15 死を繰り返した我が君は命の重みを知る者なり

 20ほどもドラム弾倉マグを撃ち尽くせば――四角い地下空間を囲む観客席に、動くものはいなくなった。


 microRONIのスリットから漏れた、グロックの排熱がゆらりと空気を歪ませる。……さすがに連射しすぎたようだ。


「はあっ」


 俺の息も荒くなる。一気に魔力を消費したせいだろう。


「魔王さま、お疲れ様です。さすがでした!」



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【魔王 アハト】

魔族/Lv99

HP:45/66

MP:944/6666

所持金:661594C

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 傍らで片膝をついたオズが、胸元に俺のステータスを表示させる。


 MPが1000を切るとは、なるほど……疲労を覚えるはずだ。

 そのぶんすべてキルしたか――。

 ヒトどもは誰もが血に濡れて、折り重なって息絶えていた。


 戦士の男がいた。魔法使いの女がいた。素手の格闘家らしき者がいた。

 革鎧に穴を空けたドワーフがいた。弓を持ったまま倒れたエルフがいた。


 盾を構えたまま、M67の直撃で頭を失った死体があった。観客席の一部を石の壁に変える途中で、穴だらけになった男が倒れる。火炎魔法の誤爆を受けて、半身が炭化したのはたぶん、キツネ種の女獣人コボルトだ。

 朱に汚れた白い鱗のリザード族もいれば――倒れてきた重装甲の騎士に潰されて、圧死した者の足だけが見えた。割れて中身が出ている禿げ頭もあった。厨房の男か?

 地下の底では光の障壁も消えて、吟遊詩人バードも配下の女どもも全員、英雄の死体の側で倒れていた。


 ダメ押しでM67グレネードをもう一つ生成しておいたが、必要なかったらしい。

 とりあえず空きポーチにねじ込んでおく。


 湧き上がるのは感慨だ。……俺は本当に皆、キルしてしまったのだな。


「ふ」


 自然と口元が歪んでいた。


 まだ熱いmicroRONIの銃口マズルを、ようやく下ろす。弾切れのドラム弾倉マグも捨て去った。

 他にも空のドラム弾倉マグが転がる足元には、microRONIから吐き出された、大量の黒い薬莢カートリッジが散らばっていた。


 これだけ撃ったのだ。そこに後悔はない。


「ふはははははははははははははははッ!」


 やらなければ、きっとこちらがやられていたから。

 キルする以外他になかった。だから嗤う。散乱する薬莢カートリッジのぶんだけ、命を奪った重みを胸に感じながら。


 スキルFPS――これだけの数を屠れるとは、我ながら恐ろしい。

 ああ、なんと罪深き力なのだろう。


 否。きっとこれは、魔王故に負わされた業だ。――虐げられし魔族たちを救うための、必要な代償か。

 いいだろう。俺の心くらい、いくらでも削ってやる!

 ヒトどもの命を奪ってでも救いたい、守るべき命があるからな。


「……! ……!!」


 その一つが死体の間をすり抜けて、俺たちのもとにやってくる。

 にゅるりと這い出てきたのは、半透明の青い塊。スライムのイムだ。


 彼女は身を起こし、すぐに豊満な体を形成するが……右腕は欠けたままで痛々しい。

 また、無理に狭い隙間を通ってきたため、足に巻いていた包帯もほどけていた。


「? ! ?」


 イムはあたふたと包帯を掴み、片腕で巻き直そうと苦戦する。


「否だ、イム。違うな」


「? ?」


「今はこちらに巻くべきだろう」


「わたくしがいたします!」


 従魔が飛びつき、包帯を今度はイムの右腕の欠損部に巻き付けた。


 イムが水晶色の瞳を潤ませて、俺を見つめる。

 言葉を発せなくともわかる。感謝と、自分のせいで魔王を危険に晒したことへの慚愧――。


「気にするな、イム」


「……! ……!!」


「俺は勝利を約束すると言ったぞ。そのとおりにしただけだ」


「そうです。魔王さまはそもそも、下級魔族たちを救うべくこの地を訪れたのですから!」


 オズが俺の思いを語る。さすがは従魔だ。


「でも確かに、あなたが捕まっていたのは誤算でした。まったく、そこは魔族として重々反省してくださいね!」


 ……一言多いがな。

 しかし、然りだ。俺が戦ったのはイムのためだけではない。地下に囚われた、多くの魔族の解放こそが悲願だ。


 その魔族たちはどこにいる?

 英雄の倒れし、地下への四角い空間は開いたまま。そこには、イムが檻に入れられ通って来た大扉がある。


「イム。あの先はどうなっている? 他の魔族たちは出てこられないのか?」


「……!」


 透ける長い髪を揺らしてイムが、ふるふると首を横に振る。


 ふむ。おそらく、大扉が固く閉じているせいだ。

 降りていけば破壊できるか? 自ずと、ポーチの中にある余ったM67を確認する。


 俺はとりあえずmicroRONIに、残っていた最後の予備弾倉マグを装填した。

 大扉のもとに降りようにも、ヒトどもの死体が邪魔で、足の踏み場もないのが難点だが……。


「オズ」


「はい魔王さま、アイテムの回収をしますね!」


 従魔が黒い魔力を放ち、冒険者の装備品を略奪していく。観客席に倒れ込んだヒトどもの鎧や武器が、次々と虚空に消えた。これで少しは隙間ができるか?


 それと、これは先を考えてのことだ。

 ――然り。先がある。


 俺が七人目の英雄を倒し、地下廃城を奪還したことは、サーガイア中に広まるだろう。

 キルした冒険者どもの死亡情報は確か、システムを通して自動的に、冒険者ギルドに回るはず。それが冒険者証の力だったか。

 いくつかパーティが壊滅しただけならともかく、英雄ナナを含めて、いきなり千人も死んだのだ。事情を突き止める依頼クエストが発生してもおかしくはない。


 ならば、今のうちに必要な素材を得ておく必要があった。このmicroRONIよりも、9㎜弾よりももっと、威力のある銃と弾を生成するために。

 だが、オズの回収作業が始まってすぐ――。


「誰ですか!?」


 物音がして、オズが手を止め誰何する。俺も同時に反応し、振り返った。


 そこは死体の山がある、観客席の中ではない。銃弾を叩き込んだ領域の外。

 穴だらけの天幕の下には誰もいないはず。閑散としたテーブルと樽椅子だけが並んでいるが……そこで、慌てて逃げようとする者が一人いた。

 そう、一人。――ヒトだ!


 パァン!


 俺は反射的に構えて、microRONIを1発撃った。


 カァン!


 響き渡るのは、弾が跳ねた硬質な音――なに?


「きゃああん!?」


 樽椅子に足を取られ、近くのテーブルを巻き込んで倒れたのは、長い耳を頭に生やした娘。

 黒毛の女獣人コボルトだった。


 見覚えがある。白い手袋を着けた、給仕役のウサギ娘だ。


「あの女は、魔王さま! 確かミミーとかいう? いえ、それよりも!」



【冒険者生存数 1/1000】



 慌てて出したオズの表示には、確かにキルし損ねた者が「1」いるとあった。


 ……なるほど。俺たちの確認ミスだ。

 そう言えば、システムからの勝利宣言がまだ出ていなかったな。


 だが、なぜ弾が当たらなかった?


「きゃあー! きゃあ、きゃああああああ!」


 ウサギ娘の方が驚いているようだ。持ち手のついた円い鉄板を握りしめ、一人で騒ぎ続けている。逃げることも忘れ、大きな尻を地に着けたまま固まっていた。


 そこに近づいたのは、なんとイムだ。


「! !」


「……ひゃあああああ! き、気持ち悪い、気持ち悪いよおぉ!?」


 やわらかい体でウサギ娘に巻き付いたイムが、そのまま見事に拘束する。

 負傷した下級魔族ではそれくらいしかできないようだが、十分だ。


 俺はオズをつれてゆっくり近づき、スライムの体から頭だけ出したウサギ娘に、ぴたりとmicroRONIを突きつけた。


「貴様は……」


「ご、ごめんなさいごめんなさいぃ! ヤダあああああぁ!」


 ウサギ娘はすでに銃の威力を知っている。額に銃口マズルを押しつけられれば、黒い耳を必死に揺らし、赤い瞳からぽろぽろと涙をこぼした。


 スライムの中に沈むその手に、まだ握られていた鉄板は――確か、料理を載せて彼女が運んでいたものか。

 その中央部分がへこんでいる?


「ほう。よもやそれで、俺の9㎜弾を跳ね返したか」


「なんと! こんなもので魔王さまの一撃を防ぐとは、運のいい女ですね!」


 まったく、と腰に手を当てオズが呆れる。


「でも、少々時を稼いだだけのこと。さあ今度こそ……魔王さまの一撃の餌食となりなさい!」


「し、死にたくない死にたくない、死にたくないよおおぉ!」


 このまま引き金トリガーを引けば、簡単にキルできる。

 しかし……。


「アタシまだちゃんと冒険に出たこともないのにぃ! うわーーーーん!」


「貴様? そうか」


「ギャンブル狂のミミー、悪運博兎バッド・ラビットミミー、でしたか?」


 オズが耳にした情報を口にする。


「そして冒険者ギルドの登録証を持たない女、でしたね」


「は、はいいぃ!」


 動けないウサギ娘が何度も頷く。


「持ってないよぉ、アタシ! ギャンブル好きだけど、魔族どうしを戦わせる賭けには参加したことないし……ゆ、許してくださぁあい!」


「……一つ確認する。嘘偽りなく答えるがいい、ミミー」


「え? は、はいぃ?」


「貴様は魔族を狩ったことはあるか」


「ないです! アタシは……まだ、戦ったこともなくてぇ。ぜんぜんしてないよぉ!」


 顔中をべたべたに汚してウサギ娘が訴えた。

 どうやら真実を言っているようだ。


 ならば――俺はmicroRONIの銃口マズルを下ろした。


「イム。もういい、放してやれ」


「? ? ?」


 ウサギ娘に絡みつくイムはあっけにとられたようだ。ぽかんと大口を開ける。

 しかし、魔族は温和な種族。俺のためにウサギ娘を捕らえたイムだが、傷つけようとはしなかった。

 だから命じられたとおり、イムは拘束を緩める。


 それでいい。俺たちは、ヒトとは異なる種なのだから。


「助かった……助かったよおぉ!」


 必死にスライムから這い出て、ウサギ娘が跳ねて逃げ出す。


「やはり、さすがです。魔王さまは!」


 無様なウサギ娘から目を離し、従魔のオズが笑顔を向ける。


「愚かなるヒトであっても寛大な心でお許しになる……。魔族というだけで殺戮する冒険者とは違う、ということですね!」


「ふ。然りだ」


 ――すぐそこに俺がキルした、大量のヒトの死体が転がっている。


 けれども冒険者と同じではない。同じであってたまるものか。

 あそこまで堕ちないことが……魔族の王たる俺の、矜持だ。


「魔族を手にかけたことがないなら、命を奪う理由もない。そうだな、イム?」


「……! ! !」


 イムも頷く。


「あ、あの……ありがとうぅ!」


 そこに、声が届けられた。

 なに?


 逃走したウサギ娘が一度だけ足を止め、頭を下げてから、天幕の外に出て行った。

 ……ありがとう?


 くすりと笑ったのはオズだ。


「魔族に礼を告げるなんて。おかしなヒトもあったものですね、魔王さま」


「? !」


 イムも目を丸くしている。


 感謝だと? まったく、筋違いだな。


「ふ」


 俺がキルすべき冒険者ではなかった。ただそれだけのこと――。


「む?」


 冒険者で……なかった? 俺の中になにかが引っかかる。

 はっとしたのは従魔のオズも同様だ。


「魔王さま!」



【冒険者生存数 1/1000】



 オズは再び、生き残った者の数を表示した。

 その数字「1」は変わらない。あのウサギ娘の姿が見えなくなっても!


 ――否、彼女は最初から冒険者ではなかった。1000の数に入っていない。

 ならば、生き残りが別にいる?


 俺もオズも自ずと振り返る。

 そこにあるのは無数の死体の山に埋もれた、地に沈んだ観客席だ。

 その中にまだ、死んだふりをしている者がいるのか?


「……無様でも、丁寧に死体撃ちをしておくべきだったな」


 M67を余らせている場合でもなかったか。

 とにかくmicroRONIを構え直し、踵を返す。弾数とMPに余裕はないが、ウサギ娘を逃がしたのは例外だ。


 観客席で騒いでいた連中はすべて、魔族を弄んできた者。

 イムを刻もうとしたときの、あの熱狂を俺は忘れない。一人として生かしておく価値などあるものか。

 問題は、どうやって見つけるかだが……。


 その必要はなかった。

 俺たちが999の死体の前に戻ったとき、身を起こす「1」がいた。


 ……こいつは!?

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