。



『おのれえっ、おのれよくもおおおおおおおおおおおおおおお!』


 闇色の紅を差す美女である、六代目魔王「シス」。

 その「妾」は、光魔法の輝きに焼き尽くされて絶命した。

 取り巻く深き、海の碧を見つめながら――。



「かつての拠点である『深海宮』のある位置は……確か」


 六代目魔王は海にいた。それもサーガイアの、温暖な南方の端だ。

 正確な位置までは思い出せていないものの、近くに大きなヒトの街があることは記憶にあった。地図にもいくつか都市が記されている。

 このどこかに赴けば、深海宮の情報も手に入るだろう。どのみち「妾」を倒した六人目の英雄もいるだろうしな。


 ……その英雄の顔は、取り戻せた記憶の中にはないが。


「とりあえずは南下していくというわけですね。魔王さま」


「いく、まお」


「ふふっ、さすがです魔王さま! 次の英雄を倒し、また拠点を奪い返せば……きっと!」


 ああ! と盛り上がるのはフル=オズだ。


「次なるわたくしの欠片は、六代目魔王シスさまのときのもの! 絶世の美女であったその力を取り戻せたなら、わたくしも……今度こそは、絶対に、立派な乳袋に!」


「たわわ、たわわ」


 セミ=オズもまんざらでもないようだ。

 ふ。やはりどちらもオズだな。


 確かに今回取り戻せた欠片では、従魔を一つにすることはできなかった。欠片が小さすぎたせいか?

 割れた石板がもとの大きさに近づいていけば、従魔も元の姿に戻れるはず――。


 しかし、そこが目指す終着点ゴールではない。


「オズ」


「はい! もちろんわかっておりますとも。残る英雄は一人ではありません。世界には全部でまだ六人もいるのですから、気を引き締めませんと。さすがです」


「ぜん、ろく」


 然り。そして全員が――魔王の力を取り込んだため、老いぬ体を得ているだろう。さらに英雄ナナのように、ヒトを超えた力をも振るうか。


 ……だからどうした?


「英雄も、その下に集う冒険者どもも、すべてキルするだけだ」


 俺はバギーを飛ばしながら、傍らのSR-16とレッグホルスターに収まるグロック18Cに目をやる。魔族を虐げ続けたヒトどもを、一掃してやる!

 スキルFPSの力はきっと、そのためにもたらされたものだから。


「さすがです魔王さま! さすればこの地はきっと、魔族たちが平穏無事に暮らせる世界となりましょう!」


「さす、まお!」


 従魔と俺が望むのは新たな未来。魔族たちと、新たに生まれるイムとの子のために――俺はまた手を穢そう。


 命を狩る覚悟は、狩られたことのある俺が背負うべきもの。

 それが魔王アハトの生き方だ。


「ふ」


 さあ、次に照準サイトに捉える英雄は……どいつだ?


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2020年1月30日(木)発売

『8代目魔王はFPSで冒険者どもをKILLしたい』

著者:ひびき 遊/イラスト:冬ゆき

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